前代未聞の(少なくとも,私は見たことがない)SSのMaking.

Making of 『折紙』

構想

構想と言うほどたいしたもんじゃないんですが.

ネタ出しじゃないです.何か書きたいなあと思ってうんうん唸るんじゃなくて,ネタが浮かんだら書いてるだけです.

今回は,補足でも書いてますが,回覧の雑誌を見ていて「大将に借金をさせてみよう」と思ったのが発端で,「すごく昔の借金で今じゃ返せないぐらいになってる」というのを想定しました.で,いくつか思ったことを羅列します.

まあ,こんな具合に,バババババと思い浮かんだのでありますが,そうです,この時,私は思いっきり勤務中であります.

この後(家に帰ってからですよ!),借金額はいくらぐらいが妥当か,利子というのは昔からあった物なのか,どれぐらいの物なのか,等々調べました.(そして,無視することにしました/笑)

書き出し 8月31日

書き出します.

何を使って書くかといえば,エディタです.「文章」が浮かんだときは,手で鉛筆もあり.なんというか,文章をカリカリ整った字で書いていきたい時ってあるんですよ.ま,今回はエディタ.

エディタはたいてい秀丸なんですが,この頃,悪い癖がつきまして.通勤電車の中で書く癖がついちゃったんです.道具はPDA(リナザウ SL-C860),エディタはzeditorです.自分で言うのもなんですが,アホやと思います.挙げ句に,ノッてくると,1人で笑いをこらえています.怪しいです.

リナザウのキーボードを親指でプチプチ押す関係上,両手が空かないと(=背中をどこかに寄りかからせることができるか,椅子に座れるかしないと)書けません.しかも,リナザウのFEPはアホです.誤字脱字がバリバリでます.あと,私,妙な漢字を使いたがる癖に,リナザウでどうやったら難しい漢字が出るのか分かりません.

でも,頑張る.

1日目は,↓だけ.

折紙

借金の話です。

100万で年利1割、複利計算で60年の間に5億になっちゃった、って話。

「借金の額はいくらなんです?」

ゲドは少し考え、

「五億ぐらいになるか」

「まあ、そんなもんだね」

「ご、ご……」

エースは口をパクパクさせた。

「いったい、何に使ったんです!」

「戦の支度に」

「戦って……戦費一人で負担したんですか?!」

「戦費、と言えば戦費になるな」

「は?」

「……」

「そこで黙っちゃ会話が続かないでしょう!」

ゲドは眉根を寄せた。

「何がききたい」

「だから、何に五億も使ったんです?」

「いや、使ってない」

「ダーーーーッ!!大将、ちゃんと説明する気はあるんですか!」

「まあ、待て、エース」

最初こそ呆気に取られてやりとりを見守って居たのだが、なんとなくジョーカーには分かった。質問が具体的だから、逆に系統立たなくて分からないのだ。そして、ゲドのほうはと言えば、説明するためにわざわざ人の話を遮る質でもない。

その時、娘が景気よく話し出した。

「あー、もう、かったるい。あたしが説明するよ。借金の元金は百万だったんだ」

「それがどうして五億になるんだ」

「借金したのが六十年前だったから」

「踏み倒しなさい、そんなものは」

間、髪をいれずエースはゲドに向かって頭ごなしに言った。ゲドは黙ったままだが。

――まあ、踏み倒すって柄じゃないだろう。

というのは、隊員の一致した意見だった。

「まあね、あたしも別に返してくれるなんて思っちゃいなかったんだ。自分の親だかじいさんだかがこさえた借金なんてね」

題名を先に書いていますが,私の場合,題名が浮かばないことの方が多いので,珍しいです.あと,私は,メモを書いたテキストに直に書き出します.ここで言えば,「借金の話です〜」のところがメモです(ちなみに,計算額,勘違いしてます).気分によって口調は変ります.メモはこのようにネタだったり,場面の説明だったり,文章自体・セリフ自体だったりします.短ければメモを書かないことも多いです.長ければ長いほど,メモは増えます.いつも,アウトラインプロセッサを使ってみようとして挫折するのは,メモの種類が一定でなくてごちゃごちゃしているからなんじゃないかと思います.

書き出しは,たいてい,書きたいところ・浮かんだところから書きます.ただ,「冒頭の文章」が浮かんで書き出すこともあるのでそのときは,最初から書きます(そういうときに手書きが多いです).

書きたいところを先に書いておかないと伏線を張るのが難しくなる,という理由もあります.

2回目 9月1日

新旧対照表
9月1日版 8月31日版
(前略)

↓付け足し

「借金がある」

「なんですって?」

「……」

「た、大将〜。大将だけは信じてたのに〜」

「ゲド隊長もオンナにミツいだのか?」

「ば、バカ。んなわけ……ないですよね、さすがに」

アイラをさえぎったエースがおそるおそる確かめると、ゲドはこっくりと頷いた。

やりとりを聞いていたクイーンがふー、とため息をつき、首を振りながら肩をすくませた。

「それで、借金の額は?」

ゲドは少し考え、娘に向かって、

「借金の額はいくらなんです?」

ゲドは少し考え、

(中略)

「ダーーーーッ!!大将、ちゃんと説明する気あるんですか!」

↑若干,セリフを崩してみました.「あるんすか」にまで崩すか迷ったんですが.

「ダーーーーッ!!大将、ちゃんと説明する気はあるんですか!」

(中略)

間髪いれずエースはゲドに向かって頭ごなしに言った。ゲドは黙ったままだが。

「間,髪を入れず」という表現が好きなんですが,古風になってしまうので,軽く行きたい今回はやめました.

間、髪をいれずエースはゲドに向かって頭ごなしに言った。ゲドは黙ったままだが。

(中略)

以降,付け足し.

最初、娘が何を言っているのか飲み込めなくて、怪訝な顔をしていた隊員たちは、はたと気づいて目配せを交わし合った。

――この娘、勘違いしている。

おそらく、借金はゲド本人のものだ。だからこそ、証文(たぶん、最初に見せられた紙は証文だったのだろう)を見たとき、ゲドはすぐに気づいたのだ。自分の字が書いてあったのだし、自分でも思い当たったろうから。

娘はばつ悪げに続ける。

「しかもね、どうも無理矢理貸したみたいなんだ、うちのばあさん。質のいい装備に買い替えろ、ってね。それであんたのじいさんだかなんだか、剣だの鎧だの全部買い替えさせられたらしよ。そりゃ、うちは借金取りだけどさ、理不尽なまねだけはしないってのが家訓なんだ。ばあさんの話聞いて驚いたさ。そんなまねする人じゃないって思ってたから」

「いや、役に立った。お前の祖母は正しい」

「え?はは、あんた、自分のことみたいに言うね。――そう言ってもらえると嬉しいけど。――ま、そんなわけで、あたしも返してもらえるなんて思ってなかったし、ばあさんもそんなに期待はしてなかったみたい。いつもなら「地獄の果てまで追いかけて取り立てろ」が口癖なのに、その決まり文句、言わなかったから。見つけられるかどうかも危ぶんでたみたいだけど、そこはそれ、あたしの執念の勝利ってヤツだね。でも、あんたも、よく返す気になったね」

「嬉しかった」

ボソリ、とゲドが言うと、皆それぞれにはっとなった。

「は?借金がかい?」

「……」

ゲドは黙って、少し目を細めた。

娘は、変なヤツだね、と言い置いてから

「ま、いいや。今、いくら返せるんだい」

「五百万」

「百分の一か」

娘は腕組みをすると、あごに指先を当ててしばし考えた。そんな仕種をすると、ずいぶんと可愛らしい印象になる。

「いいや、二百万で手を打とう」

「いいのか」

「いいよ。もともと、旅行がてらのおつかいだったのさ。二倍も取れりゃ万々歳。ばあさんには土産話で手をうてって言っとくよ」

「よろしく言ってくれ」

「ああ」

金を返してもらったと聞いて、最初、心底驚いたような顔をしていた老婆も、孫の話が終わるころにはだいぶ落ち着いてきた。

「ただ『借金した奴に似てるようだ』って言われた時は、ホントに仕事になるのかと思ったけど、ほんと、世間って狭いもんだね」

「ああ、まったくだ。それで、その人はどんな人だった?」

「名前はその借金したヤツと同じでゲドって言った。無愛想で悪人面でさ。片目で背が高くて、こう、圧迫感があるんだよね。こりゃ、こんなわけわかんない話を持ちかけたって無理だろうなって思ったけど、話してみたら、案外、いい奴だったよ」

「そう、片目で――」

老婆の脳裏にクルクルと記憶が廻っていく。

最後の戦の前に、金を渡されて、ほんのわずかに困惑した男。

戦場で肩口を切られて荒い息をしていた自分を馬上に引き釣り上げた男。

抗う自分を無視して、馬を走らせた男。

振り返った自分の目の前で、矢を受けた男。

隻眼のその男のことが胸の打ちで小さな楔になっていたのだが。

「ね、この話で手うちなよ」

「ああ、五億に値するね」

老婆はそう言って、静かに品よく微笑んだ。

場面切り替え後の出だしは「借金がある」が面白そうだと思ったので,ここを書き加えて,一場面終了.

これで山場は書けたので,この後,出だしからどんどん書いていくつもりでした.ちなみに,ヤマを決めてからそこへ向かって最初から書くのは,化粧で眉毛を引くみたいだと思います.(私は,化粧はしませんが)

しかし,突然,結びが思いついたので,書いてしまいました.これがなかったら,ただのギャグだよなあと後々つくづく思いました.(ギャグのカテゴリーに入れるかずいぶん迷ったもん)

3回目 9月3日

新旧対照表
9月3日版 9月1日版

↓付け足し

酒場の扉が開いて閉じて、そこには娘が立っていた。

いつもの喧噪の中で、気づいた者もいれば気づかない者もいる。

ジョーカーが眺めていると、人でも探しているのか酒場を見回してから、娘は手近の(テーブル)についた一団に話しかけている。

男どもの好奇の目を集めるぐらいの容姿でだった。ただ、普通に「美しい」とか「綺麗」と形容してしまうには、もっと勇ましい雰囲気をもっていた。きつい瞳と、燃える赤毛。背中に背負った細みの槍は伊達ではないだろう。

傭兵か?

ジョーカーは目を細めて(グラス)の酒を飲み干した。

娘の唇を何の気無しに読む。

「エース」

「それで、俺は――って、なんだ、じじい」

ジョーカーは娘の方をしゃくった。

「十二小隊を探しているようだ、身に覚えがあるんじゃないか?」

からかうように言うと、焦ったようにエースは娘の方を見てから、ほっとため息をついた。

「あ、俺じゃねぇ。あの女にゃ見覚えはない」

「なら、別な女には心当たりがあるんだ」

「うるせえな。お子様は黙ってろ」

「お子様じゃない!」

アイラが机の下で何かしたらしく、エースはうめいて言葉もでない。

見当違いか、と思ったジョーカーはふとゲドに気が付いた。

ゲドは目を細めて娘を見ている。怪訝そうにわずかに眉が寄せられた。そのまま、手の中の杯を傾けても、視線は娘の上だ。

ほう?

席に座った連中がこちらを指さすのが見えた。娘はまっすぐにこちらにやってくる。

「十二小隊ってのは……」

「あたしたちだよ」

足を抑えて呻いているエースの変わりにアイラが言った。

そのアイラと、その横でエースの様子を見ているジャック(多分、心配しているのだと思われる)、机につっぷしそうになっているエース、興味津々の自分とクイーン、それを順々に見てから、娘の目がゲドの上に止まった。

(中略)

「エースじゃあるまいし」

「うるさいぞ、じじい」

怒鳴るエースを見上げて、ゲドがゆっくりと瞬きをした。

「ちょっ……俺のことはおいといてですね、今、問題なのは大将です」

クイーンがふーとため息をつき、首を振りながら肩をすくませた。

↓私,こっち版も好きなんですが.ちょっとエースがしゃべりすぎかと思って.

「ば、バカ。んなわけ……ないですよね、さすがに」

アイラをさえぎったエースがおそるおそる確かめると、ゲドはこっくりと頷いた。

やりとりを聞いていたクイーンがふー、とため息をつき、首を振りながら肩をすくませた。

(中略)

「借金は隊費で賄えるぐらいに抑えてください」

「隊費でまかなっていいのかい?」

「まぜっかえすな、クイーン!大将、いったい、何に使ったんです?」

「いったい、何に使ったんです!」

(後略)

今度こそ冒頭から書き出します.基本的に,ラフ書きは,書き上げることを優先させるのですが,気づいたところや思いついたところはどんどん直しを入れていきます.

4回目 9月6日

新旧対照表
9月6日版 9月3日版
(前略)

娘の唇を何の気無しに読む。

中程でゲドが金策している場面を書こうと思っていたのですが,直接書くのは止めて,エースが仕事を請けようとしたらすでにゲドが取っちゃってたということで表現することにしました.ので,前振りとしてエースの金欠ぶりを書き加え.(ダシに使ってごめん,エース)↓

「――だから、そろそろお仕事に励んでもいい頃合いだろ?」

「私はまだ手持ちがあるよ。アイラだってジャックだって、まだあるんだろう?」

「うん」

「……」

「だいたい、あんた、今回、金無くなるの早すぎだよ。なんかやらかしたのかい?」

「人聞きの悪いこと言うな。大将、大将は――」

とめどなく続く会話をジョーカーが遮った。

娘の唇を何の気無しに読む。

「エース」

「――って、なんだ、じじい」

「エース」

「それで、俺は――って、なんだ、じじい」

(中略)

↓不自然な表現だと思って直し.

アイラが机の下で何かしたらしく、エースは変なうめき声を上げて足を押さえた。

見当違いか、と思ったジョーカーはふとゲドに気が付いた。

アイラが机の下で何かしたらしく、エースはうめいて言葉もでない。

見当違いか、と思ったジョーカーはふとゲドに気が付いた。

ゲドはあんまり表情を動かさないので,ちょっと変えてみました.↓

ゲドは目を細めて娘を見、ほんのわずかだったが眉を寄せているようだった。怪訝そうに見えなくもない。そのまま、手の中の杯を傾けても、視線は娘の上だ。

ゲドは目を細めて娘を見ている。怪訝そうにわずかに眉が寄せられた。そのまま、手の中の杯を傾けても、視線は娘の上だ。

そのアイラと、もだえているエース、横でエースの様子を伺っているジャック(多分、心配しているのだと思われる)、興味津々の自分とクイーン、それを順々に見てから、娘の目がゲドの上に止まった。

↑「その」が続くのを避けました.あと,エースの動きがよく分からないなと思って変えたんだけど,「もだえている」というのもピンと来ないなと実は思いました.

そのアイラと、その横でエースの様子を見ているジャック(多分、心配しているのだと思われる)、机につっぷしそうになっているエース、興味津々の自分とクイーン、それを順々に見てから、娘の目がゲドの上に止まった。

↓以降,書き加え.

「隊長は?」

「その御仁じゃ」

どうやら質問は確認でしかなかったらしく、娘はためらいもせずにツカツカとゲドの真ん前に立つと、座っているゲドをしばし見下ろして、

「やっと、見つけた」

「……」

ゲドは娘を見たままだ。

「これを――」

言って、ずい、と差し出したのは紙だった。トラン辺りで使われるもののようだ、とジョーカーは踏んだ。

差し出された紙はもろくなっていたようで、手袋をしたままのゲドが無理やり開けようとしたのを娘は慌てて取り上げて、槍使いにしては繊細そうな指で注意深く開いてから、ずい、とゲドの顔面に示した。

それを読んだゲドは、紙と娘を見比べて、しばらくして、

「ああ」

得心のいったような声を上げた。

「ああ、ってあんた――」

「しばらく待てるか」

「は?あんた、もしかして――」

「すぐには無理だ」

娘はなぜか驚いた様子でなんどかパチクリと目を(しばた)かせた。だが、すぐにゲドに挑戦するように言った。

「いいよ、この辺りには他の用もあるから」

「分かった」

それを聞くと、ゲドは立ち上がり、扉の方へと歩きだす。慌てて娘が追いすがる。

「ちょっと、あんた、逃げるんじゃないだろうね。いい?あたしじゃない、あんたが言い出したんだ。言った責任は取ってもらうよ!」

扉の外に出た娘が叫んでいるのが聞こえる。

「あたしは本気だからね!だいたい、今度いつ会うってのさ……!」

叫び声は遠ざかって行く。

酒場中の人間がこの遣り取りを聞いていて、しばし、静かになっていたのだが、すぐに前以上の喧噪に包まれた。

寡黙な常連傭兵の、思いがけない一波乱は十分に酒の肴になる。

「昔の女、って訳ゃないよなあ」

やっと立ち直ったエースにしてから、第一声がそれだった。

「あの若さで?そりゃ、無理じゃろ」

「じゃ、今の女」

「いつ会ったんだ、いつ」

「じゃ、あたしは親の敵に一〇〇ポッチ」

微笑を浮かべながらグラスを傾けるクイーンはどうやら冗談のようだ。

「……俺は……隠し子に」

ジャックがボソッと言うと、一瞬、皆が固まった。

「……お前もよくわかんないヤツだね、相変わらず」

エースが言うと、ジャックは小首をかしげた。

「ね、それで、ゲド隊長はどこに行ったんだ?」

「あ……」

そういえば、何も聞いていない。

「やっぱり、逃げたのかのう……」

「さあね」

処置なし、とばかりにクイーンが肩をすくめた。

それからしばらく、ゲドは帰ってこなかった。

ジョーカーもクイーンも慌てる様子がない。

ジャックはボウガンをばらして、いつもの無表情で部品を眺めている。

アイラは少々つまらなそうにしていたが、別に自ら仕事を請け負うわけもなく。

「結局、隊のこと考えてるのは俺だけだ」

言ったとたん、クイーンがひらひらと手のひらを振った。

「あのね、隊費とあんたの懐具合、一緒にするんじゃないよ」

「今度はどの女に貢いだんだ」

「貢いでねえ!」

「ま、稼ぐんなら一人でやんな

借金の話です。

100万で年利1割、複利計算で60年の間に5億になっちゃった、って話。

(後略)

書き進めます.

伏線を置いておいた方がいいなと思ったので,書き加え.後は,ちょっとの直しと書き進め.

この日,やっとメモ書きを消しました.というか,最初にその場面を書いちゃったので,別にメモを残しておく必要はなかったんですが.

最後がいかにも途中になっていますが,まさにこの時に下車駅に着いたので,電車から降りたのです.

5回目 9月8日

新旧対照表
9月8日版 9月6日版

どうも,書き出しが決まらないなあ,と思って,直しを入れています.冒頭の「文章」が浮かんだときはスルッと行くんですが.(冒頭の「文章」が浮かんだのは,「麗人」「孤影」「怒りの日」など.)↓

酒場の扉が開いて閉じて、そこには娘が立っていた。いつもの喧噪の中で、気づいた者もいれば気づかない者もいる。

きつい瞳と、燃える赤毛。人目をひく容姿ではあった。

まあ、若すぎて自分の好みからは外れるが。

ジョーカーはいつものように酒を飲みながら、眺めるともなく眺めた。

「――だから、そろそろお仕事に励んでもいい頃合いだろ?」

いつものように、エースが何やら言っている。

そっちは無視して眺めていると、娘は扉に一番近い(テーブル)についた一団に話しかけている。

娘は、普通に「美しい」とか「綺麗」と形容してしまうには、もっと勇ましい雰囲気をもっている。背中に背負った細みの槍は伊達ではないだろう。

傭兵か?

ジョーカーは目を細めて(グラス)の酒を飲み干した。

娘の唇を何の気無しに読む。

クイーンたちの声も耳に入る。

「私はまだ手持ちがあるよ。アイラだってジャックだって、まだあるんだろう?」

↑小隊で無駄話を続けている中でジョーカーが娘に気づいて眺めている,という感じにしたかったので,文章を入れ替えて手直ししました.

酒場の扉が開いて閉じて、そこには娘が立っていた。

いつもの喧噪の中で、気づいた者もいれば気づかない者もいる。

ジョーカーが眺めていると、人でも探しているのか酒場を見回してから、娘は手近の(テーブル)についた一団に話しかけている。

男どもの好奇の目を集めるぐらいの容姿でだった。ただ、普通に「美しい」とか「綺麗」と形容してしまうには、もっと勇ましい雰囲気をもっていた。きつい瞳と、燃える赤毛。背中に背負った細みの槍は伊達ではないだろう。

傭兵か?

ジョーカーは目を細めて(グラス)の酒を飲み干した。

娘の唇を何の気無しに読む。

「――だから、そろそろお仕事に励んでもいい頃合いだろ?」

「私はまだ手持ちがあるよ。アイラだってジャックだって、まだあるんだろう?」

(中略)

「……俺は……隠し子に」

ジャックがボソッと言うと、

↑いや,固まるまでもないかと.

「……俺は……隠し子に」

ジャックがボソッと言うと、一瞬、皆が固まった。

(中略)

↓この方がおっさんくさいかと思って.

「今度はどの女に貢いだ、ん?」

「貢いでねえ!」

「今度はどの女に貢いだんだ」

「貢いでねえ!」

「ま、稼ぐんなら一人でやるんじゃな。大将がいないんじゃ、でかい山は請け負えん」

↑クイーンのセリフのつもりで書いてたんですが,ジョーカーに変更.

「ま、稼ぐんなら一人でやんな

↓以降,書き足し.

エースは悠々と席についているクイーンとジョーカーを恨めしげに睨んでから、あきらめたように立ち上がった。

「どこへ?」

「本部」

「何の用が」

「ひとりで稼げって言ったの、お前らだろう。適当な仕事ないか物色するんだよ!」

まだ何やらブツブツ言いながら、エースは出て行った。

「賭け事するゲド」は最初に思いついたものの,しっくりいきそうになくて放棄していたんですが,直接書かないことを思いついたので,復活.まあ,これぐらいなら許せるかなあ,と.ここの書き足しでギャグの方にググッと傾いた気がします.↓

それと入れ替わるように入ってきた男が、ジョーカーたちのいる(テーブル)に歩み寄った。

酒場の常連で、この男も傭兵だ。いつもは、特に話しかけてもこないのに、今日は一体何の用だと思っていると、開口一番、

「おい、お前らの隊長、どうにかしてくれ」

「ああ?隊長?エースでなくてか」

「ゲドだよ、ゲド」

ジョーカーは訳が分からないままに、クイーンを見た。クイーンも肩をすくめるばかりである。近くでおとなしくしていたジャックも、その隣でソーダを飲んでいたアイラも、こちらに注目してはいるが、何か知ってそうではなかった。

「いったい何が」

「カードで有り金全部巻き上げられた」

「は?あの人が?」

両の手を肩の高さに上げてみせ、クイーンは首を振った。

「信じられないね」

「まあ、誘ったのはこっちだが」

「じゃ、自業自得じゃないか」

アイラが横から口を挟むと、男はひどく情けない顔をした。

「いや、だけどな。いつもならのらないじゃねぇか。それに、あんなに強いたぁ……」

「お前さん、いつものイカサマはどうしたい?」

ジョーカーが言ってやると、男は少し睨んだが、あきらめたように首を振った。

「カード抜いたとたんな、こう、黙って剣で(テーブル)叩き割られたよ」

「ほう?」

「んで、いつもの黙りでそのまま黙々とカードを見るわけだ」

ブルッと肩を震わせて、

「『止める』なんて言い出せる雰囲気じゃなくて、そのまま」

「金が無くなるまでやってたってわけか」

「『金が無くなった』って言うのだって怖かったんだぜ?」

「別に脅されなかったろう?」

「そりゃあ、こう、『そうか』ってひとこと。なあ、頼むよ、ジョーカー。俺、本当に持ち金全部だったんだ。ちったぁ返してもらえないと、今日の飯も食えない」

「そういうことは、本人に言うんじゃな」

ちょい、ちょい、とジョーカーが男の背後を指さした。

ゲドが黙って背後に立っていた。

「出たぁ!!」

とびあがった男を見て、アイラが弾かれたように笑い出した。ジョーカーも人の悪い笑みを浮かべている。

「何か用か」

「いや……また、今度にする……」

後ずさってから急に回れ右をした男を見送って、クイーンが立ったままのゲドに笑いかけた。

「あの恐がりよう、尋常じゃないね。フフ、あんた、何やったんだい?」

「ポーカーだ」

「今度お相手願いたいね」

「……」

定位置につこうと歩きかけたゲドに、後ろから声がかかった。

「あ、いたいた。逃げなかったね」

あの、赤毛の娘だった。

とりあえず、座る方を優先させたゲドが腰を落ち着けたとたん、バタン、と酒場の扉が壊れそうな勢いで開いて、頓狂な大声が響き渡った。

「大将!なんてことしてくれたんです!」

エースだった。

そのまま突っ込むように駆け込んできて、

「一人で請け負えそうなもの、根こそぎ取ってっちゃって、そんなんなら、仕事請けてくれてもいいじゃないですか!」

ゲドは、どなりちらすエースをよそに右手を上げて合図を送った。心得た酒場の主人がいつもの酒を持ってくる。

「大将〜」

エースが恨みがましく声をあげるのも構わずに、ゲドはグラスに琥珀の液体を注ぐと、まずは一杯、ぐっと飲み干した。

↑ここまでで,今まで書いていたところと繋がるので,ほぼラフが終了.

「借金がある」

開口一番がそれだった。

さすがに皆がまさかの思いで動きを止めた。

さすがに固まるだろ,と思って,文章的にも一拍おいてみました.

「借金がある」

「なんですって?」

「……」

「じゃ、あんたは……」

「そ、あたしはその取り立て」

ちゃっかり同じテーブルについた娘は遠慮もせずにグラスになみなみと酒を注いでいる。

↑娘さんの立ち位置(挙動)がよく分からないのでつけたし.

「なんですって?」

「……」

(中略)

オーバーリアクションを強調してみました.↓

立ち上がって怒鳴るエースを見上げて、ゲドがゆっくりと瞬きをした。

怒鳴るエースを見上げて、ゲドがゆっくりと瞬きをした。

(中略)

「クイーン」の名前は前のセリフが誰の物か分からないかと思って入れていたのですが,不自然に思えて抜きました.ずいぶん迷ったんですが.

「まぜっかえすなよ!大将、いったい、何に使ったんです?」

「まぜっかえすな、クイーン!大将、いったい、何に使ったんです?」

ルビもつけるかつけないかでずいぶんいつも迷うんですが.基本は,自分がすんなり読めなかったり,「こう読ませたい」という音があったり,読みにくいだろうと思ったりしたときにつけているんですが.「戦」ぐらいだとつけるべきかどうか迷います.↓

(いくさ)の支度に」

「戦の支度に」

(中略)

「よろしく言ってくれ」

「ああ。お酒、奢りでいいよね」

「ああ」

「ありがと。じゃあ、またね」

娘が金を受け取って出て行くと、「また」はなくていい、とエースが小さく言った。

↑この方が,娘さん,可愛らしいかと思って.せっかくちゃっかり座ったことだし.

「よろしく言ってくれ」

「ああ」

そして、ゲドの手元には、ジャラジャラと金の音のする小袋がまだ残っている。

「エース」

「はい?」

「貸すぞ?」

至極まじめにゲドは言った。

↑突然,思いついちゃったので足しました.これで,エースの金欠もうまく話的に繋がるなあと思って.ごめん,エース.そして,話はますますギャグに傾き,ゲドはますます変な人になっていく.

(後略)

これで,ラフ書きは終了です.

「娘」にせよ「男」にせよ,どうも,私,人の名前を考えるのが苦手で,ゲームやるときも主人公の名前(IIIなら炎の英雄の名前)をつけるの,ずいぶん唸っていました.

最初に書きましたが,私はテキストエディタにベタ打ちで書いているので,ルビは青空文庫に習って《》で囲っています.以前は()でしたが.あとでビューワー等で見るとき,《》のほうが都合がよかったので.

仕上げ

秀丸・縦書きモードで

最後に全体を見ながら文章を直していきます.さすがに,こればかりは家でやらないとできないので,リナザウは使いません.

縦書きで見ることを想定しているので,たいてい,プリントアウトして赤で直し入れて,それをまたPCで打つのですが,最近,秀丸が縦書きに対応したので,試しに縦書きモードにして直に直しを入れています(右図).何回かやりましたが,秀丸の縦書きに慣れないこともあって,やっぱり紙に打ちたくなります.あと,紙の方が試行錯誤の後が残るのでやりやすいようにも思います.

私は放っておくと,読点を打ちすぎるので,読みながらいらない読点を省きます.あと,けっこう,同じ単語や表現を使っているので,それも手直しします.それと,指示語が多いので,様子を見ながら減らします.

それと,大事なのは,意味に自信のない単語は辞書をひくことです.私の場合,たいてい,単語の意味を勘違いしているので.

この作業をやると,周りが辞書だらけになります.(たいてい,使うのは『明鏡国語辞典』『角川 類語新辞典』『漢字源』.場合によっては電子辞書(CASIO XD-R7200).『明解』は最近使い出したのですが,どの意味の時にどの漢字を使う(仮名書きにする)のが普通かが明確で,便利です.通常から外れた表現をするにしても,「通常」がどれかが分からなければできませんから.

あと気をつけることは,字面.読みやすさや雰囲気を考えながら,あーでもない,こーでもない,と頭を悩ませます.

この仕上げ作業,気力があるときは一番楽しいんですが,気力がないときはやる気が起きません.

そうそう,書いているときは1人で合点していて,説明が足りないことが多いので,本当は1週間ぐらい寝かせてからこの作業をした方がいいのかもしれません.

では,最後の新旧対照表をば.

新旧対照表
9月13日版 9月8日版

酒場の扉が開いて閉じると、そこには見慣れぬ娘が立っていた。酒場はいつもの喧噪で、娘に気づいた者もいれば気づかない者もいる。

きつい瞳と、燃える赤毛。人目をひく容姿ではあった。

まあ、若すぎて自分の好みからは外れるが。

酒場の扉が開いて閉じて、そこには娘が立っていた。いつもの喧噪の中で、気づいた者もいれば気づかない者もいる。

きつい瞳と、燃える赤毛。人目をひく容姿ではあった。

まあ、若すぎて自分の好みからは外れるが。

ジョーカーはいつものように酒を飲みながら、自分勝手に値踏みした

「――だから、そろそろお仕事に励んでもいい頃合いだろ?」

ジョーカーはいつものように酒を飲みながら、眺めるともなく眺めた。

「――だから、そろそろお仕事に励んでもいい頃合いだろ?」

エースが何やら言っている。

そっちは無視を決め込んで、扉の辺りを窺っていると、娘は扉に一番近い(テーブル)一団に話しかけ

娘は、「美しい」とか「綺麗」と形容してしまうには少々勇ましい雰囲気を醸している。背中に背負った細の槍は決して伊達ではないだろう。

傭兵か?

ジョーカーは目を細めて(グラス)の酒を飲み干した。

いつものように、エースが何やら言っている。

そっちは無視して眺めていると、娘は扉に一番近い(テーブル)についた一団に話しかけている。

娘は、普通に「美しい」とか「綺麗」と形容してしまうには、もっと勇ましい雰囲気をもっている。背中に背負った細みの槍は伊達ではないだろう。

傭兵か?

ジョーカーは目を細めて(グラス)の酒を飲み干した。

娘の唇を何の気しに読む。

クイーンたちの声耳に入る。

「私はまだ手持ちがあるよ。アイラだってジャックだって、まだあるんだろう?」

「うん」

「……」

「だいたい、あんた、今回、金無くなるの早すぎだよ。なんかやらかしたのかい?」

「人聞きの悪いこと言うな。大将、大将は――」

娘の唇を何の気無しに読む。

クイーンたちの声も耳に入る。

「私はまだ手持ちがあるよ。アイラだってジャックだって、まだあるんだろう?」

「うん」

「……」

「だいたい、あんた、今回、金無くなるの早すぎだよ。なんかやらかしたのかい?」

「人聞きの悪いこと言うな。大将、大将は――」

とめどなく続く会話をジョーカー遮った。

「エース」

「――って、なんだ、じじい」

とめどなく続く会話をジョーカーが遮った。

「エース」

「――って、なんだ、じじい」

ジョーカーは娘の方を顎でしゃくった。

「十二小隊を探しているようだ、身に覚えがあるんじゃないか?」

ジョーカーは娘の方をしゃくった。

「十二小隊を探しているようだ、身に覚えがあるんじゃないか?」

からかうように言うと、エースは焦ったように娘の方を見てから、ほっとため息をついた。

「あ、俺じゃねぇ。あの女にゃ見覚えはない」

「なら、別な女には心当たりがあるんだ」

「うるせえな。お子様は黙ってろ」

「お子様じゃない!」

アイラが机の下で何かしたらしく、エースは変なうめき声を上げて足を押さえた。

見当違いか、と思ったジョーカーはふとゲドに気が付いた。

からかうように言うと、焦ったようにエースは娘の方を見てから、ほっとため息をついた。

「あ、俺じゃねぇ。あの女にゃ見覚えはない」

「なら、別な女には心当たりがあるんだ」

「うるせえな。お子様は黙ってろ」

「お子様じゃない!」

アイラが机の下で何かしたらしく、エースは変なうめき声を上げて足を押さえた。

見当違いか、と思ったジョーカーはふとゲドに気が付いた。

ゲドは目を細めて娘を見、ほんのわずかだったが眉を寄せているようだった。怪訝そうに見えなくもない。そのまま、手の中の(グラス)を傾けても、視線は娘の上だ。

ほう?

ゲドは目を細めて娘を見、ほんのわずかだったが眉を寄せているようだった。怪訝そうに見えなくもない。そのまま、手の中の杯を傾けても、視線は娘の上だ。

ほう?

なにやら訊かれていた連中がこちらを指さすのが見えた。娘はまっすぐにこちらにやってくる。

「十二小隊ってのは……」

「あたしたちだよ」

席に座った連中がこちらを指さすのが見えた。娘はまっすぐにこちらにやってくる。

「十二小隊ってのは……」

「あたしたちだよ」

足を押さえて呻いているエースのわりにアイラが言った。

そのアイラと、(もだ)えているエース、横でエースの様子を伺っているジャック(多分、心配しているのだと思われる)、興味津々の自分とクイーン、それを順々に見てから、娘の目がゲドの上に止まった。

「隊長は?」

「その御仁じゃ」

足を抑えて呻いているエースの変わりにアイラが言った。

そのアイラと、もだえているエース、横でエースの様子を伺っているジャック(多分、心配しているのだと思われる)、興味津々の自分とクイーン、それを順々に見てから、娘の目がゲドの上に止まった。

「隊長は?」

「その御仁じゃ」

どうやらそれは確認でしかなかったらしく、娘はためらいもせずにツカツカとゲドの真ん前に立つと、座っているゲドをしばし見下ろして、

「やっと、見つけた」

「……」

どうやら質問は確認でしかなかったらしく、娘はためらいもせずにツカツカとゲドの真ん前に立つと、座っているゲドをしばし見下ろして、

「やっと、見つけた」

「……」

ゲドの視線は娘が動くのに合わせて動いていたが、娘を見上げた状態で止まっている

「これを――」

ゲドは娘を見たままだ。

「これを――」

言って、ずい、と差し出されたのは紙だった。トラン辺りで使われるもののようだ、とジョーカーは踏んだ。

差し出された紙はずいぶんと年季が入っていたゲドが手袋をしたまま無理矢理開こうとしたのを、娘は慌てて取り上げた。槍使いにしては繊細そうな指で注意深く開いてから、ずい、とゲドの眼前に差しだす

示された文面を読んだゲドは、紙と娘を見比べ、しばらくしてから

「ああ」

得心のいったような声を上げた。

「ああ、ってあんた――」

「しばらく待てるか」

「は?あんた、もしかして――」

「すぐには無理だ」

言って、ずい、と差し出したのは紙だった。トラン辺りで使われるもののようだ、とジョーカーは踏んだ。

差し出された紙はもろくなっていたようで、手袋をしたままのゲドが無理やり開けようとしたのを娘は慌てて取り上げて、槍使いにしては繊細そうな指で注意深く開いてから、ずい、とゲドの顔面に示した。

それを読んだゲドは、紙と娘を見比べ、しばらくして、

「ああ」

得心のいったような声を上げた。

「ああ、ってあんた――」

「しばらく待てるか」

「は?あんた、もしかして――」

「すぐには無理だ」

娘はなぜか驚いた様子で何度かパチクリと目を(しばた)かせた。だが、すぐに挑戦するような調子で言った。

「いいよ、この辺りには他の用もあるから」

「分かった」

娘はなぜか驚いた様子でなんどかパチクリと目を(しばた)かせた。だが、すぐにゲドに挑戦するように言った。

「いいよ、この辺りには他の用もあるから」

「分かった」

あっさり言うと、ゲドは立ち上がって、扉の方へと歩き出した。慌てて娘が追いすがる。

「ちょっと、あんた、逃げるんじゃないだろうね。いい?あたしじゃない、あんたが言い出したんだ。言った責任は取ってもらうよ!」

それを聞くと、ゲドは立ち上がり、扉の方へと歩きだす。慌てて娘が追いすがる。

「ちょっと、あんた、逃げるんじゃないだろうね。いい?あたしじゃない、あんたが言い出したんだ。言った責任は取ってもらうよ!」

ゲドについて外に出た娘が叫んでいるのが聞こえる。

「あたしは本気だからね!だいたい、今度いつ会うってのさ……!」

叫び声は遠ざかって行く。

扉の外に出た娘が叫んでいるのが聞こえる。

「あたしは本気だからね!だいたい、今度いつ会うってのさ……!」

叫び声は遠ざかって行く。

いつの間にか酒場中の人間がこのやりとりに耳をそばだてていて、しばし、静かになっていた。が、すぐに前以上の喧噪に包まれた。(改行削除)寡黙な常連傭兵の、思いがけない一悶着は十分に酒の肴になる。

「昔の女、って訳ゃないよなあ」

やっと立ち直ったエースにしてから、第一声がそれだった。

「あの若さで?そりゃ、無理じゃろ」

「じゃ、今の女」

「いつ会ったんだ、いつ」

酒場中の人間がこの遣り取りを聞いていて、しばし、静かになっていたのだが、すぐに前以上の喧噪に包まれた。

寡黙な常連傭兵の、思いがけない一波乱は十分に酒の肴になる。

「昔の女、って訳ゃないよなあ」

やっと立ち直ったエースにしてから、第一声がそれだった。

「あの若さで?そりゃ、無理じゃろ」

「じゃ、今の女」

「いつ会ったんだ、いつ」

「じゃ、あたしは親の(かたき)に一〇〇ポッチ」

微笑を浮かべながらグラスを傾けるクイーンが冗談に金貨を放った

「……俺は……隠し子に」

「じゃ、あたしは親の敵に一〇〇ポッチ」

微笑を浮かべながらグラスを傾けるクイーンはどうやら冗談のようだ。

「……俺は……隠し子に」

ジャックがボソッと言って、そっと一〇〇ポッチ(テーブル)に載せた。

「……お前もよくわかんないヤツだね、相変わらず」

エースが言うと、ジャックは小首をかしげた。

「ね、それで、ゲド隊長はどこに行ったんだ?」

「あ……」

そういえば、何も聞いていない。

「やっぱり、逃げたのかのう……」

「さあね」

クイーンが肩をすくめた。

ジャックがボソッと言うと、

「……お前もよくわかんないヤツだね、相変わらず」

エースが言うと、ジャックは小首をかしげた。

「ね、それで、ゲド隊長はどこに行ったんだ?」

「あ……」

そういえば、何も聞いていない。

「やっぱり、逃げたのかのう……」

「さあね」

処置なし、とばかりにクイーンが肩をすくめた。

それからしばらく、ゲドは帰ってこなかった。

ジョーカーもクイーンも慌てる様子がない。

ジャックは(ボウガン)をばらしては、部品をいつもの無表情で眺めている

アイラは少々つまらなそうにしていたが、別に自ら仕事を請け負うわけもなく。

「結局、隊のこと考えてるのは俺だけだ」

それからしばらく、ゲドは帰ってこなかった。

ジョーカーもクイーンも慌てる様子がない。

ジャックはボウガンをばらして、いつもの無表情で部品を眺めている。

アイラは少々つまらなそうにしていたが、別に自ら仕事を請け負うわけもなく。

「結局、隊のこと考えてるのは俺だけだ」

エースが言ったとたん、クイーンはひらひらと手のひらを振った。

「あのね、隊費とあんたの懐具合、一緒にするんじゃないよ」

「今度はどの女に貢いだ、ん?」

「貢いでねえ!」

「ま、稼ぐんなら一人でやるんじゃな。大将がいないんじゃ、でかい山は請け負えん」

言ったとたん、クイーンがひらひらと手のひらを振った。

「あのね、隊費とあんたの懐具合、一緒にするんじゃないよ」

「今度はどの女に貢いだ、ん?」

「貢いでねえ!」

「ま、稼ぐんなら一人でやるんじゃな。大将がいないんじゃ、でかい山は請け負えん」

エースは悠々と席についているクイーンとジョーカーを恨めしげに睨んでから、めたように立ち上がった。

「どこへ?」

「本部」

「何の用が」

エースは悠々と席についているクイーンとジョーカーを恨めしげに睨んでから、あきらめたように立ち上がった。

「どこへ?」

「本部」

「何の用が」

「ひとりで稼げっつったの、お前らだろ。適当な仕事ないか物色するんだよ!」

まだ何やらブツブツ言いながら、エースは出て行った。

それと入れ替わるように入ってきた男が、ジョーカーたちのいる(テーブル)に歩み寄った。

「ひとりで稼げって言ったの、お前らだろ。適当な仕事ないか物色するんだよ!」

まだ何やらブツブツ言いながら、エースは出て行った。

それと入れ替わるように入ってきた男が、ジョーカーたちのいる(テーブル)に歩み寄った。

酒場の常連で、この男も傭兵だ。いつもは、特に話しかけてもこないのに、今日は一体何の用だと思っていると、

「おい、お前らの隊長、どうにかしてくれ」

「ああ?隊長?エースでなくてか」

酒場の常連で、この男も傭兵だ。いつもは、特に話しかけてもこないのに、今日は一体何の用だと思っていると、開口一番、

「おい、お前らの隊長、どうにかしてくれ」

「ああ?隊長?エースでなくてか」

エース?違う、ゲドだよ、ゲド」

ジョーカーは訳が分からないままに、クイーンを見た。クイーンも心当たりはない、と首を振った。近くでおとなしくしていたジャックも、その隣でソーダを飲んでいたアイラも、こちらに注目してはいるが、何か知っていそうではなかった。

「いったい何が」

「カードで有り金全部巻き上げられた」

「ゲドだよ、ゲド」

ジョーカーは訳が分からないままに、クイーンを見た。クイーンも肩をすくめるばかりである。近くでおとなしくしていたジャックも、その隣でソーダを飲んでいたアイラも、こちらに注目してはいるが、何か知ってそうではなかった。

「いったい何が」

「カードで有り金全部巻き上げられた」

「は?あの人が?金を巻き上げる?

両の手を肩の高さに上げてみせ、クイーンは呆れたように首を振った。

「信じられないね」

「は?あの人が?」

両の手を肩の高さに上げてみせ、クイーンは首を振った。

「信じられないね」

そりゃ、カードに誘ったのはこっちだが」

「じゃ、自業自得じゃないか」

アイラが横から口を挟むと、男はひどく情けない顔をした。

「まあ、誘ったのはこっちだが」

「じゃ、自業自得じゃないか」

アイラが横から口を挟むと、男はひどく情けない顔をした。

「いや、だけどな。いつもなららないじゃねぇか、賭け事にゃ。それに、あんなに強いたぁ……」

「お前さん、いつものイカサマはどうしたい?」

「いや、だけどな。いつもならのらないじゃねぇか。それに、あんなに強いたぁ……」

「お前さん、いつものイカサマはどうしたい?」

ジョーカーが言ってやると、男は顔を紅潮させて何か反論しかけたが、古参の傭兵相手に言い繕うのは止めたらしい。

「カード抜いたとたんな、黙って、こう――」

男は何かを垂直に振り下ろす仕草をしてみせた。

「剣で(テーブル)叩き割られたよ」

ジョーカーが言ってやると、男は少し睨んだが、あきらめたように首を振った。

「カード抜いたとたんな、こう、黙って剣で(テーブル)叩き割られたよ」

とたんに、クイーンが吹き出した。

あの人が?あんた、よっぽどひどいことやったんだろ

「ほう?」

そんなこたあ――だいたい、ゲドの逆鱗がどの辺りにあるかなんて、俺は知らねぇよ。――んで、その後はさ、いつものだんまりでカードを見るわけだ」

「んで、いつもの黙りでそのまま黙々とカードを見るわけだ」

ブルッと肩を震わせて、

「『止める』なんて言い出せる雰囲気じゃなくて、そのまま――

「金が無くなるまでやってたってわけか」

「『金が無くなった』って言うのだって怖かったんだぜ?」

ブルッと肩を震わせて、

「『止める』なんて言い出せる雰囲気じゃなくて、そのまま」

「金が無くなるまでやってたってわけか」

「『金が無くなった』って言うのだって怖かったんだぜ?」

「別に凄まれなかったろう?」

「そりゃあ、まあ、『そうか』ってひとこと。――なあ、頼むよ、ジョーカー。俺、本当に有り金あれで全部だったんだ。ちったぁ返してもらえないと、今日の飯も食えない」

「そういうことは、本人に言うんじゃな」

ちょい、ちょい、とジョーカーが男の背後を指さした。

「別に脅されなかったろう?」

「そりゃあ、こう、『そうか』ってひとこと。なあ、頼むよ、ジョーカー。俺、本当に持ち金全部だったんだ。ちったぁ返してもらえないと、今日の飯も食えない」

「そういうことは、本人に言うんじゃな」

ちょい、ちょい、とジョーカーが男の背後を指さした。

ゲドが黙って突っ立っている

「出たぁ!!」

とびあがった男を見て、アイラが弾かれたように笑い出した。ジョーカーも人の悪い笑みを浮かべている。

「何か用か」

「いや……また、今度にする……」

後ずさってから急に回れ右をした男を見送って、クイーンが立ったままのゲドに笑いかけた。

「あの恐がりよう、尋常じゃないね。フフ、あんた、何やったんだい?」

「ポーカーだ」

ゲドが黙って背後に立っていた。

「出たぁ!!」

とびあがった男を見て、アイラが弾かれたように笑い出した。ジョーカーも人の悪い笑みを浮かべている。

「何か用か」

「いや……また、今度にする……」

後ずさってから急に回れ右をした男を見送って、クイーンが立ったままのゲドに笑いかけた。

「あの恐がりよう、尋常じゃないね。フフ、あんた、何やったんだい?」

「ポーカーだ」

そういう意味じゃなかったんだけど、と思いつつ、クイーンはただクスクスと笑って、

「今度お相手願いたいね」

「……」

「今度お相手願いたいね」

「……」

クイーンのセリフを聞き流し、定位置につこうと歩きかけたゲドに、後ろから声がかかった。

「あ、いたいた。逃げなかったね」

あの、赤毛の娘だった。

定位置につこうと歩きかけたゲドに、後ろから声がかかった。

「あ、いたいた。逃げなかったね」

あの、赤毛の娘だった。

とりあえず、座る方を優先させたゲドが腰を落ち着けたとたん、今度は、バタン、と酒場の扉が壊れそうな勢いで開いて、頓狂な大声が響き渡った。

とりあえず、座る方を優先させたゲドが腰を落ち着けたとたん、バタン、と酒場の扉が壊れそうな勢いで開いて、頓狂な大声が響き渡った。

(中略)

瞬間、その場の面々が動きを止めた。

「なんですって?」

「……」

「じゃ、あんたは……」

「そ、あたしはその取り立て」

ちゃっかり同じテーブルについた娘は遠慮もせずにグラスになみなみと酒を注いでいる。

「た、大将〜。大将だけは信じてたのに〜」

「ゲド隊長もオンナにミツいだのか?」

「エースじゃあるまいし」

さすがに皆がまさかの思いで動きを止めた。

「なんですって?」

「……」

「じゃ、あんたは……」

「そ、あたしはその取り立て」

ちゃっかり同じテーブルについた娘は遠慮もせずにグラスになみなみと酒を注いでいる。

「た、大将〜。大将だけは信じてたのに〜」

「ゲド隊長もオンナにミツいだのか?」

「エースじゃあるまいし」

「うるさいぞ、そこ

立ち上がって怒鳴るエースを見上げて、ゲドがゆっくりと瞬きをした。

「ちょっ……俺のことはおいといてですね、今、問題なのは大将です」

クイーンがふーとため息をつき、首を振りながら肩をすくませた。

「それで、借金の額は?」

ゲドは少し考え、娘に向かって、

「五億ぐらいになるか」

「まあ、そんなもんだね」

「ご、ご……」

「うるさいぞ、じじい」

立ち上がって怒鳴るエースを見上げて、ゲドがゆっくりと瞬きをした。

「ちょっ……俺のことはおいといてですね、今、問題なのは大将です」

クイーンがふーとため息をつき、首を振りながら肩をすくませた。

「それで、借金の額は?」

ゲドは少し考え、娘に向かって、

「五億ぐらいになるか」

「まあ、そんなもんだね」

「ご、ご……」

エースは口をパクパクさせ、どうにかこうにか立ち直ると、

「借金は隊費で賄えるぐらいに抑えてください」

「隊費でまかなっていいのかい?」

「まぜっかえすなよ!大将、いったい、何に使ったんです?」

(いくさ)の支度に」

「戦って……戦費一人で負担したんですか?!」

「戦費、と言えば戦費になるな」

「は?」

「……」

エースは口をパクパクさせた。

「借金は隊費で賄えるぐらいに抑えてください」

「隊費でまかなっていいのかい?」

「まぜっかえすなよ!大将、いったい、何に使ったんです?」

(いくさ)の支度に」

「戦って……戦費一人で負担したんですか?!」

「戦費、と言えば戦費になるな」

「は?」

「……」

「そこで黙っちゃ分からないでしょう!」

ゲドは眉根を寄せた。

「そこで黙っちゃ会話が続かないでしょう!」

ゲドは眉根を寄せた。

「何がきたい」

「だから、何に五億も使ったんです?」

「いや、使ってない」

「ダーーーーッ!!大将、ちゃんと説明する気あるんですか!」

「まあ、待て、エース」

「何がききたい」

「だから、何に五億も使ったんです?」

「いや、使ってない」

「ダーーーーッ!!大将、ちゃんと説明する気あるんですか!」

「まあ、待て、エース」

最初こそ呆気に取られていたのだが、なんとなくジョーカーにはゲドの反応が分かってきた。質問が具体的だから逆に系統立たなくて分からないのだ。そして、ゲドのほうはと言えば、説明するためにわざわざ人の話を遮る質でもない。

その時、娘が景気よく話し出した。

「あー、もう、かったるい。あたしが説明するよ。借金の元金は百万だったんだ」

「それがどうして五億になるんだ」

最初こそ呆気に取られてやりとりを見守って居たのだが、なんとなくジョーカーには分かった。質問が具体的だから逆に系統立たなくて分からないのだ。そして、ゲドのほうはと言えば、説明するためにわざわざ人の話を遮る質でもない。

その時、娘が景気よく話し出した。

「あー、もう、かったるい。あたしが説明するよ。借金の元金は百万だったんだ」

「それがどうして五億になるんだ」

「借金したのが六十年前だったから」

「踏み倒しなさい、そんなものは」

間髪いれずエースはゲドに向かって頭ごなしに言った。ゲドは黙ったままだが。

――まあ、踏み倒すって柄じゃないだろう。

「借金したのが六十年前だったから」

「踏み倒しなさい、そんなものは」

間髪いれずエースはゲドに向かって頭ごなしに言った。ゲドは黙ったままだが。

――まあ、踏み倒すって柄じゃないだろう。

エースはがっくりと肩を落とした。

というのは、隊員の一致した意見だった。

「しかし、お前さん、せいぜい一八にしか見えんが」

「この私のどこが六〇越えてるように見えんのさ。そちらさんが代替わりしてんのと一緒。あたしもばあさんの代理だよ」

「代理?」

そ。まあね、あたしも別に返してくれるなんて思っちゃいなかったんだ。自分の親だかじいさんだかがこさえた借金なんてね」

最初、娘が何を言っているのか飲み込めなくて、怪訝な顔をしていた一同は、はたと気づいて目配せを交わし合った。

――この娘、勘違いしている。

「まあね、あたしも別に返してくれるなんて思っちゃいなかったんだ。自分の親だかじいさんだかがこさえた借金なんてね」

最初、娘が何を言っているのか飲み込めなくて、怪訝な顔をしていた隊員たちは、はたと気づいて目配せを交わし合った。

――この娘、勘違いしている。

おそらく、借金はゲド本人のものだ。だからこそ、証文(たぶん、最初に見せられた紙は証文だったのだろう)を見たとき、ゲドはすぐに気づいたのだ。自分の字が書いてあったのだろうし、自分でも思い当たったろうから。

そんなこととはつゆ知らず、

「だからさ、あたしもね、頼まれはしたけど、ちょっと凄んで、そちらさんが断ればそれで義理は果たせるかなって思ってたわけ。でも、この人、心当たりがあるって言い出した()()に返すって言い出すだろ。正直、呆れたよ。でも、なんか、そう言われちゃうと引っ込めなくってさ」

おそらく、借金はゲド本人のものだ。だからこそ、証文(たぶん、最初に見せられた紙は証文だったのだろう)を見たとき、ゲドはすぐに気づいたのだ。自分の字が書いてあったのだし、自分でも思い当たったろうから。

娘はばつ悪げに続ける。

「しかもね、どうも無理矢理貸したみたいなんだ、うちのばあさん。質のいい装備に買い替えろ、ってね。それであんたのじいさんだかなんだか、剣だの鎧だの全部買い替えさせられたらしよ。そりゃ、うちは借金取りだけどさ、理不尽なまねだけはしないってのが家訓なんだ。ばあさんの話聞いて驚いたさ。そんなまねする人じゃないって思ってたから」

「いや、役に立った。あれは正しい判断だった

娘はばつ悪げに続ける。

「しかもね、どうも無理矢理貸したみたいなんだ、うちのばあさん。質のいい装備に買い替えろ、ってね。それであんたのじいさんだかなんだか、剣だの鎧だの全部買い替えさせられたらしよ。そりゃ、うちは借金取りだけどさ、理不尽なまねだけはしないってのが家訓なんだ。ばあさんの話聞いて驚いたさ。そんなまねする人じゃないって思ってたから」

「いや、役に立った。お前の祖母は正しい」

「え?はは、あんた、自分のことみたいに言うね。――そう言ってもらえると嬉しいけど。――ま、そんなわけで、あたしも返してもらえるなんて思ってなかったし、ばあさんもそんなに期待はしてなかったみたい。いつもなら地獄の果てまで追いかけて取り立てろが口癖なのに、その決まり文句、言わなかったから。見つけられるかどうかも危ぶんでたみたいだけど、そこはそれ、あたしの執念の勝利ってヤツだね。でも、あんたも、よく返す気になったね」

「嬉しかった」

「え?はは、あんた、自分のことみたいに言うね。――そう言ってもらえると嬉しいけど。――ま、そんなわけで、あたしも返してもらえるなんて思ってなかったし、ばあさんもそんなに期待はしてなかったみたい。いつもなら「地獄の果てまで追いかけて取り立てろ」が口癖なのに、その決まり文句、言わなかったから。見つけられるかどうかも危ぶんでたみたいだけど、そこはそれ、あたしの執念の勝利ってヤツだね。でも、あんたも、よく返す気になったね」

「嬉しかった」

ボソリ、とゲドが言った。

「は?借金がかい?」

「……」

ゲドは黙って、少し目を細めた。

ボソリ、とゲドが言うと、皆それぞれにはっとなった。

「は?借金がかい?」

「……」

ゲドは黙って、少し目を細めた。

娘は、変なヤツだね、と言い置いて、

「ま、いいや。今、いくら返せるんだい」

「五百万」

「百分の一か」

娘は腕組みをすると、あごに指先を当ててしばし考えた。そんな仕種をすると、ずいぶんと可愛らしい印象になる。

「いいや、二百万で手を打とう」

「いいのか」

娘は、変なヤツだね、と言い置いてから

「ま、いいや。今、いくら返せるんだい」

「五百万」

「百分の一か」

娘は腕組みをすると、あごに指先を当ててしばし考えた。そんな仕種をすると、ずいぶんと可愛らしい印象になる。

「いいや、二百万で手を打とう」

「いいのか」

「いいよ。もともと、観光がてらのおいだったのさ。二倍も取れりゃ万々歳。ばあさんには土産話で手をてって言っとくよ」

「よろしく言ってくれ」

「いいよ。もともと、旅行がてらのおつかいだったのさ。二倍も取れりゃ万々歳。ばあさんには土産話で手をうてって言っとくよ」

「よろしく言ってくれ」

「ああ。――このお酒、奢りでいいよね」

「ああ。お酒、奢りでいいよね」

(中略)

金を返してもらったと聞いて、最初、心底驚いたような顔をしていた老婆も、孫の話が終わるころにはだいぶ落ち着いていた

「ただ『借金した奴に似てるようだ』って言われた時は、ホントに仕事になるのかと思ったけど、ほんと、世間って狭いもんだね」

金を返してもらったと聞いて、最初、心底驚いたような顔をしていた老婆も、孫の話が終わるころにはだいぶ落ち着いてきた。

「ただ『借金した奴に似てるようだ』って言われた時は、ホントに仕事になるのかと思ったけど、ほんと、世間って狭いもんだね」

「ああ、まったくだ。……それで、その人はどんな人だった?」

「名前はその借金したヤツと同じでゲドって言った。無愛想で悪人面でさ。片目で背が高くて、こう、威圧感があるんだよね。こりゃ、こんなわけわかんない話を持ちかけたって無理だろうなって思ったけど、話してみたら、案外、いい奴だったよ」

「そう、片目で――」

「ああ、まったくだ。それで、その人はどんな人だった?」

「名前はその借金したヤツと同じでゲドって言った。無愛想で悪人面でさ。片目で背が高くて、こう、圧迫感があるんだよね。こりゃ、こんなわけわかんない話を持ちかけたって無理だろうなって思ったけど、話してみたら、案外、いい奴だったよ」

「そう、片目で――」

老婆の脳裏をくるくると記憶が流れていく。

戦の前に、金を渡されて、ほんのわずかに困惑した男。

戦場で肩口を切られて荒い息をしていた自分を馬上に引き釣り上げた男。

老婆の脳裏にクルクルと記憶が廻っていく。

最後の戦の前に、金を渡されて、ほんのわずかに困惑した男。

戦場で肩口を切られて荒い息をしていた自分を馬上に引き釣り上げた男。

抗う自分を無視して、馬を走らせ、自分は残った男。

振り返った自分の目の前で、矢を受けた男。

抗う自分を無視して、馬を走らせた男。

振り返った自分の目の前で、矢を受けた男。

戻ろうにも、敵に囲まれ、そこから逃れることで精一杯で、無力のうちに男を見失ったことが、あの時どんなにじくじくと胸を押さえつけたことだろう。

長い長い年月の間に、その胸を穿(うが)つ楔は、小さくはなっても無くなりはしなかった。だが、それがスッと消えた。消えることなどないと思っていた楔が跡形もなく消えた。

隻眼のその男のことが胸の打ちで小さな楔になっていたのだが。

「ね、土台、無茶な話だったんだ。この土産話で手打ちなよ」

「ああ、五億に値するね」

孫娘と同じ赤い髪をもつ老婆は、静かに品よく微笑んだ。

「ね、この話で手うちなよ」

「ああ、五億に値するね」

老婆はそう言って、静かに品よく微笑んだ。

これでおしまい.

これは癖ですが,最後に書き上げた日付を入れます.(例:平成一七年九月十三日 初稿)

自分でやっといてなんだけど,こんなに直し入れとると思わんかったわ〜.