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もう一度目を開けるまで、どれくらいあったのかはわからない。

さく、さくという小さな音が耳について、頭をもたげて見渡すと、俺がうずもれているあたりにいつのまにか人がうずくまっていた。

雪はまだ降り続いていた。

真っ白な世界に溶け込みそうな、真っ白な女。金色の髪は、無色の景色に慣れた目に痛いほどまぶしかった。

……俺は、この女を知っていた。

何も言わず、そいつはただ雪をかきわけていた。すこしずつ、だが休むことなしに。

白い指が雪の冷たさに赤くなっても、綺麗な爪が割れて血が滴っているのにもかまわずに、さくさくと小さく音を立てさせて、容赦なくつもっていく雪をのけつづける。

一心不乱に、何かをめざして。

こいつが何をしたいのか、ぼんやりとわかった気がした。

「もう……いいよ」

言葉がこぼれた。音声になったかどうかはわからないから、こいつに聞こえたかどうかもわからなかった。

「もういい。もうやめろ」

繰り返して、華奢な白い手に自分の手をのばして止めさせる。冷えきった手は細かい傷でいっぱいだった。

本当はこの手はなめらかで、傷ひとつだってないものだった。温かくてやわらかいはずだった。知っていた。

こいつはふわりと顔を上げ、蒼氷色の瞳で俺を見上げてかすかに微笑った。冷えて玲瓏たる声がひびく。

「この子はね。ここにたった一人でうまっているのよ。こんな、寒くて寂しいところに独りぼっちで眠っているの。そんなの、あんまり可哀想じゃないかしら?」

「おまえも怪我をしてる。血が、こんなに出てる」

傷ついた指先にそっと唇を寄せる。あふれたさきから雪に拭われて、拭われたさきからあふれていく赤い流れを舌でなぞる。その血の冷たさが悲しい。

小さく首を振ってやる。

「もう……いい。その気持ちだけで十分だ、傷の手当をしないと」

血の気の失せた白い頬を指でなぞる。この雪と同じくらいか、もっと冷たく思えるほど、冷えきっている。もう一度首を振って繰り返す。

「もういい。もういいんだ」

そう言ったのに、こいつときたら、困ったように笑って黙ってしまった。……そんな顔をするなよ。何も言えなくなるじゃないか……。

ひやりと冷たい白い手が頬に触れた。やわらかく微笑って、冷たい色の瞳を和ませて優しい声が言う。

「……泣かないで。すぐ、出してあげるから」

すぐに助けてあげるから。

「え……?」

意外だった。泣いているのは、俺?

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