癒しの雨

とっても悲惨な庵、死にバージョン。

97’の展開がまだ分からない私ですので、オフィシャルでは死なないらしいと
知りつつも、キーワードを使う為に庵に死んでもらいました。

(それじゃあ、残りのオロチはどうなるんだ?)

もちろん、私個人としては彼に生きていて欲しいです!!

改心して京と友人になるのも良いですね。

友人になっても喧嘩ばかりしてそうですが…。(^_^;

雨が好きだ。

暗く重い空から降ってくる細かな雨の感触が好きだ。

その空よりも暗い気分を引きずって歩く彼を慰撫するように、髪や肌を濡らしていく冷たい雨が。

騒々しい街中を彼は傘もささず雨に打たれ歩いていた。

人目を引く赤い髪も着ている服も既にかなり濡れている。

それを気にする素振りも見せず、又、目的地へ向かって急ぐでもない足取りで歩いていく。

その彼が、ふと立ち止まった。

街角に掲げられた大型液晶ビジョンから流れる映像…。

昨年のKOFのハイライトだろう。

そしてアナウンサーが今年の参加者名を読み上げる。

「日本チームは草薙京、二階堂紅丸、大門五郎選手が出場します…なお、シード選手として八神庵選手がエントリーされています…」

無表情にそれを聞いていた彼も続いて自分の名が読み上げられたのを聞き、少しばかり驚いた様子だ。

「あの女…性懲りもなく…。ふん…まあいい。京、お前が出るというのなら…」

一人つぶやきながらその場を離れ雨の街へ消えていった。

● ● ●

KOF97'、大会当日。

快晴の空の下、歓声と、選手への声援でスタジアムが沸き返る。

「New Challenger!!」アナウンスが告げる。

(来たな…八神!)

順調に勝ちあがってきた草薙京の前に彼が現れた。

本来ならチーム制のこの大会に単独で参加することは出来ない。

だが、今年は主催者のちづるの計らいで例外ができたのだ。

エンターティメントとしてはなかなかのものだろう、反対するスポンサーもいなかった。観衆の期待はいやが上にも高まっている。

(見せ物としては最高だろうさ…。この闘い…遊びじゃねえぜ。八神…これで満足か?俺とお前のどちらかが、ここで…)

約660年前からの長きにわたって続けられて来た、草薙、八神の争い…

その対立を嫌い、争いを避けてきた観のある京だったが、今回は違った。

今では分かっていた。

八神の避けがたい運命…その宿命に彼が取り込まれようとしているのが。

そうなれば彼を待っているのがどんな結末なのか。

彼自身それは良く知っているのだろう。

その上でなお、京に挑む…その裏に隠されたものが何なのか。

京にはそれが解っていた。

だからこそ、どれ程避けたいことでもやらなければならなかった。

それが彼の望みであれば。

しばらくぶりで顔を合わせた彼は心なしか痩せたようだ。

もともときつい顔立ちが、一層、翳りを帯びたものになっている。

その様子に胸を突かれる思いがする。

だが、その目は凄惨な光に満ちている。ただ、京を倒すためだけにここまでやってきたのだ。

「決着をつけようぜ、八神!」

「京…お前の死をもってな…」

ふいに視界が翳った。

(くそっ…!こんな時に…)

声をたてる間もなく、辺りに闇が訪れる。

音もない。自分自身の身体さえ知覚できない。

全ての感覚から遮断され、ただ自分の意識だけが漆黒の闇に取り残された。

もがこうにも手足が無い。

わめこうにも口も喉も無い。

およそ考え得る限り最悪の牢獄だ。

己が頭蓋の中で、どこへも辿り着けず、堂々巡りをしている微細な電気信号、それが今の自分の全てなのだ。

(落ち着け…)

これが初めてというわけでは無かった。以前にもこの症状は現れた。

そしてその状態が何日も続いたと思われた頃、唐突に感覚が戻るのだ。

それは実際にはごく短い時間であった。

だが、そう思ってもこの闇…意識だけの暗闇に気が狂いそうだった。

独りは慣れていた。普段からあまり人付き合いの有る方ではなかったし一族の中でも時期当主であるという立場から誰からも一歩距離を置いた対応をされた。

彼を理解してくれた者、大切に思っていた者も早世してしまった。

(孤独には慣れている)

そう思っていた。だが、それでもこの闇よりはまだましだった。

彼には目的があったからだ。

草薙京を倒すという…。

(京…)

心の闇に鮮明に京の姿が浮かんでくる。その闇を照らす炎の色も。

その炎の方角に意識を向ける。

(京…?そこに居るんだろう?…答えろ…京!)

(何だ!?)

身構える京の前で突然に八神が吠える。

およそ人間のものとも思えない獣の咆哮のような狂おしい叫び。

瞳に宿る光が尋常でない。

ちり、と首筋の毛がそそけだつ。

禍々しい気配だ。

(まさか、これが?!血の…暴走!)

「八神ィ!!」

彼の呼びかけに気付く気配はない。

ただ獲物を見極めた獣の目で京を見やる。

京に狙いを定めた野獣がするすると前進する。異常なスピードと鋭さをもって打ちかかってくる。

「くそっ…!」

攻撃を受け止めるどころでなく、飛びすさるのが精一杯だった。

(やるしかないのか…!)

この期に及んでもまだ迷っていた。どうにかして彼を助けてやりたい、何か方法があるのではないかと、一縷の望みを抱いていた。

だが…こうなっては最早、仕方がない。

京が恐れていた事態に否応なく、決断を迫られた。

(やってやる!他の誰でもない、俺がお前を…)

「解放してやるぜ、オロチの血から。それがお前の望みなんだろ!」

迷いを捨て、一撃必殺の気迫で攻撃に転じる。

その殺気にも怯むことなく、彼が地を蹴り、突っ込んでくる。

恐れも躊躇いも持ち合わせていない、暴れ狂う獣だ。

「受け取れ!これが最終奥義…三神技の壱”無式”!」

炎をまとった京と八神がぶつかり合う。

瞬間、二人が共に炎にのまれ、炎上したかに見えた。

そして…。

闇が現れたときと同じに唐突に感覚が戻った。だが、それは激しい痛みとショックを伴って彼を襲った。

訳が分からないうちに、身体の方は素直によろめき、地に崩れた。

(何…だ。何があったんだ…)

薄れそうな意識に声が届く。

「八神!!」

誰かが彼を助け起こそうとしている。

「…京?」かすむ目に京の姿が映る。

(そうか…俺は…負けたんだな)と思う。

「八神?八神なんだな?」言いながら、彼の身体を探り、傷を改めている。

その動作がびくりと止まり、悲痛な顔つきになるが、彼には分からない。

「又…お前に勝てなかった…か」

京が彼の言葉を制する。

「もう話すな。すぐ診てもらうから…医者を…」

彼は直感的にその言葉にこもる絶望を嗅ぎ取る。

「何故…俺は…死ぬのか…」

「な…何言ってるんだよ!そんなわけ…俺はそんなこと許さねぇ…勝手に死んだりしたら、許さねーからな! お前は俺の、ライバルなんだろ?!」

京の言葉に、口の端に自虐的な笑みを浮かべながら答える。

「分かっていたさ…京…」

いつかはこうなる気がしていた。こうなる運命だったのだと素直に納得出来た。

”血”の恐怖に捕らわれた時から、それは予感としてあった。

やがては誰かに殺される身の上だと、覚悟していたのだ。

それが京ならいいと思っていた。

そして彼にとっての京の存在、それがどんなものだったか。

言葉に表すことは出来なくても、いつも分かっていた、そして気づかない振りをしていた。

常に彼の中にあって押し殺されてきた想いが、翼を得て飛び立つのを深い安堵をもって感じ取る。

今まで無理に封じ込められ、打ち消されていたものが、ようやく自由になれたのだ。

(俺はお前を憎んではいなかった。お前に解ってほしかった。俺という人間を。俺はお前が…)

口に出すことは出来なかった。だが京の目に映ったのは、今まで彼が見せたことのない曇りのない暖かな笑みだった。

子供のような。

古い友人に対するような。

「八神…俺は…こんな…こんなこと、望んじゃいなかった…俺は…」

(言わなくても分かっている…そういう奴だ、お前は)

京の目を見上げながら、心の中で言う。

その間にも”あれ”が彼を支配する時のように、周囲が暗くなってくる。

だが、感覚はまだ残っている。彼を支えている京の腕や、彼の手を握りしめている指の感触も判別出来る。(暖かい…)

ただ、辺りが寒くなってくる。

強い眠気が襲ってきて、どうしても抗えない。

かまわない、京が側に居るなら、きっと起こしてくれるだろう。

だから今は眠らせてくれ。

「京…後で…起こしてくれ…」

「八神…!」

そしてこの天候だというのに、彼の顔に雨が降りかかる。

奇妙に熱い雨が、彼の閉じた瞼を濡らしていく。

「八神…八神…?!」彼を呼ぶ声が遠く、かすかになる。

次第に暗さと冷たさを増す世界の中で、その雨を頬に受けながら、

彼は初めての深い安らぎを感じていた。