Trick

ソファに座ってゼンガーは一人本を読んでいた。

送り迎えは任せてくれとトウマが請け負ったので、夜まで続くハロウィンのパーティにイルイは遊びに行っている。同じ年頃の子どもも集まって、仮装をしたりお菓子をもらったりしていることだろう。

ゼンガーは本から顔を上げて壁の時計を見た。

そろそろか。

帰ってくると約束した時刻が近かった。そう思って間もなく、外で物音がし、パタパタと軽いスリッパの音が近づいてくる。

リビングのドアを開けて、立っていたのは黒い三角帽に黒いワンピースの小さな魔女だ。

「ただいま、ゼンガー」

そう言うと、イルイは期待を込めた目でゼンガーを見た。ゼンガーが微笑を浮かべ、

「似合っている」

と言ってやると、イルイはくるりとその場で回って見せた。色白の肌にモノトーンの服が映えている。黒い帽子の下から色味の薄い金髪が見え隠れしている。

それからイルイはソファに座ったゼンガーの真正面にやってきて、楽しげに言った。

「トリック、オア、トリート」

「……」

言われてゼンガーは黙り込む。パーティで十分もらってくると思っていたので、菓子のことは考えていなかったのだ。とあらば――

「――分かった」

パタン、とゼンガーは本を閉じた。

「如何なる悪戯も受けてたとう」

「え……」

イルイはイルイでその答えは予想外だったらしい。悪戯など考えていなかったのだろう、だんだん困り顔になっていく。やがて右を見、左を見、なぜか赤くなってうつむいた。

やはり菓子は用意してやるべきだったか。

そう思った時に、イルイが近づいて、ゼンガーの顔の横、内緒話をするように顔を近づけると、頬の耳に近くに、ちゅ、と小さくキスをした。

「トリック……」

ほおずきのように頬を赤くしてイルイが蚊の鳴くような声で言う。

「……」

ゼンガーは、最初驚いて、小さな唇の触れた辺りを手で押さえていた。だがやがて、恥ずかしがっているイルイを見ながら目を細めた。それから、小さな黒い魔女をひょいと抱き上げ、膝の上に乗せた。帽子を取ってよしよしと頭をなでてやると、イルイは褒められたかのように嬉しげに笑った。

2014年10月31日 初稿

補足説明

診断メーカーの『Trick or treat』と言ってみたーによるイルイがゼンガーに『Trick or treat』と言うと、全く無表情で「如何なる悪戯も受けて立つぞ」とでも言うように構えます。という結果があまりに完璧すぎたので勢いで書いた。