考え事

クリスはそのとき珍しく軽装だった。

最近、真なる水の紋章を継承したクリスは人知れぬところで物思いにふけることが多くなった。あくまでも人知れぬところに限るのがいかにも彼女らしい。

敵の動きはシンダル遺跡での一件以来パタリと止んでおり、折を見てサロメがクリスに完全休息を進言した。

「大事の際にパタリといかれては困ります」

それは、以前にクリスがゼクセンの森で倒れたことを揶揄しているふうにもとれたが、サロメの言葉は心底の気遣いから出たものだった。

クリスは、しばし考え、一日だけの休息を受け入れた。

軽装で歩いていて、実は自分が人を探していることに気づく。

城の周りをぐるりとめぐってから、正面玄関に近づいてふと上を見上げる。そこに、探し人を見つけた。

父…の親友。

訊きたいことがあった。

見上げた窓は図書館で、湖の城の図書館の窓からはグラスランドがよく見える。

相手はじっと前方はるかかなたを見つめ、物思いにふけっているようだった。

父の…古い友人。

五十年前の英雄の片腕。

寡黙な黒い人影の思考を妨げることが躊躇われ、クリスは踵を返した。

ゲドは考え込んでいた。

というのは、右手に宿る真の紋章のことである。

――いままで何人か真の紋章を宿した人物に出会ったが。

なぜ必ず右手に宿っているのだろう。

そのことである。

右手と左手で紋章の容量に違いがあったりするのだろうか。右利きの人間は右手のほうが紋章力(?)が発達するのだろうか。では、左利きの人間は左のほうが紋章力が強いのか。そんな人間に真の紋章が間違って右手に宿ってしまったらどうなるのだろう。居心地悪くなって、こう、もぞもぞ動いたりするのだろうか。

ゲドは右手を見つめた。

――くすぐったそうだな。

フーバーとの遠乗りから帰ってきたヒューゴがふと湖の城を見上げると、ちょっぴり憬れている傭兵隊長が穏やかな笑みを浮かべていた。

「ゲドさん、嬉しそうだね、フーバー」

そっとフーバーに語りかける。そして、ゲドが見つめているグラスランドのほうを眺めてみる。

「きっといい思い出があるんだろうね」

湖の城は今日も穏やかだ。

平成十四年十月三一日 初稿

補足説明

クリスがものすごくかわいそうな気がするのは気のせいだろうか。