4
物音で別な
隣は車庫だった。
車庫には雑多な工具だの荒縄だの鉄パイプだのが転がっている。臭っているのはエンジンオイルだろうか? ガソリンだろうか?
花京院は詰まれたタイヤにちょっと腰をかけ、ガクランの下に着ていたシャツの袖をひきちぎって裂きだした。包帯代わりだ。斧で切り付けられたせいで破れてしまっていたのだから、既に衣類としての用はなしていない。
「予想して然るべきだった。DIOはそもそも吸血鬼なんだから。でも、これで説明がつく。署長が代わってから旅人がよく捕まった理由も、昼間に僕が見つかったときに外へ出てくる者がいなかった理由も」
「外の様子を見に来なかったわけは分かる。奴等は日の
沈うつな表情で花京院は自分の考えを告げる。
「奴等の食料になっていたんだ、恐らく。この町の住人ばかりを襲っていてはほどなく"食料"は底をつく。それに、急に町の人口が減ったら"何が起きている"ことがばれてしまう。だから旅行者を主に狙ったんだ。全員を捕まえるわけでもないし、捕まえた者全員を殺す訳でもない。カモフラージュのためだ」
大きなドラム缶の口をあけて、ポルナレフはにおいを嗅いだ。中身を確認すると
花京院はふと手を止めた。
「分かったような気がする」
「何が」
「DIOがこの町の敵に僕らについての情報を逐一知らせなかった訳。敵がこの町を動かなかった訳」
ポルナレフはロープをドラム間の中にほうり込みながら、鼻の奥をならすような合槌を打って話を促した。
「
「違うだろうな」
「恐らく、承太郎とジョースターさんが敵である事は知っていただろうし、もし見かけたら足止めしろとぐらいには言われたかもしれないが、それ以上はDIOも期待していなかったろう」
花京院は今度は右腕の傷に急ごしらえの包帯を巻こうとしたが、左手一本でうまくいかない。ポルナレフの方は立てかけてあった長い鉄パイプを手にすると
「でも、なんで俺達がここを通るって分かるんだよ」
「違う、そうじゃないんだ、きっと」
「?」
怪訝そうなまなざしを花京院に向けつつ、ポルナレフは作業をやめない。今度はオイルにほうり込んでいたロープを引き上げている。
花京院は
「こういう町がいくつかあるとしたら?
「……ぞっとしねぇ話だな」
「僕らを倒したら次の標的は波紋使いたちだろう。彼らも倒したら脅威はなくなる。一気に
「おいおいおいおい……」
「──ま、想像でしかないけどね。僕らはたまたま不運にも通りかかってしまっただけかもしれない。そして、それを幸いに
「そう願うぜ」
言いながら、ポルナレフは鉄パイプにオイルだらけのロープを幾重か巻き付けて縛った。反対側にはゴムを巻き付けている。
「さっきから何をしてるんだ?」
「松明代わりだよ」
ゴムの側を持つと、ポルナレフは自分のポケットからマッチを取り出してロープに火をつけた。火は勢い良く燃えた。
「相手は
「でも、あまりもちそうにないな」
「まぁ、無いよりはマシだ。俺が火のついた方を持って先行する。おめぇは火のついてない方を持って後からついてきてくれ。交互に使おう。ロープも持てよ。大事な松明の材料だ。かなり汚ねぇのが難点だがな」
ポルナレフはひと巻きロープを肩にかけた。花京院もそれに倣う。
準備を整え、ふたたび屋敷の内部に進入しようとしたところで、花京院ははたと動きを止めた。
「? どうした?」
「聞こえないか? 車の音がする」
「……ほんとだ。ここに来るんじゃないか?」
「たぶん」
「人か?
「分からない。ともかく、ここを出て玄関に先回りしよう」
「了解。明かり、消すぞ」
明かりが消えた瞬間はまわりがよく見えなかったものの、目が慣れてくると移動に困るほどではない。2人は館につながっている扉から素早く中に入った。玄関がすぐ隣なのは外から見ていて分かっている。
玄関の天井は高く、わりと広いホールになっている。2人は玄関ホールと屋敷の廊下とのちょうど境目付近にある彫像の影に隠れた。ポルナレフはかがんだ姿勢でいつでも飛び出せるように爪先に重心を移動させている。そのすぐ後ろで花京院が全身が隠れるように中腰になり、彫像にちょっと手を置いている。
玄関戸の上に設けられた飾り窓を車のライトがグルリと左から右に移っていくのが見えた。じっと待っていると、エンジン音が止まり底の固い靴が鳴らす足音が聞こえた。ガチャガチャと鍵を開ける音がする。2人はゴクリと唾を飲み込んだ。
扉が開いた。サァーと月光が流れ込んだ。そのおかげで2人は気がついた。玄関扉の真上に張付いている輩がいる!
とっさにポルナレフが飛び出したのと、天井の
最初の一撃を外した
ポルナレフは
「ポルナレフ、伏せろ!!」
叫ぶなり、花京院は溜めのすんだ
「エメラルド・スプラッシュ!」
ガバッと伏せたポルナレフの上をエネルギー弾が飛んでいく。花京院は
ボコボコと次々に頭部に弾を受けて、
ゴシャリ。
瞬間、誰もが動きを止めた。
やがて、ポルナレフはゆっくり立ち上がり、花京院は扉の方へ歩みより、外の男は大きく息をついて視線をこちらに向けた。
男はきちんとしたみなりをしていた。背は高くなく肩幅の広い胴体の上に太い首と四角い顔がのっている。あごから耳にかけての輪郭線やぐっと結んだ口の形が固い印象を与えている。その口が動いた。
「君たちは……誰だ」
「俺はジャン=ピエール・ポルナレフ。こっちは花京院典明。自慢じゃないが、ただの旅行者だ。この館につかまってる連れを救いに来たところだ。怪しいもんじゃない」
「あまり説得力のある台詞じゃありませんが、こんな化物がいることを見ればこれが異常事態なのはお分かりいただけるでしょう」
相手は聞いているのか、聞いていないのか、じぃっと動かなくなった
「襲ってこないはずだったのに……そういう約束だったのに……」
その台詞を聞いてポルナレフと花京院は互いに目配せしあった。
「あんた、この館の主人か? 警察署長?」
むっつりと相手は頷いた。
「なんだって、あんたの家に
「雇い入れた男がこの化物だったんだ! そいつが家族を人質に取ってるんだ! 私に何ができた? 何ができるというんだ?」
堰を切ったようにポンポンと出てくる台詞はきっとこの人物の頭の中を長い間うずまいていたのだろう。花京院はそれを聞きながらポツリと言った。
「そうか。最後の謎が解けたよ」
「最後の謎?」
「DIOがこの国の警察機構の人事に介入できるかという点だよ。派遣する
「その必要がなかったからだな。雇い入れる人間に
花京院は大きく頷いた。
「おそらく、DIOは自分が生み出した
聞いていた署長が低く笑い声を立てたので花京院はピタリと言葉を止めた。
「それで? 普通の人間でない異能者の君たちが出てきたわけか? その結果、
最初、乾いた笑いを含んでいた口調がだんだん激しく非難する調子になっていく。対してポルナレフが腹立たしそうに右手を振り降ろした。
「あんたなぁ……今まで
「黙れ!! 君らが来なければ! 君らがこいつらを刺激しなければ、わたしは家族を守れたのに!!」
「他人の命を代償にか?!」
ふぅ、と署長は力を抜いて肩をすくめてみせた。それからまるで諭すかのような調子で話し出す。
「なんとでも言うがいい。若い君らに家族を失うということがどんなことか分からないかもしれないが──」
「ああ、わからねぇな!」
とうとう爆発したポルナレフのあまりの語調の鋭さに、男は言葉を飲み込んでしまった。怒りのあまりポルナレフ自身もすぐに次の言葉を紡ぎだすことができず、昂ぶった感情を落ち着かせようとでもするのか右足で床をにじった。
「わからねぇのはだ、警察署長という地位にまでのぼった大の男が、やれることを、するべきことをやらずに泣き言を言ってる事だッ! いいか、おっさん、てめぇの家族は死んだのか? 亡骸をその目で確かめたのか? 死んだって分かるまでは生きてるんだッ! 生きてるって信じるのが,言い聞かせるのが普通だろう!」
あんまり激しくまくしたてたものだからポルナレフは肩で息をしていた。
荒い息をしているポルナレフ、言い争う2人を注視している花京院、黙り込んで下を見ている警察署長。
やがて、ポルナレフが大きく深呼吸をした後、ゆっくり言った。
「あんたの家族は助ける。だから、あんたはこの家に人を近づけないように手配して──」
「いや……」
否定の語句を発した署長にポルナレフがふたたび喰ってかかろうとしたのを署長は今度は身振りも加えてさえぎった。
「いや、私も君たちに同行する。この館の造りは誰よりも分かっている自信がある。案内ならできる」
「気持ちはよく分かりますが……」
「頼む。武器も携行する。自分の身は自分で守る。私は家族を守りたい。私は家長としても責務も署長としての義務も怠っていた。でも、だからこそ、自分も行きたい。自分で救いたい」
じっと署長を見つめていたポルナレフが口を開いた。
「……分かった。あんたを連れて行く」
「ポルナレフ!!」
ポルナレフは抗議した花京院に静かな視線を向けた。お前にだって分かるだろう? と小さく言う。いつになく深いその表情をしばらく見つめた後、花京院はため息をついた。
「分かったよ……。でも、くれぐれも注意してください。無茶や焦りは禁物です」
緊張した面持ちだった署長が息を吐き、誰に言うともなく呟いた。
「思えば、こんな関係が長続きするはずが無かった。奴等にとって私たち人間は食料なのだから。もっと早く決断するべきだった」
「反省なら後でいくらでもしてくれ。よし、行くぞ」
ポルナレフは自分の持つ松明に灯を点した。暗い室内にゆらゆら揺れる火影が3人の影を奇妙な調子で壁に踊らせはじめた……
5
「
承太郎が呟く。
「ああ、波紋のこの効果、間違いない……」
波紋エネルギーをくらった
敵だ。彼らを陥れたのが敵である事にもはや疑いはなかった。
「
「波紋を使うか、太陽の光で灰にするか、頭部を瞬時に破壊し尽くすか……」
「そうじゃ」
「普通の人間が相手するには厄介な相手だな……」
承太郎は周りを見まわした。鉄の扉が2つある。縁に鋲が打ち付けられている頑丈な物だ。目の位置ぐらいに一辺50cmほどの鉄格子が4本縦にはまった窓がある。1つは彼らがここに連れてこられた時に通り抜けたものだ。もう1つはその向かい側についている。承太郎は奥の方の扉をのぞいた。そこもこちらとほぼ同じ造りのようだった。机の上にランタンがある。見張りはいない。
「おい、鍵束」
手を出す承太郎にジョセフが鍵束を投げてよこした。順番に試していくと3本目の鍵がピタリあった。中に入る。まさしく、隣と同じだ。鉄格子の中に粗末なベッドが2つある所もいっしょだ。みすぼらしい毛布が盛り上がっているところをみると、人がそのそれぞれに横たわって眠っているようだ。
いや、違う……
寝息のようにみせかけようとしているが、あれは眠っている呼吸音ではない。眠っているならもっと深くもっとゆっくりになる。
承太郎のそばにジョセフが静かによってきた。
──
承太郎はスタンドで問い掛ける。ジョセフは黙って
しかし、反応はそれだけで、呼吸音は変わらない。波紋による軽い衝撃を耐えて、じっと息をひそめている。
承太郎は鉄格子に歩み寄った。扉に合う鍵を探し、カチリ、と開ける。ジョセフに目配せすると、ジョセフは油断無く
承太郎が低い扉をくぐりぬけ、ガバッと毛布を剥ぎ取った。
そこにはほっそりとした小柄な女が1人、赤ん坊をしっかりと抱きしめ、ぎゅっと目をつぶって震えていた。
どうやら、
「おい、心配するな。助けてやる」
明瞭なバリトンを聞いて、女性はゆっくり目を開いた。
「ひ……と?」
驚きのせいかかすれたような声でそれだけ言うと、女は身を起こした。目鼻立ちのすっきりした顔立ちだった。35か6……いや、40に手が届くぐらいだろう。
そのとき、背後に何事かの気配を感じたと思ったら、後ろから毛布をかぶせられた。誰かがそれをしっかりと押さえようとしている。
「やめなさい!! この人は違う、
承太郎の背中に取びついたのは子供らしく、それほど重みを感じない。押さえつけようとしている力も弱い。それを引き離すのは承太郎には簡単だったが、自分でする前にフッと重みが消えた。慌てず騒がず毛布をどけると、顔を強張らせた少年が牢内に入ってきたジョセフに取り押さえられている。
「こりゃ、落ち着け!──あなた方もわしらと同じく不当にここに入れられたと想像したが……どういった方かな? 旅行者?」
「いえ、わたしたちはこの町の住人です。夫はこの町の警察署長なんですが……」
「人質……ですな?」
「ええ……この町に赴任する少し前に雇った人間があの化物で……」
恐怖のせいだろうか"化物"という単語が震えた。
「ここに住んでしばらくは何事も起こりませんでした。しかし、突然、化物は本性をあらわしたのです。夜の事でした。使用人たちがほとんど化物に成り果てている事に気づいたときにはもう遅く、夫とたまたま仕事で来ていた警官数名が懸命に応戦したのですが、私や息子たちが捕まってしまって……それ以来、夫は私たちを守るために化物の要求に応じるしかなかったのです。日に一度、私たちは合う事を許されました。それは、私たちが生きている事、化物になっていない事を確認するためにやっとのことで夫が取り付けたわずかな条件でした。ほんの数分、牢屋越しに顔を合わせるとすぐ引き離される、そういう生活をずっとすごしてきたのです」
ベッドのあたりをつぶさに調べていた承太郎がすーっと指で壁をなぞった。コンクリートの削れた白っぽい粉がついた。承太郎は粉だらけになった指先をこすりあわせた。
「外に出たいんならエドモン・ダンテスの真似事しているよりも俺達についてきた方が早いぜ」
「わしは──わしらは
承太郎に飛びついた子供はまだ警戒したような目つきでにらんでいたが、母親の方はコクリとうなずいた。ジョセフがニコリと人懐っこい笑みを浮かべて手を差し伸べた。女性は片手に赤ん坊を抱き、もう片方の手でその手を取った。
「にしてもエドモン・ダンテスとは――『モンテ・クリスト伯』なんて、お前も年に似合わず古風じゃのう……せめて『大脱走』ぐらい言えんのか?」
それに対して、承太郎は一瞥をくれただけで何も言わなかった。さらにつっこむ人間もその場にはいなかった。
まずはこっちで武器を、と言われて案内された部屋の扉はしっかりと鍵がかけられていた。署長がポケットから出した鍵でそれを開けると中は書斎のようでどっしりとした木の大きな机が正面においてあった。署長がその机の後ろにまわり2段目の引き出しをあけると短銃があった。それを机の上に置くと今度は椅子の後ろの大きめの戸棚を鍵を使って開ける。そこには機関銃があった。それも机の上に置く。弾もありったけ放り出す。ポルナレフは壁にかかっていた散弾銃を持ってきた。
花京院はそっと手を伸ばして短銃を持ってみた。ずっしりと重い。
「おめぇ、ピストル触った事ねぇの?」
コトリ、と短銃を机の上に置きながら答える。
「あるわけないよ」
「そっか。そーいえば、日本じゃ違法だったっけ」
「それでは、そのピストルを持って。初心者には扱いやすいタイプだし。撃つときはかならず両手で構えて」
「いや、僕は……」
花京院は遠慮しようと思ったのだが、何かの役に立つかもしれないと思い直して署長の差し出した銃を手に取った。好奇心も若干あったかもしれない。
「しかし、そいつはあまり頼りにはならない」
渡しておきながら署長はそう言った。怪訝そうに眉をひそめた花京院に彼は言う。
「私だって最初から
「そうか……俺も銃に慣れてるわけじゃねーが……」
ポルナレフは機関銃を手にした。
「奴等の弱点は頭部です。たしかに、ものすごい再生力を持っていますが、頭部を瞬時に破壊することができれば倒せるはずです」
花京院の説明を聞いて署長は威力の高い散弾銃を持った。
奇襲されたときに一番頼りになるのはポルナレフの動物的なまでの反射神経と彼の操る
準備万端整えて廊下に出る。
「私の家族は地下の牢屋に入れられている。君たちの連れもおそらくそこだ」
「そちらに向かいましょう。案内してください」
ゆっくり移動していく。松明の明かりがチロチロ壁をなめるように揺れる。ひんやりした重い空気が足元を流れていく。導かれるままに廊下の角をいくつか曲がった。館は思った以上に広い。
「地下への階段はこっちだ」
右へと続く廊下とまっすぐ続く廊下とが出会うところで口早に署長が指示を出す。先頭を行くポルナレフがうなずいてまっすぐ進んだ。しんがりの花京院がちょうど曲がり角を通り過ぎたとき。
オラァ!
気合いを込めた雄たけび。
破壊音。
「今のは……?!」
「
「こちらの廊下の先には何がありますか?」
「そっちの廊下は吹き抜けにつながっている。吹き抜けは円形で地下から3階までつながっているが、階段等の上下への移動手段はそこにはない」
「その点には問題はないだろう。まずは吹き抜けへ!」
牢を出て扉を3つほど鍵で開けた。階段があって、また扉だ。
「もう鍵は品切れだ」
「たしか、連れてこられたときはまだまだ扉をくぐらされたな。まったく、やっかいな造りじゃわい」
「ぜんぶ壊していくのも面倒だな」
「ああ、時間もかかるし、せっかくいなくなった
少年が口惜しげに横の壁をこぶしでドン、と叩いた。
「この壁の向こうはもう家なのに……!!」
承太郎とジョセフはそれを聞いて、顔を見合わせた。
「それを早く言え……
オラァ!!
気合一発、
連れてきた女性と少年にはスタンドが見えない。その説明もしていない。何が起きたかわからずに目を丸くして声も出ない。赤ん坊がその腕でスヤスヤと眠っているのと対照的だ。
「来ねぇのか?」
穴をくぐりぬけた承太郎が何事もなかったかのように声をかける。女と子供とは恐る恐る穴をくぐったものの数歩離れたところで立ち止まっている。
──やれやれだぜ……
出てきたところは吹き抜けになっていた。見上げる。ここが地下1階として、1階……2階……3階、か。地下部分には廊下・階段・梯子のたぐいはない。1階から上にも階段などは見受けられなかったが、廊下があるのだろう、同じ位置にぽっかりと出口があいているのが見える。
「どうやら、おめぇのスタンドでよじ登るしかないようだぜ」
「また驚かせる事になるが……」
そのジョセフの言葉に離れたところからの鋭い叫び声が重なった。ジョセフも承太郎もはっとなって叫び声のした上の方にバッと顔を向けた…………
しかし、ほんのちょっともいかないうちに、うしろの方から一団の足音が追ってくるのが聞こえだした。
「まずいぜ……
「さっきからけっこう物音を立ててるからな……署長さん、ここから吹き抜けまでは一本道なんですか?」
「そうだ」
「途中に部屋は?」
「そこの角を曲がったら吹き抜けに至るまでに書斎がある」
「よし、そこに入ってまずはやり過ごそう。奴等が通り抜けた後に出れば承太郎たちと挟み撃ちにできる。もし、奴等が書斎に入ってきても扉の所に陣取れば一度に多数を相手しなくて済む」
ポルナレフは花京院の意見を聞いてうなずくと、
3人は署長を先頭に走った。
「ここだ」
署長がどっしりとした扉を開ける。扉はいい具合に、音も立てずに中に開いた。そのまま飛び込む。続いて花京院が入ろうとしたとき、ポルナレフがその腕をグッと引っ張って引き戻した。代わりに自分が躍り込み、と同時に叫んだ。
「シルバーチャリオッツ!!」
6
「シルバーチャリオッツ!!」
響く叫び声、続いて、発砲音。
「ポルナレフだ! ポルナレフが近くにいる!」
「上だ! 1階か?!」
早いとこ登ろうとジョセフが
その時だ。
声がした。
承太郎でもジョセフでも連れてきた女性でも子供でもない、何者かの声が。
「
上だ。上から声が聞こえる。承太郎もジョセフも薄暗い吹き抜けを見上げた。その足元を何かが落ちてきた。いや、違う。何かに打ち抜かれたのか、床がえぐれている。
「はずれ、か」
乾いた声だった。妙に古風な響きを持ってはいたが、明瞭な英語だった。
ジョセフはとっさに女子供を自分の背後にかばった。承太郎は
「見えるか、承太郎?」
「いや……おそらく、ここからは死角になっている場所にいる。
「チッ……」
この吹き抜けを
考えろ。何かがワシの中で引っかかっている。
そう、奴のさっきの言葉だ。奴は言った。"
ジョセフは
「上の奴はおそらく
「1階にはいない。次は2階だ……」
吹き抜けを見下ろす事のできる位置だけに限定しても、走査範囲は広い。精神力の疲労を抑えるためにジョセフは1階にくまなくひろがっていた
「ここにもいない。……次は3階」
また、発砲音。そして叫び声。今度はくぐもっていて単語は聞き取れない。さらに、こちらへと走ってくる靴音がする。間違いない、1階だ。それに気を取られた風なジョセフに承太郎は低く言った。
「敵を探すのに集中しろ」
承太郎は
天井から4人の
だが、見えたのはそこまでだった。飛び込もうとした花京院の鼻先で扉が突然閉じたのだ。
まだいたのか!!
そいつが扉を閉じたに違いない。
花京院は扉に飛びついた。扉は中から押さえられているのか、しっかり閉じてビクともしない。再び発砲音がした。続いて、ポルナレフの声がした。
「こっちはこっちでなんとかする! おめぇは早く承太郎たちと合流しろ!」
ひとかたまりの足音がこちらに向かってくる。いま来た曲がり角の方を見ると、こちらに迫ってくる影も伸びている。花京院はクッ、と奥歯を食いしばった。ポルナレフの言う事は正しい。自分のスタンドは接近戦向きではない。追いつかれるとまずい。
「分かった」
花京院は明かりの無い廊下を吹き抜けの方へと駆け出した。ものの10歩ほどで吹き抜けにたどり着く。
「ジョースターさん! 承太郎も!」
「おめぇか、花京院。こっちにゃあと3人いる」
ざっと地下の様子を眺め上に伸びている
「こっちには
ジョセフはギリギリと唇を噛んだ。
「
花京院は自分のスタンドを呼び出して廊下の出口の前に立たせた。
「今度は
ふいに上から降ってきた声に花京院はハッとなった。
「気をつけろ! 上に敵がいる! 何かを飛ばして攻撃してくる!」
即座に花京院は走り出した。吹き抜けに突き出している通路を。それを追うように何かが1階の床に深い溝を掘っていく。いや、上から下までを垂直に撃ち抜いているのだ。天井にもピシュン、ピシュンと穴があいていき、承太郎たちのいる地下の床をえぐる。
「エメラルドスプラーッシュッ!!」
花京院は走ると同時に、廊下の
「"知識に腰かけし法皇は荒ぶる武者に翻弄される"──」
乾いた声が詩を読み上げるように告げる。
それでも花京院は走った。ちょうど一周したところに、
「──無事のようだな。が、貴様らは追いつめられた」
乾いた声がまた告げる。1階では
花京院はそれをすべて無視し、ただ持っていた物をジョセフに渡した。ロープの先端だ。油まみれのそのロープを渡されてジョセフは瞬時に察しニヤリと笑った。そして、素早く上から垂れ下がっていたもう一方の端を掴む。
「貴様の芝居がかった台詞を真似て言えば──"円環は隠者の手の内にて完成する"!」
ジョセフが叫んだとたん、あの乾いた声の持ち主がはじめて緊張をにじませた。
「……まずい! 早く奴等を始末しろ!!」
命令に従おうと
「遅い」と承太郎。
「その上、判断ミスだ」と花京院。
「喰らえ!
ジョセフの手から波紋がロープを伝っていった。それは手すりに殺到していた
上からボタボタと悪臭を放つ肉片が落ちてくる様はまるで地獄絵図だ。承太郎は後ろにかばっていた3人を
キィと物音がした。風が吹き抜ける。
「窓か……」
「逃げる気だ!!」
承太郎と花京院が口々に叫ぶ。
「逃がすか!!」
ジョセフが言うなり、
何者かの身体が落ちてくる。その右足首に
「くそ! 波紋か……だが!」
言うなり、そいつは自分の右足の膝から下を切り離した。手刀だけで、だ。とっさの事で、ジョセフもそいつの身体に
「まずい、また見失った」
「探します!」
花京院は即座に
「ここにはいない……吹き抜けから離れたか? 廊下の方を探ってみます」
コツコツと靴音を立てて花京院は移動した。廊下への出口があるあたりで立ち止まる。彼の意のままに
しばらく、静寂があたりをつつんだ。承太郎もジョセフも息さえ殺して待った。が、そのとき、承太郎は気づいた。
「違う! 下だ! 奴は手すりを飛び越えて2階に行ったんじゃない! 1階に飛び降りたんだ! 花京院、奴はおめぇの上だ!」
承太郎は花京院の方へ殺到した。ジョセフは
何かが空を切って飛んでくる。体液か? 避け……た! しかし、避けた先に奴自体が飛び降りてくる!
そうだ……これは!!
花京院は取り出すなり、両手で構えて撃った。手の中にあったのは署長に渡された短銃。上から襲い掛かってきた人物が吹き飛ぶ。
が、そいつは不敵に言った。
「そんな物で私が倒せると思ってるのか!」
反動で着地点がそれたものの、
そこには、無力な女と子供。
彼らはここではじめて相手の姿をはっきり見た。きちんとした身なりの男だった。髪の毛や口髭も丁寧になでつけられ整えられている。一見、執事のようにもみえる。自ら切り落としたはずの右足ははやくも再生しつつある。
「おっと、動くなよ、ジョセフ・ジョースター。貴様がいくら波紋使いだろうと、触れている限り私がこの女を殺す方が早い。あとの2人も動くんじゃあないぞ。貴様らは波紋使いではないようだが何らかの能力があるようだ。だから、私は"何かが私に触れた"と思った瞬間、この女を殺す。勘違いであろうとだ。それでも私にはまだ人質が残る」
何のことを言われたか気付いて、女性は抱いている赤ん坊を見た。その顔が恐怖でひきつっている。
「どうする気じゃ? 貴様は既に追いつめられている。この場から逃げる手段はない!!」
フフフ、と
「待っているんだよ。配下の者を。ジョセフ・ジョースター、お前のせいでかなりやられてしまったが、まだ4,5人いるはずだ」
花京院は気づいた。ポルナレフが遭遇したのはそいつらか。一度に相手して勝てるか? しかも、署長をかばいつつ。
「さて、そっちの端に移動してもらおうか」
ジョセフも承太郎も花京院も大人しく従うしかなかった。瞬時に奴を倒すか、瞬時に奴を人質から引き離す方法が見つからなければ手が出せない。そう、奴が"何かが触れた"と思うより前に事が終わるような方法を探さなくてはならない。