戦闘4/路上にて 八神庵

繁華街には、縁が深くない。

人が多くて、騒々しくて、あまり好きではなかった。

だからめったに近づかなかったのだが、それがたまたま立ち寄って、彼女にばったり出会えたのは偶然か奇跡かといったところだった。

なにげなしに足を止め、華やかに飾られたショーウインドウを眺めていた庵は、呼びかけられて振り向いた。

白いプリンセスコートに身を包み、毛足の長い白い毛糸のシンプルなマフラーをかけてキングが笑っていた。

「めずらしいね、こんなところにいるなんて。買い物?」

ブラックレザーのフレアーコートをひっかけ、ざくざく歩いていた彼の姿は確かにグラビアのワンカットのようではあったが、いかんせん真っ赤な髪ときつい目元にそのコート、加えて白い胸元との対比も派手な黒いベロアのボタンダウンシャツに黒のスリムジーンズという極悪なまでの着こなしは、大迫力としか言えなかった。

その大迫力の(あん)ちゃんに、どう見ても華奢な、真っ白なお姉さんが気軽く声をかけているのだ。不運な通りすがりの人々は、この世にも珍妙な取り合わせに神の悪意を見たような気分になったが、なんとなく見なかったフリをした。

「……いや。なんとなくだ。おまえこそ、店はどうした」

「今日は早くから入ってたからね、もうおしまい。弟と待ち合わせしてるの」

彼女の抱えた大きな紙袋に向かう庵の視線に気づき、キングは面白そうに笑った。

「これ?お届けもののチョコレート。バレンタインだからね」

「……ほう」

バレンタインのチョコレート、などという単語が彼女の口から出てくるとは意外だった。そもそも、その風習自体が日本の製菓会社の販売戦略である。ばかばかしい、と言い切るのは簡単だったが、結構楽しそうにしている彼女にそう告げるのも非道なことであろう。

そう思ったので黙っていたら、キングは小首を傾げて笑みを纏った。蒼氷色の瞳が、悪戯っぽい光を宿す。

「ヨオリも欲しい?チョコレート」

反応に困る台詞が飛び出して、庵は沈黙したまま幾度か瞬いた。それを、彼女は庵が気分を害したものと取ったらしい。

「……甘い物、嫌いだった?」

「いや!……そういう訳では、決して……」

微妙に寂しそうな響きの声に瞬時に反応を返してから、何故こんなに慌てなければいけないのか、と自問してみる。無論、答えは出てこなかった。

なだめる表情になって、キングは彼の真っ赤な前髪に指をからめた。軽くひきよせて、優雅に笑ってみせる。

「いいのよ、無理しなくても。『ばかばかしい』、って言うかと思ってたしね」

「……いや、別に……」

どうやら自分の反応は、完全に彼女の予測の範囲内だったらしい。見透かされている、という思いは、不快には直結しなかった。

耳元にかかる金色の髪をそっと梳いて、そのまま薔薇色の頬に手を添える。不思議そうに揺れた、蒼氷色の綺麗な瞳が和んで、庵を映す。

「……」

言いかけて、やめる。

袋の中のチョコレートは、いったい誰が受け取るのか。誰に渡すために、行くのか。

そんなことは、聞けなかった。

鼻先を、金の前髪がかすめていった。軽やかな温もりを庵に残して、キングは笑った。

「今日会えるとは思ってなかったんだけど、会えて嬉しいわ。……ヨオリは寒さには強いみたいだけど、見てて寒々しいからこれあげる。チョコよりは実用的でしょ?」

片手で器用にマフラーをはずし、庵の首にかけてやる。

「一本目だから下手だけど……してみたら結構あったかかったから。家に紺のがあるんだけど、ちょっと編み終わらなそうだからこれで我慢してね」

はにかむように微笑する彼女に、庵は2・3度瞬いた。何も言わないまま、襟元をやさしくくるむ白いマフラーを口元にもってきて、表情を隠すようにうつむいて頷く。

白いマフラーは、やさしい香りがした。

──八神庵、戦利品(手編みのマフラー)獲得。戦線離脱後まる一日、無造作に首にかけたまま。



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