てなわけで,そういうことは先に言ってくれ~な部屋探し.本当は,用意してもらえるはずだったのに.なんだって,こんな押し迫ったときに言うかな,ブツブツ.
文句を言っていても始まらない.ここはひとつ,「ひとつの部屋に押し込められての共同生活状態」とか,「官舎生活のわずらわしさ」から逃れられたと考えて,部屋を探すぜ,イェー.
インターネットでももそもそと探してたけど,「やっぱり,部屋は現物見なきゃね」と思い,唐突に東京へ.(ちなみに,私は昔から「鉄砲玉」とよく言われていた)
朝に予約を入れた巣鴨のホテルにチェックインすると,そのまま池袋へ.インターネットで探していたとき目に付いた物件を紹介していた業者があるのだ.ここが駄目でも池袋なら他にもいくつも会社ありそうだしね.
エレベーターを出ると,部屋を探す人々がずらりと並んでいる.
う……
さすが,異動の時期だ.
声を掛けられたので,座る.担当の人がやってきた途端,突然,話し出す私.
「今,富山にいるんですけどね,4月1日に異動になるんですよ.ほんとは住まいを用意してもらえるはずだったんですけど,それが駄目になっちゃって自分で探してくれって言われたんです」
「それ,いつ言われたんです?」
「昨日です」
「昨日?!」
「そう.アハハハハ」
あとで思うと,これは疲れで駄目になる直前のハイ・テンションだったように思われる.通常,私は,人の話をさえぎって弾丸のようにしゃべるということをしない.どちらかと言えば,相手の話が終わるのを最後まで待ってから切り出すクチなのに,この日はもう,どうにもとまらない~♪
「勤務地がですね,半蔵門なんですよ.だから,半蔵門線なら半蔵門,有楽町線なら麹町,中央線なら市ヶ谷です」
「まってまって,半蔵門線と有楽町線と,中央線」
「そう.この沿線で」
「なにかインターネットとかで調べたのあります?」
「はあ,でも,たくさんあったし,部屋ばかりは実際に見てみないとと思って」
「そうですよね.それに,インターネットとか雑誌とかに載ってるのって,良くて安いのはないんですよ.だから,そんなに探さずにすぐきて正解だったと思いますよ.というのはね,掲載するまでにだいたいインターネットで1週間,雑誌で3週間かかるんです.いい物件だったら,その間に決まっちゃうんですよ」
「はあ」
「この業界,まだネット化あまりされてないんですよ.だいたい,街のおじいちゃんおばあちゃんがやってるのが多くて,そこにそうそうハイテクおばあちゃんってのが居るかと言うと,いないんですよ.だから,空きが出てから手で図面を引いてね」
口上はいいから探し出してくれ.
「あ,いくつか探してはみたんですね.どれどれ…ああ,ここ,知ってます.日当たり悪いんですよね.日当たりはどう考えてます?」
「どうせ夜しか帰らないからどうでもいいです」
「どうでも…日当たりなくて風通し悪いとね,すぐカビが生えますよ.もともと一戸建てと違って窓が少ないから,通気性という点でどうしても落ちるんですよ.それはいやでしょう?「
「それはいやですねえ」
「えっと,どの沿線を考えてます?」
「うーん.半蔵門が一番近いから半蔵門線」
「……えっと,だいたいの相場を言うと,この山手線の内側って高いんですよ.特に高いのが池袋,渋谷,新宿,上野,東京あたり.ターミナル駅だからなんですけど.それで,半蔵門線ってのは」
「ほとんど内側ですね」
「そう.あと,中央線も高いんですよ」
最初から有楽町線で探せって言えよ.
「で,特に土地にこだわりがなければ――」
「全然ありません.」
「じゃあ,この辺りで探しますね.コレ,有楽町線のファイルなんです.よさそうだなっと思ったらガバッと折っちゃってください.僕も持ってきて探しますね」
2人でファイルをめくることしばし.
「なんか折ってますね,どれどれ――いいんですか?」
「何が?」
「古いですよ」
「いいんじゃないですか.」
「寒いですよ」
……札幌暮らしをしていた私にそんなことを言うのかとも思ったが,黙っていた.
「古い建物は,外壁に直接中の壁紙張ってるんですよ.そうするとですね,結露がひどいんですよ.そうするとすぐに壁紙が剥がれたりカビが生えたりするんです」
「じゃあ,だいたい,何年ぐらいを目安にしたらいいんですか?」
「えっと,そうだなあ.千九百……八十五年ぐらいかな.知ってます?阪神が優勝した年なんですけど」
「そーいえば,そんなこともありましたねー」
「ハイ,すいません」
また,探すことしばし.
「何か見つけました?どれどれ——コレ,洗濯機おけないじゃないですか」
「そうみたいですね」
「洗濯機置きたいってさっき言ってたじゃないですか」
「そうなんですけど」
「だめじゃないですか」
「いや,なんか妥協しないとこんな短期間で見つからないと思って」
「大丈夫,見つかりますって.皆さん,だいたい3時間ぐらいで決められますから」
「まあ,住めりゃいいかなーって」
「1ヶ月とかそういう短期じゃないんでしょう?」
「はあ,2年ほど」
「だめじゃないですか.——よし,分かった,必ず 『コレだ!』っての探してあげますから」
あんちゃんは,いろんなファイルを見ながらあちこちに電話をかけている.なにやらファックスがと届いた.
「これは?中野なんですけど.風呂トイレ別.何故か洗濯機はベランダですけど」
「うーん…(ちょっと駅から距離あるな)」
「どうです?」
「うーん……やっぱ,洗濯機が外なのは嫌です」
「だめかー」
あんちゃん,あちこちに「中央線か有楽町線で室内洗濯機ありませんか」と電話をかけている.この台詞だけ切り取ると変だが,本当にこう言っていた.業界じゃ通るのだろう.
私はと言えば,分厚いファイルの半分来たところで疲れてしまった.もう帰って明日来ようか,と考え出している.
あんちゃん,あまりにもないという返答をもらったせいだろう,「洗濯機中だったら完璧なのに」とぼやいている.(私には完璧には見えなかったが)
やがて,FAXがまた届いた.
「なんだこれ!?」
「?」
あんちゃん,ここで,顔を上げ,ニンマリ笑った.
「ふっふっふ」
「なんなんですか」
「チョーいいよー」
「("チョー"いいんかい)どんなんなんですか」
「東武東上線成増駅から4分.ということは,有楽町線の成増も近くだから問題なし.えーっと,この地図からいうと…アレ?駅ここで物件ここだから有楽町線なら余計近いんじゃないかな」
「そりゃいいですね」
「ちなみに,このダイエー大きくて便利ですよ」
「ふーん」
「築年数新しくて,オートロックついてて,風呂トイレ別.宅配ボックスあり.TVモニターつきインターフォン.洗濯機,中.収納もある」
「部屋自体の大きさは?」
「待ってください.(計算機を叩いて)部屋が半分以上はありますよね.……だいたい6.8畳」
「いいですね」
「地図確かめます?」
地図を持ってきたあんちゃん,私の目の前で印を付け出す.
「有楽町線の成増駅がここで——あれ?ないぞ…(地図の発行年を見て)99年の地図だから載ってないんだ.でも,えっと……そっかそっか,この駐車場に建てたんだ」
印を付けてみて覗き込み,しばし言葉を失う2人.
「アハハハハ,治安がどうのってレベルじゃないよ,チョー近いじゃん」
「近いですねえ」
そのチョー近い物件を結局は押さえました.
でも,相手方の審査はまだ.無事に通るといいんだけど.駄目だって言われても,もはや次の物件を探している余裕はないのだから.