逃げ水

パチパチと爆ぜるような音は機体に当たる砂の音だ。

前方で破壊音がして金属片が降ってくる。レーツェルはそれを易々と避けた。敵機を墜としたのは友人の剣である。

――いや、カタナか。

二人は全速力で機体を駆っている。追うのは白い光だ。光を(まと)う少女だ。もちろん、ただの少女ではない。ただの少女だったならば話は簡単だっただろう。少女は汎超能力者(サイコドライバー)だという。その力を欲して群がる者は多い。

今も。

グゴゥ、とくぐもった音がして、また一機分の破片が降ってきた。ダイゼンガーは阻む者など意にも介さず速度を落とさない。同じ方向に――少女にだ――殺到する敵機が間合いに入るなり手当たり次第に斬り捨てている。

と、敵の一編隊が固まりとなってこちらに向かってきた。

――そろそろ我らが煩わしくなってきたらしい。

レーツェルはアウセンザイターを止め、ランツェ・カノーネを地面に固定した。

「ゼンガー!!」

「応!」

ダイゼンガーがテスラドライブをフルブーストさせ、飛行編隊へと突入していく。レーツェルは刻々と変化する数値を見ながら武器を構えた。

「いただく!」

振動を残して貫いた光とともに敵がまとまって墜ちた。射撃の光条を背負うようにして一直線に飛来したダイゼンガーが正面の敵を斬って捨てる。

なおも向かってくる敵機、五。

「先に行け!」

「承知!」

ダイゼンガーが白い光を追って飛び去るのを確認しながら、レーツェルは再び武器を構え、口元を歪めて笑みを作った。

向かってきた敵を友人に任せ、ゼンガーは機体を駆った。

残る敵はそう多くない。そして、その先にイルイがいる。

ゼンガーは物も言わずに突進した。反撃の機銃が当たるたびにDMLを介して身体にそれが返ってきた。だが、ダイゼンガーの装甲の前には振動でしかなかった。

ダイゼンガーとイルイとの間に機体が並ぶ。おそらく、ゼンガーを阻もうとしたためだ。ゼンガーは眼光を尖らせた。

「チェストォォォ!」

吼える声と共に真一文字に刀を(はし)らせ、全機まとめて叩き落とす。

もう、阻む者は無い。ゼンガーは白い光に追いすがった。

モニタを確認し、拡大する。光の中の少女はこちらを見ている。少女には機体しか見えないはずだ。

だが、目が、合った。

すると。

さわ……

微かに己の琴線に触れた物、それは気配としか言いようがない。

――……

言葉を伴わぬ気配が(かろ)くゼンガーを掠めた。

「イ……」

ゼンガーの声が単語になる前に、気配が微笑した。

「!」

次の瞬間、わずかに触れた気配がかき消えた。

「イルイ!」

ゼンガーは機体を急停止させた。無為と知りつつ全方位モニタを隈無く見回す。しばし空中静止(ホバリング)を続けた後で、ゼンガーは機体を地上に降ろした。

コクピットを開ける。周りには敵機の残骸が散らばっている。が、どんなに目を凝らしても肝心の少女は見つからなかった。

何度目のことだろう。

風が砂を(さら)っている。

ゼンガーは地平線を見ながら奥歯を噛みしめた。

レーツェルはダイゼンガーが荒れた大地に立ち尽くしているのを見つけた。モニタを操作してその足下に友人の銀髪と目立つ濃紅のコートを確認し、トロンベを急行させる。

散らばる金属片はゼンガーの仕業だろう。

レーツェルは自機をダイゼンガーの横に並べた。

外に出ると、彼の友人は乾いた地上に立って彼方(かなた)を見据えていた。

「ゼンガー」

返ってきた答えは短かった。

「見失った」

「そうか」

「……」

こちらを振り向きもしない友人は何を考えていることだろう。乾いた砂地をじゃりじゃりと踏みしめながらレーツェルはゼンガーの方へと近づいた。

「逃げ水だな、まるで」

「違う」

語気の鋭さにレーツェルは立ち止まった。

「イルイは居る。夢でも幻でもない。追い続ければ必ず届く」

語られる調子が堅く強い。

「俺は届かなければならない」

振り向かぬ友の銀髪を見つめながらレーツェルは目を細めた。

救世主(マシアフ)を名乗り地球を封印しようとし、あるいは、陰のように心ある者を助け、まさに神の如き力を見せられてなお。

――お前にとってイルイはか弱き者であり庇護すべき者なのだな。

イルイを追う者は多い。だが、この友人のような理由で追う者は他に居はしまい。

ゼンガーが初めてレーツェルを振り返った。

「近い」

「?」

「いや、近くなっている」

目を見張ったレーツェルは、次の瞬間、ふ、と笑いをこぼした。

この男が立ち止まることはないのだろう。

酸いも甘いも噛み分けてきた。理想も現実も踏み分けてきた。だが、この男の目が真っ直ぐでなかったことはないのだ。

「行くか」

「ああ」

男たちはそれぞれの機体へと戻った。

夕陽が夜の側へと沈もうとしている。地平線を染めるその赤は、決して血の色ではなかった。

平成一八年六月一八日 初稿

補足説明

で,この頃,プレイヤー(=私)が「この役立たず!」と罵倒している,と.