ある遭難者の物語(ガブリエル・ガルシア=マルケス)

恐らく日本語版だけだと思うのだが,本の扉の所に

飲まず食わずのまま十日間筏で漂流し、国家の英雄として
歓呼で迎えられ、美女たちのキスの雨を浴び、コマーシャルに出て
金持ちになったが、やがて政府に睨まれて永久に忘れ去られることになった、

という文章があって,次に題名が書いてあったので,「『ひかりごけ』みたいな話かなぁ」と思って,なんとなく手に取ったら,違ってました.

実は話自体は,軍艦に乗る前日から遭難して助けられるまでしかない.手記みたいな形で書いてあるけれど,実態はノンフィクションらしい.(このことについては,「この物語について」というマルケスの補足がある)

エライ目に遭っているのは確かなんだけど,なんだか淡々としていて不思議な感じがした.いや,さすがに同僚が溺れる場面は,特にレーンヒーフォ氏が「太っちょ......太っちょ......!」と言いながら沈んでいった場面は泣きそうだった.不思議と言えば,水兵の同僚が筏に乗っている幻覚を見る場面があるのだけど,それを遭難者自身は幻覚と思わず,あまりに平静な筆致で書かれるので,読んでいる方にも幻覚のように感じられず,奇妙な感じがした.

実を言えば,真に大きな印象を受けたのは,手記の部分ではなくて,原語版では冒頭にあったという「この物語について」の部分である.そこで初めて政府に睨まれた理由が分かり,その理由というのが予想外だったのでそれは気付かなかったとポカンとしてしまった.でもって,一番好きなのは自ら勇気を奮い起こし,から後の一文だ.ちやほやされても彼は普通の人であることを忘れなかったことに,少し微笑を浮かべ,その小さくて,でも,当時のコロンビアの社会情勢では恐らく果断な行動であったその勇気に拍手をしたいと思う.

ある遭難者の物語 (叢書 アンデスの風)

日時: 2012年11月 4日 | 感想 > 本 |

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