平凡で平和で平穏な日々INTRODUCTION
〜a boy meets a boy〜
改訂版
「だし」だとあまりになげやりなので(笑)……。
さておき、ごった煮青春ストーリー開幕です。
庵ってかしこそうじゃないですか。なんとなくだけど。成績良さそう。
うちの彼は、じいさんに「高校なんぞ行かんでいい」とか言われていそうです。
なので、本業(?)の武術の方もきちんとやったうえ、
更に成績がちょっとでも悪かろうものなら
速攻両立できてないものと見なされて
やめさせられてしまうため、一応必死らしいです。
全然そうは見えないけど。
フツーの高校生活、送れたのかなあ、彼。
「学校に行きたい」、「高校に行きたい」って言ったのかなあ。
ここでの彼は、それなりに高校生活をエンジョイしているようです。
せめて、平穏で楽しい、幸せなスクールライフを送らせたい。
そんな思いでおります。
改訂にあたって、ひとつエピソードを増やしてみました。
京は全然変更無し。それどころか台詞も無し(笑)。
削るのもあんまりかと思ったので残しますが。
草薙より八神に、桜木より牧に愛があるのだけは確実です。
4月も残り半ばを過ぎ、日に日に若葉が色濃くなっていく季節。
牧紳一が私立海南大学附属男子高等学校3年生となってより、半月が経とうとしていた。
高校生となって3度のクラス替えを経験したが、何分附属小学校からの在学キャリアである。これで通算6年目の腐れ縁となる、附属中学校時代からクラスメイトの宮益をはじめ、教室内には知り合いも多い。いくら彼が他人の顔を覚えるのが苦手でも、幾人かは新たに記憶することに成功していた。
そうして年度が改まってから記憶した中の一人に、一目で彼の記憶層にその名を刻みこませた者がいた。
彼ら同様小学校からの在学キャリアを誇りながら、11年間同じクラスにならずじまいの、よく整ってはいるがおよそ表情というものに乏しい顔。身長高く体つきもがっしりしているにもかかわらず、華奢な印象さえ与えてくる抜けるように白い肌。人工的に色素を抜かれた、日差しを受けて淡く光る金色がかった明るい茶色の細い髪。
そして同じ教室で学業を送るようになるや否や、その妙に希薄ながら希有なほどの存在感で牧に自己の存在を記憶させた彼の名は、八神庵といった。
ついこの間17になったと思ったのに、気づけば半ば家人の反対を押し切った形で果たした高校進学より3度めのクラス替えシーズンである。その厄介かつ避けようのない強制イベントのため、昨年まる一年がかりで顔と名前を覚えた級友たちもちりぢりになっている。どのみち多弁なほうでは全くないから、特に不自由を感じた覚えもないのだが。
だいいち積極的に友人をつくろうとしてきた訳でもないし、かといって自分から距離をおいてきたつもりもない。面倒だし、どうでもよかった。
幸い彼のドライな人間性が回りに伝わりもし、それを悪ともしない校風──放任主義というのか自主独立の気風というのか彼にはよくわからなかった──のおかげで、彼はそれなりに快適な高校生活を送っていた。
干渉されない毎日は変化にこそ乏しかったが、それに物足りなさを感じることもなく、それを変えるために振りむけることが可能なエネルギーが自分の中にあるかどうかさえ知らずに彼は生きていた。しかし、その生活は突然の終焉を迎える。
それは日に焼けてナチュラルな赤い髪と、暗いものを含まない笑顔をしていた。
八神庵、17才の春であった。
「八神、だっけ」
新学期の開始より2日。1年生ならいざ知らず、3年生の彼らはすでに授業が開始されていた。
50順に配置された席は、窓際の一番後ろに八神庵、その前に牧紳一という並びである。本来ならこの二人の間には宮益義範が入るのだが、彼は強度の近視と座高の低さを理由に教卓の真ん前を勝ち取っていた。
椅子に座ったまま背後を振り返って牧が尋ねると、庵は金茶の髪の下で一瞬不審げな顔を見せたが、無言で頷きを返した。
「そうそう、八神。昨日も聞いたよな、悪い。人の顔は結構すぐ覚えるんだけどな、名前はどうも時間かかって駄目だ」
「……ゆっくり覚えろ。まだ4月だ」
あきれたように吐息しながら庵が言ってやると、牧は苦笑して赤茶けた髪をかきまわした。その様に皮肉げな笑みをみせる庵だが、その表情に積極的な悪意は見られない。神宗一郎あたりが見たら無言で庵の靴にかんしゃく玉くらい入れそうなやりとりだったが、幸い神はこの時間化学の実験のため隣の研究棟に行っていた。
「で、何か用か」
「ん?ああ……お前さあ、バスケ好き?」
冷静に庵が尋ねると、牧はちょっと意外そうな顔をした。まあまあ友好的な返答を得られ、あまつさえ彼からの反応を引き出せたことは、牧にとって良いほうに予想外だった。
機嫌よくにこにこしながら、庵が答えを出すのを待つ。庵はシベリアンハスキーかなにかに尾を振られているような錯覚を覚えたが、もちろん口には出さなかった。
「……別に、嫌いじゃない」
「じゃあさ、昼休み3on3やるから来いよ。メンバー足りないんだ」
そう言って、牧は朗らかに笑った。子供のように笑うその顔は、バスケット関連でしか牧を知らない者にはいささかどころではすまないようなショックを与えるかもしれなかった。しかしこの八神庵という人物は、バスケット関連どころか生活全般の牧を全く知らないまま今年で12年めの正直である。それゆえ、衝撃などかけらも感じ取りはしなかった。
衝撃よりも、その素直であたたかい表情にどう反応したものかわからない様子でふいと視線を窓の外に流す。
「……気が向いたらな」
「おうっ。第一体育館でやるからな」
にこにこと宣言され、何か言葉を返そうとした庵の口が動くより早く、教室の前でがらがらと音がした。担任の高頭が入ってくる。
庵の言葉を置き去りに、HRが始まる。飲み込まれた言葉は、発せられることはなかった。
その2年後。
県立湘北高校に、進入学の季節がやってきた。
噂の赤い髪、桜木花道は3年生になっていた。
そしてどういう腐れ縁か、それとも似た者同士でまとめておけという策略か、水戸洋平はまたも花道と同じクラスであった。
ぽかぽかと日当たりのいい教室の窓際で、昼休みの校庭を眺めていると、花道はくわえていた焼きそばパンを片手に洋平をつっついた。
「おい、洋平、あそこを走っていくのはシンゴ君じゃないか」
「んー?あれ、ほんとだ……。勇者だなー、一緒にパン買ってきてくれておまけに外走ってくのか……。午後の授業どうすんだろうな、俺らと違って結構まじめな奴だと思ってたけど」
新たにクラスメイトになった矢吹真吾という男、なんだか知らないが花道たちとウマが合う。今日も彼らのぶんのパンを「ついでに」と言ってゲットしてきてくれたのだ。昼休み最初の5分間の戦場を見事に勝ち抜くすべを持つ彼を、花道はいたく気に入っていた。
いつだったか弁当を忘れてきた花道に、真吾がゲットしてきた焼きそばパンを譲ってくれたのが最初で始まった付き合いだが、彼は単純なぶんその恩義を決して忘れていなかった。
再び焼きそばパンをぱくついた花道の隣で、洋平が身を乗り出した。真吾が走っていく先の木の下で寝転んでいる人の姿に、洋平は見覚えがあった。
「あれー……。あの人、草薙さんじゃねーか」
「ぬ?俺は知らんぞ」
「……あー、うん、強いらしいけどね?去年も3年の校舎にいたような気が……。それに確かアレだ、ゴリと同い年」
もう随分と昔に卒業していき、大学でバスケットを続けている元バスケ部主将の名を上げられ、さすがの花道も目をみはった。
「何!?……それはスゴいな」
「そーだなー、シンゴ君、何であの人と一緒にいるんだ?別に険悪な感じじゃないけど……」
彼らは知らない。真吾が『草薙さん』と呼んで慕うこの男が、伝説の『ヤマタノオロチ』を屠った一族の血を引くことを。その拳はレトリックでなく炎を纏い、邪悪なものを焼き払う力を持つことを。
「草薙さーん!パン買ってきました!」
真吾の元気な声に、上体を起こす。振り返った京の上にも、今、陽光は穏やかに降り注いでいた。
Author's Note
「旧・ナベシリーズ」です。シリーズタイトル、慌てて付けた割にはちょっと気に入ってます。
ひょっとしたら一番極悪なシリーズですよねこれ……。他ジャンルのキャラとセットだなんて……。いいんす、僕が書いてて幸せだから(涙)。井上雄彦先生ごめんなさい。
「スラムダンク」未読の方いらしたら読んでくださいねえ、面白いですからああ(涙)。牧さんは12巻〜15巻で半ば主役をはっておられます。そして17巻で僕は完全にトリコになりました(笑)。
1997.11.28up。