GOD GAVE an ANGEL
−降ってきた天使−
ふ.ふふふふふふ(駄目だ).
難産でした……(涙).やっとお目見えです.
お待たせしました,我が君のお誕生日祝わせて戴きます.
なにげにリョウ・サカザキ出損ねてます(苦笑).しかも二回.
やはりキングオブ可哀想.
聖職者の朝は早い。
聖堂の入り口を掃除した六時ごろには、そこには何もなかった。だから、そこで新たに発見された『籠』に彼が不審を抱いたのは当然のことだった。
カラフルな色布で飾られた大ぶりの籠の中で眠る『それ』を見つけ、彼は困惑した。戸惑いつつもおそるおそる籠ごと抱き上げてみると、目を覚ました『それ』は、目前に知った顔を見いだせなかった失望か、盛大に泣き出した。彼の困惑は、ごく速やかに狼狽へのシフトチェンジを完了した。
「な、泣かないで下さいっ!私が泣かせたようではありませんか!」
今の今まで無敵を誇ってきた聖職者・ゲーニッツを心底狼狽させるという偉業をあっさり成し遂げ、赤子はそれこそ火でもついたように泣き続けたのだった。
きょとん、としか形容できない様子で彼女は立っていた。
「……牧師様……?」
朝一番の電話に呼ばれてやって来たキングは、日ごろ端然とした居住まいを決して乱すことのない牧師の憔悴ぶりに我が目を疑った。
「おはようございます、ジャンヌ……よく来てくださいました、私一人の手には到底負えません」
キングの存在に明らかに安堵した様子で言いながらも、はっとした様子で牧師は鋭く視線を走らせた。求めるものを発見し、短いダッシュからきちんと並べられた長椅子と机の間の床にはいつくばると長く腕をのばす。
「あああ!そんなところに潜り込まないで下さい、ああっ今何を口に入れました!?お出しなさい!」
「な、何事ですの!?お気を確かになさって、牧師様」
キングが駆け寄るのと、ゲーニッツが机の下から『それ』を引っ張り出したのはほとんど同時刻だった。
猫の子供でも掴むように、ぶらん、と無造作に吊り下げられたそれとキングの目が合う。キングは目をぱちくりすると声を上げた。
「
「……捨て子らしいのです。今朝、扉の前に籠ごと置かれていまして」
牧師が深い溜め息をおつきあそばすと、しばし手足をばたつかせていた赤子は唐突に自分が非常に不安定な支え方をされていることに気づいたらしかった。ぴたりと動きを止める。
「……ふぃ」
一瞬の沈黙と静寂。それは、再度あがった盛大な泣き声によって実にたやすく破られた。
「びゃぁぁぁぁぁ!」
「だから泣かないでとさっきから言っているじゃありませんか!?」
「駄目です牧師様、そんな抱き方じゃ赤ちゃんも不安ですわ!もっとちゃんと、両手で支えてあげないと!」
「こ、こうですか!?……おおよしよし、わかりましたから泣くんじゃありませんよ」
『あわあわと子供をあやすゲーニッツ』など、長い人生とはいえそうそう見られるようなものではない。ゲーニッツ本来の気性を知る者が見たら息が止まるまで笑い転げるか徹底的に見なかったふりをするかしかないような光景が繰り広げられていたが、ここにはそのような者は存在していなかった。
泣き止む様子のない赤ん坊を二人でのぞきこみながら、キングは至って前向きに、途方に暮れたいらしいがのんきに暮れていられない牧師に対し非常に建設的な意見を述べた。
「おなかがすいているのかしら、おしめが濡れているのかもしれませんわ!」
「でしたら、牛乳が冷蔵庫に……」
「牛乳は小さな子には向きませんわ、牧師様!この子が入っていた籠に、一緒にミルクが入っていませんでした?」
「……いえ、何も」
「角にコンビニがありましたわね、行って紙おむつも買ってまいります」
「わ、私をこのモンスターと二人きりにしないで下さいませんか、ジャンヌ!買い物でしたら私が行ってまいりますから」
かなり恐れをなしていると思しき牧師の腕から赤ん坊を受け取り、優しく抱きしめてやる。キングが手慣れた様子で優しく語りかけると、赤ん坊はようやく泣き声を鎮めはじめた。
「よしよし、いい子ね。泣かないで。今、牧師様があなたの為にミルクを買ってきてくださるからね」
「……お見事です」
「ふふ、昔、ベビーシッターをしていたことがありますの。牧師様、今のうちに……。お湯を沸かしておきますわ」
「お願いします。五分で戻ってまいりますから……」
コンビニまでは片道五分はかかるはずだったが、宣言を上回る往復三分という驚異的な早さで牧師が粉ミルクと紙おむつを抱えて帰ってくると、赤ん坊を抱いたまま長椅子に腰を下ろしていたキングは困惑した様子で牧師を見上げ、尋ねた。
「すっかり忘れていたんですけれど……哺乳瓶なんて、ありませんよね?」
「……すっかり忘れておりましたが、ございませんね」
再度踵を返しかけた牧師の背中を呼び止める。
「薬局はまだ開いてませんわ、牧師様!コンビニじゃ哺乳瓶は売っていないんじゃありません?」
「……そういえば、売っていませんでした……」
「とにかく、私はおむつを代えてますから、牧師様はミルクを作ってあげてくださいませんか?作り方は缶に書いてありますから」
「は、はい……」
えー人肌に粉を付属のスプーンすりきり三杯、とやっている牧師など……以下略。この私が何故こんなことをしなくてはならないのだ、と牧師が思っていたであろう事はこの際さておく。
器をひっくりかえすこと二回、粉の分量を間違えること三回、温度の調節を誤ること二回。普段であれば、空からピロシキが降ってきても平然と拾って食べてケチをつけていそうなゲーニッツの恐慌ぶりたるや、明日は空から槍まじりのボルシチでも降るのではないかと思われた。
悪戦苦闘の末、納得のいくミルクを作成して戻ってきた牧師は、穏やかな表情で胸に赤ん坊を抱いている金髪の女性を発見して二・三度瞬いた。
苛立ちもパニックも、どこかへ行ってしまっていた。
キングはゲーニッツを見上げ、微笑んだ。
「くたびれちゃったみたいです。寝てしまいました」
「その、ようですね……」
すう、とあるやなしやの呼吸音をもらして眠るその顔は、罪がなくて愛らしい。柔らかそうなグレイの髪も、今は伏せられているすばらしいブルーの瞳の美しさも……。
はっ、と牧師は思い当たった。どうやら目の前の女性も同様の事に気づいたらしく、見上げてきた蒼氷色の視線が彼のものと真っ向から激突した。咄嗟に、ゲーニッツは身振り手振りを交えて弁解していた。
「いえ、あの、わ……私は知りませんよ!?私の子じゃありません、私の神に誓って!私じゃありません、身に覚えがないんですから!信じてください、ジャンヌ」
せいぜい、『この子、髪と目の色が牧師様とお揃いなんですね』くらいしか言うつもりのなかったキングだったが、牧師の狼狽ぶりがあまりに普段と異なって面白かったので、敢えて彼女は自分の反応をくすくす笑うに止めたのだった。
(ごくノーマルな)ミルクと砂糖を入れた紅茶を口許に運び、この上ないほどしみじみ吐息する。彼は今ほど紅茶を美味だと感じたことはなかった。
「牧師様、お疲れのご様子ですね」
「……赤ん坊というのが、私の回りにはあまりおりませんでしたので。しかし、よく泣くものですねえ」
「赤ちゃんは泣くのが仕事ですもの」
ヴェジタリアンゆえ、ミルクは抜きで砂糖のみを入れた紅茶を手に、キングは笑う。
本日のティーカップは『ロイヤル・クリームウェア』の『クラシックシリーズ』である。その名のとおり、クリーム色の単色に至ってシンプルなフォルム。把手のみが細いものを二本ゆるくねじったようについており、さやかに自己を主張していた。
もう一口の紅茶を含み、ゲーニッツは籠の中に戻されて眠る子供をちらと見やった。
「警察に届けたほうがいいのでしょうね」
「そう……ですね。でも、ひょっとしたら母親が戻ってくるかもしれませんわ?今日一日……今日一日だけここでお預かりするわけにはまいりませんか?」
さっそく情が移っているキングであった。ゲーニッツは残り半日の間吹き荒れるであろう嵐の予感に目眩がしたが、思い直して苦笑を見せた。
「そうかもしれません。この子の母親が帰ってくることを祈りましょう……。ですが、その……ジャンヌ」
「わかっております、牧師様。今日は一日仕事をキャンセルしてきましたから、お手伝いできますわ。だって牧師様、ちゃんと抱っこしてあげられないんですもの」
「ははは……」
笑ってみせる。実際、彼は赤ん坊とは全くと言っていいほど縁がない。彼と同じ称号を持つ残り三人のうちの一人とは、確かに彼が本当に幼い頃からゲーニッツは面識があった。だが、彼には半ダースを越える腕利きの乳母がつけられていたから、この子のように喧しく泣いている所などゲーニッツは見たことがなかった。そもそも彼の前でそのような醜態を見せたが最後、自分たちの命さえ危ういということを知っていた乳母たちは正しく腕利きであり、常に全力を尽くしていた。
「名前は何て言うのでしょうね、この坊や。名前も何も書かれていないし……」
眠る彼の赤い頬をそっとつついてやりながら、キングは独り言のようにもらした。
籠の中の彼をくるんでいたタオルや産着は真新しく、身元が明らかになるようなものは何一つ残されていなかった。せめてもの親心なのか、それとも……。
「Elnathan……」
ゲーニッツはつぶやいた。キングの不思議そうな視線に気付き、彼は息を吐き出すようにして笑った。
「ヘブライ語で、“God-gave”という意味だそうです。『神の授けたもの』……まさしく子供は神からの授かり物ですからね」
「まあ!素敵な言葉ですわ。可愛い坊や、あなたをエルナタンと呼ばせてね」
嬉しそうにエルナタンに語りかけるキングを微笑ましく見守りつつも、ゲーニッツは自分も甘くなったものだと内心に独語した。そのいけしゃあしゃあとした感想は、彼の本性を詳しく知る者たちが耳にしたら例外なく眉をひそめて首を振り、「それは絶対違うから安心しろ」とでも言ってやったであろうものだった。
目覚めた赤ん坊を抱き上げあやしているキングに、月並みな感想ながら『聖母』を重ね、彼は奇妙な感慨を覚えていた。
己と同じ色の髪と瞳を持つ子供。それを抱きしめ、笑みを見せる黄金の女。目の前に在るこの風景は、彼にある可能性を幻視させた。
優しく愚かな夢と、わかっていても。
家庭など、はなから持つ気はなかった。『結婚』も『子供』も、彼から遠く離れたところでのみ意味をなす種類の単語だった。
是非も無い。牧師は目を伏せた。
「牧師様?」
「……ああ。はい?何でしょう、ジャンヌ。すみません、少々ぼうっとしておりました」
遥けく飛ばしていた意識をこの場に戻し、片手を胸元に添えて微笑してみせる。かつてのナイフのような鋭さを、めっきり和んだ蒼氷色の視線で包み隠し、恥じらうように少し首を傾げてキングは笑みを纏った。
「……もし知らない人が見たら、今の私たち、きっとほんとうの家族みたいに見えますわね」
娘のような年の女に言われてしまい、ゲーニッツは幾度か瞬きをした。ごく短いものながら空白を生んでしまったことを苦々しく思いつつ、彼は苦笑することに成功した。
「『おじいちゃん』と呼ばれるのは、もう少し後がいいですねえ」
「あら、まあ!嫌ですわ、牧師様ったらまだお若いのに!」
敢えて、『祖父』『娘』『孫』という図式を選択する。その声に深刻な響きは宿らなかったと信じたかった。そのまま他愛のない笑い話にしてしまいたかった。
そうしてしまわないと、自分が次に何を言い出すか、彼は自信を持てなかった。
うすうすこうなる気はしていたのだ。だから嫌だったのだ。さっさと警察でも何でも連絡して、渡してしまえばよかったのだ。
こんな女が、現れる前に。
ゲーニッツは低く舌打ちしたいのをひたすら堪えていた。
時は、既に夕暮れ。グレイの髪と青い瞳の女が、疲れ果てた表情で、震えながら立っていた。彼女は消え入りそうな声で訴えた。
「私の子供を……お返しください……」
牧師はため息をつき、女を堂内に招き入れると椅子をすすめた。
温めたミルクに蜂蜜を入れたものを、キングに言って出してやり、女がそれに口をつけるのを見届けてから、彼はひんやりとした声音で告げた。
「あなたにもご事情がおありなのでしょうから、何も伺いませんよ。ですが、あなたのおやりになったことは決して神のお心に沿うものではありません。……おわかりですね?」
牧師の声には苛立ちはない。口調こそ穏やかだったが、魂の底まで凍らされるほどの声の冷たさに、女は怯えたように肩をすくめた。エルナタンを抱いたまま、キングは何事かと牧師の横顔に視線を注いだ。
「申し……訳……」
牧師は長い指を顎先にやり、ついと顎をそらした。深い深い瞳の青が、凍えた刃となって、容赦なく女を貫く。
「おお。そうだ……。『要らない』と判断なさったのでしたら、この子を私にいただけませんか?私が養子にして、立派に育ててさしあげますよ。途中でこの子を投げ出した、あなたの代わりにね」
「牧師様!?」
キングの叫びも、牧師の表情を溶かさなかった。
牧師の本来が端正な顔には、冷ややかな笑みが貼りつけられていた。
牧師は怒っているのだ。それも、まれに見る度合いの深い怒りだった。
「お……お、お許しを……!お許し下さい、牧師様!もう致しません、やっとわかったんです!この子は、セオドアは私の命なんです、無くしたら生きていけません!お願いします、私にこの子を返して下さい!」
「牧師様……どうか、お怒りを鎮めて下さいませ。子供は母親と一緒が一番ですわ、エル……いいえ、セオドアにとって一番幸せなのは、きっと」
今にも泣き出しそうな母親と、気丈な瞳で彼を諌める女二人に囲まれて、ゲーニッツは目を伏せて苛立ちごと息を吐き出した。
長く深い吐息の後、牧師は静かに立ち上がり、目前に座る女の額にのばした指先を軽く触れさせた。
「その言葉、聖書に誓えますね?偽りはありませんね?」
牧師の優しげな、深い響きの声が告げる。母親の疲れ果てた表情に、歓喜と安堵が生気を与える。母親は両の眼から涙を溢れさせ、何度も頷いた。
「誓います!お言葉の通りに!必ず、必ず誓いは守ります!」
「宜しゅうございます。……跪いて。あなたの神の前に、手を合わせなさい」
足がもつれるのも構わず、壇上に掲げられた磔刑に処された聖者の像に向かって跪き、母親は手を組み合わせた。
牧師は聖書に片手を添え、厳粛な中に温もりを持たせて微笑んだ。
「……あなたと、あなたの愛し子に。神のご加護が、あらんことを……」
宵闇の中、何度も頭を下げて帰って行く後ろ姿が消えるまで振っていた手をおさめ、キングはほっと息をついた。
「……行ってしまいましたねえ」
感慨深そうなゲーニッツの台詞に頷きを返し、キングは牧師を仰ぎ見て笑みをつくった。
「そうですね……。でもびっくりしましたわ、牧師様があんな厳しいことをおっしゃるなんて」
「おや?そんなに怖かったですか?……いけないと思ったのですけれどね、つい。あまりに腹立たしく思えましたもので」
「でも、きっとあの方にも余程の事情があったんですよ。それに最後はちゃんと懴悔もして……」
懸命にフォローするキングを、何も言わずに見つめてやる。牧師の表情は、痛みをこらえるそれに近かったかもしれなかった。
キングの形のいい唇が、ついに言葉を紡ぎそびれる。ゲーニッツはかるく奥歯を噛んだ。
「……私が、『この子を私にくれ』と言った時……。あなたが、止めるだろうと思っていました。あなたが私を諌めるだろうと思ったから、厳しく言ってしまいました」
辛そうに、細く息を吐き出す。苦しく言葉を追い出し、ゲーニッツは頭を垂れた。
「優しいジャンヌ、申し訳ありません。悲しい思いをさせました」
「そんな……やめて下さい、牧師様。私……私は、何も」
金の髪を揺らして首を振るキングに、ゲーニッツは無言で小さく首を振った。
「あれだけの時間しか同じくしなかった相手にも、あなたはそうして涙を流される。……私が愚かでした」
そっと涙をぬぐい白い頬を支え、牧師は女のちいさな額にかるくくちづけた。
「すぐ警察に届ければ良かったのです。いくら慌てていたとはいえ」
行ってしまった天使の温もりを愛しんで涙を落とす女をあやすように、慰めるようにそっと目許にくちづける。
僧服の胸元にしがみついたキングの華奢な体を、ゲーニッツはしばしためらってからそっと抱きしめてやった。
「牧師様、私……私、エルナタンを愛していました」
「ええ。ええ、存じていますとも、ジャンヌ」
金色の髪を梳きながら、低く繰り返してやる。
「ちゃんと存じておりますよ。ですから、どうか泣かないでください」
小さな頼りない嗚咽をのみこんで、聖堂の空気はいつものとおりに優しかった。いつもどおりの静けさを取り戻した聖堂の空気は、心なしか肌寒いように思われた。
震える細い肩を抱いたまま、祈るように牧師は繰り返していた。
「ジャンヌ。泣かないでください、あなたが悲しんでおられる姿を見ているのは私も辛いです。……どうか、泣かないで……」
祈りの言葉は、途切れる事なく生み出されていた。
Author's Note
アップは1998.4.12です.
「キングの誕生日の話」というよりは「牧師受難曲」状態.さらに「無敵之龍只落涙」って感じです(笑).リョウサカバージョン書き足そうか…….
なんかうちのhpに来てくださるお客様ってリョウサカファン多いですね…….オフィシャルカップル(未満/涙)だからかなあ.「リョウサカ幸せにしてやって」というご意見がちらほら(苦笑).すみません,僕がキング庵やら牧師キング(ツッコミ不可)なんてものが好きなばっかりに.
なんか,期限内に書き上がらなくて悔しかったのとまっとうに「お誕生日」じゃないのとで少々悲しかったので,時事ねたはやらないことにしようかと思ってますまる.でも謎の父の日ねたとかあるんですよねえ…….
あんまり関係ないですが,「ヴィ・○・フ○ンス」の“フランスピロシキ”が好きです(笑).ボルシチは本物は食べたことがまだありません.降ってきたら熱そうだなあ,とだけはなんとなく思います(笑).