君の生まれた日に、戦場にて
BAD COMMUNICATION 2nd


For クリスマス誕生日軍団用突貫企画、Go!!
某「BAD COMMUNICATION」より、ロバートでGo!
バッドコミュニケーションなのはきっと父と息子ね。

でもあんまり「お誕生日」じゃないのぉ(涙)。
ロバートよりアルバート様(ろばやんパパ)のが強いのは
きっと当然僕のせい……。
ああ……お目汚しでごめんなさいです。



 12月も、残り少ない。
 寒い季節ではあったが、寒いときに寒いところで寒い思いをするような性格では、彼──ロバート・ガルシアは決してなかった。更に平気でバカンスに出られる財力があるところが憎たらしい。この年末のクソ忙しい時に、とリョウあたりが地団駄踏んでいそうだったが、彼にも理由がある。
 なんてったって、彼は天下の『ガルシア財団』の御曹司である。ロバート自身は嫌々なのだが、気づいた時には父・ガルシア財団総帥アルバートのバカンスのお供を兼ねて、財界トップの集うクリスマスパーティに出席することに「させられて」いた。
「まだまだ修行が足りんな、わいも……」
 ふっ、とため息などついてみる。彼なりに苦労は尽きないのだった。
 年末から新年にかけてはずっとここ──南フランスに滞在する予定だから、改めてサカザキ一家を招く事にしている。航空チケットを手配してしまった以上、物をいたって大切にする家風の彼らがよもや嫌とは言うはずはなかった。それに、あの家庭で最も基本的発言力が強いのは、若くて好奇心旺盛なユリなのだから。
「早よ来てーな、ユリちゃん……」
 切なくつぶやくロバート・ガルシアであった。
 うかうかしてはいられない。暢気にしていれば、あのオヤジは去年に引き続いてダースでも足りないほどの良家のオジョウサマとの縁談を持ってくるに違いないのだ。さっさと身を固めるように、とは成人した年から言われ続けているし、今年はまた一段といやあな予感が彼を包んでいた。
 本当のところ、パーティに間に合うようにユリに来てもらい、ドレスアップしてもらった一家ごとパーティに参加してもらっておいて、リョウとタクマの耳に入らぬよう(本作戦上の最重要事項であった)父、アルバートの前で「わいには固あく心に決めたお嬢さんがおるんや」と言っておけばかなり強力な牽制になったのだが。
 いかんせん、サカザキ家の家長が施す躾は非常に厳しく、曰く大掃除も終わらぬうちから海外旅行など言語道断という某鬼師範の一言はすべてに優先した。
 タクマがそう言った以上、どれほど早くとも大掃除が終わるまで彼らがこの地を踏むことはあり得ない。ここより遥かに寒いであろうサウスタウンへ飛んで帰って、大掃除を手伝ってやりたいくらい彼は追い詰まっていた。
 ある意味、ロバートが世界で一番好敵手として尊敬し、また畏怖しているのはこの父上であった。人のいい笑顔の下で何かを企んでいるのが良くわかってしまうところは実に血を分けた親子なのだろうが、相手の思考を自分の手のうちにある方向へと向かわせるよう、ごくさりげなくも確実に導いていく手腕のキレといったら、息子より更に辛辣かつ悪辣かつ鬼のようであった。
「まだ、わいじゃ勝てへんからな……。あと5年欲しいで、くう!」
 くわーっ、どないしよどないしよ、と頭を抱えてつぶやいている真剣極まりないロバートなどそうそう見られるものではない。もし極限流の門下生が目撃すれば、彼らはそれを気の迷いの一言でむりやり片付けようとしただろう。暇さえあれば言葉遊びのようにリョウや門下生をおちょくって、全戦全勝負け知らずのロバートなのだから。
「ロバート様!お目覚めですね」
「はいよ、バッチリ絶好調やで♪」
 同じくお供の執事がドアの外から呼びかける。突如の呼びかけにも、内心の高速演算を隠しおおせたけろりとした声音で返してのけることができるあたり、彼はなまなかな同世代では相手にならないほどの十分な切れ者であったのだが。彼の倍の年月を生きるうえ、なまなかどころの騒ぎではない恐怖のお父上に対抗するにはまだまだ力が足りないことを、一番精確に理解してもいたのだった。
「朝食がおすみになったら共にミサに出席するように、との旦那様のお言葉でございます」
「はいはい、今行くって言うといてな」
 幼少のころから世話になっている勤勉かつ真面目な老執事に答えてやり、ロバートは十分押し殺したうえで盛大なため息をついた……。


 一応、先祖代々敬虔なクリスチャンの家系である。故に、教会へ行くことに違和感やためらいは全くない。静かで神聖なものを内包する空間は決して嫌いではなかった。そう、一歩聖堂に入ったとたん「はめられた……!」と感じるまでは。
 どう見ても地元民ではなさそうなバカンス客で埋め尽くされた堂内部は、朝もはよから色とりどりの女性たちの軽やかなさざめきに満ちていた。
「……オヤジ?」
「ほほー、これはまた美人さんが大勢おられるな。晩のパーティにお見えになる方も多い、これは朝から目の保養になる」
 ゆるうり、と同じ程度の高さにある父の顔を見やるが、息子の問いも視線も、気づかないフリで黙殺された。
 そのまま付き合いのある人々への挨拶に行ってしまった父のさりげない先制攻撃から今回の決意の程をかいま見てしまったロバートは、緒戦でいきなりもろにダメージをくってしまうという失態を演じてしまったのだった。まさか教会で仕掛けてくるとは思っていなかった彼の油断だったが、痛恨の緒戦完全敗北には変わりはない。
 精神的戦線の総崩れは辛うじて免れたものの、ひとつめの勝利が既に父のものであるのは不動だった。
 ガルシア家の長男(独身24才適齢期)は、周囲の女性たちからちくちくと飛んでくる視線を感じながらも隅の席にどっかり腰を下ろし、小声で短く悪態をついてから平然と手を組み合わせて頭をたれた。彼はいたって敬虔にクリスチャンであった。
「あれえ、ロバートさんじゃないですか」
 声をかけられるまで相手に気づかなかったところが、ロバートの受けた精神的打撃の深刻さを物語っていた。
 だが、ロバートの記憶層に彼の個人的V.I.P.として記録されていた情報と、聞いたことのある涼やかな少年の声の照合が終了するやいなや、彼は起死回生の策の可能性を導き出していた。
「おー、久しぶりやね、元気でやっとったかいなジャン君?」
「おかげさまで」
 にこー、と笑って答える、プラチナブロンドと濃藍色の瞳の希有な美貌の少年。その彼ににこー、と笑い返してやりながら、既に彼の思考回路はフル回転のピークを過ぎてある作戦を弾き出していた。
 イングランドにて、美貌の保護者と暮らすはずのこの少年が、単独で南フランスになど来ているはずはなかった。必ず、彼の女性が一緒にいるはずである。で、あるならば。
「……一人かいな?そんなはずないなあ、お姉さんと来てるんやろ?」
 それはかなりの高確率で事実であるはずだったが、ロバートは微妙に手に汗を握った。父の作戦を打破し、まんまと父の策に乗せられてしまったこの状況をひっくりかえす為には、どうしても彼女の存在と協力が不可欠だったから。
 そしてジャン君が小首などかしげて不思議そうに頷く姿に、ロバートはリターンマッチの戦略的勝利を確信したのだった。


 かくして、パーティは開かれた。
 父よりクリスマスと誕生日のプレゼントであると称して贈られた某最高級紳士服ブランドのタキシードに身を包み、背中に流した黒髪を緩く編んでいるロバートは、そのネームバリューに加えてエキゾチックなルックスで会場内のご婦人方の注目の的であった。笑いさざめいておられるご婦人方の視線や投げかけられる笑顔を、邪険にならないよう必死に抑制しながらもかなりいい加減に対応していた彼は、割と本気で焦っていたのだった。
 遅い、遅い、と繰り返し口の中でつぶやいて、極力父を初めとする人との接触を避けるように人波の中を泳ぎ回っていたロバートは、目当ての姿を見つけるとようやく表情をほころばせた。
 安堵の思いを込めて笑いかけ、手など振っては間の人をかきわけかきわけ、現れた人影に近づく。やたらな人込みに飲み込まれそうになっていた向こうもロバートの存在に気づいた様子で、ほっとしたように微笑みかけてくる。
「来てくれたんか、ありがとさん!ほんま、すまんわ」
「ううん、いいんだけど……すごい人だね、さっそく弟とはぐれちゃって……」
 あたりを見回し、キングは心配そうな顔をする。
 豪奢な黄金の髪と白磁の肌、薔薇色の頬に凍てついた蒼星を写した一対の瞳。理想的と言えるプロポーションを、ボディラインにぴったりそって、また肩と背中の大きくあいたマーメイドラインの純白のドレスで包み込んだモデルもかくやの美貌。加えてまた重要なことに、そのへんのえせオジョウサマなど及びもつかないであろう知性と品格。
 父・アルバートをしてであっても、そうそううかつなことは言えないであろう炎のようなこの女性が、この南フランスの地にいてくれたことを、彼は神に感謝した。
 教会でジャン君に会ったあと、ロバートはその利発な少年を経由して彼女に大芝居の依頼を打診したのである。打ち合わせなどする時間はなかったからぶっつけ本番ではあるが、これを無事に乗り切らねばロバートに明るい明日はあまりない。取り返しのつかないような失敗だけは許されなかった。
「ほんま、わい、まだ結婚なんてしたないねん。すまんけど、ひとつ頼むわ」
 声を低め、キングの耳元のピアスを直すふりなどしながら重ねて依頼すると、キングもわかったもので、ロバートの胸元に咲いている一輪の赤い薔薇を直してやりながらささやきを返した。
「オッケー。わかってる、協力するよ」
「サンキュウっ」
 はたから見れば仲睦まじい美男美女のカップルなのだが、本人達に言わせれば悪友以外の何でもない間柄の二人である。交わし会った完璧な笑顔の下で、二人はお互い以外には決して計り知れないであろう表情を浮かべたのだった。


 会場のご婦人方がプラチナブロンドの小さな紳士を3重に取り囲んできゃあきゃあ言ってくれているうちに──全くもってこの少年は役者向けであった──、美貌の女性を伴ったロバートは自ら父の前に進み出た。
 余裕しゃくしゃくといった感じのアルバート氏と、表情穏やかながら内面の戦闘態勢は万全に整っているその息子の、良く似ていながら全く異質なオーラは静かな闘いの色を帯び、触れ合った部分からは火花が散りそうな迫力であった。
「紹介したい人がおるねん、オヤジ。……これが俺のオヤジ、アルバート・ガルシアや。んで、こちら……Miss.キングや」
「こんばんは、初めましてお嬢さん。これの父です、息子がご迷惑などおかけしておりませんかな」
 恭しく頭を垂れ、キングの白い手を取って軽く口づける。さりげなくも王侯貴族のような、完璧な仕草に非の打ち所は全くないといってよかった。キングも優雅にそれを受け入れ、さやかに微笑む。まるで何処かの姫君のようであった。
「迷惑だなんて、とんでもないことですわ。いつも、彼にはお世話になっておりますの」
 隣のロバートをちらりと見上げ、キングは品よく笑ってみせた。アルバート氏のさりげない第一撃は、その笑顔に綺麗に受け流された形になった。
 アルバート氏は楽しそうに口元をほころばせた。彼にとって他者との会話とは一種の知的ゲームなのであろう。
「息子は良いお嬢さんと知りあえたようですな。いや、善哉善哉」
 彼の一対の瞳は、繊細とさえ表現できる美貌の女の裡にある激しい炎を見て取っていた。だからああも嬉しそうな表情をするのだろう。この上品な紳士を相手に手ごたえのある会話ができる人間など、そうは多くなかろうから。
 穏やかな視線と表情で、アルバート氏はどこまで見抜いているのか。そう考えて、キングは背筋にうそ寒いものを感じた。
 そういう抜き身の剃刀に似た得体の知れない鋭さはロバートにも共通だったし、彼も表に出したりは決してしなかったが、アルバート氏は息子よりも遥かにそれを目立たせない術を心得ているようだった。
 狐と狸と最強の虎の不毛な化かし合いは延々と続きそうではあったが、幸いにしてアルバート氏は極めて多忙な身の上であった。礼儀正しく会釈をすると、アルバート氏は完璧な身のこなしでもって踵を返した。
「きちんとお送りするんだぞ、ロバート。ガルシア家の家訓は……」
「“レディを二本の足で歩かすな”、やろ?承知しとるよ」
「うむ」
 満足そうに頷いて、今度こそアルバート氏の姿は人込みの中に飲み込まれていった。
 後ろ姿を見送ってため息をもらし、ロバートは首を鳴らした。ゆっくりと精神の緊張を解く。
「テラス出よか。冷たい空気が吸いたいわ」
 隣のキングを見て、始終抱いていた肩から一度手を離す。彼女よりも半歩早くテラスへ向けて歩を進め、顧みて会釈し、手を差し伸べる。
「お手をどうぞ、レディ?」
「ありがとう、ムッシュウ」
 にっこり交わされた笑みは勝利を信じるそれではなかったが、上々の戦績を上げられたことは確実だった。
 2戦目は引き分けというのが妥当であろう。無理に勝利を追求して致命的なミスを犯す訳にはいかなかったのだから、引き際を心得るのも肝心だった。それにアルバートを牽制できれば今回の作戦は十分成功なのである。その意味では喜んで良かった。
「とりあえず、乾杯やね」
「そうね、それと……お誕生日、おめでとう」
「……ありがとさん、ほんまに」
 白い頬に軽くキスすると、同じものが帰ってくる。ほの明るい中で柔らかく笑いあい、途中、取ってきた赤ワインでもって、二人は乾いて冷えた空気の中で乾杯などしたのだった。
 グラスの触れ合う、ちん、という冴えた音が、軽い余韻をひいて夜空に吸い込まれていった。


 新年の休暇が終わり、ロバートたちはサウスタウンに帰ってきた。アルバートは一足早くイタリアへ戻り、キングとジャン君もロバートたちと一緒にちょっとしたハイキングや小パーティなど楽しんだ後、同じ日に帰国の途についている。
 しばらくご無沙汰していた道場の床のきしみ具合が、耳に心地よい。その音を楽しむように、軽く跳躍したり受け身をとってみたりして遊んでいたロバートは、イングランドから国際電話がかかってきた旨を告げられてきょとんとした。
 取り次いでくれたのがリョウでもユリでもタクマでもなく門下生の一人だったのは、後から思うと不幸中の幸いというものだったのかもしれなかった。
「はいはい、わいですけどー……どないしたんや?」
『もしもしロバート!?……さっき帰ってきたんだけど、帰ってきたら大変なことになってるのよ!』
 キングらしからぬほどの、ずいぶんと切迫した様子である。ロバートは、自分の中でいやあな予感が急速に形になっていくのを薄々感じた。
「……なんか、あったんか」
『荷物が届いてて、ムッシュウ・アルバート・ガルシアから!』
「やっぱりオヤジからかい!?……うわー、すまん、やぶへびになってもた」
 彼女が口にするより早く、ロバートは荷物の正体に思い当たってしまった。悲鳴のようにキングが告げる事実の前に、彼は天を仰いだ。
『ウエディングドレスが入ってたのよおおお!!』
「……あああ、あンのくそおやじが!何っちゅーことしてくれるんや!?」
 電話線越しに二人がパニックを起こしている頃、リチャードジノリのデミタスカップで食後のコーヒーを楽しんでいたアルバート氏が一人ほくそ笑んでいた、か、どうかを彼らが知る由などなかったのだった。
「戦術的勝利が相手に与えるダメージを馬鹿にしちゃいかんな、ロバート」
 後日そう息子に語ったアルバート氏は、実に嬉しそうであったという……。