戦闘2/イリュージョン入り口付近にて リョウ・サカザキ
そうだ……別に何も思い悩むことはないのだ。今日がたまたま『ばれんたいん』であるだけであって、『ばれんたいん』だからここに来た訳ではないのだ。別にキングが誰にチョコレートをやろうとも、それは彼女の自由というものであるのだし、彼女が用意していたチョコというのもひょっとしたら来店する客へのサービスという完全な義理チョコかもしれないではないか。義理チョコでもいい、営業用スマイルでもいい。ただ、あの笑顔に会いたくて……。
店の前で彼がそんなことを考え続けて、はや30分が経過していた。入店もしなければ立ち去りもしないリョウの姿に、いいかげんひそひそ話でごまかしてもいられなくなったウエイトレスたちが不審のまなざしを向けはじめたころである。
意を決した様子で、それこそ東京タワーから飛び降りんばかりの気迫でもってリョウはイリュージョンのドアをくぐった。
「失礼する!」
「……い、いらっしゃいませリョウさん」
どばん、とドアを開けてきたリョウに、サリーにエリザベスの二人がびびくんと肩をそびやかす。
「リョウさん、手と足一緒……」
「しッ!言っちゃ駄目よ!」
微妙な指摘とツッコミにも、リョウは気づかない。ロバートがいれば、蹴りの一つも入れてやって緊張を解いてやるのだろうが、残念なことに彼女たちは格闘技に造詣の深くない善良なウエイトレスだった。
ぎこぎこぎこ、とカウンターの端に座るリョウに、二人のウエイトレスはどうしたものかと言いたげに顔を見合わせた。
「……あのー、リョウさん?」
「ミネラルウォーターを……え、何?」
おそるおそる尋ねられ、さすがのリョウも彼女たちの困惑した様子に気づいたふうで問うてみる。きょとんとしているリョウに、二人のウエイトレスたちはひじでお互いをつつきあった。
「どうかしたのかい?」
「いえ……その、実は」
「マスター、なんですけど……」
なお問われ、彼女たちはいやいや言葉を紡ぎあった。
「キングがどうかしたのか?」
“マスター”の単語に反応するリョウに、彼女たちはどうにも申し訳なさそうにうつむいた。沈黙しつづけることは、もはや不可能だった。
「そのぉ……さっきまで、いらしたんですけど」
「出掛けちゃって……いないんです……今日はもう戻らないかも」
防音防寒ともに万全の設備を誇っているはずの店内で、ひぃゅううう、という木枯らしの音を、彼女たちは聞いた気がした。
「ああっ、リョウさん泣かないでください!あの、ほら、これ預かってるんですよマスターから!」
「リョウさんがいらしたらお渡しするように、って言われてたんですよー、ほらほら何でしょうねリョウさあん!?」
ほら見てほらっ、ハート型のライスボールですよ良かったですねえ、マスターのお手製ですよ誰でももらえるってものじゃありませんよ、と言葉を尽くして慰める優しいウエイトレスさんsであった。
──リョウ・サカザキ、被害は甚大なれど戦利品(ハート型のライスボール(=オニギリ)弁当)獲得。戦線残留は困難とみなし離脱。