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2010年3月

2010年3月 6日

醉いどれ天使

泣け!もう泣け!

最後の方で女の人が「あんまりかわいそうで」って言ってるんだけど,いっしょに泣いたよ!

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第4作目は『醉いどれ天使』です.前に見た『醜聞スキャンダル』の後に『生きる』『素晴らしき日曜日』があったのですが,あまり食指が向かなくて避けました.

同時上映は『野良犬』です.Toshiro MifuneとTakashi Shimuraが上下で入れ替わっているだけってのが笑える.黒澤-三船って文脈で語られることが多いですが,志村さんも欠かせないよね.

それで,ですね,『醉いどれ天使』のことなんですがね.

最初の出演者のところで「ブギを歌う女:笠置シヅ子」に吹き出してしまった.まんまや!アメリカ人的に彼女のジャングル・ブギはどう映ったかは定かではない.

で.

......

......

......

三船さん鬼かっこいい.三船さん演じるのは松永っていう街の顔役ヤクザなわけですがね,これが鬼のようにかっこいい.

......いや,かっこわるいよ,かっこ悪い.

ガタガタいちいち殴りかかってないでとっとと医者行け!とか,兄貴分へのペコペコっぷりとか,酒飲むとどうしようもない体たらくとかね,かっこ悪いよ.

でもね,なんかどうしようもなくかっこいいんだ.白スーツで闊歩してる姿とかさ,吹き出すようにかっこいいんだ.いちいち花屋でバラくすねて胸に挿してて,どんな気障やと思うんだけど,様になっているのが恐ろしい.松永って肩で風切って歩いてる頃からちょっぴり変わってるよなあと思う.普通,花なんて持ってかねえべや.

真田医師は,怒鳴りまくりで亭主関白(のつもり.ばーさんも言い返す,言い返す)なんだけど,切れば血が出るヒューマニスト.松永がいったん診療所来たんだけど用が分からないうちに喧嘩になって雨の中出て行くシーンで,「熱もあるだろうに傘も差さずに」と言ってるところなんか,怒鳴りあってたのにしみじみとして言うんですね.

で,医療用アルコール飲んじまうDrunken Angel.あと,よく物を投げる.ただしアルコールは投げない.(笑)

大病院の院長さんとは仲悪いのかなと思ったら,けっこういい友達っぽい.高浜院長は1シーンしか出てこないけど,こいつももうちょっとうまく世間を渡っていけばいいのに,と思っていそう.

思うに,松永と真田医師って似てるんだと思う.あ,どっちも拗ねてる(?)様を見せているところが好きです.松永なら柱によかかって斜めになっている後ろ姿,真田医師はアイスキャンディなめてるところ.ただ,松永にとって最良の医者ではなかったような気もする.無駄に反発起こして診てもらうまでが長くなってしまったから.まあ,あんな性格だからどんな医者でもいっしょだったかな.

奈々江はあっけらかんと自分に利になる男を選んでいて悪女と言えば悪女なんだろうけど,そんなもんなんだろうなあと思った.好きな台詞は「いらっしゃい,お仕置きしてあげる」ってところ.この時,ひょいっとスリッパ(だっけ?)をしきりの先にひっかけて出て行く松永の表情も気に入っている.

美代さんはちと苛ついた.あんまり馬鹿なこと言うんじゃない,と思った.

小料理屋のぎんさんは自分では「そんなんじゃないわ」と言っていたけど,やっぱり松永のことが好きなんだろうなあ.一緒に田舎に行こうとかき口説いているとこなんか見るとね.それが一番良かったかもしれないと思うんだけど,そういう松永はどうも思い描けない.

岡田と松永の喧嘩は,全然格好良くないんだ.顔役VS元顔役なのに,腰が引けててもみ合ってるだけなんだよね.ペンキまみれになって.それで,ああ,どう転ぶんだろう,どう転ぶんだろうと思っていて,どうにかならないかどうにかならないかと思ってたときに,とうとう腹にナイフが刺さる.私の斜め後ろの席の人が小さくため息を漏らしていた.私も同じ気分だった.

ああ,そういえば.岡田との対決の後,ベランダに仰向けになった松永が一番柔らかい表情していたかもしれないな.画面は白くて.天気は晴れていて.静謐.

真田さん卵買うじゃない,病人がいるからって.卵18円って書いてある.すげえな,おい.葬式5000円だか6000円で出せる時代に18円.物価がべらぼうに高くなっている今でもそんな値段.さすが物価の優等生.あ,いや,卵の値段の話に流れてるけど,そういうことが言いたかったんじゃないんだ.真田さんが帰ってからきっと怒鳴って怒り散らして心配してもしかしたら泣いたんじゃないか(いや,怒鳴ったのかな)ということを想像して悲しくて仕方が無くなったんだ.

終わりの方,真田さん,ぎんが持っていた箱に触ろうとするじゃない.もし触っていたら,泣いてたんじゃないかと思う.もう胸の内の物が吹き出してしまって涙を流していたと思う.だから,はっと気づいて止めたんだと思うんだよ.

それで,女学生に声かけられて助かったと思ったんじゃないかと思う.吹き出すはずの涙をごまかせて助かったんじゃないかと思う.こういう人たちはどうしたって胸の内を外に出すのを嫌う物だから.この場面ね,銀さんがついて行かないじゃない.あそこでね,ああ,真田さんと女学生に対して線を引いたんだなあって思う.

ああ,しばらく胸に残って離れなさそうだな.

私はこの映画を,もうこんな風景が残っていない今日こんにち観てそれでも打ち震えたわけだけれど,公開時の60年前,戦後まもなくの60年前,1948年という闇市も猥雑さも残っている日本においてこれを観た人の感じる物はいかばかりであったのか,とそんなことを思わずにいられない.(そして,戦中戦後でも映画は作られ作りたい人がいて観たい人がいたんだなということも)

昭和20年代なものだから,夜になって家に引っ込むと日本人は和装である.白スーツやくざも鞄持って洋装だった医者も寝巻になる.......日本人,家帰ったら和服だ,ヒャッホー!とアメリカ人に誤解されてたらどうしようとチト思った.

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野良犬

その日は恐ろしく暑かった.

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第5作目『野良犬』です.

気がついたら犬がハハハハ言ってて,いったい何が起きるのかと思った.

『醜聞スキャンダル』を観たとき,三船さんはいつも何かしら三船さんだなあと思ったんですが,これ観たときに,こんな役もできるんですね,すいません,と思った.刑事の役なんですが,素直で一途だけど繊細なところもある好青年.

村上刑事が人から話を引き出す手法はなんか泣き落としっぽい気がする.あ,いや,字義通りの意味ではないけど.根負けするスリとか,ダンサーとかね.どうも突っぱねきれない一途さを感じるんだろうなあ.私が一番好きな場面は屋根(なのかなんなのかよく分からないけど)の上で体育座り.この後,ビールをもらうんだけど,あげちゃう気になるのがなんか分かる(笑).「死なないでくれ,生きていてくれー!」ともう繰り返し繰り返し繰り返し叫んでるとことか,どうにも帰れなくて廊下で寝てるのとかね.

気のせいかしらんけど,三船さんずいぶん虹彩が薄く見える.これ,光の加減かなあ.光を入れてそう見えるようにするのだとしたら,ずいぶんまぶしかっただろうなあと思う.

そうそう,この頃の台詞回しで気に入っているのが「○○してくれたまえ」っての.それから,『醜聞スキャンダル』でも気になっていたのが「○○なの?」という台詞.がたいのいい若い男性の台詞にしてはずいぶん柔らかいなあと思って.

泣けた場面は夫がトマト抜いちゃう場面だな.つぶれたトマトもつぶした夫も可哀想で.

途中,巨人VS南海の試合(川上が出てくるよ!)が出てくるんだけど,主審が「プレイボール!」と言ったとたん,劇場内にどっと笑いが起こって,何が可笑しいんだ,アメリカ人?!と頭の中をはてなマークが飛んでいた.和製英語なのかと思ったら,そうでもなかったし.発音が可笑しかったのかなあ.バイバイでも笑ってたもんなあ.ただ,そっちは普通にユーモアの場面だったからなあ.分からない分からない.

それから,登場人物の名前が私の本名と同じだったせいで,途中から名前連呼.居心地が悪かった.

電話がなかなか通じないところは佐藤さんといっしょになって苛々していた.いいからためらってないでとっとと取れ!って.

印象深かったのが,遊佐がね,最後まで出てこなくて,それで乱闘になる.でも流れているのはドーミーソーソソソソードーミードドーシ,ってなんて曲か忘れたけど有名なピアノの曲で,何にも知らないで女の人が弾いてる,そこで村上と遊佐はもみあってる.ここ観て,昔バーナード・ハーマンのドキュメンタリー観たときのことを思い出した.バーナード・ハーマンは死の場面では死に相応しい音楽を入れるべきだという人で,それでどれかの映画の作曲を下ろされちゃうんだけど,ハーマンは新しい感覚に馴染めなかったからかなあと思っていた.けどね,この映画はもっと古い.おそらくバーナード・ハーマンが下ろされた映画(カラー作品だった)の10年は古い.これはもう主観の問題なんだろうなあ.私はどちらかというと対比で強調されるという感覚の方を取る.

それで,捕まってね,でも台詞はないんだ.遊佐はただ堪えきれない物を嗚咽のように振り絞るように呻くというか高く吼えるというか,そんなんなんだ.

アプレゲール,なんだろうなあ.村上と遊佐が復員者の二相なんだろうなあ.

2010.4.24追記:後で村上と遊佐を演じた三船さんと木村さんが復員兵だと知った.その上,木村さんは海軍に行っている間に広島原爆で家族全員を失っていると知った.そうやってみると,この最後の呻きなんか,とても「演技」で収まらなかったんじゃないだろうかと悲しくて仕方がなくなった.

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2010年3月11日

天国と地獄

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第6作目『天国と地獄』です.

英語の題は『High and Low』です.なるほどなあ.変にHeavenだのHellだと言い出すとおかしな意味合いになるんだろうなあ.

この映画は現代劇と分かっていたけれど,『醜聞スキャンダル』を観て考えを変えなくても観ようと思っていた一本.

というのは,あれですよ,『踊る大捜査線』の映画で「『天国と地獄』だ」って台詞があるじゃないですか,あれがずっと気になっていたからです.

友人に「あの『天国と地獄』という台詞が分からない」と言ったところ,「知らない?黒澤明の.誘拐の話」

そのときに,「あー,黒澤明ってそんな映画も作ってるんだー.観てみたいなあ」(←ミステリ好き)と思ってずっと来たわけですな.

劇場で渡された紹介チラシにAdapted from Ed McBain's 87th Precinct novel "King's Ransom"と書いてあって,えー?!これ87分署シリーズだったのー?!とびっくりする.87分署は読んだことはないんだけど,いつか手を出してみたいのだ.

英語版字幕観てるとスタッフの誰を重要視しているか分かる.いままでの黒澤映画の字幕を観ていると,撮影の宮川さんとか音楽の早坂さん,もちろん監督の黒澤さんと三船さん・志村さんは外さない.ところがですね,この映画,ほとんどスタッフの英訳が出ないんですよ.「原作 エド・マクベイン」なんてアメリカなんだから訳せばいいのにって思うんだけどなあ.

この映画,なんか最初 舞台劇っぽい.靴屋の重役が集まって,誘拐があって,犯人とのやりとりまで権堂家の居間なもんだから.

権堂さんはまあ野心家で,金出すか出さないか迷ったりもしていて,ただ,悪い人じゃないもんだからものすごい葛藤がある.その中で運転手が出してくれと言えないでじっと黙っていてついに土下座して頼み,家族も頼みするんだけど,結局決め手がより倫理観の薄い部下の態度だったというのが興味深いんだよね.鞄に自ら細工し出す場面が好き.

捜査に当たる刑事役が仲代さんで,チラシにthe cops led by Steve McQueen-cool Tatsuya Nakadaiと書いてあって,そうかなあ?と思ってたんだけど,観てたらSteve McQueen-coolかもしれないとちょっぴり思った.でも,普通にまじめに堅実な刑事さんやってるもんだから印象薄いかな.それよりも汽車の物真似する人の方が印象あるかも.(笑:メリケン人にもウケてたよ)

捜査会議の場面で次々に報告が集まるところが,本当のところはどうなのか知らないけど,すごく説得力あって好きだなあ.

そんでね,犯人ね.この犯人の麻薬手に入れてその後さまよい歩いて,薬中ばっかりいる場面がものすごく猥雑でどうしようもなくて暴れてるヤツいないんだけど精気のないヤツばかりですごかったな.

そういえば,合図に「胸に赤いバラ」ってのがあったんだけど,このネタってこの映画が原点なのですか.それともこの前からのお約束なのですか.

件の煙の場面,一生懸命付けたのだろうけどとても薄いピンクで,ちょっと拍子抜けでした.まあ,カラーに見慣れた目じゃね.

世間の同情は集まるけど,投資家は非情でねぇ.一人ぐらい侠気あるヤツいねぇのかと思ったな.

圧巻は最後の場面だと思うのですよ.

ここね,もし権堂が地に落ちていたら,最後まで虚勢を張れたと思うのですよ.でも,そうじゃない.依然として自分が地にいて,権堂は少し低くなったかもしれないけど依然として高いところにいる,それが無性に腹立たしく悔しかったのだろうな.

どうしてもここで可愛そうになってしまうのだけど,『野良犬』の佐藤刑事の言葉を思い出さなくちゃならないのだろうなあ.そういえば,うちの母が永山則夫について言ってたことがある.貧乏が犯罪の理由になるか,あの頃はみんな貧乏だった,って(永山事件の捜査はものすごく大規模で,ちょうど函館事件の頃に青函連絡船に乗ったせいで,当時函館勤務だった父についても勤務先に刑事が聞き込みが来たそうな).なんかそんなことを思い出した.うーん,でも,この犯人,犯罪なんぞ起こさずにちゃんとしていれば世間的には中流以上に行ける立場じゃないか.

この最後の場面観てシムノンの『男の首』を思い出した.

同時上映の『I live in Fear』すなわち『生きものの記録』は,気が乗らなかったのと,これ観てるとあまりに帰りが遅くなるのとで止めました.2人殺した殺人犯が日曜日にスーパーの裏でSATに撃ち殺されてたしな.さすがアメリカ.

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2010年3月14日

隠し砦の三悪人

Stanford Teatreは,名画座だからか昔のポスターが貼ってあります.

たとえばこれ.

なぜ日本語版?

他にも中国語版のなんかのポスターがありました.もちろん英語の物の方がたくさん貼ってあるんですが.

では,本題.

黒澤映画特集第7作目『隠し砦の三悪人』です.うおー,画面でかい-.どこ観たらいいか分からんー.

最初は,立身出世のため村をおんでたばかりの百姓がうーろうーろと逃げ惑うばかり.城での捕虜の大反乱の場面なんかすごいんだけど,三船さんなっかなか出てこないなあと一ファンとしては待ちかねて,待ちかねて待ちかねてようやっとでてくるんですわな.

えー,三悪人なんて題名だから三人が連んで何かするんかと思ったら,ちゃうんですわ.隠し砦の一人と二人だった(笑).

姫さん,すんごく印象的な目つきして,スラッとした肢体をしてるんだが,しゃべらせると,ちとうーん.泣いてる顔もあんましだったかな.こう,キリッとした顔が絶品だよね.

いちいち農民が恨め裏目に出ることをしてくれてイライラしてた.だいたい,いちいちいじましいんだよ.可哀想な六郎太さん.でも,コミカルなところもあって,どうも憎めない.よく考えたら,軍用金全部持って行けたのもこの人たちが強欲だったせいなんだよなあ.たぶん,姫と六郎太だけだったら途中で一部は諦めてたと思うんよ.(その分,こんなに苦労はせんで済んだかもしれんけど)

あ,そうそう,途中で一緒に付いてくることになる女の人いるじゃん,あの人が飛び出してなきゃ,あそこで六郎太討ち死にしてたと思うんよ.ただ,飛び出されて怪我なんぞされたから,抱えて逃げるしかなくなっちまう.こういう場面,多かったな.馬を無理矢理売らされちゃったのも,女を身請けしたのも.しっかし,人一人担ぎ上げて三船さん走る走る(しかも平地じゃない).すげえなあ.

そんでね,裏切り御免,と素晴らしい勢いで駆けだしたところで拍手が起きて,おー,アメリカと思った.一緒に喜んで拍手してた.だって,もう,ここ,どうやって切り抜けられるんだ,どうやったって切り抜けられんわ,ってとこなんよね."At the last moment help arrives from a completely unexpected source."とチラシに書いてあった.まさに.ほんに.

あ,この話,acknowledged as the source for Star Warsなんだそうです.知らんかったわー.

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用心棒

うへー,面白い.

音楽もここって時に高らかに鳴ってね,それがラッパなんだよなあ.ブラスの響きがなんでか合うんだなあ.

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第8作目『用心棒』です.

この映画,『椿三十郎』の前編っちゅうか,むしろ『用心棒』があったから『椿三十郎』があったみたいです.でも,三十郎って偽名なんすね.そういえば,七人の侍の時も本名わかんなかったよなあ.

やくざもんからしてみればこれほど迷惑な人おらんわ.ふらっと来て,勝手に首突っ込んでニヤニヤ笑いながら一家2つ壊滅させてくんやもん.それも,クレバーな方法で.もちろん,腕っ節も尋常じゃないんだけどさ,焚き付けて焚き付けて鐘楼に上って文字通りの高みの見物だもん.

この三十郎って人も面白いんやけど,周りも面白い.私が好きなんは本間先生.すごんでたくせに,逃げるやん.しかも,悪びれもせずにニッコリ笑って手振って行くやん.思わず三十郎も手振っちゃって.

あとはもちろん亥之吉.にっくめないよなあ.この人の「こいつ,とっても強いんだぜ」って台詞回しが妙に好きです.全然悪意がない感じがする.いや,そりゃ,喧嘩になりゃ大暴れだけどもさ.

半助なんか,ほとんど時刻告げる役にしか立ってない(すごく声はいいと思う)んだけど,こうニコニコペコペコがどうも憎めない.

ああ,うん,いちいち面白いんだよな.清兵衛とその女房(この人怖い!)の密談立ち聞きしてるんだけど,それを観ている女郎たちにシィって合図したり舌出して見せたり,仕草がひょいっと変に可愛らしい.かと思えば,あんまり美しくもない女たちの踊り見せられて嫌そうな顔してたりね.

それでいて6人ばっさりやったときは息を飲んだね.この人,いちいち2回ずつ刀振るってとどめさしてんやもん.しかもあっという間.この後に拝まれて「たたっきるぞ!」って言った時に初めて本性が透けて見えた気がする.権爺言うところの「悪ぶるのが好きなだけ」なわけですわ.

殴られまくって倉に入れられてたところは本当に痛そうやったわ.全然まともに動けないもんだから逃げ出すところもハラハラしたよ.だいたい卯之が勘が良すぎる.仲代さん若い!そういや,この映画,何でか知らないけど英語字幕のCast順,Toshiro Mifuneの次がTakashi Shimuraだった.おいおい,だめでしょ,そういうことしちゃ.志村さんこの映画だと完全脇なんだよ.ちゃんと仲代さん二番目にしなきゃ.

だんだん凄惨を極めだして,最後の最後,清兵衛一家との対峙ね,あれもすごい.歩いて距離が近くなっていき,急に高らかにテーマが鳴り,来たッ,来た来たッ!と観ているその前で,ヒタ,ヒタヒタと距離を詰めて,バッサバッサと斬りまくる.

その後の長い長い卯之のシーケンス,地べたで蠢いてそれでもずっと悪を主張されたような気がしたよ.

でも本当に怖かったのって,もう狂ってしまったように,いや,狂っていたんだろう,実際,狂って法華の太鼓を叩いた絹問屋が返り血浴びて出てくる様だった.

ただ,そんなの何もかもさらっと「あばよ」で流しちまって去っていく.すげーなー.ほんと,もう.

この映画の題名が『用心棒』なのはちょっと皮肉な気がする.だって,ぜんぜん用心棒してないんだもん(笑).まあ,本人言ったとおりの「雇った方が用心しなくちゃならない」用心棒か.『用心棒』はYojimboだった.いちおうbodyguardという訳語もチラシにはあったけど,一種独特の意味を持つからそのままなんだろうと思う.

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2010年3月21日

影武者

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USAですが,劇場以外にも部屋があって,そこで関連資料やシアターがらみの展示がありまして,どっか東欧版のポスターがあったり,『羅生門』受賞のチラシ?があったりしました.これ観ると,『羅生門』はあの平安女性のエキゾチックさもポイントだったみたいです.(イラストが入っている)

んでね,気になったのこれ.

シャーリー・テンプルが描いてあったから展示してあったんだと思う.でも,私の目は右側に釘付けだ.ちょっと読んでみよう.

萬一貴下のヘアーラインが後退し始めたら、一刻も猶豫なくヨウモットニックを振りかけられよ。病的のフケ、抜毛を止め毛根を彊めて生毛力を促進し、初期特等に好轉期を與へん。

ごめん,これ読んで笑いを堪えられなかった.日本語読めんもんなあ.しかし,昔も今も悩みは同じか.

いやいや,まあ本題に入りましょう.黒澤映画特集,第9作目『影武者』です.

本当は17日から19日にかけてやっていた『悪い奴ほどよく眠る The Bad Sleep Well』と『蜘蛛巣城 Throne of Blood』も見たかったんだけど,ちょうどニューオリンズでやってた会議に出ることになっていて,しかもその会議,自ら出たいと頼んだものだったから,断念せざるを得なかった.おおう,申し込んだ昨年末にはこんな黒澤祭り状態になるなんて夢にも思ってなかったからなあ.

それで,この『影武者』と同時上映の『椿三十郎』も無理矢理観たんですよ.世話になっている会社の人にほとんどの荷物を預けてニューオリンズに行き,預けた相手に荷物をパロアルトの駅に持ってきてくれと頼み,挙げ句に劇場まで送ってもらってようやっと間に合いましたわ.

でも,こんなに急いでいったのに,開場遅れてた.

大荷物持って並んでたもんだから後ろのおじさんに「どうしたの?」と言われ,明日日本に帰るんだと答えたら,そのおじさん「それはいいねえ」と言った後,劇場の常連さんなのか,荷物置くのにいい場所があるよと舞台の袖みたいところを教えてくれました.

それで,やれやれと思ってトイレに行ったら,そのすきに映画始まってた.なんてこったい.おかげで最初を観ていない.気づいたら影武者になる下郎が信玄に合わせられてる場面だった.だからか知らないけど,なんでこの人がこんなに信玄のために影武者になる気になったのかがどうも分からなかった.

信玄があっけなく死んじゃうんですよ.本当にあっけなく.思いつきで行動した結果がこうだ.

そんで紆余曲直あって,影武者がうまいところやばい場面を乗り越えて,孫ともすんごく仲良くなって,まるで本物のような迫力を身につけたところで,プツリと切れるように襤褸が出ちゃうんですよ.どうして女性たちを口止めできなかったのか,たとえば限られた者にだけ厳命しておくんじゃだめだったのか,と観ていて思ったんですが.

剽悍な武田軍を観ているだけに長篠の戦いが悲しくって哀しくってならなかった.だって,馬鹿だよ.総大将になった勝頼の駄目っぷり.もうわがままな子供が意地になって打ち振るってるだけなんだもん.大将たちはもう駄目だと思ってて,戦の前に別れを交わしてるんだけど,なんで勝頼に従って無謀に突撃しなくちゃならないのかと思うし,勝頼にしたって,武田軍の必勝パターンの説明からすると,最初の突撃が止められてる時点で止めて退却するべきじゃない.なのに,突撃だけ命じてさ.

この場面,哀れで観てられない.映像自体は綺麗なんだよ,色分けされた騎馬が突撃して.でもこの後に倒れ伏して身動きままならない人馬が映る長い長いシーケンスがある.本当に長くてもう止めてくれというほど長くて,その画面の中を馬が立つに立てずにもぞもぞと動いている.間を人が倒れている.

そして,勝敗が決して静かになってしまった戦場の傍らを流れる川を,影武者が軍旗をつかもうとして,つかめもせずに息絶えて,死骸は旗の横を流れていく.

鬱やわ-.

終わった後,斜め後ろに座っていた日本人らしき人が連れのアメリカ人になんで勝頼が信玄の後継げないの?と訊かれてしどろもどろに説明してた.

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椿三十郎

なんだこりゃ、なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃ!

すごいよ、物語が疾走してるよ!

どこを切り取っても面白い.だからこそ最初から見なくちゃならない.そりゃあもう流れるように話が進んで行くんだ.

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第10作目はこれ『椿三十郎』.

土埃と風とがすごかった『用心棒』に比べてもっとほわんとした雰囲気で,全編がコミカル.多分に奥方と娘さんとあと捕まった押し入れ侍(としか言いようがない.観れば分かる)のおかげだ.この三人が出てくるときはたいてい笑いが起きる.

私が好きなのは合図を決めてるときだ.おっとりと奥方と娘さんが「椿にしましょう」と言っている間,ずっと三十郎が押し入れの戸の毛筆の「や」の字をなぞってんの.このさりげない動作って,字じゃ無理なんだよね.画面全体で雰囲気をかもす映像だからこそで,気づかなきゃ気づかないになるんだけど,気づけばものすごく「らしい」し「可笑しい」.でも,たとえばこれが小説だとどうしても記述した段階で注目を集めちゃうでしょう.私はこの場面観て,映像っていいなあと思った.

押し入れ侍さんはいちいち面白いんだけど,若侍さんたちといっしょに飛び跳ねて喜んだ後にとがめる視線を受けてるところが好き.あ,あと,「私も信じますね!」と偉そうに一席ぶって,その偉そうなまま「失礼します」っていなくなっちゃうところ.

それに今回も悪党側も面白いんだよ.椿じゃんじゃん投げ込んで,ふー,やれやれってなってるとこなんか可笑しくてかなわない.

三十郎は『用心棒』のときと同じく乱暴な言動なんだけど,奥方に「お名前は?」と訊かれたときに思わず「名前ですか?」と敬体になっちゃうとこがいい.奥方のなんとも言いようのないおっとり感に巻き込まれちゃって.この映画,三十郎の「えー」って顔がすごく好きだ.あきれているというか付き合いきれないというか勘弁してくれというか,そんな表情が絶品.

だいたい,三十郎って人は面白いんだよ.ご飯てんこ盛りでガツ食いしてんのとか,呆れ返りっぷりが過ぎて,碁盤の上に偉そうに座って侍たちを怒ってたり.(碁盤は座るもんじゃないとアメリカ人気づいてるかしらん)

仲代さんがまた敵役だけど,私は卯之よりもこっちの方が格好いいと思う.でも,室戸さんはなんで三十郎の策略に全然気づかないんだろうと何回か思った.

捕まった侍たちを助けるために数十秒間のうちに何十人も斬りまくる場面があるんだけど,ここで拍手起きていた.とはいえ,その後すぐに怒鳴りつけているように,三十郎としては本意ではなかったのだろう.だいたい,この場面,敵がほとんど刃向かってこずに逃げ惑ってるところを追いすがって斬ってるもん.奥方に言われた言葉は堪えていたのだろうし,薄々は常から感じているのだろう.

最後の対決も本当はやりたくなかったんだろうなあと思う.盟友扱いしてくれた相手を騙していた負い目もあっただろうし,違う合方をしていたらもしかしたら本当に友人になれたかもしれないだろうから.

前にテレビでやってた時になんでまともに観ておかなかったんだろうと後悔したけど,そのおかげでスクリーンが初体験になったのは反って幸せだったとも思う.

Stanford TheatreでのKurosawa Festivalは来週まで続くけれど,私はこれで日本に帰るのでこの傑作でおしまい.

ただつくづく思うのだけど,何十年もかけて作られた映画の数々を濃厚にも一度に観られてしまうってどんなにか幸福だろう.当時は待たないと次の映画は観られなかったのだから.もちろん,当時は世相を共有できたというこの上ない幸福を甘受できただろうけど.

それから,こんなにいろんなタイプの映画を撮ってくれていてとても幸せだと思う.三船さんも若いうちにこんなにいろんな役柄を演じられたことは幸運だろうし,後々の観客としても多彩な姿を観られて(私のように)新たにファンになる人があるということは映画というのはどんな魔法だろうと思う.

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2010年3月26日

右門捕物帖(佐々木味津三)

『羅生門』観て芥川龍之介の『藪の中』と『羅生門』を読みたくなって青空文庫にテキスト取りに行ってみたら,急に『右門捕物帖』を読み返したくて仕方がなくなってしまった.(何故?)

それで,小学校以来で読み返してたんですが,あれ?こんなんだったっけ?いや,でも,オモシレー!

短編ばかり38編です.知恵伊豆さんの頃なので,時代は三代将軍の頃です.いちいち律儀に「○番手柄です」と冒頭に書いてある.

前に杉良太郎の右門は右門と認めんとほざいてたけど,ごめん,私が悪かった.まんまそんな雰囲気かもしれん.黙りだから「むっつり右門」なんぞと渾名つけられた癖に,いったん気が向いてしゃべり出したら伝六に負けないぐらいしゃべりさくってた.しかし,「おれが、むっつりとあだ名の右門だッ」と啖呵きる場面があって,それ,啖呵きるような立派な二つ名なんか!と吹き出してしまった.ああ,そうそう,末尾の小さい「ッ」書きって,最近の風潮じゃなかったんだねと目から鱗だった.

地の文はなんだか講談調で,好き嫌いがあるかもしれない.「~ような右門とは右門が違います」とか「疾風迅雷的」という言い回しが妙に好き.

だいたい,右門自体可笑しい.草香流柔術(やわら)と錣正流(しころせいりゅう)居合い切りの名人(捕り手らしく主には柔術の方.めったに刀は抜かない)だとか,若くて美男だってのはまあ普通だよ.ただ,たいてい顎をなでなでゴロゴロしていて,事件がないと外に出ない.伝六が遊びに誘っても返事もしないでゴロゴロしているくせに鰻食いに行こうと言うとむっくり起き上がる.おまけに,2,3人前がデフォルト.同心なので下級役人とは言え侍なんだけど,伝六や町人相手にしゃべっているときはかなりしゃべりが伝法で一人称が「おいら」になったり「あっし」になったりする.

伝六がまた負けていない.基本,右門は尊敬してるんだけど,扱いぞんざいにされたりすると言い返す言い返す.「いいえ、だんな、お黙り!」とか.あと渾名の「おしゃべり」に見合って,立て板に水のごとくに言葉流れて話が長い.基本的に賑やかで,たまに黙ってぼんやりしていると右門の方が心配して声をかける.

一話目二話目ぐらいはあんまり慣れてないような書きぶりで,さほどピンとこなかったんだけど,中期になると脂ののった小気味のいい会話の応酬が可笑しくて可笑しくてたまらない.事件とその解決自体は他愛なかったりそんなご都合主義でいいの?!と思うんだけど,それを補ってあまりある.

ああ,38話しかないのが残念だ.なんだかテレビ版も観たくなってしまった.(しかし,私が昔観た杉良太郎版でない右門は本当に誰だったのだろう?)

2010/3/5 読書開始 - 2010/3/26 読了

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2010年3月28日

素浪人罷り通る

黒澤映画と右門のせいで20年ぶりに時代劇フィーバー状態になっている.

日本に帰るなり「なんか三船さんの出演作か時代劇観たい」と思ったのだが,ちょうど帰国した日に三船さん主演作のテレビシリーズが時代劇専門チャンネルで最終回だった.そのことに次の日に気づいて,悔しくなって,そうなるといてもたってもいられずTSUTAYAに突撃.

『用心棒』『椿三十郎』を観たとき,「うおー,三十郎もっと観たいー」と思ったものだけど,そう思うのは私だけではないようでして,浪人物のTVシリーズがあった.だよねー.観たいよねー.

何本かあったんだけど,新しい物から遡ることにした(あくまで店頭にあったもののなかでだが).どうしたって,殺陣なんかは若い方がキレがいいだろうし,やっぱり『椿三十郎』が一つの頂点だと思ったから,新しい物から遡った方がガッカリ感から抜け出せるかなと思って.(ガッカリ前提か)

で,まず見たのが『素浪人罷り通る』.テレビスペシャルとして6本作られている.テレビスペシャルだから,一作一作別物としてみることができる.

見たとたん,同田貫ー!同田貫ー!と大興奮.そうだよね!きっと三十郎の刀も同田貫だったんだよね!(お前は同田貫好き過ぎだ)

それから,三十郎の時と紋が違っていて,丸に木瓜.うちも家紋は丸はないけど木瓜なので親近感を抱く(もっとも,木瓜紋はかなり多い家紋なので喜ぶ意味があまりない).しかし,着物の紋のかすれ具合が尋常じゃない.紋の掠れっぷりがすごい.

後で,丸に木瓜が三船家の紋だと知った.じゃあ,三十郎の丸に剣片喰は誰の紋なんだ.

このシリーズも偽名を名乗っているんだけど,それがまた,「春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)」なんて無理のあり過ぎる偽名なんだ.さすがに無理があり過ぎると思ったのか,この名前を名乗るのは3作目までで,残りはそれぞれ違う名前を名乗っていた.

第1作で本名と浪人になる経緯が語られるし,性格はこっちのほうがだいぶ堅くて哀愁漂っているので,なりは似てても三十郎とぜんぜん違う.

女性を抱えたり負ぶったりという場面がそこそこあるんだが,微動だにしていないことに驚嘆した.

素浪人罷り通る

第一作.立石藩というところの御家騒動に巻き込まれる話.若い家老の結城小十郎役が西郷輝彦さん,藩主の弟の別所主馬役が鈴木瑞穂さん.どちらも好きな役者さんである.私は鈴木瑞穂さんをペリー・メイスンの吹き替えで知った人間なので,俳優として出演されるたびに不思議な感じがする.

たぶん,この作品はシリーズ化の意図がなかったのだろう,本作で春夏秋冬の本名も脱藩理由も明らかにされている.「春夏秋冬」という偽名が(一応)シナリオに生かされているのはこの作品だけだ.

余韻の残るしっとりとした哀しい話だったなあ.春夏秋冬が一言も発さず茶を飲み,それに対して「触れていいか」と訊いてそうっと触れて確かめる,という場面が一番しっとりと哀しかった.分かっているなら,残ってもよかっただろうにとも思うけれど,斬ってしまったからには残れなかったのだろうな,とも思う.主馬に対する義理みたいなものかもしれない.きっと主馬のことを憎んでもいなかったのだろう.

全然違う話なのに藤沢周平の『蝉しぐれ』を思い出した.

素浪人罷り通る 暁の死闘

シリーズ第二弾.もうね,これは多助(泉谷しげる)とたね(千石規子)に尽きると思う.

たねさんは登場時からして大好き.よく分からないうちに使われちゃっている春夏の旦那が楽しい.

あと,菊千代(『七人の侍』の菊千代様ではない)が素直でいい子で,多助にものすごく懐いていて好感.

物語は刑場の場面,ここに極まる.誰もかもを欺こうとする多助と実は分かっているたねと.この後,夜になって客もいなくなってから「泣け」という春夏秋冬が厳しくも優しい.

たねさん千石さん演ってたって気づいてなかった.黒澤映画での千石さんもすごく好きなので,こうやって年取ってからも共演しているのが嬉しい.(話自体は悲しいんだが)

素浪人罷り通る 血煙りの宿

シリーズ第三弾.真崎の旦那(高橋長英)がすごくいい人で一番好きだ.何がいいって,自然と屋根直したりという手伝いしてるし,いざ盗賊が来たら,剣の腕自慢ってわけではないのは自分で分かっているけれども,どうにか役目を全うしようと頑張っているところだ.

半兵衛(荒井注)の扱いは酷いだろうと思う.気に入っていたのに!この人との二人道中も面白かったろうな,と残念でならない.

弥九郎(中尾彬)の気持ちって愛憎半ば,いや,本当は愛なんて感じなくてもおかしくないと思う.町の人々のひどいこと.ブラブラとゆれる親の体をどんな気持ちで見ていただろうと思わずにいられない.この町に帰ってこなければ.対峙しようなどと思わなければ.彼は生きていたかもしれない,と少し思う.

そういえば春夏の旦那は子供好きだね.ちょっと乱暴気味に顔をなでている様子がごくごく自然でほほえましい.

素浪人罷り通る 去るも地獄残るも地獄

シリーズ第四弾.今回名乗る偽名は――「六文銭」は答える気さらさら無かったみたいだからともかくとして,「赤猫鯉衛門」ってのもちょっと.......そうか!この人,ネーミングセンス無いんだ!

ちなみに,「流派は?」と訊かれて「春夏秋冬流」と言ってるのがいままでの名残か.

三太はいちいちこまっしゃくれてるんだけど,ゆき(かとうかずこ)と作造(江藤潤)の話をこっそり聞いているところは笑った.

名主さん演じているの小池朝雄さんなもんだから声だけ聞くとコロンボ思い出して違和感が(苦笑).名主と代官がもちろんはっきりとした悪役なんだけど,私が一番むかついたのは和尚だ.

ちょっぴりだけど『用心棒』(どっちに付くか思案しているところ,身動き取れなくなって逃げ出すところ)『七人の侍』(寺の和尚)『椿三十郎』(最後の対峙)を引いてるんじゃないかなと思う.

最後の対峙で,刀を返すのが私は好きだ.もしかしたらだけど,ゆきと三太が小銭を投げてなかったら,返さなかったんじゃないかな.たぶん,あの間で殺伐とした精神状態から我に返ったんじゃないかなあ.

考えてみると,沖雅也さんはこの番組の放送後数ヶ月で飛び降りたんだよなあ.そのニュースは覚えているだけに感慨深い.

素浪人罷り通る 涙に消えた三日極楽

シリーズ第五弾.今回の偽名は「落葉十郎(おち・はじゅうろう)」.字は適当に付けたが,名乗ったときの仕草を見るにまあ,これが妥当なところだろう.

おふく(杉田かおる)は初っぱなから挙動が妙で生意気なんだけど,ものすごく複雑な背景が複雑な言動として発露している.家族が欲しくてしょうがなかったのであって,擬似父娘生活がすごく幸福そうでなあ.

身をひいた二人,口を割らなかったおらく(宮下順子)に縋って三之助(下條アトム)が「俺ぁ言っちまった」と泣き叫ぶところが一番切なかった.

唐津屋(田口計)が気にしていた書き付けなんかおふくは全然注意も払っていなかったのに.唐津屋と板倉(石橋蓮司)との関係も単純でなくて,唐津屋が平身低頭で怯えきっているのが目を惹く.

もし書き付けがあったらもうちょっと何とかできたのかもしれないなあ.盗み出した金で幸せになれない,悪銭身につかず,で切り捨ててしまうにはかわいそすぎるだろう.

素浪人罷り通る 矢立峠に裏切りを見た

シリーズ第六弾.「○○に○○を見た」ってフレーズはいったい誰が考え出した物なんだろうか.

「檜三十郎」を名乗るのはファンサービスですね,そうですね.これが最後だったからこそこの名乗りだったのだろう.

考えてみると,この藩同士の争いなんて端から見ているとどうでもいいことなんだよなあ.いや,もちろん,山取られたら権益まで関わってくるからよく分かる話だけど,そもそものところとか意地の通し方とかさ.

山岡さん(若林豪)はできた人柄らしくよく考えている.あの浪人して江戸へ向かった策がなかなか面白いと思う.実際にこんなことで藩主が進退を決めるかどうかは謎だけど.ただ,藩のためにその後を浪人で暮らさなければならないのかと思うと割に合わないなあと思う.そんなこと考える人じゃなさそうだけど.

三十郎と二人で背中合わせに共闘しているのを見たら,相手が可哀想でした.脇差し投げ→間合い詰めて斬という息のあったところが好きだ.そうだよなあ,あの場合弾くしかないもんなあ.

三十郎に「勘弁ならん!」って台詞があるんですが,この人にそんなこと怒鳴られたらもう土下座して謝るしかないというか本当に勘弁してくれなそうというか,ごめんなさい.(なぜお前が謝る)

素浪人罷り通る DVD-BOX

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銀嶺の果て

三船さんデビュー作で,見てみたかったんだけど,あるんかいなーと思ったら,あっさりTSUTAYAにDVDあった.

タイトルシーン観ていて妙にゴジラを思い出すと思ったら音楽伊福部さんだった.あはは.癖って出るもんだね.ただ,よく分からないのは三船さんが出演者トップに来ていたこと.どう考えても主人公は志村さんだろう.「新版」って書いてあったから入れ替えたのかなあと疑っている.

2010.5.25追記:山本嘉次郎監督の『カツドオヤ人類学』(養徳社・昭和26年7月15日発行)を読んでいたら,谷口君は監督に昇進して、第二囘作品『銀嶺の果て』を三船敏郎を主役(これも初主演である)として作つた。という文章があって,うーんと唸ってしまった.あれ主役だったの??ただ,山本監督,続けてそのときの三船君の相手が若山君である。と書いていて,さらにうーんと唸ってしまった.だって,劇中,この二人の絡みは全くない.それどころか直接しゃべる台詞は「あのラジオ聴けるのかい?」ぐらいしかなかったように思う.

志村さんは強盗犯のリーダー,小杉さんが「おっさん」と呼ばれるちと小心者な感じの仲間,で三船さんが若い悪党.三船さん,無意味に裸な場面があって,ちゃんと服着て出てこいと思った.寒いだろ,どう考えても.ああ,でも,温泉で正体ばれて宿の者を脅している場面は表情がくるくる変わって良かったな.

銀行強盗が雪山に逃げ込む話,と言えばそれで終わりなんだけど,銀行強盗場面はざっくりあっさり潔く切ってあって,観せたいとこだけになっていて良いなあと思う.脚本黒澤さんだけど,初期の頃は語らずに済ませる部分がけっこうあって,シャープなところが私は気に入っている.

遊びもあるけどね.冒頭の二人の会話のとぼけた感じとか,木曽節歌ってる酔っ払いの宴会とかが楽しい.

銀行強盗犯は三人なんだけど,正直,なんだってこの三人が組んだのか全然分からない.特に江島と高杉はどう考えてもウマが合わなそうなもんだから.そりゃあ江島は骨の髄まで悪人で,「感謝」という言葉も知らない人間だけど,正直農林小屋での高杉の台詞で苛立つのはよく分かるよ.余計なことばっかしてくれた挙げ句にそれか!と自分も思ったもん.

江島って気持ちいいぐらい悪人だよなあ.分かんない鬱屈した感じの悪人じゃなくて,ストレートに分かりやすく悪人.私は何故か鳩を埋めている光景を見る江島の「もったいねぇ,焼いて食やいいのに」って台詞が好きで――いや,好きって訳じゃないんだけど,その発想は無かったなあというか,単純に金銭欲だけじゃん,江島って.だからかなあ.気持ち悪さが無いんだよなあ.

野尻さんと江島との言動,ひいては顛末の違いって,年の違いのせいもあるんじゃないかなあ.つまり,若々しく力漲り自分頼りに行動していくことに疑問を抱かない江島と,さまざまな経験をし人の情だって分かってはおりそろそろ落ち着きたい気もしている野尻とで.ああ,もしかしたら小屋に書いてあって江島が「なんじゃこりゃ」と一蹴するドイツ語の文句「Berg-steiger - Kraftprotzen? Nein! Die Besten unter ihnen sind Stillglückliche Menschen.」ていうのは江島と野尻を暗示しているのかもしれないなあ.このドイツ語,ドイツ人に見せたら「よく分からん」と言われた代物なので,少々怪しいけれど,「登山家とは力誇示する者なりしや? 否! 彼が最善の者は,静謐に幸福を識る者なり」ぐらいの意味だと思う.

ああ,ちなみに「Rosenmorgen」なる言葉も聞いたことないと言われた.それでも私はこの言葉が好きだ.劇中に印象的に出てくる台詞で,クライマーな本田さんが山を眺めながら溜息をつくように言うのだ.白黒映画なんだけど,私にはストンと腑に落ちた.私が住んでいる富山という場所は,平野から3000m級の北アルプスが見えるところなんですがね,この山々が雪を纏う頃,晴れた夕方のごくわずかな時間帯に夕焼けの陽の光が雪に溶けてピンクに染まるんですわ.だから,この映画を見ていてローゼン・モルゲン(薔薇色の朝)と言われたときに,白黒の映像を見ながら辺りのピンクの様が浮かぶようだった.里から見上げる光景でさえ綺麗なんだから,それが我が身全てを囲んでいたら,魅了されずにいられないだろうと.

もう一つ印象的で重要なのは『My old Kentucky Home』.音楽って力を持ってると思う.野尻が心動かされたのは多分この音楽のせいだと.

銀嶺の果て [DVD]

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2010年3月29日

静かなる決闘

友人に「初めて三船敏郎の若かりし頃・現代劇を見た.......格好良かったよ,どうしよう」と言ってみたら,「若かりし頃でなくても格好いいよ,三船敏郎.わし,写真や映画見て「カッコいい!!」と思ったのはこの人とアラカンだけだ」と返された.すみません,そこに市川雷蔵さんも入れていただけないでしょうか.

その後,その友人,「でも,三船さんって現代じゃあんまり流行らない格好良さじゃないか」と言う.そうかなあ.けっこう汎用性あると思うんだけどなあ.(汎用性って何だ)

さて,『静かなる決闘』は三船さんが登場する黒澤映画では2作目.ずーっとヤクザな役をやってきたのがいきなりあまりにもガラリと変わって,医師の役である.三船さんの「いい青年」役って『野良犬』が一番かなと思っていたけど,これのが上っす.ほとんと聖人.ただね,最後の場面を見ていて切ないような悲しいような気分になったのは,この一人の聖人が生まれるためには,二人の不幸がなくっちゃならなかったのかということだ.

美佐緒さんの造形も好きでね.結婚の前日まで諦めきれないでいるところなんかね,単に嫋やかで従順な訳じゃない芯の強そうなところが好きだなあ.できれば幸せになってほしかった.いや,確かに恭二の言うように「幸せを切り開く」強さはあるのだろうから幸せにはなるんじゃないかなと思うんだけど,でも,やっぱりこの二人に幸せになってほしいと思うわけで,だからこそ続く恭二の独白が響くんだろうなあ.るいへの返答の形だけど,ほとんど唯一荒れ狂うあの場面は独白に近いと思う.

そんで,その劇場の刻が過ぎて,るいが申し出をしたときに突然何も無かったかのように振る舞う,あそこが一番リアリティがある場面だと思う.きっと,以降,二人ともこの独白には触れないことだろう.

基本的に悲しい感じの方が支配的な映画だけど,父親に秘密を打ち明けた後にたばこをお互いに付けようとして,さらにお互いに火をもらおうとする場面が好きだ.「家族でも謝らなくちゃならない物は謝らなくちゃならん」いいお父さんだ.

この映画,別にアクション映画でも何でもないのに『静かなる決闘』なんて名前が付いているのが意味深だ.たぶん,荒れ狂う欲望とそれを御する理性との対決なんだろうと思う.ああ,考えてみると『野良犬』と構図は一緒なのかもしれない.『野良犬』では村上と遊佐が二相だったんだけど,『静かなる決闘』では恭二と中田が対照されているように見える.

素朴な疑問なんだけど,梅毒だと胎児はどうなっちゃうんですか.

静かなる決闘 ― デラックス版 [DVD]

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