冬の朝

冬の朝はゼンガーに似ている。

キンと澄み渡った空気を吸いながらイルイはそんなことを思っている。

張りつめていて澄んだ空気が、厳しくて真っ直ぐなゼンガーにとても似ていると思ったのだ。

冬の休暇を過ごす地としてゼンガーが選んだ場所は、雪の深い山の地方で、仕事が引けないゼンガーよりも先にやってきたイルイは、既に真っ白になった街路に迎えられて目を丸くした。いつも住んでいる所は、雪の積もるような場所ではなかったし、それを抜きにしても、自然の多く残された素朴な感じのする街並みは、普段、最新機器に囲まれている暮らしとは掛け離れている。濃い茶色の色彩にまとまった家々が雪の白をまとっているのは、寒いのにどこか暖かかった。

今日は朝一番の列車でゼンガーがやってくる。

ここ数日で慣れてきた雪の道をさっくりさっくり踏みながら、イルイは駅へと向かった。雪の降っていない朝がとても冷え込むものだと分かったから、ミトンをつけオーバーをしっかり着こんでいる。

はやくはやく。

家で待っているように言われたけれど、少しでも早く会いたくて、イルイは道を急いでいる。

古い年代を装った駅は、しゃれたロッジのような外見をしていてイルイのお気に入りだ。骨組みを形作る木がブラックチョコレートのような色をしていて、その間の外壁は白だ。雪が盛り上がるように屋根に積もり、ときどき、トサトサと落ちるのだ。

列車はまだ着いていなかった。

列車が来なければ、いくら自分が早く来てもゼンガーには会えない。当たり前のことに気が付いて、ちょっとがっかりした。

イルイは、フェンスの外から、何度も列車の来る方向やホームの方を覗き込んだ。

「あと一〇分ぐらいだよ」

何回目かに覗き込んだ時、急に声をかけられた。驚いて声の方を見ると、雪かきをしていた駅員さんが手を止めて面白そうにイルイを見ていた。恥ずかしくなって、イルイは赤くなった。

ピィ、と小さな音がした。

来た!

汽笛と同時に、低い音がだんだん近づいてくる。列車も家々と同じように、雪をくっつけながらその姿を現した。待ちかねた列車はどんどん近づいて、駅へと走り込んだ。イルイは、駅の入り口の方へと急いだ。

ホームに降り立った人々が改札へと歩いてくると、静かだった空気が急にざわざわと音を重ねる。早かったので混むというほどではなかったけれど、小さなイルイにはホームを見渡すということができない。首を伸ばしたり、背伸びしたりしてみる。雪はチラチラとまばらに舞っている。

あ……!

背の高い銀髪を見つけて、イルイの顔にぱっと笑みが浮かんだ。

改札を出るちょっと前のゼンガーと視線が会う。ゼンガーは驚いたような顔をした。

途端に、イルイは心配になった。家で待っていろといわれたのに、駅に来てしまって、怒られるかもしれない……

が、ゼンガーは次の瞬間、目を細めると、ふわりとかすかに笑みを浮かべた。

今度こそ、本当にうれしくてうれしくてしかたがなくなって、イルイは改札を抜けたゼンガーの足下へといっしょうけんめい駆け寄った。

「ゼンガー!」

「来たのか」

「うん」

「寒かっただろう」

家にいればよかったのに、と言いながらゼンガーは自分のマフラーを取った。それを二つ折りにすると、しゃがんでイルイと目線を会わせ、そっとイルイの首にマフラーをかけた。マフラーにはまだ体温が残っていて、なぜだか分からないけどイルイの顔に血がのぼった。

イルイは早口で言った。

「あのね、ゼンガー、庭にことりさんがたくさん来るの。ふわふわの雪が毎日つもって、ふむときゅっきゅって音が鳴るの、それから……」

イルイがひとこと言うたびにゼンガーはいちいちうなずいて、それからイルイの頭をそっとなでると立ち上がった。

「行こう」

イルイの前にすっと大きな手が差し出された。手袋を着けていない手のひらは、今まで列車の中にいたからか、暖かい血色だった。

イルイはその手を取ろうと、自分も手を出した。

白いミトンを着けた自分の手。

イルイは急いでミトンをはずして素手になると、大きなゼンガーの手のひらに重ねた。見上げると、そんなことをすると思わなかったのか、ゼンガーはちょっと驚いたような顔をして、でも、すぐにまた微笑を浮かべて、イルイの手を握った。イルイはそれをしっかりと握り返した。

暖かい手に引かれながら、ゼンガーと冬の朝は違う、とイルイはそっと笑った。

2008年12月25日 初稿

補足説明

実は冬の早朝って真っ暗なんじゃ.イルイ,さらわれちゃうよ.

この二人には冬がやっぱりいいね,と思う.