蒼く明るく影はゆれ


 住宅街にある通りは夜ともなると人影がなく冬という季節もあいまってこれ以上ないほど寒々としていた。
 街灯が規則正しく並んでいてその通りを明るく照らし出しているのがかえって寂しさを強調している。

 男はひとりその通りを歩いていた。
 黒いタートルネックのセーターのうえに濃い紺色のジャケットを軽くはおり、ジャケットと同じ素材のカジュアルなズボンを身につけている。
 男はコツコツと音を立てて通りを歩いていく。
 男の影が街灯に合わせて伸びたり縮んだりを繰り返す。

 と、突然、あたりが真っ暗になった。
 男は立ち止まって街灯を見上げた。
 ---停電?
 転じて辺りを見回す。遠くではビル群が赤や白の光を放っているところをみるとどうやら停電はこの辺りだけのごく小規模な物らしい。

 駆け込んでくるなり少年が叫んだ。
「父さん、生まれたの!」
「まだだ、ちっとは落ち着け、影嗣」
言われて一度は畳の上に正座したものの、影嗣と呼ばれた少年は隣の部屋が気になってしょうがないようだ。障子に穴でも開けそうな様子だ。

「こら、影嗣」
たしなめられて少年は伸ばしていた人差し指をひっこめた。
「なんだ、父さん、目つぶってるからてっきり・・・」
少年の様子をみて父親は苦笑した。
「弟がいいのか? 妹がいいのか?」
そう質問してやると、
「弟だよ、ぜったい」
と自信満々といった様子で少年は答える。
またも父親は苦笑を浮かべた。

 父子が待つこと数刻、赤ん坊の泣き声が家中に鳴り響いた。
 産婆が障子をあけ、笑いかける。
「男の子ですよ」
「ほら、言っただろ」
少年は勝ち誇ってそういった。まるで自分のおかげであるかのように得意そうに。

「・・・ということがあったのだ」
 父は口数少ない人間であったが、たまに口を開いてポツリポツリと思い出話をすることがあった。

「ただいま・・・って、あ、親父、また影二によけいなこと教えてるな? 影二、話半分に聞いとけよ」
「帰ってくるなりそれか。・・・変わらん奴だな」
そう言って父は苦笑した。
「なんだよ、どういう意味だよ、影二、何しゃべってたんだ?」
・・・他愛のない会話とともに夜が来る。

 木の枝に座ってぼんやりと遠くからの光を眺める。
「どうしたんだ?」
 突然、背後からこづかれて影二は木から落っこちそうになった。慌てて影嗣が影二の腕をつかむ。弟が平衡を取り戻してから、
「まだまだだな」
と影嗣は言った。辺りは暗かったが、影二には影嗣がニヤリと笑うのが分かった。

「何を見てるんだ?」
「街のほうを・・・」
影嗣は影二の見ている方を自分でもうかがった。
「あのビルをか?」
「あの下ではどんな生活があるんだろう?」
影嗣は弟をまじまじと見た。
「お前の口からそんな台詞が出るとはな」
影二は兄を見上げた。
「よし、お前、大きくなったらあそこに行け」
「でも・・・父さんみたいに・・・」
「は! "忍者"なんて時代錯誤の流行んねぇ職業、やめちまえ、やめちまえ」
「でも・・・」
「分かってねぇみたいだな。・・・いいか? うちは忍者の流れを組むったって下忍も下忍の家柄だ。そりゃあここの頭領みたいな家系ならいやがおうでも忍者くんだりにならされちまうかもしれねぇが、うちみたいなのは一人が継ぎゃあ義理は立てられるんだよ。人数が減ってかえって喜ばれるかもしれねぇ」
「人数が減るのがいいの?」
「ジンインサクジョってやつよ。ま、お前にゃわかんないことがあるってことさ」
「兄さんはどうするの?」
「俺か?」
影嗣はまたニヤリと笑った。
「俺は忍者になって街に住んでるお前ん所に突然現れて驚かせてやる」
「悪趣味だな」
「こいつ、アクシュミなんて言葉、どこで覚えたんだ。ま、いいさ、言ってろ、言ってろ」
 影嗣はそこで快活に笑った。

"うまい飯用意して待ってろよ"
 冷たい風がざわざわと木々を揺らす冬の晩、そう言って影嗣は父とともに去っていった。

 それっきりだった。

 任務は難しい物だったらしく、かかわった里の者の半数が命を失った。

 影嗣と行動を共にしていたという男が影二を訪れた。
 それによれば彼の最期の言葉は「影二、すまん」だったそうだ。

 街灯が2,3度瞬いてパッとついた。
 眺めていたビルの光がさっきほど明るくは見えない。
----感傷、か。

 男は人知れず苦笑を浮かべるとまた歩き始めた。

1997年12月25日

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