こたつのある風景inギースタワー

窓の外に降り積もる雪のように、リッパーの机の上には刻々と決済を待つ書類が積もっていった。リッパーはその卓越した事務処理能力でもって、超人的とさえ思えるほどの速度で書類かきを行っていた。

絶え間なく増殖し続ける書類の前に彼は無上の善戦をしていたが、それもそろそろ限界であった。彼の事務処理能力をもってしても対処しきれないほどのスピードで増えていく書類に対し、防戦一方に回ることを余儀なくされて久しい。それが何かのきっかけで総崩れを起こすのは時間の問題かと思われた。

彼は遂に一声叫んだ。

「どいつもこいつも何をしていやがる!!」

ギース・ハワードの執務室。

懐かしの石油ストーブの上で、やかんがしゅかしゅかと湯気を噴き出していた。

背中に『覇我悪怒』とか書かれた、察するに日本の「ヒケシ」と呼ばれた職業に従事していた者達のユニフォームを意識したと思われるデザインのドテラコートを着込み、コタツヒーターシステムに下半身をおさめ、ザイスチェアーにもたれてギースはぼけっと300インチの巨大モニターを眺めていた。

「ビリー、お茶」

「ホッパー、お茶」

「……出たくないですぅぅ」

「ビリー、みかん」

「ホッパー、みかん」

「……外寒いですぅぅ、ついでにこれは俺のですぅぅぅ」

三人してとろけかけていた、そんな時だった。

ドバーン、と執務室のドアが蹴破られる。何事かと視線を転じると、そこには山のような書類をかかえ、肩で息をするリッパーが立っていた。サングラスでその表情は定かでないが、さすがに面々は顔色を変えた。

「……リッパー」

三者の声が三様の声音で一つの名前を呼ぶ。一抹の罪悪感と共に。

どかかかかっ。耳たぶの皮一枚、髪の毛一筋を切り裂き、ナイフが数本ギースの背後の壁に突き立った。それぞれ、かなりの枚数の書類を貫いて。

「あー、大事な書類に穴あけて……」

ホッパーがつぶやくなり、その手の中の、わざわざ日本から取り寄せた温州みかんの最後の一つにザクッとナイフが突き刺さった。ヒィ、とばかり声も出ずに固まったホッパーに、ビリーは声と手こそ出さなかったが、視線で「この、とんちき!」と罵声を浴びせた。

そんなやりとりを無言で見届け、リッパーは改めてギースをヒタと見つめた。サングラスの向こうの目がシャレにならなく怖い。

「……場所は変えなくて結構です。残りもお届けに上がりますので、昨日までのその書類!!!……今日中にハンコください」

こくこくこく、とギースはうなずき、傍らでぬくぬくしている側近に手を伸ばした。

「ビリー、ハンコ」

「ホッパー、ハンコ」

「ギース様のハンコの置き場所なんて知りませんようぅぅぅ」

ぐるっと回って返ってきた答えにギースは機嫌悪く眉をしかめた。めっちゃ泣きの入っているホッパーの声を受け、リッパーの氷の視線を押しつける相手を発見した喜びを押し隠すとご機嫌斜めを装ってひとりごちる。

「……まったく、どこのどいつだ?ハンコ決済にしたのは」

「「「ギース様です」」」

「…………」

三人三様の声で即座につっこまれ、思わず無言になってしまうギースであった。

なぜ、総帥たる自分の立場がかくも弱いのか?

短く自問すると、解答はすぐにもたらされた。

答え:これもコタツという誘眠装置が頭の回転をすっかり腐らせてしまったせいに違いない。うーむ、おそるべし、コタツヒーター。だから日本はあなどれん。

「……サインでも結構ですから」

別の事に考えを飛ばしてしまったと思しきギースが一人で頷いているのをため息混じりに苦々しく睨んでいるリッパーの様子をうかがいながら、ビリーとホッパーはおそるおそるコタツを抜け出し、その傍らを抜けて這っていこうとしていた。上司を生け贄にこの場を逃れようという非道な行為――もとい素晴らしい作戦だったが、敵はそれを見逃すような人間ではなかった。コタツに入っていなかった分、リッパーの洞察力は心なしか倍増しているように思われた。

二人の鼻先をかすめ、二本のナイフが絨毯に突き刺さった。ホッパーの鼻の頭から、たり、と血が流れる。二人はリッパーの声で「あ、手元が狂った」などという空恐ろしいつぶやきを聞いた気がしたが、気がしただけだと思い直して聞こえなかったフリをした。こういう時はさすがに気が合う。

しかし、今度こそ空耳ではない明らかなリッパーの声が、空を裂いて容赦なく彼らを打った。

「貴様らもだ。ビリーは外回りッ、ホッパーは俺と一緒に書類の決裁ッ!!さっさと始めろ!!!」

「諒解!!!」

二人は転がるように出て行こうとしたが、リッパーは何故か眼光鋭く制止の声を上げた。

「待て!」

「ひゃい!?」

ホッパーがまた威勢良く裏返った声で叫んだものだから、ビリーは自分の悲鳴を飲み込むことに成功した。だるまさんが転んだ状態で足止めをくらい、恐る恐るくるぅりと振り返る二人に、リッパーはいつにも増した低い声で静かに言った。

「ドテラは脱いでいけ」

こくこくうなずき、脱兎のごとき勢いで二人が飛んでいくと、ギースは不機嫌にサングラスを直しているリッパーを見上げてそっと手招いた。

「リッパー。喉が渇いたのだが」

サングラスの向こうからギースを見下ろすその視線がギラリと剣呑に光った。

「……わかった、自分でやる」

「いえ。お濾れしますよ」

ポットやら茶道具やらをコタツの傍らに運んでくると、リッパーは自らもコタツの傍らにすと、と膝をついた。完璧な作法でもって『大悪党』と書かれた湯飲みに茶を注ぎ、拗ねかけた主の前にす、と差し出してやる。

「慣れないことをさせて火傷でもされたらたまりませんからね」

「私が火傷したら仕事が増えるしな」

部下の皮肉を軽くかわしてお茶を飲み下し、ギースは物足りなさを感じて小首を傾げた。今一度リッパーを見上げる。

「リッパー……」

言い終わるより早く、ことりと小皿が差し出される。少し厚切りの、みかん同様日本直輸入のトラヤの本煉羊羹が二切れ、楊枝を添えられて乗っていた。

「小腹のお空きになる頃かと思いまして」

「……できた秘書だ、お前は」

「おそれいります」

小皿を手に取り、幸せそうに楊枝をつまむギースの賛辞に平然と頭を下げるあたり、至っていい根性をしていると言わねばなるまい。『類は友を呼ぶ』とはよく言うが、はたからそんなことを言われたら、両者そろって力いっぱい首を振るだろう。

実のところ、そんな部下に「まるで面倒見の良い母親のようだな」と言いかけたのだったが、そうしなかったのは非常に賢明な判断であり、やっとのことでギース・ハワードの頭もコタツの呪いから解き放たれつつあった。コタツヒーターシステム、破れたり。

秘書が行ってしまうと、ギースは壁からナイフを引き抜いてしぶしぶ書類を集めはじめた。とすとすと書類をそろえながら、ふと手を止める。

「来年は掘りごたつもつけよう」

何やらうきうきとしたつぶやきが有能な秘書に聞こえなかったのは、ハワード・コネクションの平穏のためにはすこぶる幸いであった。

(了)

平成10年5月30日初稿・同6月13日最終稿

Non-Author's Note

去る1998年5月30日0時23分.

とつじょ思い付いたわたくしSousuiは掲示板に書き込んだ.

ギースはこたつを持っているだろうか?

持っていそうだ.

そして冬になると怠け者になるんだ,きっと.

それを受け,同日2時47分に10分足らずで執筆され,書込まれたのが群青さんによる,「こたつのある風景inギースタワー」初稿である.

直後,Sousui,群青に駄々をこねる.

「この話,捧げてー」

群青,予想外の展開に慌てる.

「ちょ,ちょっと待って.もうちょっと整えさせて」

翌31日,Sousui,改版第1稿を受け取る.

厚顔なことに,Sousui,それにつっこみをいれて返送.

それに再び群青さんが手をいれ……

結局,6月13日の最終稿まで都合5回の改版を重ねてできたのがこれである.

いやぁ,駄々はこねてみるもんである.


またも季節外れっすね.これは私の思考の突拍子の無さが原因だけど.

けっこう最終稿までに時間がかかってしまったのは,両者の文章のスタイルが違うせいではないかと思われる.

群青さんは豪奢な文章を書く人だ(と私は思っている).

に対して,私ときたら余裕のない文章を書く人間だ.(と「わしてん」1章の後に気付いた)

もちろん,必殺技「つっこみ」および「つっこみ返し」も原因ではあるのだが.


いや,そもそもなんでつっこみいれちまったかというと,ギースがあまりにも弱かったからなんですね.ああ,哀れ.1ギースファンとしてはこれを浮上させたいのが心情.けど,原作者の意向もある.ああ,困った困った.

と思いつつ,やっぱりつっこみいれてしまう俺はきっと恩知らずなのであろう.

面白いことに,群青氏の書くリッパーは群青氏に似ている.いえ,別に恐ろしいところがではないですよ,けっして.親しい人にはついつい世話を焼いちゃうところが(たぶん).

ちなみに,ギャグ限定ですが,私の書くギースは私にそっくりです.