人間失格(太宰治)

前振りその1

何の用件だったか忘れたが,上司に報告に行ったら,「本当かい?」と言われてにっこり笑われた.何かを引用しているような口ぶりだったので,それ何ですか,と聞いたら,『人間失格』だと言われた.いや,私,『人間失格』で知ってる台詞は「わざわざ」だけなもので.

前振りその2

仕事柄(なのか?)妙な人にたまに会うんだが,9月の東京出張の際に,「太宰治の弟子」を名乗る人物に会った.その人はメタボ対策にマラソンをするんだ,とのたまい,1時間ごとぐらいに運動の状況を報告に来てくれた.(報告されても......)

てなわけで,太宰読んでみるか,と思い立った.

確か,私が小学校のころに母が『斜陽』か『人間失格』かを読んでいたはずだと本棚を物色したら,文庫があったので,もくもくと読んでみた.

恥の多い生涯を送って来ました.でいきなりガツンとやられてね.多分,感じたのは共感だ.

程度の差こそあれ,きっと誰でも思い当たる節があるんじゃないかなあ.少なくとも私は多少の共感を覚えた.人格に何等かの仮面を被らせずに生きている人の方が少ないんじゃなかろうか.ただ,普通は他者との係わり方をもう少しうまくできるようになるか,あるいはあんまり深く考えなくてもいいってことに気づくから,そこまで陰鬱にならなくて済むんだろう.

父が子供だった主人公に土産を買ってくる場面があるんだけど,そんなもんだろうなあと思う.子供の思慮が親を凌いでいる......というか,親が必ずしも子のことを計り知れないことってのはある.普通はそれは恐怖と安堵という経験にはならなくて,がっかりだったり,怒りだったり,親に対する冷笑だったりで終わるんだけど.主人公は自分に自信という物を生涯持つことができなかったから,そういうふうには思えなかったのだろう.

長じて,学校をやめて居候状態になった時のヒラメの態度.ああ,やっちゃいけないことを,と思わずにいられない.迷走していて自分で何かできない状態にある人に,決心とか自立とかを迫ることが土台無理.ハタから見ていて,「やる気があるかどうか」ということが重要視される(やる気がない奴を安易に助けたくない)のも分かるから,一方的にヒラメは責められないけど,でも,主人公の思考も分かるんだよ.何やっていいか,何が正しいのか,分からないんだもん.でも,人生って過ぎて行って,その間の生活費ってかかるんだもん.

世間とは個人じゃないかというのは本当のことだと思う.「常識」とは人によって違うみたいに.

生涯でいちどだけでいい,祈る.ってところでね,「幸福」の中に入りたいと思わずに,「幸福」に混じっちゃいけないんだと思い込んで,去ってしまうところが,救われないところなんだろう.罪の意識をずっと持っている気がする.自分は世間並みになっちゃいけないんだ,なれないんだ,とずっと思っている.そういう原罪じみた,拭えない罪なんて抱えてはいないのに.

主人公の妻が,主人公の一顰一笑にさえ気を遣うようになった出来事.責めていないのに,怯えてしまって,心から笑ってくれなくなった,それが悲しい.でも,どうしたら良かったというんだろう.逃げなければどうなっていたのだろう.離縁ということにはなったのかもしれない.でも,精神的に壊れずに済んだんじゃないか.この後,何も知らずに妻が薬を渡す場面があって,ああ,やっぱり,この人は無垢で,こんなことが起きなければ,二人とも救われていたんじゃないかと,少なくとも人並みの生活はできていたんじゃないかと,思わずにいられない.

ただ,一さいは過ぎて行きます.

最後の一行を読んで,結局,誰にも理解されなかったんじゃないかと泣けてきた.手記を託した人でさえ(託そうという気になった人でさえ),理解とは程遠かったんじゃないかと.

2008.9 読書開始 - 10.8 読了

人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))

日時: 2008年12月10日 | 感想 > 本 |

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