サンクチュアリ

mkkjnさんに戴いた品です。

ありがとうううう!!

なんて美しいお話!なんてイカスんだリョウサカ!!

以下、メールから引用いたします。

『天使は降臨し牧者は主の前に跪く』から

インスパイアしました。

いや、もちろんゲーニッツは死んだし、
キングさんは彼のためにでも全てを捨てることはしない人だと思いますが、

つい「アナザーワールド」とか思って書いてしまいました。

そして、
多分、リョウの役は庵が本当は相応しいのでしょうが、

これもつい出来心で、こうなりました(汗)。

当方にていくらかの紫陽花をあしらってみました。

それでは、どうぞお楽しみ下さい。

この庭園には、種々雑多の植物があった。

剪定や手入れを充分に受けてはいない半ば野性化した花は、どれもうつくしい。しかしこの梅雨の季節、ましてや今日のような小雨のなか、キングはこの、薄紫のたわわな房を手にせずにはいられなかった。

…これくらいでいいだろうか…

薄紫の一房を花切りばさみで、ぱちんと切り取る。

この時期、紫陽花にはとくに気を惹かれる。

この日出づる国にキングが初めて来たのは今日と同じ、雨振りの時期だった。イギリスには、このように湿度の高い雨季はない。初めて日本の梅雨に遭遇してその過ごしさに、ひどく閉口したものだった。

KOF出場のためにこの国を訪れたのはもう数年前のこと。

そして今は…あれから何年経ったろうか。

この時の止った場所にキングは自ら、望んで囚われていた。

紫陽花

しのつく雨のなか、濡れるのも気にせずにキングは思案した。両手に抱えた花はすでに充分すぎるほどに思えた。

(―――…あの方は、これを見て、少しは喜んでくれるだろうか)

沸き起こる密かな思いに、薄氷色の眸が淡く揺らぐ。

それはキングに取ってこの上なく重要な事だった。自分がこの場所に居るかぎり、かれの喜ぶこと、望むことを、出来るだけ叶えたかった。

雨に濡れた砂利道を踏みしめる音がする。

しかし自分の考えに耽っていたキングは、それに気が付かなかった。

「びしょ濡れだな…傘くらいさせよ」

そのごく近くでの声に、放心の体のキングは踊り上がった。顔を上げると、物言いたげな顔が待ち受けていた。生き生きとした黒い眸が彼女を見ている。

「リョウ、…驚かさないで」

「ああ、俺、何度も呼んだぜ」

気付かなかったわ、とキングはつぶやいた。淡々としたキングの態度。リョウは溜め息をつき、自分の雨傘を差し出した。

キングは素直にその中に入った。

一つ傘の中、触れ合う距離で、リョウはキングを見る。

小雨に濡れ、淡いこがね色の髪はゆるやかに波打っている。湿りけを帯びた肌は、しろく滑らかそうで、見惚れずにはいられない。

キングは間違いなく…綺麗だ。

「…リョウ…?」その凝視に、流石のキングも気付いたとみえ怪訝そうに言った。

見惚れてた、なんて言えない。キングは容姿を褒められるのを、殊のほか嫌っている。以前、うっかりロバートが、『これはすごい別嬪さんやな…綺麗やなあ!』といつもの口説を打ったことがあった。その時のように、キングの冷たい怒りを受けたくは無かった。

薄紫の房が目に入る。

リョウは上手く取り繕った。

「その花は…あの人のところに持っていくのか」

「…ええ」

花の色を映したかのようなキングの眸が、たちまち柔らかく変容する。

それを見て、リョウは奇異の念に打たれた。いったいキングと、あの牧師との間には何があるのだろうか?

(キング…――)

確かに、死んだものと思われていたオロチの牧師が、生きていたのは非常な驚きだった。

そしてこの人里から離れた洋館に、キングがその男と共にいるのにも。

だが、リョウは不思議に思ってもそれを口に出す事をしなかった。そしてキングが自分に密かに連絡してきたその事を、嬉しく思った。少しでも彼女の役に立てるのが嬉しかった。

彼女の秘事に預れること、が。

キングはこの極東の国の片隅で、あの男と共にあった。

KOF'96後、突如消息を絶ったブロンドの麗人の事が、度々関係者の間で詮索されたが、その行方を真に知るのはリョウのみであった。

なぜあの男といるのか

なぜ英国を出てまでここいいるのか

リョウのなかで疑問は尽きなかったが…口に出すことはしなかった。

それはある日、偶然見たひとときが、関係していた。

このやや荒れ果てた庭園を歩く二人を、遠目に見た。

薄い黄金色に輝く髪が、傍らの黒衣の男に寄り添いつつ歩いていた。

その会話も、表情も分からなかった。

だが―――

ひどく穏やかな空気。

自分触れることのできない、二人のつながり。

…それだけは…理解できた。

だが理解しつつ、それに干渉しないと心に決めても、自分の感情だけはつい、揺れ動いてしまうのだ。

ふとした会話のなか、あの黒衣の男の事が話題に上がる。

そしてその時にかぎり、キングの態度が微妙に変化するのをリョウは察知していた。

じかに口に出して問い正す事はしない、と決めた。けれど気になる。

そんな思考の堂堂巡りをしていたリョウに、キングは声を掛けた。

「リョウ、傘をありがとう」アルトの独特の声。

キングは両手いっぱいに薄紫の房を抱いていた。

「それ…一本、俺にくれないか」

彼女の腕のなかで、ゆれゆらと揺れる花を見て、何とはなしにそんな言葉が口を突いて出た。

「この花、を…?」キングは見るからに戸惑ったようにつぶやいた。

不思議に思われても無理もなかった。花を愛でるようなことは、今まで何一つしていない。そしてリョウは根のない、切り花の類はあまり好きではなかった。

「悪いけれどこれは、駄目」以外にもきっぱりとした断りの言葉が返る。

自分を顧みず、他人を優先させることの多いキングにしては、意外な言葉だ。

「そろそろあの方が―――目を覚まされるかもしれない。だからこれは…駄目。後でまた花を切ってあげるわ」

また先刻のように小雨に濡れて…?リョウはのろのろと首を振った。

彼女の姿を認めたときの、浮き立つような気持ちは、徐々に沈み込んでいくようだった。

「…いや、いいさ」

詫びの言葉を口にしながらキングを改めて見つめた。

「キング、服だけは早く着替えろよ、濡れたままだろ」こんなに側にいるのに、彼女のうちの一つをも近付けない。

衝動のまま、リョウは、わずかに自分より低い位置にあるキングの顔にぐっと接近した。

怪訝そうな薄青の眸が見る見る近づく。

かたつむり

口唇に触れる。

それは本当に、薄くかすめただけだった。

しかし彼女の口唇の冷たさと、自分の温もりが溶け合うには充分だった。

…彼女の髪の匂いと鼓動が、心を揺らす。

陶然とする感覚に引き込まれそうになったが、はっと我に返った。リョウは自分の大胆さに狼狽した。一体、なんてことをしたのか!嫌われても仕方がないようなことだ。

「……ほら、こんなに冷たい」声がすこし震えた。

キングは茫然とリョウを見つめていた。驚いて口もきけないらしい。

「―――ごめん」

低く詫びて、リョウはその場を立ち去った。

雨足が激しい。

屋根を叩く雨音さえ、激しさを増していた。

リョウは雨に濡れそぼる洋館を遠く、門から振り仰いだ。

半ば野性化した庭と人の気配の感じられない家屋敷のたたずまいは、どんよりと曇った雨空の下、ひどく哀れなさまに見えた。

しかし―――

リョウは知っていた。

ここに、

彼女のサンクチュアリが、あるのを。