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呼吸がずいぶん落ち着いても、まだ手の震えは止まらなかった。

つかんでいた手がそっと握り返されて、耳元で尋ねられる。

「……怖かったの?」

咄嗟に反応が返せない。唇は動いたが、言葉を紡がない。

「大丈夫よ。大丈夫。……私がここにいるわ」

額と瞼と目許と頬に、唇が触れる。温もりの匂いが、とかしていく。狂った闇色の凍土がゆるゆるととけていく。

最後に軽くキスされて、抱き直された。かたかた震えてる手を取って、優しく抱き寄せられる。

軽い喘息の発作のように繰り返していた浅い呼吸が、ようやく鎮まってきた。ふ、と長く息を吐き出してはゆっくりと細く吸い込むことを繰り返す。

「落ち着いたみたい?」

問われて、無言で小さく頷く。それでも不安で、華奢な手をもう一度握り返す。まだ止まらない震えを意志で押さえこもうとして、あきらめる。優しい声に集中が乱されてしまうから。

「大丈夫……。怖くないわ」

You're all right, beleave me.

何度も繰り返してやさしくささやかれる。

温かさから離れがたくて、寄り添うように体を丸めて目を伏せる。淡い吐息と、心臓の音がすぐそばで聞こえた。

「横になったほうがいいわ。冷えちゃうから」

もっともな申し出は即時に却下する。冷えた肩までシーツを引き上げて、首を振る。

「もう少し……もうしばらくでいいから」

声が震えたのは寒いからじゃない。俺の我儘だ、わかってる。おまえの言うことのほうが正しい。それはちゃんとわかってる。

わかってるから。だから。今だけでいいから……我儘をきいてくれ。具合が悪くて参ってるだけだ。ちょっと心が弱くなっているだけだから。

もう少しだけこのままで。せめて……この手の震えが、止まるまで。

Author's Note

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