戦闘3/とある公園にて 草薙京・二階堂紅丸

「またユキちゃんと喧嘩した訳?おまえ、よく見捨てられずにいるよな」

「……るせーよ」

ブランコになぞ腰掛けて、頬にくっきりもみじを飾っている京は機嫌悪く煙草の煙を吐き出した。高校生らしい紺のダッフルコートと学生服のままながら、堂々としたものである。

「世間様はバレンタインだなんだって浮かれてんのに寂しいこったねえ、京ちゃん」

グレイの細身のロングコートに身を包んだ紅丸は、普段の彼なら絶対に持ち歩かないであろう、彼曰く『大きいだけがとりえの不格好な』鞄を持っている。中身は説明するまでもなかった。

「バレンタインが悪りぃんだよ今回はっ!」

楽しそうに京をつついていた紅丸は、強く言い張る京の様子に軽く瞬いた。細い顎で促してやると、京は憮然としてコートのポケットから某高級ブランドチョコレートの小さな箱を取り出してみせた。

「……もらっちまったんだよ。目の前で箱にキスなんかしてくれちまうわタイミング悪くユキには見られちまうわ、俺のラブリーな生活メチャクチャだぜちくしょう……あのねーちゃんやっぱり嫌いだ」

まあチョコには罪ないし、男としちゃーもらって嫌な気分もしねえけど、と言いながら、箱を放り投げてはキャッチする。京の手が宙に舞わせた箱を次にキャッチしたその瞬間、紅丸はその手首をつかんだ。

「いていていて!何すんだよ!」

「誰に……もらったって?」

「何だってんだよ、いてえよ離せよ紅丸!」

「誰にもらったかって聞いてるんだよ、っ紅丸コレダー!」

一瞬で、紅丸のさらさらと風になびく金の髪が重力に逆らって天を衝いた。寒い季節である。静電気使いの紅丸も、3割増しで絶好調の季節である。ついでに言うと、京の頭の中には今、ガードという言葉はまったくなかった。

ばりばりばりっ。もろに紅丸コレダーが炸裂する。まともに食らって、京はそのままぼとっとブランコから落っこちた。

「……何しやがんだよ、んの馬鹿紅!」

「ばかよせっ、箱が燃えるチョコが溶ける!」

どなりつつも遠慮なく、かたわら上方にいる紅丸に向かって琴月・陽の構えに入ろうとしていた京を、紅丸の声が鋭く制止する。まずほとんどの技を確認してからでも反応が間に合うという、化け物めいた動態視力と反射神経のたまものだろうか。

炎になり損ねたエネルギーをこぶしのあたりにくすぶらせ、京は機嫌悪く紅丸をねめつけた。

「……おまえ、俺よりチョコが大事なわけね?」

「おまえはおまえでしかないけど、バレンタインのチョコはそれでなくてもくれたお嬢さんたちの思いがつまってるからな。当たり前だろ」

多少恨みがましく言った言葉も迷わず即答されて、京はばかばかしそうにひとつ吐息した。

「そーかいそーかい……。で、わかってんだろ?これくれた相手ってのよ」

地面にあぐらをかいて、京は派手に嘆息した。おまけに紅丸ときたら、妙に傷ついた表情で逆立ててしまった髪を梳いている。まったくもっていい迷惑であった。

「……ったくよお。なーんーで、どいつもこいつもあのおっかねえねーちゃん好きかなあ」

ユキのやつもキングのことスキらしいんだよなー、綺麗な人よねかっこいいよねなんて言いやがるし、俺のほうがカッコイイぞちくしょう、などとほっておけばいつまででもしゃべっていそうな京だった。

髪を梳き終えた細い指を唇に添え、悩ましくため息などついて紅丸はぽつりとつぶやいた。

「おかしいかな。俺が、あの人好きだと」

京は一瞬言葉を見失った。明るく軽く美しく、どこぞのフリーターではないが「楽しんでるぅ?」が身上のはずの紅丸が、くそまじめにどこぞの朴念仁のような台詞をはいているのだ。……それも、どうやらかなり本気で、である。

「別にィ。おかしかねえだろ、おまえらしいよ。けど、おまえ、ダースじゃきかねえくらい女の部屋の合鍵持ってなかったっけ?それバレたら、あのねーちゃんじゃなくても確実に怒るわな?」

京はただ思い出したままに口にしただけだった。他意も悪意もなかったし、紅丸もそれは承知していると思われた。

紅丸の声が、静かな笑みを含んで京の台詞を繰り返す。

「そうだな。彼女じゃなくても、怒るな」

こういう時に、果たして京に何を言えというのだろうか。まーな、そうだろうな、とかなんとかもごもご言ってやって、京は改めてブランコに座り直した。

「……ああ。忘れるとこだったわ、ほらよ」

京が再度コートのポケットに手を入れる。投げかけられたそれが、紅丸の手の中におさまった。

「おまえのだってよ。預かったんだ。……溶けてたら紅丸コレダーのせいだからな、俺のせいじゃねえからな」

そう言ってみた京の台詞など、おそらく紅丸の耳には入っていかなかっただろう。そりゃもう嬉しそうに淡いパールピンクのリボンに唇を寄せている姿に、京は複雑な思いを込めて吐息した。自分にとっては疫病神に等しかったこの箱も、紅丸には女神の微笑に見えるのだろう。

──二階堂紅丸、上機嫌でそのまま戦線離脱。草薙京、あおりを食ってストレス倍増。ぶうぶう言いながらもなしくずしに戦線離脱。



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