ザー、という雨の音が切れ目なく続いていた。
場末の酒場は薄暗い。足元は湿気で寒く、頭の辺りは効き過ぎの暖房で汗ばむぐらいだった。
〈――海賊事件の多発を受け、付近を通る連絡船に注意を――〉
店の主人は無表情に食器を洗っており、そのカチャカチャいう音が移りの悪いテレビの音声に混じっている。
客は二人だけだった。
〈――誘拐犯について警察は市民に情報の提供を……〉
〈――軍備の増強を行っていることに強い懸念を示して……〉
「ちょっと、ニュースなんかいいじゃないか。どうせ、戦争が近いとかそんなことしか言ってないんだから」
安物の毛皮に身を包んだ、濃いめの化粧をした女が連れに言う。
「おまえこそ、どうせ、メロドラマだろ」
「いいじゃないか。貸しな」
女は連れのチンピラめいた男からリモコンを取り上げ、チャンネルを変えた。
アナウンサーの映像が、ザッという音と共に消え、替わりに涙にくれる男女の映像になった。
〈――ごめんなさい、もう、これ以上一緒にはいられない……〉
「それだって、同じような筋じゃないか」
「いいだろ。好きなんだよ、あたしは」
男は鼻を鳴らした。
「愛なんて程遠いだろうが、てめえはよ」
「うるさいね、あんたになんか求めてないよ」
それっきり、女はテレビに没頭している。連れの男は面白くもなさそうに、ビールを飲みながら女とテレビを眺めている。
と、その時、カランと戸が鳴った。
だんまりを決め込んで食器を拭いていた店の主人が入ってきた男をジロリと睨んだ。
背の高い、銀髪の男だった。
男はずぶ濡れになった安作りのコートを脱ぐと、その場で一度ほろって、手に抱えた。コートの下には体にぴったりした黒のタートルシャツを着ていて、シャツごしに堅そうな筋肉が動いている。
傭兵か。
男は後ろを振り返った。連れがいるらしい。
入ってきた人影は思ったより小さかった。
フードを取り、コートを脱ぐと、それは金髪の少女だった。場末の酒場にも傭兵めいた無表情な男にも似合わぬ可憐な雰囲気があった。少女は男をまねてコートをほろうと、男を見上げた。
ひとつうなずくと、男はカウンターにやってきて、
「何か食べられる物を」
「残りもんしかねえ」
「それでいい」
「前金だ」
男は黙って硬貨を何枚か出した。
店の主人はそれを取り上げ、疑い深い目付きで検分した。
「足りるか」
「……ああ」
「あと、水を」
「水?」
「ああ、水だ」
主人は無愛想に注文の品をこなし、この新たな客の前に置いた。それっきり、興味を失って元の仕事に戻る。
〈――この腕の中で彼女が冷たくなって行くのがどんな気持ちだったか分かるか!……〉
テレビは雑音を立てながら言った。
女は涙ぐんだ。
連れのチンピラがつまらなそうに鼻を鳴らした。
金髪の少女は不安そうに隣の男を見上げた。
大丈夫だ、と男は言った。