Bench Warmer

ビュッテヒュッケなんぞという言いにくい名前のこの城も、人がだんだん集まってくると、なかなかいい場所になってくる。

ある日、エースは城の中をひとりブラブラと歩いていた。

「お、こりゃいいな」

めちゃくちゃに歩いていて、湖と草原とが一望できるところに突然出たのだ。

おあつらえ向きに、ベンチがひとつ置いてある。

日当たりもいい、風通しもいい。

エースはベンチに腰掛けて、ニヘラと笑った。

こんなとこに連れてきて口説けば、いい返事ももらえるってもんだろ、うん、などと、まだ見つけていない「いい女」の姿を思い浮かべてみる。想像力はある方だ(まわりへの迷惑はともかく)。

ひとり、楽しい想像を巡らせていると、

「こら〜、若造は座るな!」

「ああん?」

振り返ると、籖屋のばあさんと、自称守備隊長(部下は犬五匹)が立っていた。

「ここはね、あたしたちみたいな尊敬されるべき先達の憩いの場にするんだよ。若造は行った、行った」

「なんだよ、どこにもそんなこたぁ書いてないじゃないかよ」

「これから立てるところだったんです、これを」

元気よく守備隊長(あくまで自称)が立て看板らしきものを持ち上げてみせると、ブカブカの鎧がガシャガシャ鳴った。

看板には「60歳未満、座るべからず」と書いてあった。

「ま、あんたは上客だから、座らせてあげなくもない。出すもん出せば」

「金取るのかよ」

言い争う大人を尻目に、セシルは看板をベンチの真後ろにグサッと突き刺した。エースが思った以上に深々と刺さり、セシルは文字の具合を見上げて満足した。

「ね。お年寄りはいたわるものですよ、エースさん」

ね、じゃねえよ、と思ったのだが、反対されるわけはないとでも言いたげにキラキラと見上げてくる少女の瞳(と見た目に反した体力と腕力)を見ると、ごねるのも大人気ないような気がして、すごすごとエースは退散した。

あれからどうなったかなとエースは足を向けてみた。

60歳以上というと該当者は少ないのだ。あんまり繁盛してないようなら、マーサにもう一度掛け合ってみてもいいだろう。

果たして、ベンチには男が座っていた。

遠目にも分かる、よく知った、男が。

エースは男の前に立って、なぜか疲れた。

ゲドは、やってきたエースを黙って見上げた。

ベンチのまん真ん中に座っているゲドは、「60歳未満、座るべからず」の看板を背負っているようにしか見えない。

そりゃ、年齢不詳の何人かを除けば、この城においてゲドは間違いなく最高齢だ。でも、そんな看板の真ん前に座ることないじゃないですか!!

エースの心の叫びはもちろんゲドに通じない。

いや、待てよ、単に看板なんか気にしてないだけかも。

「いい天気ですね、大将」

声なんか掛けながら、ゲドの隣に座ってみた。

ゲドは、看板を見上げ、それからゆっくりと視線を下ろし、横に座ったエースをじっと見つめた。

いつも通りさしたる表情はなく、特に言葉を発したわけでもなかったが、気圧されるように、そろそろとエースは立ち上がった。

うわーん、なんぞと叫びながら走って遠ざかって行くエースを見ながら、ゲドは小首をかしげていた。

そして今日、エースの手にはペンが握られている。

あのベンチに向かう途中でジョーカーに会った。

「何をしとる?」

「迎撃」

簡潔に答えるエースの面持ちに変な決意めいた物があり、ジョーカーは肩をすくめた。

「お前さんのやることは、相変わらず意味不明だのう」

言いながらもついてくるのは、話のタネがまた増えると思ったからである。

エースはベンチの前に立つと、看板の先頭に「外見年齢」と書き加えた。

「なんじゃそりゃ」

「ま、いいから――おっと、隠れろ!」

スササササと随分離れた茂みへと全力疾走するエースを訳も分からず追いかける。

「なんじゃ、大将ではないか」

「いいから、黙って見てろ」

やって来たゲドは、いつもと違う看板の文字をしばし眺め、ちょっと(本当にちょっとだ)考えるようなそぶりを見せると、ためらいもせずにベンチに座った。

「ダーッ!なんなんだあの人は、なんなんだあの人は、なんなんだあの人は!」

「そりゃ、まあ、外見年齢60歳以上だと思っている112歳――」

「……俺は今、人生のなんたるかについて深く考えている」

「いや、お前さんが味わっているのは〈敗北感〉じゃ」

「うるせぇ、分かってら!」

うわーん、なんぞと叫びながら走って遠ざかって行くエースを見つけて、ゲドはやはり小首をかしげていた。

平成17年8月28日 初稿

補足説明

通勤電車の中で優先席を見ていたら浮かびました.題名は,文字通りの意味でとらえてください.

エースちょっと変な人かもしれない.

ゲドはいつも変な人です.