青年期の悩みにおける傾向と対策・
草薙京の場合(傾向篇/前編)
〜青春野郎のラブソング〜
クリスマスねた前後編、前編をお届けします。
どのみち京とユキちゃんのラブラブな話になるのはもはや確実(笑)。
思考が暴走している「若いな……」という京になるハズだったんだが。
ギャグにならない、なりきらない……。おかしいな(笑)。
なんかただの「幸せくん」になってしまったです。
そのぶん(?)、後編はいろんな人が出てきて
怒濤の変な世界になりましょう(どんなだ)。
乞うご期待。
早い夜の予感に包まれた街は、にぎやかなクリスマス気分に染まっている。そんな日、草薙京は不機嫌だった。その理由は至って簡単。ユキと喧嘩してしまったのだ。
「……なんでーなんでー、ユキの奴」
つぶやいてみるものの、心にはすきま風が吹いていく。理由さえ思い出せない所をみると、発端はほんとうにささいなことだったのだろう。
ちぇっちぇっ、と内心に力無い舌打ちを繰り返しながら、ヘルメットをはずして跨がっていたバイクから降りる。心なしか肩を落とし、立て付けのよくない築20年と噂のアパートのドアをひく。
がこんがたがた、といつになく大きな不平の声を上げる、一応古い以外に罪は無いドアに蹴りという形で八つ当たりまでしてしまうあたり、京はかなり落ち込んでいた。
部屋に戻っても、待つ者はない。宿命の相手・八神一族との暗黙の協定のうちに、双方の一族から一人ずつの代表者のみが戦うこととなっているから、京と八神の代表者・庵は互いに「非戦闘員」、つまり家族を巻き込まない為、一人暮らしを余儀なくされていた。
ただでさえ落ち込んでいるというのに、暗くて誰もいない部屋に帰らねばならないこの不幸。実家帰っちゃおうかな、などと遠い目をしてつぶやく京だった。
Trrr……。
軽やかな、電話の呼び出し音。実にいいタイミングでかかってきた電話に、京は飛びついた。
「もしもしっ!?草薙です!」
電話の向こうから名乗ってきた声には聞き覚えがあったが、抱いていた希望ははかなくも崩れ去った。思わずあからさまに落胆してしまうところが、まだまだ修行の足りない京である。
「……なんだよ、アンタか。チェッ」
『なんだとはご挨拶だねえ。失礼な』
舌打ちまでした京に、キングは怒ったふうもなく笑って返してきた。そのへんの「オトナの余裕」というやつが、京にはありがたくもあり時折気に入らなくもある。しかし、今回は明らかに京のマナー違反である。彼は黒い髪をかき回し、煙草をくわえると電話を膝に抱いて座り直した。
「悪い。ちっと機嫌悪かったんでな。……なんか用か?」
せめて口調を和らげる。当然のことを尋ねたつもりでいたが、彼女は言葉を濁した。明快な応答を好むキングには珍しい。
『うん……あのね、今日は時間ある?』
「今日?……まあ、バイトもないし暇は暇だな」
結果はともかく期末試験も終わって、諦め半分開き直り半分に「俺が知るか」気分の京だった。指を鳴らす要領で、爪の先に点けた火を煙草の先に寄せる。
『暇なのね?……じゃあ、食事奢ってあげるからちょっと出てきてくれないかな』
「オゴリ?なら行く。どこだ?」
京がことさら現金という訳ではない。バイトはしてるが、月末ということを差し引いても、彼はビンボな高校生であった。
くわえて『綺麗なお姉さん』直々のお誘いである。ついでにはっきり言って京はキングを女だと見なしていなかった。いや、美人なのは認めるが、到底恋愛の対象としては見られない。それに俺にはユキが、と考えて、煙を吐き出すと同時に思考をむりやり打ち切る。
待ち合わせの時間と場所をメモすると、京は煙草を押し潰した。
ワインレッドのジャケットの襟元から、手触りの良さそうな白いボアのタートルネックがのぞいている。黒いスカートはやはり手触りが良さそうな品の良い光沢を帯びており、その先から見える細い脚はバックシーム入りの黒い編みタイツが覆っている。加えて褄先にあるのは華奢なパンプスという、ある意味キングらしからぬとはいえ完璧には違いない装備でもって、通りに面した窓際で優雅に紅茶を口元に運んでいる姿を発見し、京は思わず口笛など吹いた。
「あーゆー格好すればモデルも絶対かなわないのになー……」
何が悲しくて、始終彼女はあの完璧なボディラインをひた隠したパンツスーツなのか。それをどうこう言う気もないが、せっかく似合うのだからもっと色々な服を着ればいいものを。
どっかの紅丸みたいなことを考えて、京はガラス窓に近づくと指先で透明な壁をたたいた。キングがふ、と視線を窓に向ける。
蒼い、一対の宝玉が京を映して和らいだ。彼女が笑う。柔らかく、優しく。
彼女がこんなふうに笑うとは意外だった。
手招きされて、京は店の玄関に回った。ドアを開けると、店内は暖房が効いて暖かい。頬に一気に血が上った。……決して、キングの笑顔にあてられたわけではない、と信じたかった。
ワインまで付けてもらったフルコースをぺろりと平らげて、さらにカクテルコーナーへ移動する。京の財布かげんでは到底できない芸当だったが、社会人の彼女は異様なまでに外貨(日本円)に強かった。ついでに、優雅な笑顔ひとつで彼女が品の良い初老のバーテンダーからキールとトマトサラダをプレゼントされたのを、京は目の当たりにして知っていた。
シックな雰囲気のその場に、紺のシャツにオフホワイトのセーター、ごくノーマルなジーパンといういでたちの京は浮いてもおかしくなかったが、彼は着るものすべてをブランドものと錯覚させうるだけの妙な風格のようなものを持っていた。その故か、あるいは垣間見せる年にそぐわぬ落ち着きのためか、京の姿は店とも隣の女ともよく調和していた。
キングが頼んでくれたカクテルを半分ほど空け、煙草を探る。
「あ……サンキュ」
煙草を取り出し、くわえると、横から伸びた白い手がぱしりとマッチを擦った。ありがたくその気遣いをいただく。
目の前でマッチを支えている細い指をとらえたい衝動にかられるが、それは理性で押さえ込む。硫黄の燃える香りがぷんと鼻についた。
「……で、何の用?メシまで食わせてくれてさ」
軽く煙を吐き出して、京は金色の女を見やった。ほの暗い照明の中でマッチの明かりに透かし見えるキングの顔は、まるできめこまやかな最高級の象牙細工の女神のようにも見えた。
ひとふりしてマッチの炎を消し、白い一筋の煙を立ちのぼらせる。それを追うように視線を天井に向けて、キングは今一度視線を組んだ膝に落とした。
ふわりと彼女の顎が上がり、まともに京と目が合った。
蒼い視線が京を見つめる。囚われる。目が逸らせなくなる。
世界が閉じていく感覚。店内のざわめきがすっと遠ざかる。目の前の女以外のものが、認識からはずされていく。まるでこの世界に自分たち二人しか存在していないのではないかという錯覚がまとわりついて離れない。永遠にも感じられる一瞬の出来事だった。
視線が、臥せられた瞼に遮られる。それで京は解放された。驚くべきことに、キングは恥じらうような様子で顔を逸らした。
不思議な浮遊感の残滓を感じたまま、京は見るともなく女の口元に視線を落とした。
「……頼みたいことがあるのよ、キョォ」
とろけるような、濡れた唇が動く。柔らかく響く声が名を呼ぶ。京は首を傾げた。
「え……俺に?」
「うん……。あなたじゃないとダメなの。他の人じゃ、ダメ」
ゆるやかに女は首を振った。さら、とかすかな音を立てて豪奢な黄金の髪が揺れる。
白いうなじが見えるか否かの絶妙な長さに切り整えられた後ろ髪。つい最近手を加えられたのは確かであろう。
心なしか潤んでいるアイスブルーの視線が京だけを見つめる。化粧などしているところを見たことはまず無かったように思っていたが、今日こうして綺麗に施されている口紅は誰の為のものなのだろうか。
ひょっとして、俺の為に?
ふいに思いついてしまった事。『愛の告白』、なんてんじゃ……ないよな。違うよな。そう自分に言い聞かせてしまう。
手を伸ばせばきっと届く、でも決して触れ合わない距離に座っている女。しかし、この『匂い』は一体何だろうか。香水ほどきつくない、また石鹸ほど淡くない、不思議な良い香りはおそらくキングから香ってくるのだろう。
細い、小さな膝に目をやって、慌てて視線を引き戻す。
まさか、本当に『誘われて』いるのだろうか。ここまで彼女から『異性』を突き付けられたのは初めてのことだ。女だと見なしていないどころか、自分がとんでもない思い違いをしていたことに、京は今更ながら気づかされた。
触れてもいいのだろうか?かつて、キングはかなり深刻な『男嫌い』だという噂を聞いたことがあったような気がする。なめらかな薔薇色の頬や小さな形のいい唇、細い肩に手を伸ばしても、ベノムストライクが返ってきたりしないだろうか。うかつに彼女に触れようとして平手を食った男だの必殺技を食った男だの、いやというほど見てきている。
思わず、わいてもいない唾を飲み込む。
栗色がかったショートヘアの、なんだか泣きそうな顔が京の脳裏に点滅した。
けど、ユキが知ったらなんて言うか。
そう考えたときだった。別れ際のユキの言葉を思い出してしまう。
『京のばか!もう知らない!』
温和で優しいユキにそこまで言わせてしまった罪悪感と、理不尽としか思えなかった弾劾への不愉快さが京の中に同居する。
「ねえ、お願いキョォ」
はっと我に返る。どれくらいの時間かは知らないが、どうやら完全に考えに没頭していたらしい。京のうろたえには気づかぬ様子で、キングは言葉を続けた。
「彼女……ユキっていったっけ、彼女を説得してよ。何なら私も一緒に、考えてくれるように説得するから……」
せつなくかき口説くキングの言葉に、京の中の何かがぷつりとちぎれて溶けた。
マジか。マジで、『お誘い』か!
ユキと別れる気は毛頭ないのだけれど。今でも変わらず、きっと好きなのだけれど。
「いや!……それにゃ及ばねー。今回だけ……一晩だけだぜ?それなら……俺、イイぜ」
乾いた喉から声を追い出す。アルコールのせいだけではないだろう。体の中が熱を帯びる感じがして、心臓の音が自分でもうるさく感じられる。柄にもなく、頬が熱い。
「本当!?嬉しい、ありがとう!」
キングがめずらしいほど全開で笑う。意外な程のかわいい表情に、つい見惚れてしまう。
「へっ……よせやい、……照れるじゃねーか」
半ば熱にうかされた様に、そっと白い頬にのばそうとした手が空をきった。キングは軽やかに身を翻し、既にハンドバッグを手にしていた。
「じゃあ、明日の午後5時にうちの店に来てちょうだいね」
「……帰っちまうのか?いや、いいけど……5時!?店!?早いし客いるだろ?」
「だからいいのよ」
きっぱりと返答される。京はいささか面食らった。
キングの事だ、忙しい中仕事をほったらかしてそんな早くからデートとは思えない。
まさか、その、……店の中で?カウンターの中とかスタッフルームとかだろうか?
綺麗な顔して、えげつない趣味をしている……。
ワインとカクテルの影響もあってか、一人でドキドキしている京に、多忙極まる師走の女店主はさっさと踵を返しかけて振り向いた。更に念を押すように、白い指先を京の鼻先につきつけて優雅に笑う。
「じゃあ、あてにしてるからね?ちゃんと彼女連れてくるのよ」
「……へ!?」
今度こそ、京は頓狂な声を上げた。台詞の意味がつかめない。いったいどういう流れでユキが出てきたのか。ユキを連れて行ってどうしようというのだろうか。
「あの、俺は?」
「なあに、キョォもフェアの手伝いしてくれるの?忙しいし、力仕事もあるからね。男手はあるだけ助かるのよ、嬉しいわ」
……草薙京、自業自得の爆死。
彼はキングが『イリュージョン』というバーの日本支店をも経営していることを知っていたが、その店でクリスマスフェアを実施するに当たって、臨時の女性スタッフ集めに彼女が奔走していることまでは知らなかったのだった。
「かわいい女の子が多ければ、必ず男性客が来るしね。カップルになってる彼女が来れば彼氏が必ず来るし。いい男が来てる、ってことになればまた集客効果になるからね」
舞と香澄とユリが来てくれることになってるから最低でもアンディとテリーと紅丸とロバートとリョウがついてくるのは確実よね、適当に手伝ってもらおうっと、などと楽しそうに歌っている綺麗なお姉さんに、京は天井を仰いで苦笑した。
「そうだよなあ……。そんな訳ねえよな」
「何が?」
「……ああ、こっちの話。わかった、絶対連れてくよ」
仲直りを言い出す、いいチャンスかもしれない。ユキも、きっと俺を待ってる。
忙しいのだろう、落ち着かない様子のキングにひらひらと手を振ってやる。
「しばらく飲んでいきなよ、お勘定は心配しなくていいから」
「んー、俺も行くわ。早いとこ、ユキに話しておかねーとな」
「そう?どっちにしろ先に行くよ、……でも、ほんとにありがとうね」
疾風のように金色の姿が消える。京はしばしの自失から復帰すると、口元に手をやってぱくぱくと口を開閉させた。
「……が、外人なんて嫌いだ……!!」
かすめるような、軽いキス。深刻な意味あいを全く含まない、友達か母親のするようなそれが頬でも額でもなく唇にされたことに、恥じらいの文化を知る日本男児・京はなぜだか非常にショックを受けていた……。
……to be continued……
Author's Note
アップは1997.12.22です。
傾向と対策シリーズ、今のところ(笑)唯一のお笑い小説です。
めずらしくもキッチリお化粧してスカートなんかはいてるキングを書いてみましたが、どうでしょうね。
クリスマスったら幸せなカップル、それじゃあひとつ京とユキちゃんのラブラブで幸せな話でも書いてやろうと思ったはずが、しょっぱなからこの二人喧嘩してるし(汗)。草薙さんたら浮気しかけるし(しかもすっとぼけた誤解だし)。
後編は幸せな話にしてやろうと思いつつ、アップしてませんしねえ(遠い目)。書き上がってもいませんしねえ。ああ……。