キングの優雅すぎる非日常的な一日

裏誕生日話です。彼女の本来のバースデイは4月8日なんですが、
前後6ヶ月はオッケーということで。

ついに出ました3悪人(笑)。

Mr.BIG、ギース&ビリー、クラウザー様まで。

そうそうたる顔ぶれの中にぽつんとテリーがいるのは
ポップがテーマだったのに
出てきた途端一気に空気をダークにしてくれた
山崎の出番を急遽彼に差し替えたせいです。

可哀想なテリー。

10月8日に間に合わせるべく必死で書いたので
文章が散漫な部分は本当に散漫ですが
彼女の生まれた日に寄せるメッセージになっているでしょうか。

彼女の過去を解きほぐす予定がますます謎だらけになってしまったこの話、
解決編の構想はありますが予定は当分ありません。

さあ、卒論やらなきゃ。

来客を告げる、からん、という音に、グラスを拭いていたキングは笑顔をつくりながら入り口を見やった。そしてそこに馴染んだ顔を見いだし、彼女は心から嬉しそうな笑顔になった。

「いらっしゃい……あら!」

「よう、ハニー……寄らせてもらったぜ、久しぶりだな」

サングラスの向こうで嬉しそうにしている大柄の男に頭髪は一本もなかったが、その妙に無邪気さを感じさせる笑顔を愛する女は多かった。

「やるよ、みやげだ」

黒ビロード張りに金で縁取られた、それだけでも十分に美しい小箱を無造作に投げてよこす。BIGの正確なコントロールに導かれ、それは彼女の白い手に見事におさまった。

「いい石を見つけてな、お前の瞳に映えると思ったんでピアスにさせた」

「……それは、わざわざ」

手早くギムレットなど作ってやり、それから箱を開けて澄んだ淡いブルーの石を眺める。しばし鑑賞した後に彼女は蓋を閉め、グラスを空けた男に宝石と同じ色彩の視線を移すとそれをやわらげた。

「気に入ってくれたかい、ベイビー」

「ええ、ありがたくいただくわ。サウスタウンはいいの?こんなところで油売って大丈夫なのかしら」

「はっはあ、つれないねえ。……お前に会いに来たのに」

豪快に笑ってから真剣な顔をしてみせる。だが女も慣れたもので、それをさらりとかわしてしまう。

「あら……私に何のご用?用心棒はもうしないことにしてるの、それだったら諦めてね」

「なあに、大した用事じゃねえ。声を聞きたくなっただけさ、また来る。……サウスタウンに来ることがあったら知らせてくれよな、店まで特別機の一台も用意させるぜ」

テーブルに気前よく百ドル札を置き、名残惜しげに席を立つBIGの肩越しの投げキッスを受け止めて、キングは婉然と笑った。

「またいらっしゃいな、サービスさせていただくわよ」

女の笑みに、BIGは満足そうに頷いた。そして歩きながら手首のブレスレットを外すと、入り口そばにいたウエイトレスに「やる!」の一言とともに渡してしまう。

驚いたのは善良なウエイトレスである。上機嫌で出ていった後ろ姿を見送り、彼女はカウンターに飛んでくるとキングにそれを差し出した。

「ど、どうしましょうキングさん?なんかくれちゃいましたけど」

「B.I.Gの刻印入りゴールドブレスね……んー、ちょっとごつすぎるけど持ってると便利かもね。アメリカとヨーロッパなら大抵の高級店はフリーパスだよ、欲しいかい?」

何でもなさそうに凄いことを口に出すキングに、ウエイトレスはぷるぷると首を振った。

「私が持ってても、しょうがなさそうですから」

「そうだねえ、一般人が持ってちゃ危ないかもねえ……売る訳にもいかないし、貸金庫行きだね」

淡くため息をつき、キングはブレスレットを受け取ると、ピアスの箱とともにバッグの中にしまってしまった。

「驚かせちゃったね、気にしないでよ」

謝罪するかのように微笑まれ、ウエイトレスは慌てて首を振った。

「いいえ、キングさんが謝ってくださるようなことじゃありません!私……いいえ、私たちみんなキングさんのお店で働けるのが嬉しいんですから!」

頬など染めて真剣に言う彼女に、キングは穏やかに微笑んだ。自分の意志が美しい雇用主に通じたことを確信し、彼女は銀のトレイを抱いて駆けていった。

それを見送って再びグラスを拭き始めたしばらく後、キングはふと鼻をきかせた。甘く濃厚な香りは、あまり彼女に縁深いものではなかった。

「邪魔するぞ!ああお嬢さん、俺は酒を飲みに来たんじゃないんだ、気にするな」

その声に振り返ると、そこにいたのは珍しくもスーツ姿に例のバンダナで大きな花束を持ったビリー・カーンであった。

「珍しいお客ねえ……Mr.ハワードがどんなご用?」

しみじみキングが言うと、ビリーは機嫌悪げに大量のカトレアと胡蝶蘭に編成された質量ともに高価そうな花束を突き出した。

「ギース様からプレゼントだそうだ!ギース様はお忙しいんでな、俺が代理だ。いいか、確かに渡したからな!」

「……お礼を申し上げておいていただくのが筋なのかしらね」

けげんそうに瞬きながら、花束を受け取る。そのむせかえるほどの甘い香りにわずかに眉を寄せる女の仕草に、一瞬とはいえうかつにも気をとられていたことに気づいてビリーは愕然とした。

「そうだ、日本のサケが手に入ったんだ。悪いけど持って帰ってよ、 ニイガタ物だけどご主人のお口に合うかしら?」

「ニイガタか、いい物ができるな、あそこはコメが旨いそうだからな」

「……何慌ててるの?」

白いすりガラスの小壜をカウンターに出し、ビリーの方にすべらせてやる。その絶妙な手首の返しに見とれてしまい、危うく肝心の壜を取り落としそうになったビリーに、キングは不審そうな視線を向けた。

「ちょっと……大丈夫?体調でも悪いの?」

「い──やッ、何でもないッ!邪魔をしたな!」

気遣う響きの声に、男は勢いよくキングに背を向けて大股に歩きだした。それを追うかのように、女は名を呼んだ。

「あ、ねえちょっと、ビリー?」

「……な、何だよ」

振り返ったビリーの前で、女は柔らかな表情を纏った。この女には珍しいものだった。

「次はちゃんとサービスさせてもらうわ、また来て頂戴」

「……おう……」

諾、としか言えない状況に追い落とされ、ほうほうのていで店を出る。ネクタイを緩め、ビリーは額の脂汗をぬぐった。

おそろしい女だ、とビリーは思った。

ベノムストライクよりイリュージョンダンスより遥かにおそろしいのは、あの強烈なフェロモンにも似た支配者のオーラ。女は無言でも、それが何よりも雄弁にひざまずけと命じてくる。

膝を折らされる屈辱ではない。膝を折りたくなってしまう己と、抗いがたい甘美さで襲いかかってくる誘惑への恐怖がそこにあった。

その呪縛に囚われてしまうよりは早く逃れることに成功し、ビリーは複雑な思いをこめて嘆息した。

「しかし……ギース様は何故あの女を気になさるんだ?あの女の美しさは認めるにしても、もっと従順な女がいくらでも手に入ろうに……」

じゃじゃ馬を飼い馴らす楽しみというやつか。いやはや、なんとも……。

後日、なにげなくそのことを尋ねたビリーに、ギースはきっぱりと微塵の迷いなくこう答えた。

「決まっている。いやがらせだ」

「……いやがらせ、ですか」

「うむ。BIGの奴があの女にご執心なのでな、せいぜい慌てさせてやることにした」

「はあ……なるほど」

「それに……いや、うむ、それに野生の獣は野に放たれている時のほうが美しいというものだ」

何か言いかけてやめたギースだったが、それを尋ねることはビリーには許されていなかった。ビリーは恭しく頭を垂れ、主の前から退いた。

「アメリカン・レモネードをくれるかい?」

砂糖を加えた淡い金のレモン果汁の上に赤ワインをフロートさせた、まるでこの男のような色のカクテルを注文し、テリー・ボガードは涼やかに笑った。真夏の空を纏うその目に、まぶしいものを見るように軽く視線を流して主人は笑みを返した。

「へえ、洒落たもの頼むね。何か……ああ、これでもつまんで待っててよ」

「マリーが勧めるから飲んでみようと思って。いや!気にしないでくれ」

どうも彼の先に訪れていた客が注文したものらしい、フィッシュアンドチップスの 大皿を気軽く差し出してやる。帽子をいじりながら言うテリーだったが、キングは気にせずバドワイザーのグラスまで彼の前に置いてしまう。

「おなか、すいてるんじゃない?そういう顔してる。このお客さん大勢だから、今更5分10分遅れたってなんてことないよ」

「いや、でも……」

更なる主張は、駄目押しとばかり付け足されたキングの台詞にパーフェクトK.O.をくらって沈黙した。

「私がおごるよ。KOFの皆から代金取ろうとは思わないし、うちの経営基盤はそんなにやわじゃないわ。心配しないでたくさん食べてよ」

「……すまん」

あまり金を持ち歩かないたちだし、アンディがいないとどうも金の使い方がわからない。

そう本人は言うが、彼女が見たところ、アンディがいれば飲食費のほとんどは彼が支払っているようなものだったから、極端な話単独行動中のテリーは財布を持たずに動いていると言ってよかった。

空腹なのも確かだったようで、彼はしばし無言で白身魚のフライを口に入れていた。

テリーに横流しされたぶんを正規の客の気づかぬうちに補填して、更にテリーがフィッシュアンドチップスを完食したのを見届けると、キングは新しいグラスをテリーの前にすべらせた。

「おまたせ、アメリカン・レモネード」

「ああ、サンキュ……フィッシュアンドチップス旨かったよ、ありがとう」

口元の油を拭いながら幸せそうに言う。テリーの心よりの賛辞にまんざらでもなさそうな彼女は、さらに山盛りフライドポテトとソーセージの盛り合わせを出してやった。

「でも、今日は一人でどうしたの?アンディとジョーはお留守番?」

「うん?アンディは舞ちゃんとこだし、ジョーは何だかすっ飛んでいったきりなんだけど……ま、そのうちけろっと帰ってくるさ」

「……ふ、ふーん……」

なんだかすごい交友関係だ、とキングは思ったが、本人達がそれで破綻無くやっているのだから問題はないのだろう。

「そうそう、今日はこれを持ってきたんだ……預かり物だけどな」

そう言うとテリーは真新しい木箱を差し出した。受け取り、彼女はそれを眺め回して首をかしげた。

「へえ……誰から?なあに、これ」

「えっ?変だな、『渡していただければおわかりいただけます』、って言われて預かったんだけど。身なりのちゃんとした、上品な感じのじいさんだったぞ。君のファンじゃないか?年上受けいいからな、君」

そう、彼女は何故か年上受けがする。彼女の放つ烈気をも可愛らしいと感じるためには、確かによほどの精神的熟成が必要だったろう。

黙って立っていれば『お人形』の様に美しいその姿に、理想の娘やら孫やらを重ねているのだろうか。

「あら、嬉しい。そうかな?確かに96の大会後から客層も豊富になって、繁盛してるんだけど。……お酒かな」

箱を軽く振ってみて、その感じで判断する。その判定はかなり正確なものと思われた。

「嬉しいわあ、そうちょくちょくは来られないっていうおじいちゃまが来てくださる時って。あ、勿論テリーみたいな若い人がが来てくれても嬉しいけど。……わざわざお店に来てくださる上に、こんなに気遣っていただけるんだもの。私は父も祖父も知らないけど、きっとこんな感じなのよね」

木箱を愛しそうに胸に抱き、それに軽くくちづけるようにしてつぶやくキングの表情にわずかな物悲しさを感じ、テリーは殊更朗らかに笑ってみせた。

「……次来る時は花束でも持ってきてやるよ。じいさんたちには負けられないからな」

「そんな、来てくれるだけで十分よ、テリー……無理しないで。貴方の元気な顔が見られただけで十分幸せだわ」

「花束くらいちゃんと買えるさ、心配するな。……もっと我儘言っていいんだぜ」

女の控えめな台詞に、テリーの夏色の瞳が真摯な風合いを帯びた。

キングは軽く目を伏せ、男の視線を遮った。そっと微笑い、吐息のように淡くささやきを返す。

「ありがとう……」

日頃はっきりとした結論を好むテリーだったが、彼女の言葉に対しては曖昧に頷くことだけを自らのリアクションとして許すにとどまった。

目と鼻の先にいても、どこかこの女は遠い。嫌われている訳ではあるまいが。

内心に自分の無力を感じながら、テリーはアメリカン・レモネードを胃に流し込んだ。

レモンの苦みが、胸の奥にしみた。

イリュージョンの営業時間は昼の10時から夜の10時までの半日である。夜番で入っていた彼女が家に帰り着いたのは、そろそろ深夜と呼べる頃合いであった。

女性が一人で夜遅く外を歩くのは感心しない、と主張して譲らなかったテリーに玄関前まで送ってもらい、二人は片頬に軽くくちづけを交わしあった。

「おやすみ、キング。いい夢を」

「おやすみなさい、テリー。……気をつけて」

肩越しに振り向き、帽子のかげでウインクを返すテリーの背を見送って、キングはバッグから鍵を取り出した。

「……ねえさん?お帰りなさい」

ドアの開く音に、リビングから顔を出したプラチナブロンドが揺れた。嬉しそうな濃藍色の瞳にねぎらいの言葉をかけられてキングは目を丸くしたが、唇がほころぶのを止められなかった。

「ただいま、ジャン……。起きてたの?だめじゃない、ちゃんと寝なきゃ」

優しくたしなめる蒼氷色の目の姉の言葉に、弟は申し訳なさそうに小首をかしげた。そして彼女のバッグを受け取りに来る。

「ん……明日は土曜日で学校もないし、待ってようと思って。外、寒かったでしょ?シャワー浴びておいでよ、お茶濾れておいてあげるね」

弟の心遣いに感謝し、彼女はジャンの白い額に軽くキスした。彼も同じことをキングの両の頬に返す。

「これは?」

木箱を指さして尋ねる。彼女はそれも手渡し、並んでリビングに向かった。

「ああ、お客様にいただいたの。お酒かな」

「へえ。なんだあ、ジュースだったら飲めるのに」

唇をとがらせ、つまらなそうに言うジャンの様子に、彼女はころころと笑った。

バッグと木箱を携えて、紅茶を濾れるべく意気揚々とリビングに戻るジャンと別れ、ありがたくシャワー室に向かわせてもらうことにする。

熱い湯に体を打たせると、気分が落ち着く。ふと、案ずるようなテリーの顔を思い出して、彼女は照れたように口元に指をやった。

「……テリー、優しいんだから」

蛇口をしめ、伸びをして彼女はシャワー室を出た。

体を拭き、髪をまとめてバスローブを纏う。さらにタオルをショールをように肩にかけ、キングはリビングに戻った。

「お茶入ってるよ、ねえさん。今日のお茶菓子は干しぶどう入りのスコーン!」

元気のいい言葉と共に、皿に乗せて温めたスコーンを持ってきて一緒にテーブルにつく。彼は最近お菓子に凝っているのだった。

白い、繊細なつくりのティーカップで湯気をたてている真紅の液体を、湯上がりでかわいた喉に入れる。彼女はほっと吐息した。

「お茶濾れるの、上手になったじゃない?」

ベジタリアンの姉のため、小麦粉と水のみで作った干しぶどう入りスコーンを勧めながら、受けた賞賛にジャンは得意そうに笑った。

「箱、開けてもいい?」

「いいよ、ジュースだったらいいね」

鷹揚に許可され、ジャンは釘抜きを取りに走り、早速箱の止め釘を外しにかかった。箱を開ける、という行為は結構高揚感を誘うものである。嬉しそうなジャンの様子に、キングもそれを微笑ましく見守る。

箱自体は真新しく、釘を抜くのも容易かった。が、木屑の中に埋められ、幾重もの緩衝材と薄い(おそらく)和紙に包まれていた葡萄酒の瓶は、一見してかなりの年代物であるのが見て取れた。

「やっぱりワインだね、英語……あれ、ドイツ語かな?こっちはカードだね、はい」

瓶の埃をていねいに払った痕跡があり、最近蔵からでも出されたのは確実だった。ジャンは瓶と白い洒落た封筒を取り出し、厚手の立派なそれを姉に渡すと古びたラベルを眺めた。

キングはカードを取り出し、二つ折りを広げてメッセージを追った。そこにはほんの数行のメッセージが、美事な達筆の完璧な英語で記されていた。

「『貴女と貴女の愛するすべてのものに幸いあれ』……祝福の言葉、ね。素敵な言葉を書いてくださるわ。……W.K?イニシャルかな」

口にしたとたん、そのイニシャルと完全に一致する人名に思い当たってしまい、キングは一瞬言葉を失った。それはすなわちWolfgang=Krauserであった。

ヴォルフガング・クラウザー。ヨーロッパ諸国の闇の部分に、皇帝として君臨する者である。

彼女はつとめて落ち着こうとし、あの人には一回しか会ったことはないしせいぜい偶然目が合ったので笑ってみせたら向こうも少しだけ笑ってくれたくらいの関係のはず、 と自分自身に言い聞かせた。

ようしもう大丈夫、と思った矢先、取り戻したばかりの心の平安はジャンの言葉に吹き飛ばされた。

「銘柄、書いてないや。製造元だけだ、えと……何語だろこれ、 ワイナリー……クラウセル?クラウサーかな?」

「ワイナリー・クラウザー!?シュトロハイム家の私有ワイナリーじゃない、ジャン、ちょっと見せて!」

弟の手から瓶を取り、古いラベルのかすれた活字を追う。記されていたワイナリー名と住所は、彼女の記憶の中に知識の一環として刻まれていたものと見事に一致した。

ドイツの森の中にある古城の庇護の元で、代々の城の主のために生み出されていたという幻のワインである。商売柄さまざまな酒を見てきたが、初めて見る本物のロイヤルワインだった。感激のようなものが彼女の中にあふれていた。

紅茶が冷めるのもかまわず感動しているらしい姉に、ジャンは何も言わず紅茶を濾れなおしてやった。自分のカップにも熱い紅茶を注ぎ、ミルクと蜂蜜をたっぷり入れて、白いカップを口元にはこぶ。

姉の手元にある瓶を再び眺め、やがて彼はとあることに気づいて歓声をあげた。

「あっ!このワイン、ねえさんと同じ年だよ!」

「ええ?」

「だって、ほらここ。誕生日まで一緒、4月8日だって」

はっと我に返り、指さされた箇所を見る。そこには確かに19xx.4.8と記されていた。

「……ほんとだ」

「きっとプレゼントだよ、ほら、今日10月8日でしょ?ちょうど半年だもん!」

ジャンの無邪気な台詞に、キングは今度は戦慄した。

このワインの送り主は、かのドイツの皇帝だと思って間違いないだろう。問題は、なぜ自分がヴォルフガング・クラウザーから半年違いのバースデーなど祝ってもらったのか、である。あの堂々たる皇帝が自分ごときに目を留めた理由がわからず、彼女は頭を振った。それも、そういえばMr.BIGがプレゼント片手に自ら来店し、ギース・ハワードから花束が贈られてきた同日である。果たしてただの偶然であるだろうか。

恐らくテリーは何も知るまい。どれほど正当かつ正式なものであったとしても、彼がかの皇帝の依頼を受諾するとは考えづらい。クラウザーからめぐりめぐって、たまたまテリーにたどり着いたのだろう。彼が使者として選ばれたのは単なる偶然だと考えてしまう方が自然であろう。

彼ら一人一人が、小指ひとつ動かすだけで店の一つや二つ簡単につぶせる力を持っている。そんな厄介な人種を敵にしたくはなかったが、かかわりあいになるのもごめんこうむりたかった。

騒動の予感にキングは額に手をやり、深く深くため息をついた。

「ねえさん?どうしたの?」

姉の様子に、年のわりに端正な顔で心配そうにキングの顔をのぞき込む。キングは我に返ったように急いで首を振った。

「ん?何でもない、ちょっと疲れてるだけ。今日は大切なお客様が重なったから疲れちゃったの」

笑ってみせると、ジャンはしかつめらしい顔をした。まるで小さな子に言い聞かせるように、優しくも確固たる厳しさを含ませて宣言する。

「じゃあ今日は早く寝なさい、遅くまで起きていちゃ風邪をひきますよっ」

腰に手をあて、胸をそらす彼に笑顔で応え、彼女は敬礼をするように恭しく頭をたれた。

「はい、そうします。おやすみなさい」

窓からもれる明かりが消える。

漆黒となった深夜の街路に、その闇を切り裂くように現れた白い二つの顔があった。美しい顔の一方は、金の髪でその白の三方を飾り、もう一方は赤茶色のそれで飾っている。闇を裂いたように見えたのは、二人がつばの広い黒の帽子を取ったからで、闇に溶け込んでいるのはそのすらりとした細身を黒ずくめの服で覆っていたかららしい。

赤茶色のショートヘアをした、きつい目の女がかたわらを振り返る。

「ここだな、間違いない」

「そのようね。二人いるけど、どっちかしら。私、あのプラチナブロンドの子の方がいいと思うわ」

「お前……趣味変わったか?ま、両方ってことはなかろうよ。時期的にな」

「違うわよ、子供の方がいろいろ好都合でしょ?……『あの方』の跡取りなら」

黒い女たちは、電気の消えた窓を見上げた。

「25の時に別れた女の子供、ね。やっかいな遺言を残したものだわ、ねえバイス」

「そう言うな、マチュア。見つけるだけ見つけてやったんだ、破格の大サービスじゃないか。後は執事どもに勝手にやらせればいいさ、我らには新しい命令が下っている」

ふう、と柳眉を寄せてため息をつくマチュアと呼ばれた女に、バイスと呼ばれたショートの女は淡い笑みさえひらめかせて言ってやった。

金髪の女は懐から携帯電話を取り出すと、細い指で番号をダイヤルして差し出した。無言で受け取り、ショートの女はせいぜい慇懃な口調を作って告げた。

「もしもし?『あの方』の遺児を見つけたよ、いや……正確には一時『あの方』の妻だった女の遺児、かな」

猛烈な勢いでの問い返しが返ってくる。女はしばらく携帯電話を耳元から離していなくてはならなかった。向こうが息切れしたらしい隙をついて言い返す。

「うるさいねえ!場所?イギリスだ、ここまで教えてやればいくらお前らが無能だってわかるだろ?我ら二人はこれで失礼するよ、奉公としちゃ十分すぎる期間だったはずだ」

冷ややかに言い切られた受話器の向こうから、更なる怒声が返ってくる。バイスは興味を失ったように携帯電話をマチュアに突き返した。いやいやそれを受け取り、やはり向こうが息切れを起こすのを待ってから口を開く。

「恩義を忘れた?お口が過ぎませんこと、主席執事様。私たちは『あの方』に恩義を感じているからこそ、ご遺志を継いで『あの方』のお子様を捜し出しましたのよ?それこそ貴方がたが何年かけても見つけられなかったというのに」

優雅に嘲ってみせる女は、なおも言を継いだ。

「私たちは『あの方』だから従ったのよ、『あの方』の願いだから叶えたわ。もう貴方がたに用はないのよ。十分でしょ?さようなら、もうお会いすることもないでしょう」

ぷつっ、と通信を切り、マチュアはそれを夜空に放り投げた。それを追うように、バイスはまるで体重が無いかのような軽やかさで跳躍した。

「ほおぅら!」

しゅぱぁ、と音を立てて空気がはじけた。かつてダークカラーの携帯電話だったものは粉々に粉砕されて地に降った。

ハイヒールのかかとにわずかな音も立てさせず着地して、バイスはマチュアを振り返った。皮肉と言うにはスパイスのきいていない問いを発する。

「しかし、お前がよく協力したな。私一人でもやろうとは思ったが」

いささか意外そうなバイスに、マチュアは婉然と笑ってのけた。

「あら、偶然ね。私もそう思ってたのよ」

「ほう?……ふふん、奴の“ご遺志”も叶えた!次の命令を遂行しよう」

軽く腕を組んでにやりとしたバイスに、マチュアも目を伏せ笑った。

「そうね、少し遅れてるわ。取り戻さなきゃ」

二人の女の姿が再び闇に溶ける。溶けて消える。

誰もいなくなった夜の道に、風だけが吹いていった。

Author's Note

アップは1997.10.6です。

さしあたり、「三悪人」が出せればそれでよかったんですが……山崎(テリーに差し替え)、マチュアバイスまで出てきてしまう結末に。これも伏線張るだけ張って破ってませんねえ……。

「半年違いの誕生日」と「ポップ」がテーマだったはずなんですが、「誕生日」しかかすってませんね(涙)。確かにどこらへんが「ポップ」なんだか僕にもよくわかりません。

出てきそこねたルガール様……いつか昔話を書いてやろうと画策してます。