シェパードなみみによせて

caretaker様にいただいた「みみいおり」。

それが全ての発端でした。これです。

みみいおり

……これ見て狂うなって方が無理でしょう?でしょう??

無理ですよねええっ?

事実、僕はメロメロでした。

そして書き上げられた話がこれです。

最初、別の話のオープニングとして考えていたものなのですが
これをいただいてしまったので手を加えて独立させてみました。

続編あります。違う話のような別の話ですが。

気長にお待ちいただけると幸いです。

寒い、夜道だった。

道端に座り込んでいたそれと目が合った。

すらりと端正なフォルムの、大きな犬。頭に比してアンバランスなほどの大きな耳とふさっとしたしっぽが印象的だった。

基本的に全身は真っ黒で、喉元のみが真っ白い。首のあたりから上は、ちょうど髪の毛のように赤茶色をしている。夜目にも泣きはらしたように赤い目が潤んでいるのがわかった。

きゅうん、と小さくそれが鳴いた。何かを(ねが)うように。

すぐに、わかった。

「ヨオリ、でしょう……?」

名前を呼んでやる。すると、その輪郭が音もなくするするとほつれた。

犬が座っていた場所に、真っ赤な髪の青年がうずくまっていた。精緻な美貌と立派な体格にこの耳としっぽは、冷静に見れば違和感すさまじいものがあったが、今の彼の表情には非常に似つかわしかった。

今にも泣き出しそうな、さっきまで泣いていたかのような顔をして、ちらりと彼女に視線を投げてうつむく。小さくその耳が震えていた。

「……こんなところで、どうしたの?」

腰をかがめて尋ねたが、それは力無く首を振った。悲しそうにもう一度鳴く。

「わからないの?」

再度尋ねると、こくん、と頷かれた。ぽろっ、と涙が頬を伝っていく。慌てたようにそれを手で拭っている姿に、彼女はそっと濡れたその手に自分のそれを重ねてやった。

驚いたように彼女を見上げた顔が、既に泣きそうだった。唇を噛んで嗚咽を押し殺している様子が哀れに思えて、両の目許をやさしく指先でなでてやると、それは彼女の白い手首におずおずと指先を触れさせてうつむいた。

震えるか細い声がぽつぽつと単語を吐き出す。

「寒くて……暗くて……怖かったんだ……」

「ん……。ここにいたんじゃ、寒いね……。行くところは、あるの?」

ぱたぱたっ、と音を立てて涙がこぼれて落ちた。ふるふると小さく首を振って、それはかたく目を閉じた。辛そうな吐息がもれる。

「……連れて……いって……。何もいらない、置いていかないでくれるならそれだけでいい……」

消え入りそうな声が独り言のようにつぶやく。女はそっと頬を白い手で包んでやった。うつむいた額に、前髪の上からかるくくちづける。

「一緒においで。うちに帰ろう」

やさしいささやきに、触れた唇の温もりに、強靭な自制心が融けて消える。意地もプライドも堰の切れた感情の波に飲み込まれていく。どんどん自分が小さくなっていくのがわかったが、彼の中では何の問題にもならなかった。

腕をのばし、夢中で細い肩にしがみつく。白い首筋に回した腕が震えた。

「寒かったよ、怖かったよ……寂しかったよ……」

「うん……。うん、寒かったね……。こんなに冷えちゃって、かわいそうに……」

胸元に抱きあげられて、軽いコートにくるまれる。温かいこととやわらかいことがこんなに嬉しいものだとは知らなかった。

「もう大丈夫だからね、もう寂しい思いなんてさせないよ。だから、泣かないで」

就学前児童サイズの軽い小さな体をやさしく抱いて頬を寄せる。慣れた手つきだった。

髪を梳いてくる細い指の温もりが嬉しくて、気遣われたのも嬉しくて、泣くなといわれても涙のほうが止まらない。

温かくて、嬉しくて、安心して、ふと眠気を感じた。やさしい腕に抱かれたまま、温かい暗闇に滑り落ちていくような感覚に抗えず、彼は意識を手放した。

いつの間にか、涙は止まっていた。

肌寒くて、やたらぱっちりと目が開いた。視線だけ巡らせ、時計を見る。午前2時にはまだ少し余裕があろうか、という時間だった。

ベッドから起き上がり、電気をつけて、彼は脱ぎ捨てたきりの白いワイシャツを素肌にはおった。軽く首を振りながら、ふーっ、と長く息を吐き出す。

冷蔵庫から冷えたボルヴィックを出してきてベッドに腰掛け、そのままあおる。キャップをしてしまい、庵は今一度肺の中身が空になるほど長く吐息した。

「……なんであんな夢を見る、俺……?」

我ながら、激しく赤面ものである。

髪を梳いた指の温もり、額に触れた唇の感触、耳をうった声のやさしい響き。それらの悉くが妙に生々しく残っていた。

片手で顔を覆うようにして、三度ため息をつく。

そりゃあ、思い切ってこの身が犬猫だったらと思ったことくらいはある。しかし、だからといって迷い犬はごめんこうむりたい。幸い通りすがったのがキングだったからよかったが、よりによって正義の教育者などに拾われた日には想像するのが怖い。

「京の夢など見るよりまし、か……」

ついつい緩みかける口元を引き締める為にも、つまらなそうにつぶやく。夢であっても逢えてよかった、声が聞けて嬉しかったなどと自分が思ったことを認めるには、彼は少々素直でなかった。

電気をおとし、ベッドに戻る。もし続きが見られたら、などとは決して思わない。仮に思ったとしても、誰にも告げない。八神庵とはそういう強情さを持った人間であった。

こつこつと踵を鳴らし、店に戻って来た主にウエイトレスたちが可愛らしく会釈する。それに笑みを返してやりながら、キングはカウンターの中の定位置に収まった。

「サリー、リズ、ありがとう。代わるよ」

「あ、もういいんですか?」

「キングさんが仮眠なんて珍しいですよね、あんな時間にキングさんが眠いなんて」

午後の3時半ごろだったろうか。無闇な眠気を訴えていたキングが、とうとう1時間の仮眠を宣言したのだ。定刻どおり起こすよう彼女は言い置いたのだが、特に異常も起こることはなく、ウエイトレスたちは働き者の主に30分余計に休んでもらうことにしたのだった。

「何かいい夢でも見ました?嬉しそうですよ」

「うん?……わかる?おもしろい夢でね」

美しい店主は楽しそうに笑い、機嫌よくグラスを磨きはじめた。どうやら夢の事を聞かせる気はないようだ、と理解し、双子のウエイトレスは目を見合わせるとトレイを持ってカウンターを抜け出した。

Author's Note

アップは1997.11.22です。

「庵は犬か猫か」でcaretakerさんと議論(?)してましたところ(笑)、犬な庵のイラストをわざわざ送っていただいてしまいました。群青は「グラフィック的には猫耳庵」を主張していたんですが、一撃で犬庵にころびました(笑)。ありがとうございますううう。

その犬庵があまりにも、あまりにもラヴリィだったもので……。小説一本つけさせていただきました。

擬獣化した場合のキャラクターとしては、彼は最初から「犬」で固まってたみたいですね。そのおかげで(?)ホワイトデーの話はこけかけるし……。でもいいの。かわいいから(半ばヤケ)。

けど、みゃーみゃー泣いて(鳴いて?)る姿も捨てがたいんですよねえ……。ハナきゅーん状態もいいなあ……。ああ、庵を何だと思っているんだろうぼく(苦笑)。

キングと庵、かなりバイオリズムが同調してます。めずらしいなあ(苦笑)。

これの続編のご希望をけっこう伺います。これと、あと「天使は降臨し牧者は主の前に跪く」が続編の希望をいただきますね。……しばらくお待ちくださいね(涙)。