Le Petit Restaurant des Ternes/角川文庫 赤422『贈り物 クリスマス・ストーリー集I』収録/長島 良三 訳
写原さんに教えてもらった,1951年に出版された「メグレのクリスマス」という表題の短編集に<メグレ物ではない>2編が付いていたうちの1つ「テルヌ広場の小さなレストラン」(Le Petit Restaurant des Ternes)の邦訳がこれではないかと思うのだけど,原題が載っていなかったので定かではない.
この話はミステリではない.クリスマスに浮かれ騒いだり家族と過ごすことのない人々のちょっとした人間模様だ.
この話に出てくる,メグレ物でおなじみの人物は
主人公はロニョンじゃありません,あしからず.ジャンヌという娼婦が主人公.クリスマスにいつもならやらないような人助けをしてしまった女の話です.シムノンはこの作品に「大人のためのクリスマス・ストーリー」という副題をつけているそうです.
2001/9/4 読書開始 - 読了
Le Petit Docteur/ハヤカワ・ポケミス/原 千代海 訳
チビ医者というのはシャラント地方の田舎町マルシリーに住むジャン・ドーランという開業医のことである.年は30,背が低いせいか,フェルブランチーヌと名づけた(何か意味があるのかな?)小型車を駆っているせいか,「チビ医者」と呼ばれている.この人物が第1作『チビ医者の嗅覚』で事件捜査に目覚めちゃって,以降,探偵じみたことをするようになる.
この人,「チビ医者」という渾名にぴったりのかわいらしい性格をしている.いや,30男に「かわいらしい」という修辞はどうかとは思うんだが.いつもは飲まないくせに事件に当たるときは景気付けのためなのか勇気を出すためなのか飲みまくる(決してお酒に強くはない).トコトコとやってきて事件に鼻を突っ込む.軽んじられてプンプン怒る.いやぁ,訳文のせいもあるだろうけど,「トコトコ」とか「プンプン」とかいう擬態語が似合う人なのだ.
形態としては純粋な推理物(だと思う).私には解けん(苦笑).
このシリーズに登場するのはリュカである.リュカは『オランダ人のぬれごと』に登場以来,ちらほら姿を見せる.シャラント出身だそうで,そのよしみで知己になったのだ.このシリーズでは警部である.メグレ退職後か?もしチビ医者がメグレに会っていたら,メグレは面白そうに眺め,チビ医者は先生の前で一生懸命発表する生徒のように顔を赤らめながら自分の意見を披露しそうだな,と思った.他に,『オランダ人のぬれごと』にはトランスとジョゼフ老が現れる.『上靴にほれた男』の「赤毛さん」はもしかしたらジャンビエかもしれない.
The Man who Watched the Trains Go By/新潮社/菊池 武一 訳
犯罪者の話だが,推理物ではない.登場するのはリュカ.「ルーカス」と訳されているが,リュカだろう(この本,英語から訳されているのではないかと思っているのだがどうだろう).この話がいつ書かれたかは知らないが,小太りではげかかってるところから考えるに,メグレのシリーズに出てくるリュカに間違いないと思う.今回,リュカは警視である.ただし,絶えず主人公キースの仮想敵のように扱われ,リュカ本人が姿を見せるのはごくわずかしかない.
話は「カテゴライズされることに飽きてしまった男の物語」である.でも,私は思うのだ.人は分類分け(カテゴライズ)やラベリングから避けて生きることはできないと.なぜなら,人は分類することで世界を認識しているからだ.
ただし,それだけに終わらない.人は他者を小道具にして自分自身を好みの分類に置いている.それがキースが妻や他人に感じてしまった嫌気だったのだろう.
犯罪を起こす発端の唐突さ,終わりのあっけなさが,キースがあくまで素人であり,この話がインテリの犯罪であったことを如実にあらわしていると思う.
この結末において,キースは幸せなのではないだろうか.彼は平穏を手に入れたように思えるのだ.