青年期の悩みにおける傾向と対策・
草薙京の場合(傾向篇/中編)
〜青春野郎とクリスマス〜
ああ、サマークリスマスでございます(苦笑)。
おまけにやっぱり中編です(涙)。
そもそもこの話は女の子が書きたくて書いたはずなのに……
兄貴の宴になってしまった……。うわあん。
さしあたり三代目キングオブ可哀想の座は草薙京のモノでございましょう。
この年末にはちゃんと完結編がアップできるといいなあ……(遠い目)。
翌日夕刻。
「へええ、すっごおい!綺麗なお店!」
イリュージョン日本支店を彼女連れで訪れた草薙京は、クリスマスを意識した飾り付けに覆われた入り口前で、少女のようにはしゃいでいるユキを微笑ましく見ていた。
『今日は悪かった』、と言うまでは悩みもあるが、一度そう言えれば後に棘は残らない。ユキとはそういう間柄だ、と京は自信を持っていた。
「私、こういうところって入ってみたかったの!京、ありがとう!」
「ははっ……そうかよ?これから何度でも連れてきてやるよ、ユキ」
ちょっと照れくさいが決めてみる。ユキが白い頬を染める。その美しさに思わず京は息を飲んだ。
「京……」
「……ユキ」
見つめあう若い恋人たちの時間は、労働者によって無情に断ち切られた。
「はいはいはいどいてどいて!ここにいると危ないよ、荷物通るから。特に野郎は、はばばっかり取って邪魔だからねー」
はばなら京の1.5倍はありそうな、がっしりした体格の若い男が、巨大な箱を軽々と担いでどかどかと通っていく。シックな雰囲気の制服(いわゆる平均的な黒のバーテンダースタイルだ)に身を包み、印象的に白く脱色された短髪は、クリスマスという季節に合わせてかところどころ深緑と真紅と金が配されて、どこかのNBAスターのようである。
「……白いロッドマンみたいな人、だね」
「……そうな、ロッドマンな、うんロッドマンでいいと思うぜ」
ユキの素直な感想を否定することもない。京はその男を知っていたが、ユキに進んで別の男の個人情報を提供する気にはなれなかった。
「あ、もう5時になっちゃうね……行こう、京」
5時からの約束で、ユキが臨時のバイトに入ることになっているのだ。ユキ一人を行かせる訳になどいかず、京も労働するつもりで来たのだが。
「Hi、ユキ!ようこそ、イリュージョンへ!キョォから聞いてくれたんだね、嬉しいわ」
ユキを発見するなり突進技のごとき迫力ですっとんできてくれた雇い主の方は、完全に野郎なんぞ目に入っていないらしい。突き飛ばされこそしなかったが、あっと言う間にユキを持っていかれてしまう。更衣室はあっちね、サイズはMでいいのかしら、とかなんとか言いながら去っていく後ろ姿に空しく片手などのばす。
「……ねーちゃん、俺はー?」
「その辺にベニーがいるから聞いてちょうだい!」
京の訴えなど黙殺されかねない勢いであったから、言葉が返ってきただけありがたいというものかもしれなかった。
「……しかし何故紅丸……」
「だって俺いっつも来てるもん。だいたい要領わかってるしな、今日の男側チーフ俺だからそこんとこよろしく」
「おおっ!?おどかすなよ!」
どこからわいたか、背後から声がかかる。紅丸もやはりモノトーンのバーテンダースタイルに身を包み、長い淡金髪を後ろで一つに結わえている。その髪にも、一房ずつグリーンとレッドが配されていた。
「じゃ、おまえも着替えてこいな。メッシュは……ホワイトシルバーだな、後でやってやる」
「おまえか!ロッドマンもおまえの仕業か!」
「……ロッドマンは本人の趣味。カラーリングの指定は確かに俺だけど、あそこまでやれとは言ってない」
半ばあきれを含んで、きっぱり返される。知る人ぞ知る、某男性ファッション雑誌専属モデルの紅丸様は、その実績とセンスでもって女店主からフェア期間中のスタッフのスタイル指定を任されていた。
見やってみると、噂のロッドマンは黙々と指示されたらしい力仕事を続けている。一番真面目なのは彼かもしれない。
京はおそるおそる尋ねてみた。
「七枷……なんでいんの?」
ロッドマンこと謎のバンドマン・七枷社はその呼びかけに顔を上げ、しばし手を休めた。
「あー?俺、ここでバイトしてんの。ここ時給いいしな。上司は美人で優しいし、メシは美味いし、酒も美味いし、同僚も可愛い子ばっかりだし。男の職場としちゃー、これを越えるところはなかなかねえだろ」
うんうん、と頷いている社と紅丸であった。何げなく意見があっているところを見ると、仲が悪くはないようだ。
「ま、さっさと着替えてこいよ。6時から客入れるから……」
紅丸の指示に頷きつつ、京はひく、と鼻をきかせた。それは紅丸たちも同様だったらしく、厨房の方から漂ってきた食欲を喚起する香ばしい香りについ気をとられて、彼らはそちらを見やった。
紅丸や社同様に上品なバーテンダースタイル&エプロンに身を包みながら、その格好に似つかわしくない、どかん、という威勢のいい音でもってカウンターの上に大皿を乗せる。いつものように景気のいい台詞が飛んだ。
「おゥ、腹ごしらえしてくんな!厨房特別チーフ、ジョー・ヒガシ様の特製鳥カラだぜっ!」
「いッただッきまーーーっす!!」
宣言されるや否や、ものすごい勢いで四方八方から手が伸びる。確かに空腹だったことに気づいた京が手を出すまでの一瞬のブランクの間に、確実に大皿にてんこもりだったはずの唐揚げは8割がた姿を消していた。
とはいえ、危なげなく確保したひとつを胃袋に送り込み、最後のひとつめがけて再度のばした京の手と、もうひとつの手が空中で凍りついた。互いの視線が互いの指先から腕を伝わって相手の顔まで到達したとき、どちらが相手より驚愕したかはわからない。いや、驚きというのなら京の方が大きかったかもしれなかった。
一瞬言葉も出ない京に、相手は冷然と言ってのけたものだった。
「……何だ、貴様か」
真紅に染め抜かれた中、前髪の部分に白と金のメッシュを何本かあしらった髪の下で、彼はひんやりとした無表情を崩さない。他の男性陣と同じく黒のベストにプレスのきいた同色のスラックスとボウ・タイ、しみひとつ無い純白のスタンドカラーシャツを完璧に着こなした姿にふちのない細長い伊達眼鏡が妙に似合っていて、京はなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「……こんなところであにやってんだよ、八神……」
辛うじて問うてみる。帰ってきた庵の返答はシンプルだった。
「見てわからないか。ウェイターだ」
その台詞に、京はなぜか意味もなく悲しくなってしまったのだった。
「……あー、うん、いや……ありがとよ教えてくれて」
「ふん、礼を言われるような事などしていない」
「礼なんか言ってねーーーだろがっ!!」
京がばん、とカウンターをたたいて声を荒げているうちに、庵の指が唐揚げをつまんで口に投げ込む。食べやすさを考慮して骨無し肉を使ってあったそれは、からりとした歯ごたえを感じさせる音を立てて、いともあっさり庵の健康な歯の洗礼を受け入れた。
「……あーーーっ!!お、俺の……俺の唐揚げッ……!」
別に『京の』ものではなかろうが、今の京に『俺の食べるはずだった唐揚げ』、などという複雑な形容詞の使用を求めては可哀想というものだったろう。
情けない声を出した京を哀れとでも思ったか、庵はくっきりと歯型のついた唐揚げを差し出した。
「……食え」
「誰が食うかああ!いらねぇよそんなんッ!!」
かなりマジで泣きそうになっている京だった。
「なんだー、クサナギ、そんなに腹が減ってたのか?ジョーの唐揚げは美味いからな、食いそびれて悔しいのはわかるが我慢しろよ、今追加が来るからな」
非常に程度の低い言い争いをしている(京が騒いでいるだけ、という噂もある)その横で、同じく厨房組の優しいテリーお兄ちゃんがそこはかとなくズレた意見を述べる。庵は庵で、珍しくも反省しているとおぼしき表情を見せて言った。
「そんなに腹が減っていたとは思ってなかった。悪かったな」
「違うつってんだろが!?テリーもテリーだ、ぼけてんじゃねえよ!」
言ってないぞ、草薙。
テリーが傍らの庵に「俺、ぼけたのか?」などと真面目な顔で尋ね、庵は無言で首をひねってみせる。この天然ぼけブラザーズめがっ、と京が思ったかどうかは定かではない。
……to be continued……
Author's Note
アップは1998.5.14です。
……ラブラブで幸せな話はどこに行っちゃったんだろう(涙)。くすんくすん。
今回は餓狼組の兄貴どもがおいしく活躍してますね。アンディだけ「すまん」て感じですが(苦笑)。そしてどんどん芸達者になっていくやっしろくんでした……。
庵が、庵のくせにとってもクールで強い子になってます(笑)。ぼけぼけだけど。……え?これが本来の彼の姿?はー……失礼しました(苦笑)。