ホテル〈北極星〉

L'Étoile du Nord/長島 良三 訳

プレジデント社『名探偵読本-2 メグレ警視』(1978年12月25日初版)収録

角川文庫 赤503-6 『メグレの退職旅行』 (昭和56年7月20日初版)収録

集英社文庫 『【世界名探偵コレクション10】(6)メグレ警視』(1997年7月25日第1刷)収録

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世界名探偵コレクション10
(6)メグレ警視

退職を明後日にひかえて徹夜で荷物整理しているメグレが、自分宛でない電話を取ってしまって、その上、なんとなく首を突っ込んでしまったために、若い娘にスカートをおろすよう命じ、服を脱がせて、最後には引っ叩く話。(端折り過ぎ)

メグレにしてみれば、もうすぐ年季が明けるってのに世話かけさせやがって、という気分だっただろう。

ともかく、最初から最後まで若い娘の強情さとメグレとの対決の話だ。メグレはうんざりしているけど、部屋の中をめちゃくちゃにしてしまうきっかん気の娘さんが素敵だ。司法警察局内でも噂の尋問だったようで、口実をつけて同僚たちがメグレの部屋を開けたがっている。端からみれば滑稽なんだよなぁ。当事者じゃない人々は無責任だ(笑)。

話の最後、引っ叩かれた娘が最後に逃げるのをためらうのは、メグレの誠実さ・メグレなりの優しさが伝わったからだと思う。

ジャンビエが殺されたボンパールについて「彼は愉快な男だったにちがいありません。壁一面にべたべたと女の写真が貼ってあるのです……」と言っているが、そーゆー人間は愉快な男なのか?

上記挙げている3つ本はどれも長島良三さんの訳だが、手直しは入るのだろう、最新の集英社版には訳注が追加されていた。(他にも直しはあるのかもしれないが、そこまで見ていない)

メグレ→メグレ夫人の「おまえ」という呼びかけは「シェリ」という言葉の訳だったんですね。初めて知った。


「いないぞ! 私はここにいないぞ! だれもいないぞ!」


「私のばかさ加減を、どうして指摘してくれなかったのだ?」

「しかし、警視(パトロン)……」


「あなたの刑事さんは遅いわ」(中略)

「部長刑事だ……」

「どうちがうのか、わたしにはわからないわ」


「今朝からあの女のことを考えなければいけなかったのです、警視(パトロン)……」

「私だって考えつかなかったのに、どうして今朝きみに考えつくんだ!(後略)」


2001/9/19 読書開始 - 読了

メグレを射った男

Le Fou de Bergerac/河出書房新社版 メグレ警視シリーズ42/鈴木 豊 訳

引退した同僚・元警視のルデュックに引退先の田舎町ヴィルフランシュに来るよう誘われ、メグレ夫人も妹のお産のためにアルザスに帰っていることだし、とメグレは旅に出た。ヴィルフランシュ行の寝台列車の中、メグレの上の寝台にいた男は、始終落ち着かずに寝返りを打ってメグレの眠りを妨げた。やがて、列車がスピードを落としたすきに男は列車を飛び降りた。男の正体も飛び降りた理由も分からないながら、自分も飛び降りてとっさに後を追ったメグレだったが、男に撃たれてしまった。そして、気が付いてみると連続殺人を犯した狂人と勘違いされていた。

ということで、メグレは今回はほとんどベッドの上です。病気になったメグレって子供みたいだよなぁと思う。面倒を見ている夫人ともども微笑ましく思う。ベッドから動けないので、安楽椅子探偵っぽい展開かと予想したのですが、どちらかといえば尋問の場所がメグレのオフィスから病室に変わっているだけのような感じです。というのは、事件の主要メンバーが皆メグレの部屋に集まっているからです。病人ながらも、対話を通して圧力を掛けるメグレはいつも通りでした。

ルデュックは当初、事を荒立てたくなくてメグレの行動を苦々しく思っていたようですが、いったん腹をくくってしまうととても役に立ってます。って、元・警視にこの言い草は失礼だな。(^_^; 有能な人だったんだろうなということをうかがわせます。

機動班の全ての警視はフランス全土で有効の全線パスを持っているそうです。いいなぁ。


ここでたったひとり、今夜死ぬなんてばかばかしい限りだからだ! 自分がどこにいるのかすら知らずに! 彼がいないのに、荷物は相変らず旅を続けているのだから!

大変な場面なのだけど、ちょっとしたユーモアがある。でも、そのユーモアが逆に意識朦朧としている男の切実な状況を醸しだしている。他、医者が治療のために薬を飲ませているのに「毒を飲ませて、止めをさすためだ!」などとぼんやり考えているところも面白い。


「あなたはあの傷が影響を与えた……その、私の同僚の知能に影響を与えたはずはないという確信がおありですか?(後略)」

メグレの言動に不信を抱いたルデュックが医者に訊くところ。笑える。


 麦藁帽子をかぶり、各列車が着くのを待ちながら行ったり来たりし、旅客をじろじろ見て、年のいった婦人のあとをつけ、必要に応じてはボーソレイユさんというお名前ですか、と訊ねている哀れなルデュックを想像するのは、なかなか味のあるものだ。

頼んだのあんた(=メグレ)だろ!(笑) ルデュックさん、いい人だなぁ。


「熱烈なカップルでした、おわかりでしょう! 障害を許さないカップルでした!(後略)」

この話で強烈に印象に残るのはこのカップルである。このカップルの死に様である。2人とも野心で生きているように思ったのに、2人の間柄だけは野心も打算も抜きで純粋なものだったのだ。


2001/9/25 読書開始 − 2001/9/27 読了

ニュー・ファウンドランドで逢おう

au rendez-vous des terre-neuvas/別冊宝石103号(1960年11月)クロフツ&シムノン篇/稲葉 由紀 訳

読者というものは、小説の登場人物よりも有利な立場にあるもので、その数々の特典のうちの1つが「物語の王道を知っていること」である。推理小説はしばしば読み手を驚かせることを目的としているため、その「王道」を破ることがあるにせよ、王道破りは何度も使える手法ではない。

さて、この物語では、恋人を一途に想う若い娘さんがでてきて「自分の恋人に掛けられた殺人容疑は事実無根の物だ」とメグレに訴える。お話の王道を知っている読者としては、「この恋人はやはり無罪で、メグレはそれを証明するのだ」と当然思う。

ところが、ここで痛烈に感じるのはメグレの第三者性なのだ。メグレはいつも自分が事件を理解しきったと思うまで意見を口にしない。娘さんに対しても「あいつは無罪だ、自分が証明してやるから心配するな」とは言わない。どんなに誠実で善良な人でも犯罪を犯さざるえなくなる瞬間があると知っているからなのだろうが、このメグレの態度と、何事かを思い悩んでいる若者の姿が「もしや…?」という疑念を生まれさせる。

「何か理由があって彼は犯罪を犯さざるを得なかったのだろうか?」「無罪だとしたら彼の様子にどう理由がつけられるのだろうか?」と読み進むうちに、不安になっていく。そして、やっと知る。

彼は自分を無罪だと思うことができなかったのだ、と。

「もうあの女は欲しくなかったのです」

 ひきつるように通信士が繰り返した。

「ただ、もう遅すぎたのです……」

告白の終わり近くのこの台詞が印象に残った。

興味深いのは後日譚があることだ。こんなにも思い悩み苦しみぬいた出来事も、時の移ろいと共に埋もれていく。このことをどう思うべきなのだろうか、とふと思う。

本当は文庫版が欲しかったのだけど、みつからなかったので雑誌を買う羽目に。1960年の雑誌だから手に入れにくそうな物なのだが、奇妙なことに、私は今までに3回ぐらい見かけている。文庫は東京創元社と旺文社から出ており、どちらも題名は『港の酒場で』。雑誌とはあまりに題名が違うので、私は最初『ニュー・ファウンドランドで逢おう』をメグレ物だと思っておらず、あやうく買いっぱぐれるところだった。この題名に付いては写原さんに教えていただいたので、以下に引用する。

犬の名前でおなじみのニュー・ファウンドランドは、仏語表記で terre-nouve(新しい土地)と言います。英語の地名も直訳すれば、new-found-land(新発見地)なのでそのまま意味を置き換えたようです。

原題のterre-nouvas(テール・ヌーヴァとs を発音しません)はその海域で漁業をする人のことです。"au rendez-vous 〜" というのは、フランスでよく酒場や大衆食堂の名前に使われます。いわゆる「たまり場」や「落ち合い場所」の意味です。この作品の中を読んでいませんので推測するだけですが、舞台となる港の酒場の名前がこう付いていたのではないでしょうか。

蛇足ですが、ニュー・ファウンドランド犬をフランスでは、テール・ヌーヴ犬(chien de terre-neuve)と辞書にありました。これは(黄色ではなく)黒い長毛の大型犬で河川や海での人命救助に活躍してますね。

ちなみに、原題の読みをカタカナで表記すると「オー・ランデヴー・デ・テール=ヌーヴァ」だそうだ。

誰も哀れな男を殺しはしない

On ne Tue pas les Pauvres Types/ハヤカワポケットミステリ370『メグレと無愛想な刑事』収録/新庄 嘉章 訳

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メグレと無愛想な刑事
ハヤカワポケットミステリ 370

題名が気に入っている作品、その2。

読み終わったとき、誰が一番哀れなんだろうかと思った。案外、倦んだ目で周りも自分も何もかも灰色にしてしまう、被害者の奥さんかもしれない。「自分は不幸なんです、しょうがないんです」と言いつづけることで、反って不幸になっている人なのだ。夫にも娘にも《うまくことを運べない》と諦められているのが可哀想なのだが、たぶん、自分も被害者と同じ行動を取るだろう。メグレでさえ避けているうえ、

「哀れな奴あ…」

 その男が死んでいたからなのではない、昨日まで生きていたからなのだ!

という感慨を抱いている。

そうそう、被害者トランブレを探っているうちに見つけた家で、メグレが真っ先にカナリヤに餌をやる場面がある。殺人者のときの猫といい、メグレっていい人だなぁと思う瞬間。


 誰も哀れな男を殺しはしない、か、チェッ! ところが戦争だの、革命だのが起れば、彼等はどんどん殺される。


「私用でございますか?」

「私用以上のことです」


「会計上不正なことは一度もありませんでしたか?」

(中略)

「(前略)さようなことはわが社ではおこなわれません


疑問:

2001/11 読書開始 - 読了

ボーマルシェ大通りの事件

L'affaire du Boulevard Beaumarchais/角川文庫『メグレ夫人の恋人』所収/長島 良三 訳

メグレ警視シリーズ邦訳書籍リストを作っているときに『L'affaire du Boulevard Beaumarchais』の邦訳として『メグレと若い女』というものがあるという情報があったのだが、『メグレと若い女の死』という似た題名のもの話もあるので、『ボーマルシェ大通りの事件』は果たして『メグレと若い女』という題名がつくような話なのかどうなのか読んでみることにした。

読み始めてすぐ『前に読んだ何かに似ている』ということ。しばらくして、「ははぁ、『火曜の朝の訪問者』だ」と思った。

いや、『火曜の朝の訪問者』でなくても、メグレ物では1人の男とそれを愛する2人の姉妹という構図がよく出てくる。『メグレを撃った男』もそうだった。それぞれの話で3人の性格の違い,力関係の違いから結果が異なってくる。

この話では、メグレの尋問になかなか口を開かない若い女が出てくる。なるほど、『メグレと若い女』かもしれない。読後感は悪くない。むしろ、「だめだ!ここではよしたまえ……後生だからやめてくれ……」というメグレの怒鳴り声がコミカルでさえある。


(前略)メグレはニコルが他の男に恋しているのだったら,どんなに安心したことだろう。だれでもかまわない。この平凡な男以外なら。絶望しているときでも,何がしかの魅力を備えているなら。

恋とはそういうものなのですよ。(笑)


2001/11 読書開始 − 読了

メグレ警視のクリスマス

Un Noël de Maigret/講談社文庫/長島 良三 訳

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クリスマスに捧げる
ミステリー
光文社文庫

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メグレ警視の事件簿〈1〉
偕成社文庫

友人のtoschが「メグレって暗いよね」と言うので「そう?」と応えたところ、子供のときに『メグレ警視のクリスマス』を読んで奥さんが可哀想で仕方がなかったのだそうだ。

メグレ夫妻は円満でおおむね幸せなのだが、ただ一つ暗い影を落としているのは、どちらも子供を望んでいるのに子宝に恵まれなかったことだ。『回想録』でもグザヴィエさんに会いに行くと必ず「子供の名付け親にならせてくれ」と言われるので困ったというエピソードがあったっけ。

事件自体は、むかいのアパルトマンに住む子供が「夜サンタさんがお人形をくれた」と言い出したことから始まる。クリスマスだったからなのか、事件の性格からか、メグレは自宅をさながら捜査本部にし、警視庁に出ているリュカやトランスから情報を得て、事件を解明する。

で、読んだ感想なのだが、「確かに。toschの言うのはもっともだ」

向かいの子供はコレットと言うのだが、通りいっぺんのことはしてもらっているのだが、あんまり愛情を注がれていないような境遇である。メグレ夫人はずっとその子のことばかり気にしている。最後にメグレは事件後のごたごたが収まるまでコレットを短期間だけ預かることにするのだが、そのとき、メグレ夫人が「つまり、あの子はわたしたちのものにはならないのね?」と言う。それを読んだ瞬間、夫人がずっと何を考えて何を期待していたのか、夫人の気持ちがばーっとはじけるように流れてきて、とてもとても可哀相になってしまった。


リシャール・ルノワール大通りにはひとっこ一人見えず,大通りの向こうの正門の上には《保税倉庫、フィス会社》と黒々と書かれている。なぜか、その《倉庫》のの字が物悲しそうな感じに見えた。


「(前略)私にもっともショックだったことは,あなたがしたことではなくて,あなたが冷静にすべてをしたことなのだ。(後略)」


「(前略)男というものは,一般に考えられているのとは逆に,女よりも簡単にしゃべるものだ。(後略)」


「(前略)あなたは金を保管しておいた,これまで金を持ってみたいと思っていたからだ。金を使うためではなく,自分が金持ちだと感じるため,金に保護されていると感じるため」


2002/1/2 読書開始 − 読了

メグレ推理を楽しむ

Maigret S'amuse/河出書房新社版 メグレ警視シリーズ43/仁科 祐 訳

メグレも楽しんでいるが,私も楽しんだ.「がんばれよ,ジャンヴィエ」とあちこちで微笑を浮かべていた.

メグレは「バカンスをとれ」という医者の忠告を受け入れて休暇中なのだが,どこへ出かけるとも決まらず結局誰にも知らせずパリに居る.そこへ持ち上がる事件.

そんなわけで,メグレは今回は一般大衆の側にいて,新聞でしか情報を得られないことをもどかしく思いながら過ごす.引退の予行演習じみたところもあって,ちょっと複雑なものがある.自分が野次馬の側に居るのを面白がりつつ,事件にかかわりのある場所を見に行ってみてラポワントが張り込んでいるのを見つけて,胸を締め付けられられる.定職についてない生活とうまくやっていけるだろうかという不安は誰でももつのではないだろうか.職を持つというのは特に誰かのためとか名誉・名声のためではなく,それ自体に意義があるように思う.私自身,そう高邁な精神で就職活動していなかったし,かといって生活に不自由が無いだけの大金を手にしたとして仕事をやめて過ごすとも思えない.

要するに彼は,拘束から逃れたとたんに,新しい拘束を自分につくりだしたのだ.

今回,ジャンヴィエの指揮ぶりが直接描かれることはありません.メグレでさえてこずるコメリオ判事に年若いジャンヴィエはどう対抗したのでしょうか.でも,けっこううまくやっていたようで,会計係とうまくやりあってカンヌへいく飛行機代をせしめている.(それをメグレはうらやんでいる)

被害者は医師の妻エヴリーヌ・ジャーヴ.容疑者は2人.新聞記事の情報などから私もいろいろと考えたんだが,いつも「おかしいなぁ」で終わってしまった.やっぱ,刑事には向いてなさそうだ.なんでもかんでも鵜呑みにしちゃって,どこに矛盾点があると感じればいいのか途方にくれるものだから.

パリに居るメグレ夫妻はあちこちを散歩して歩くので,私もこのとおりに散歩してみたいものだなぁと思った.そして,いくさきざきでメグレは以前の事件を思い出している.事件当ても面白いかな.『メグレのパイプ』と『メグレと殺人者たち』は分かった.

作中「たいていの場合そうだが,ただひとつの解決しか可能でない,ということはない」という一文がある.メグレ物らしい物言いである.シムノンはいわゆるパズラーに分類される推理小説を嫌っていたのかもしれないなと思う.

さて,この小説,何が気に入っているといって最後の一文である.ジャンヴィエ分かってたのかなとずーっと思ってたもので,思わずニヤリ.メグレはどんな顔をしただろうか.ちょっと恥ずかしそうにしたかもしれない.ジャンヴィエもなかなか心憎いことをしてくれる.


人々が知りたいと思っているのは,善にせよ,悪にせよ,人間がどこまで行けるか,ということではないだろうか.


「うん.ジャンヴィエがあの部屋にがんばっているんだから.彼が紙巻しか吸わないのは好都合だ.さもなければ,あいつはきっと俺のパイプを使ったろうから」

でも,リュカはたまにメグレのパイプをすっている.


2002/2/2 読書開始 − 2002/2/3 読了

ゲー・ムーランの踊子

La Danseuse du Gai-Moulin/東京創元社 創元推理文庫155/安堂 信也 訳

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ゲー・ムーランの踊子
三文酒場
(創元推理文庫)

物語がメグレから始まらないと「ああ,初期の作品だなぁ」と感じる。このお話も始まりはメグレでなく2人の不良少年の動きから。それでもって,チャキチャキと物語が調子よく進む。後期のメグレ物じゃ見られない類の面白い,むしろ愉しい話。ちゅーか,メグレひどい人です。後期の重厚なメグレなら絶対にしないことだなぁなどと思いながらも面白がっていた。いや,他人事だし。メグレだって,同じことされたら怒るだろ。

題名になっている踊り子さんがなかなか強かな人で,「熱も,おごりも,見栄もなかった」「彼女の性格を支配している特長は倦怠」と描写される。

物語は最初,ジャンという少年の立場で進む。この少年,友人のルネに引きずられて盗みを働こうと忍び入ったところで死体を見つけてしまい,大慌てで逃げる。その後,警察に捕まるまでが不安で不安でたまらない。不安・怯え・悲しみ・あきらめ,次々と襲い来る感情にいつのまにか同化していた。

割と早く警察にしょっ引かれてしまったジャンに比べて,兄貴分のルネはけっこう頑張る。しかし,とうとう捕まってしまうと,ルネはジャンの目の前でウソをつく。あまりに姑息,あまりに卑怯で気分の悪いものだった。しかし,その証言が×××の立場から出たものだったと分かると,最初に感じたほどには怒りを感じなかった。最後にはむしろ哀れだったように思う。

一生懸命考えたけど,やっぱり犯人がわからなかった。見事にだまされたなぁ。

まぁ,シムノンにしては「そんな設定あり?」という展開だったけど,シムノンらしくない別な楽しさがあった。


警部の言葉にうそはなかった。しかし事実とはいえ、こういう具合に、なんの容赦もなく、思いやりもなく暴かれてしまうと、それはもう、真実とは言えなかった。

人は自分を正当化しようとする。自分の行動は悪いことだったと分かってはいても,仕方のないことだったのだと思いたいのだ。


(前略)彼はひきょう者だ、いやひきょう以上だ。(略)彼の心の底には(略)自分の犯罪の共犯者でないことに対する恨みがある。(略)

 そして、逮捕されると、病的にうそをつく。なんの目的もなしに、うそのためのうそを言う。(略)

いつもながら、メグレの説明する犯罪者の心理には唸らされる。


「鏡の中で、むすこさんの顔と見くらべてごらんなさい」

痛烈な皮肉。


2002/2/8 読書開始 − 2001/2/9 読了

三文酒場

La Guinguette à deux Sous/東京創元社 創元推理文庫155/安堂 信也 訳

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ゲー・ムーランの踊子
三文酒場
(創元推理文庫)

死刑前の男が処刑前日の不安な心持でふと話を漏らした。「『三文酒場』の常連にほんとうなら俺よりも先に処刑されるべき人間がいる」と。メグレは立件できるかも分からない事件の捜査を始める。

『三文酒場』を見つけ、常連たちの奇妙な世界に巻き込まれるところなど、読んでいてクラクラした。

『男の首』と同じく、犯人像がとても印象的だ。しかし、犯人は『男の首』の場合とはまったく違う種類の人間なのだ。メグレは最後まで分からなかったのではないか?本人が告白するまで間違った人間を犯人だと思っていたのではないか?

彼は望まなかった殺人を犯して以来、達観してしまったのだ。いや、世の中が不思議になってしまったのだ、きっと。なぜ人々が笑ったり怒ったりする必要があるのか、なぜ自分が存在するのか――していいのか――分からなくなってしまったのではないか?

不思議な後味の作品だった。


「不思議な商売だ!」

「警官という商売が?」

「そう、それから、人間という商売がね……(後略)」


2002/2中旬 読書開始 − 読了

殺し屋スタン

Stan le Tueur/角川書房 角川文庫(4103)赤503-5『メグレ夫人の恋人』所収/長島 良三 訳

『メグレと無愛想な刑事』の感想のところで「ネタバレがあったー」と嘆いていたところ、写原さんに「この事件の記述は「藪の中」のように事実が食い違っていました。(つまり「無愛想な刑事」に直接つながらないのを発見しました。)」と教えてもらった。

なになに、それは確かめねば、と読んだ。ほんとだー。つながらない。いったいなぜだろう。

  1. シムノンは別な人と勘違いしている。
  2. 殺し屋スタンは2人いる。
  3. 実は『殺し屋スタン』には別稿があった。(だといいな)
  4. シムノンは昔書いたもののことなど忘れ去っている。(これが一番ありそう…)

ですが、別な問題が。

『メグレと○○○○○』にあまりにそっくりなため、スタンが誰だか最初から分かってしまった!

ついでにもういっちょ。これがリュカの伝説の張り込みなのかと思ったけど、これまたちょっぴり違うみたい。(それほどひどいことになってなかった)

けっこう、メグレって任務解除を忘れるね。いつまでもボーイをやってるジャンビエに合掌。

2002/3/27 読書開始 − 読了