椿三十郎

なんだこりゃ、なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃ!

すごいよ、物語が疾走してるよ!

どこを切り取っても面白い.だからこそ最初から見なくちゃならない.そりゃあもう流れるように話が進んで行くんだ.

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第10作目はこれ『椿三十郎』.

土埃と風とがすごかった『用心棒』に比べてもっとほわんとした雰囲気で,全編がコミカル.多分に奥方と娘さんとあと捕まった押し入れ侍(としか言いようがない.観れば分かる)のおかげだ.この三人が出てくるときはたいてい笑いが起きる.

私が好きなのは合図を決めてるときだ.おっとりと奥方と娘さんが「椿にしましょう」と言っている間,ずっと三十郎が押し入れの戸の毛筆の「や」の字をなぞってんの.このさりげない動作って,字じゃ無理なんだよね.画面全体で雰囲気をかもす映像だからこそで,気づかなきゃ気づかないになるんだけど,気づけばものすごく「らしい」し「可笑しい」.でも,たとえばこれが小説だとどうしても記述した段階で注目を集めちゃうでしょう.私はこの場面観て,映像っていいなあと思った.

押し入れ侍さんはいちいち面白いんだけど,若侍さんたちといっしょに飛び跳ねて喜んだ後にとがめる視線を受けてるところが好き.あ,あと,「私も信じますね!」と偉そうに一席ぶって,その偉そうなまま「失礼します」っていなくなっちゃうところ.

それに今回も悪党側も面白いんだよ.椿じゃんじゃん投げ込んで,ふー,やれやれってなってるとこなんか可笑しくてかなわない.

三十郎は『用心棒』のときと同じく乱暴な言動なんだけど,奥方に「お名前は?」と訊かれたときに思わず「名前ですか?」と敬体になっちゃうとこがいい.奥方のなんとも言いようのないおっとり感に巻き込まれちゃって.この映画,三十郎の「えー」って顔がすごく好きだ.あきれているというか付き合いきれないというか勘弁してくれというか,そんな表情が絶品.

だいたい,三十郎って人は面白いんだよ.ご飯てんこ盛りでガツ食いしてんのとか,呆れ返りっぷりが過ぎて,碁盤の上に偉そうに座って侍たちを怒ってたり.(碁盤は座るもんじゃないとアメリカ人気づいてるかしらん)

仲代さんがまた敵役だけど,私は卯之よりもこっちの方が格好いいと思う.でも,室戸さんはなんで三十郎の策略に全然気づかないんだろうと何回か思った.

捕まった侍たちを助けるために数十秒間のうちに何十人も斬りまくる場面があるんだけど,ここで拍手起きていた.とはいえ,その後すぐに怒鳴りつけているように,三十郎としては本意ではなかったのだろう.だいたい,この場面,敵がほとんど刃向かってこずに逃げ惑ってるところを追いすがって斬ってるもん.奥方に言われた言葉は堪えていたのだろうし,薄々は常から感じているのだろう.

最後の対決も本当はやりたくなかったんだろうなあと思う.盟友扱いしてくれた相手を騙していた負い目もあっただろうし,違う合方をしていたらもしかしたら本当に友人になれたかもしれないだろうから.

前にテレビでやってた時になんでまともに観ておかなかったんだろうと後悔したけど,そのおかげでスクリーンが初体験になったのは反って幸せだったとも思う.

Stanford TheatreでのKurosawa Festivalは来週まで続くけれど,私はこれで日本に帰るのでこの傑作でおしまい.

ただつくづく思うのだけど,何十年もかけて作られた映画の数々を濃厚にも一度に観られてしまうってどんなにか幸福だろう.当時は待たないと次の映画は観られなかったのだから.もちろん,当時は世相を共有できたというこの上ない幸福を甘受できただろうけど.

それから,こんなにいろんなタイプの映画を撮ってくれていてとても幸せだと思う.三船さんも若いうちにこんなにいろんな役柄を演じられたことは幸運だろうし,後々の観客としても多彩な姿を観られて(私のように)新たにファンになる人があるということは映画というのはどんな魔法だろうと思う.

椿三十郎 [DVD]

日時: 2010年3月21日 | 感想 > TV/映画 |

コメント (4)

この映画に限らず落語の要素を入れている、ってどっかで読んだんですが、押入れの侍はほんと落語の間です。しかし、一度にそんなにいいところで見られたというのはほんとにうらやましいです。いーんだ、私は老後の楽しみにほとんどの作品をとってある(笑)

落語ですか.落語はあんまり見たことがないので,そういう観点では気づかなかったです.

>一度にそんなにいいところで見られたというのはほんとにうらやましい

せっかく関東圏なら有楽町に見に行けば良かったのに.
http://eiga.com/buzz/20100225/2/

あ,ちなみに私がGW中に大阪に行っていたのは黒澤映画を見に行っていたのです.USで最初に見に行ったときは,「安いし話の種に見ておくかー」ぐらいだったのにハマりすぎ.(笑)

……。
さはらは そのじょうほうを しらなかったようだ
さはらに 大ダメージ!

おお,もったいない.
私はアメリカでKurosawa Festivalが始まったときに「生誕100年記念なら日本でも何かやってんじゃないの?」と思って検索かけて知りました.その時は,「ちぇー,こいうのって大都市だけでやるんだよなー」と思ったもんですが.
結局,大阪がゴールデンウィークに掛かると分かって,嬉々として言ったわけです.
でも,本音言うと富山でやってほしい.ブラブラと見に行けるのが一番だよなあ.

コメントを投稿

(空欄でもかまいません)

(メールアドレスは管理人に通知されますが,Web上には表示されません)

Powered by Movable Type