恐らく日本語版だけだと思うのだが,本の扉の所に
飲まず食わずのまま十日間筏で漂流し、国家の英雄として
歓呼で迎えられ、美女たちのキスの雨を浴び、コマーシャルに出て
金持ちになったが、やがて政府に睨まれて永久に忘れ去られることになった、
という文章があって,次に題名が書いてあったので,「『ひかりごけ』みたいな話かなぁ」と思って,なんとなく手に取ったら,違ってました.
実は話自体は,軍艦に乗る前日から遭難して助けられるまでしかない.手記みたいな形で書いてあるけれど,実態はノンフィクションらしい.(このことについては,「この物語について」というマルケスの補足がある)
エライ目に遭っているのは確かなんだけど,なんだか淡々としていて不思議な感じがした.いや,さすがに同僚が溺れる場面は,特にレーンヒーフォ氏が「太っちょ......太っちょ......!」と言いながら沈んでいった場面は泣きそうだった.不思議と言えば,水兵の同僚が筏に乗っている幻覚を見る場面があるのだけど,それを遭難者自身は幻覚と思わず,あまりに平静な筆致で書かれるので,読んでいる方にも幻覚のように感じられず,奇妙な感じがした.
実を言えば,真に大きな印象を受けたのは,手記の部分ではなくて,原語版では冒頭にあったという「この物語について」の部分である.そこで初めて政府に睨まれた理由が分かり,その理由というのが予想外だったのでそれは気付かなかったとポカンとしてしまった.でもって,一番好きなのは自ら勇気を奮い起こし,
から後の一文だ.ちやほやされても彼は普通の人であることを忘れなかったことに,少し微笑を浮かべ,その小さくて,でも,当時のコロンビアの社会情勢では恐らく果断な行動であったその勇気に拍手をしたいと思う.
ある遭難者の物語 (叢書 アンデスの風)
何やら野外イベントに参加する夢を見た.ノリとしては学園祭みたいな物で,露天やら何やら行うらしい.
演劇をやる連中からスモークに使うのでドライアイスを用意してと言われたが,自分は伝手が無いので断った.
後でその演劇小屋?から爆発音して,みんながなんだなんだと見に行ったら,それドライアイスじゃ無いだろってぐらいの猛烈な勢いで白煙が吹き出している箱を観客一人一人が持っていて,ほとんど顔面に噴き掛かるようになっている.
絶対に低酸素脳症になっている,と思いはしたが,なんせ小屋は狭く,白煙はまだ噴き上げているので二次被害になることが明白で,突入して助けることもできず,為す術も無かった.
まだ死亡者の宣言が出ていなかったので,さほどひどい印象も無かったが,頭のどこかで本当なら地獄絵図だなと思っていた.
ボルヘスさんは『薔薇の名前』の図書館長のモデルなんだそうで,それで興味を持って作品が読みたくなった.
それで『ボルヘス怪奇譚集』を借りてきたのだけど,1ページ目開いて中国の話の人物名にちゃんと漢字が当てられていた段階で「あれ?これ,単に古今東西の文章集めただけ?」と疑問を持った.1編1編に引用元は確かに書いてあるんだけど,説明が何にも無かったものだから,創作なのかどうかが判然としなかったのだ.が,8個目にかの有名な荘子の胡蝶の夢があったので,ああ,これは収集だと気が付いて,それからは気楽に読んでいった.
『怪奇譚集』とは書いてあるけど,怖い話というわけではなくて,どちらかといえば「不思議な話」という表現が正確だと思う.気に入っているのは『邂逅』という一篇.すごく幸福な話だよなぁと読みながらニコニコしていた.
選ばれた物語と選んだ部分に趣味が出る物だろうから,ボルヘスの趣味に合えば面白いんじゃないかな.自分は趣味が合うようで,いい趣味だなぁと思いながら読んでいた.ただ,一つ罠がある.これ,読んでると本読みたくなるわ.(原著に当たりたくなるという意味で)
最初に図書館長のモデル,ということを聞いていたせいか,なんだか大きな円形の部屋の壁いっぱいが書棚になってる図書館(大英博物館の中央にあるようなヤツ)の中央にボルヘス氏が立っていて,巣に陣取る蜘蛛のように書物を網に掛けてるような,奇妙な印象を持った.
読書開始 11/1 - 18 読了
ボルヘス怪奇譚集