冥途・旅順入城式(内田百閒)

「良い日本語文章」に餓えていた頃,内田百閒の文章が良いと新聞の書評で読んだので,早速,図書館で借りてきた.

......B5版のごっつい全集を電車で立ち読みするのは大変だということが分かった......

もとい.

これ,短編集なのですね.短編も短編,3,4ページほどで終わってしまうものがほとんど.長編だと思っていたものだから,つながりに分からなくて混乱しました.

「文章が良い」とはとりたてて強く思ったわけではないのですが,醸し出す雰囲気がなんとも幻想的で,奇妙に高揚しました.

この作品はきっと,大正・昭和初期でなければ書けないのだけど,それにしては感覚が新しい.「怪談」というには端正すぎる.「幻想」というよりは「幻燈」のような気がします.

この仮名遣い,この漢字遣い,それが嬉しくて仕方がなかった私には,最近の文庫版が新仮名・新漢字だと聞いて,とてもじゃないが許せないと思いました.

でも,白状すると,読めなかった漢字もある.どうしても送り仮名と思い浮かべた読みが合わないのだ.

以前読んだ,埴谷雄高氏の『死霊』は曖昧な物を徹底的なまでに突き詰めて表現しようとしたものだという印象を受けたのに対して,百閒作品は曖昧な物を曖昧な物としてそのままありのままに置いている.百閒作品の真髄は「気配」なのだろうなと思う.

講談社『内田百閒全集』第一卷《冥途》収録作品

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講談社『内田百閒全集』第一卷《旅順入城式》収録作品

冥途・旅順入城式

日時: 2004年7月16日 | 感想 > 本 |

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