笑

ジョニーとヨサクの二人連れは、ポカン、と口を開けて固まってしまった。

この二人の気配にはそろそろなれてきていたので、近づいてきたのを放っておいたゾロだったが、どうも様子がおかしいと気づいて新聞から目を上げた。

「なんだってんだ、いったい。うっとうしい。座るならさっさと座れ」

じゃ、遠慮なく、と同じテーブルに座りながら、ジョニーはゾロの前の中身が半分ほどになっている皿を指して、これと同じの二つ!と叫んだ。

「いや、だって――そんなもの広げてるから」

ジョニーの隣に座りながらヨサクが指さした先には「シチリ病、感染者増大」だの、「ヴィラに不穏な動き」だのといった見出しが踊っている。

「前の奴が置いていったんだ」

「ですよねえ。兄貴が買うわけがない」

ゾロは鼻にしわを寄せた。一つには、馬鹿にされているかどうか判断つかなかったのと、もう一つには「兄貴」という呼称だ。

このジョニーとヨサクは賞金稼ぎを名乗っている。ゾロとは常に一緒に旅しているというわけでもないのだが、道行きが同じ方向であるためか、なんとなく行く先々で出会うのである。そうしているうちに、ゾロの呼称は「兄貴」に落ち着いてしまった。

たぶん、年だって賞金稼ぎとしての年期だって向こうの方が上だろうに、自分なんぞを兄貴、兄貴と慕ってくる(この「慕って」という言葉がまたこそばゆい)二人を物好きなもんだ、とゾロは思っている。

はいよ、と景気よくドカドカと皿が置かれると、ゾロの向かいに座った二人はがつがつと食べ出した。ゾロも自分の皿をつつきながらパサリ、と新聞をめくった。

「お……」

「ああん?」

「兄貴ちょっと見せてくださいよ」

ヨサクが身を乗り出すので、ゾロは新聞を渡してやった。

「なあ、これ」

「ああ」

ヨサクが指さした小さな記事を見ると、ジョニーはいつも持ち歩いている手配書の束を取り出した。本職は熱心だな、とゾロが眺めていると、ジョニーはバサバサとめくって、とある手配書にたどり着いた。

「間違いない、〈(かなめ)のアルマ〉、こいつだ」

「この辺りの隊商狙いってことはやつの根城も近いはずだ」

ジョニーとヨサクは俄然、活気づいた。

「賞金首が?」

「ええ」

「兄貴も一口のります?」

「強いのか?」

ゾロが乗り出すと、ヨサクは笑ってかぶりを振った。

「こいつがのしあがったのはずるがしこさのせいだ、ってもっぱらの噂です。そりゃあ、賞金首だ、剣だって人並みにはつかうでしょうが、取り立てて腕っ節が強いって話は聞きません」

「なんだ」

急に興味を失って、ゾロは椅子に身を預けた。

「相変わらずだな、兄貴は」

ジョニーもそう言って笑うと、新聞をしげしげと眺めている。

「じゃあ、こいつは俺達がいただきます。手出し無用ですよ」

「分かった」

「へへ、首尾よくいったらおごりますよ」

「ああ、期待してる」

それから、三人はがつがつと朝食の残りを食べ尽くした。

それが、この(ざま)だ。

「くそ、紙一重のところだったのに」

「そうだな、紙一重だったな」

ヨサクは言いながら、後ろ手に縛られた両こぶしをもぞもぞと動かした。

「うー、ダメだ、堅ぇ!」

「おい、俺の方の縄の端、引っ張れねぇか?」

「端ってどこにあんだよ」

「だからな、まず、こっち見ろ」

ジョニーの方を向いて縄目をよく見る。

「で、縄の端を覚えてから――」

「縄の端がどこにあるのかわからねぇ」

「かー、使えねぇ!!」

「なんだと!じゃ、お前役に立ってんのかよ!」

それからひとくさり怒鳴りあってから、互いにぜえぜえ息を切らして、

「やめよう。……不毛だ」

「そう……だな」

どっと疲れてしまったものの、このまま悠長にしていられないのも確かだ。

「助けなんて望めないんだ、早いとこここから脱出しないと」

「そだな。ここはひとつ、オーソドックスに……」

「なんだ?」

「縄、噛み切れねぇか?」

それを実行する前に、声をかけられた。

「おい!」

ビクッと揃って背筋を伸ばしてから、そろそろと鉄格子の外を見る。

「おめぇら、俺に手ぇ出してきといて、ただで帰れると思ってねぇよな?」

痩せぎすの男が手下の大男を従えてやってくる。

まさに、手配書どおりの人相。〈(かなめ)のアルマ〉である。手を伸ばせば獲物はすぐそこにいるというのに、生憎(あいにく)、今の二人は手を伸ばすことができない。それどころか、アルマは今、歪んだ笑みらしき物さえ浮かべて、縛られた二人を見下ろしている。

「見せしめだ。おめぇらの連れともども町に晒してやるぜ」

「連れ?」

「ああ。今、迎えにやった。最初にお前らの目の前でそいつをぶった切る。ぶっちゃけ、お前らを生かしているのはそれを見せるためだけなんだぜ?」

にぃ、と笑ったアルマの前で、ジョニーは目をぱちくりさせた。

「連れってのは?」

「町で一緒にいた坊主だ。ちゃんと分かってるんだぜ?」

「坊主?」

「そうだ。おめぇらが連れてた、緑の髪の」

そこまで聞くと、ジョニーとヨサクは顔を見合わせ、次の瞬間、揃って笑い出した。

「なん……だ?」

「わ、笑わずにいられるかよ、これが……!」

「け、傑作だ!ここ最近で……一番だ!」

「兄貴ぁ……手ぇ出す気なんぞ……さらさらなかったってのに……!」

腹のそこから湧き上がる笑いがもうどうにも止まらない。

つかみかねて焦れた顔をしている〈(かなめ)のアルマ〉の向こうに、もう、三本刀の人影(シルエット)が姿を現していた。

平成十七年五月五日


笑【わら・う】
  • おかしさ・うれしさ・きまり悪さなどから、やさしい目付きになったり、口元をゆるめたりする。また、そうした気持ちで声を立てる。
  • (「嗤う」とも書く)ばかにした気持ちを顔に表す。あざける。嘲笑する。


お仕置きタイムだべ〜と書きたくたってしまうのはなぜですか.

ジョニー&ヨサクとゾロは道行きがなんとなく一緒になってしまうだけっての希望.『暴れ八州御用旅』とか『三匹が斬る』のように.ぶっちゃけ,原作でもルフィの仲間にはならなくて賞金稼ぎのまま道行きだけ一緒になっちゃうという展開でもよかったなぁと思っている.まあ,原作では「仲間」であること,船に乗ることの意義はすごく重いから,あれはあれでいいんですが.