平凡で平和で平穏な日々 〜MAY DAY〜

ようやく、続きでございます。

続き、ならびに『あの』イラストが生きる日がようやく参りました。

ちょっと感無量(笑)。

あらためて、Sousuiさんほんとにありがとうぅ(涙)。

もー、マカオだろうがインドだろうがサウスタウンだろうが(以下略)。

同じクラスで同じ授業を受けるようになってはや半月。

窓際に座る、金色がかった明るい茶色の髪の下でいつも無愛想に沈黙しているクラスメイト。自分から行動を起こすことなどほぼ皆無に等しい彼だったが、そのずば抜けた学力と運動能力を日々の授業で目の当たりにし、回りの者たちは驚愕し次いで称賛した。本人は決してそれを誇ったりはしなかったし、つまらなそうにしていたが、かといって目の前で見たものが消える訳ではない。

カレンダーが5月になる前に、彼は既にクラスに知らぬ者はない隠れた有名人となっていた。

その日の4限めの物理は、担当教師が学会に出席するとかで自習となった。天気のいい昼だった。

ノートと教科書片手に図書館へ行くつもりだった宮益は、教室内から恐れ多くも生徒会長ほか数名の姿が消えていることに気づいたが、リアクションとしては軽く目をしばたたかせるにとどまった。

その日、学級日誌は『4限』の項に「異状なし」と短く書き込まれて担任の手に戻った。宮益の指示を受けた級長の手による、ささいな悪事ではあった。だが、それを初めとしたさまざまな改ざんを、痕跡を残さずに行うことのできる手腕と明晰な頭脳を生徒会長に買われ、彼は生徒会会計処理の任を果たしていたのだった。

屋上に続く、重い鉄の扉。それがわずかに開いていても、牧は特に不審を感じなかった。遠慮なくそれを押し開けて、すかっと晴れわたった5月の青空の元に立つ。

「っかー……いい天気だなー」

気持ちよく伸びをして、彼は上着を脱いでしまった。それを肩にかけ、扉の裏手にまわる。一応人目をはばかってのことだったが、教員の巡回もいいかげんなもので、屋上にまで見回りが入ることはこの5年ほどで一度もなかった。

階段のむこうがわから、白い煙が細くたなびいている。どうやら先客があるようだった。牧は煙草をやらない主義だしあまり好きではないが、他人にそれを強要する気も別にない。気にせずひょい、と顔をのぞかせると、新たな客の訪れに気づいたらしく、コンクリートに座ったまま彼は視線をあげた。一度だけ、真っ向から視線がぶつかった。

「……お邪魔だったかな」

喫っていたわけでもなかったらしい。ほとんど手にしたまま灰になっていたそれを一旦ふるい、彼……八神庵という名のクラスメイトはめずらしくも口を開いた。低い、穏やかな声をしていた。

「いや……。生徒会長がこんなところで何をしている」

「ああ、天気があんまりいいから。こんな日にのんきに自習なんかしちゃいけないと思ってな」

「……違いない」

牧の楽しそうな答えに頷くことで同意を示す。短い煙草にもう一度口をつけ、細く煙を吐き出して、彼はそれをかたわらにある赤い吸い殻入れに投げ入れた。こんなものが屋上に備え付けてあるあたりがよくわからなかったが、煙草の投げ捨てが良くないのは確かだった。

わずかに口元を緩め、庵は金茶の前髪をかきあげた。

「静かで、いい場所だな」

「そうだな、結構誰も来ないんだよ」

いくら天気がいい5月といっても、直射日光に当たり続けるともう汗ばむ。ちゃっかり日陰に座っていた庵の隣に腰を下ろし、牧は手にしていたブレザーの胸ポケットから、落ち着いた感じのする飴色に使い込まれた革張りの手帳を取り出した。

「……今日は、生徒会はなしか……。久しぶりにバスケだけできるな、よしよし」

「バスケ部か。大変だな」

「そんなこともないさ。もう5年もやってる。慣れた」

県下一の量と質の高さを誇る、当高校バスケット部の練習。それを、いくら中学からとはいえ軽く慣れたと言ってしまえるのもすごいものだった。

「一年生は入ったのか」

「面白いのが一人。目立ってるのはそいつくらいだな、今年は」

高校バスケット界に名だたる、県下でも名門中の名門たる海南大附属。新入部員には事欠かないが、何人残るかというと一年後の残部率は20%に満たないというすさまじさであった。そして牧はそこで5年間人並み以上に勤め上げ、6年目の今日、主将としてその『常勝』の看板を背負っていた。

ぱふん、と分厚い手帳を閉じて、牧は壁によりかかった。コンクリートの冷たさをワイシャツごしに背中に感じ、彼は気持ち良さそうに目を閉じた。

庵は新たな一本の煙草を箱から半分ほど出し、口にくわえた。火を点けようとし、ふと隣の男を見やる。

「おい、生徒会長」

「……ん?」

一瞬眠りかけていたらしい生徒会長は、淡く光る髪の下に軽い困惑を浮かべる茶色の瞳を見た。庵は少しだけためらったように見えた。

「喫うか?」

「あ、悪い……スポーツマンは喫わないポリシー」

「……そうか。いいか?」

心なしか落胆されたような気がしたが、それは本当に気のせいだったらしい。庵は新しい煙草を箱から半分ほどくわえ出したまま、視線で尋ねた。よもや嫌とは言うまいな、と言われているような気がしたのもやはり気のせいだろうか。

「どうぞ。煙がこっちに来なければ俺は平気」

「……外で喫ってる人間にそう言うか、生徒会長」

くわえていた煙草を離す。すと、と軽い音を立てさせて箱に戻し、彼はあきれたような顔をした。

「あ……悪い。いいぜ、喫って」

「喫う気が失せた。スポーツマンに煙草の匂いは似合わんぞ、第一生徒会長に喫煙スキャンダルも笑えまい」

実を言うと、歴代の生徒会長の中でも煙草を全く嗜まないのは牧が数年ぶりらしい。ここ20年ほど、生徒会首脳には最低一人はバスケットボール部が食い込んでいるが、それでも生徒会長たちにはほのかに煙草の葉の残り香があった。もっとも、好きこのんで神聖なる生徒会の権威を地に落とすこともなかったから、その事は一切口外されたことはなかったが。

「おまえさん、古風なしゃべりかたするよな」

「……そう、か?」

妙に書き言葉っぽいせりふ回しをする庵だが、本人はその指摘に首をかしげた。

「おかしいか」

そう言ってくるくらいだから気にしたのだろう。牧は軽く首を振り、笑ってやった。

「いや。いいんじゃないか?俺はゆかしくていいと思うぜ」

そう言って笑ってやったら、八神は。

金茶の前髪をさらりとゆらして、すっきりと切れ上がった瞳を和ませる。彼は薄く形のいい唇の端をあげて笑みを見せた。

初めて見た彼の確かな『笑顔』は、愛嬌があるとは言えなくとも、奇妙に希薄だった『八神庵』という存在にはっきりとした『匂い』のようなものを感じさせた。

「なんだ。八神、そんなふうに笑えるんじゃないか。いつもむっつり黙ってるのに。そのほうがいいよ、おまえ」

拳で軽く庵の肩をたたく牧は他意なく言っているのだろうが、庵は一瞬きょとんとした後、喉の奥で笑った。

「それは女か子供に言う台詞じゃないのか、生徒会長?」

「え、そうかな?それより生徒会長ってのよせよ。牧でいい」

「ああ、そうだ、牧だったな。出てこなくて難儀していたところだ」

「……だから『生徒会長』かよ?」

「間違っていまいが」

申し訳無く思っているようにも開き直っているようにもとれる響きの声が言う。

「胸を張るな、胸を!いばれるような事か?」

「俺はおまえに3日連続で名前の確認をされたうえに、1週間はヤジマだのオオガミだのと言われ続けたぞ。カンザキと言われた時は誰のことかと思ったがな、よもや俺を呼んでいるとは気づかなかった」

「……悪かったよ」

決まり悪そうに牧が言うと、庵はにやりとしてみせた。牧は牧で、さすがにやられっぱなしは性に合わないと思ったか、反撃を試みた。

「あ、でも俺はちゃんとおまえの名前覚えたぞ!?おまえ今日まで俺の名前覚えてなかっただろ!」

「下の名前まで言えるか?」

「……ごめん」

あっさり問い返される。一瞬の沈黙の後、そこで素直に謝ってしまうところが牧のかわいいところであった。

庵がくっくっと喉の奥で笑う。しばし不機嫌に黙り込もうとした牧も、我慢できずに笑い出す。

屈託のない笑い声が、流れ出ていた。

「……牧に、八神か。おまえらの気持ちもわからなくもないよ、確かに。天気が良かったからなあ、散歩も昼寝も何も言わないよ。……せめてうまくやれ、な?」

例の白檀の扇子をひらひらさせながら、彼らの担任たる高頭力先生はおっしゃった。庵は神妙に頭を下げ、牧は照れくさそうに頭をかいた。

かたや生徒会長、かたや常時学年10位から25位以内という優秀かつ微妙な成績をキープしつづけている二人を前に、高頭先生はフウとため息をおつきになった。

「廊下に立っとれ、とは言わないが……他の先生方の手前、おとがめなしって訳にもいかんのだよ。すまんなあ」

かくして二人は、昼休みをまるまる費やして、仲良く大学図書館から高校図書館まで世界史の資料を運んだのだった。その総数、段ボール箱に12箱。

それらを運び終えてなお、きちんと昼食を取る時間は確保していたところが彼らのあまりにも彼らたる所以なのだった。

Author's Note

極悪青春ストーリーネクストです。いいの、好きだから(泣)。

謎の名門、海南大学附属男子高等学校(どうもここは「男子校」だというイメージが/笑)。なぜ屋上に灰皿が備え付けてあるんだろう(笑)。きっと先人達が据え置いたんだね(笑)。

仲良しな庵と牧さんが書きたかったんですよう、仲良しなお友達がいる庵が見たかったんですよう。故にこの二人は当分書き続けるでしょう。切れ切れのねたはたくさんあるんです……。喧嘩の話とか……はたちの再会(謎)とか……。

1998.2.27up。

(※Sousui注:冒頭の文章の意味は短編『卒業後』のイントロを見ると分かるのですが,群青さんが描いたイラストを私がレタッチしたことを指しています.それだけで群青さんをマカオに売り飛ばす権利を得ていい物でしょうか?(笑))