虚無への供物(塔昌夫)

何でだか忘れたが,洞爺丸台風のことを調べていた.検索でヒットしたWikipediaの該当項目を見ていたら,関連事項として『虚無への供物』が挙げられていた.

え?『虚無への供物』ってあの?日本探偵小説三大奇書の?

『ドグラ・マグラ』を読んで以来,三大奇書はいつか読もうと思っていたが,ここで名前を聞くとは思わなかった.

それで,図書館から借りてきて,おそるおそる読み出した.おそるおそるというのはだ,『ドグラ・マグラ』の最初の方がかなり読みにくかったからである.だが,杞憂だった.テンポの良い推理小説といった体で,あっさり止まらなくなった.素人探偵が好き勝手な説を披露しあって,中にはずいぶん馬鹿げた説もある.登場人物が楽しいので,そんなところも「馬鹿だなー,あははははー」と読める.

事件はずるずると長い長い尾を引きずるように解決のないままに続いていき,混迷が深まるばかり.そして,やっと名前ばかり出てきていた牟礼田が出てきて,その邸宅でまた事件についてみんなが話し合う.そうして,じゃあ今日は解散という場面になって,私はふと思ったのだ.「周りに人が居るときはいいけど,こんな血腥い話をしてから夜更けに一人になって,怖くないのかなあ」

そして思った.

「あー,小説で良かったなあ.推理小説ってのは,血が流れようが何しようが,読者は蚊帳の外で身の危険はないもんなあ」

......そう,私が罠にはまってしまった瞬間である.

だから,犯人(と単純に断じていいのか分からない)による糾弾の独白を読んで,土下座して謝りたくなったのだ.

そもそも,私が洞爺丸台風に多少の興味を覚えるのは,母が函館生まれで,件の事件の犠牲者が安置されたところ(それは元は函館大火の鎮魂のために建てられたらしい)を見たという話を何回か聞かされていたからだ.恐ろしい,悲しい,と思ったし,今も思っている.

でも,本当の意味では当事者たちの気持ちなんて分からない,他人事の認識なんだろうなあ.

推理小説を求めるときっと納得できないだろう.だからこそ,この小説がアンチミステリーなのだから.

2008/9/30 読書開始 - 10/1 読了

虚無への供物[単行本]

虚無への供物〈上〉[講談社文庫]

虚無への供物〈下〉[講談社文庫]

日時: 2008年11月 3日 | 感想 > 本 |

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