扉を開けるとそこに階段があった

サウスタウン在住ビリー・カ−ン氏は家に帰ってくるなり目が点になった。

「こいつは……」

「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい」

「ただいま、リリィ……って、それはいいんだけどよ。この巨大な階段状のものは何なんだ?」

「え?お兄ちゃんも知らないの?てっきり、お兄ちゃんが知ってるんだと思ってた」

部屋の半分ほどを占領している謎の物体を迂回して妹のほうに向かいながらもビリーの目は”それ”から離れない。

「いったいぜんたい、どこからこんな物持ってきたんだ?」

「送られてきたの。お兄ちゃんのボスから」

「俺に?」

「ううん、わたしに」

「あの方からお前に……?」

リリィは困ったような表情を浮かべている。

「これしか入ってなかったのか?」

「ううん、エキゾチックなお人形がいっぱい入ってた」

そう言ってリリィが持ち上げた人形を見てビリーはポンと手を打った。

「ああ!これは日本の確か……人形焼き」

「ニンギョウヤキ?」

「人形を焼くって意味だ」

リリィ・カーンは自分の持ち上げた人形の上をみたり下を見たりしていたが、さらに混乱した様子で兄を見上げ、

「どの辺が焼いてあるの?」

「さあ……この顔を作るときに粘土を焼いて作ってるってことじゃないか?」

「ふぅん、お兄ちゃんて物知りね」

感心しているリリィを見ながらビリーは照れたように続ける。

「たしか、3月3日にこの人形を飾るお祝いがあるんだ、日本には」

「へえ、ほんと? 飾ってみよう! ね、どうやって飾るの?」

「似たような服装の人形が一組なんだろうな。その組が同じ段に置くんじゃないか?」

「えっと、白い服に赤いズボンをはいた人が3人、青い着物の人が5人、それから帽子をかぶって座ってる人と綺麗な着物の女の人が1人ね」

「ま、上の方が人数少ないのが妥当だろうな……」

ビリーは並べようと帽子をかぶった人形を手に取ったのだが、しげしげと見つめるなり、ふぅ……とため息をついた。

「どうしたの?」

「いや……」

彼は自分の上司がそのけったいな帽子をかぶっているのを思い浮かべ、あまつさえ、それを「似合うかもしれない」と思ってしまった自分に少々嫌気が差したのであった。

「ね、お兄ちゃん、これって、何か由来があるんでしょ?」

並べ終わって2人で眺めながら妹は兄に訊いてみた。すると、兄の方はふと床に視線を落とし、ぼそぼそとしゃべりだした。

「……わたしはお隣の千代ちゃんととても仲良しで、ずっと一緒にいようね、と約束しました」

「お、お兄ちゃん?」

「けれど、もともと体の弱かった千代ちゃんは風邪をこじらせて死んでしまったのです」

「……」

「千代ちゃんのお母さんは千代ちゃんが大事にしていたお人形を私にくれました。私はそれをタンスの上に飾り、千代ちゃんだと思って毎日話しかけたりしていました」

妹が青ざめているのにも気づかない様子で兄はぼそぼそとひたすら暗くしゃべりつづける。

「そのうちに私は奇妙な事に気づきました。なんだか人形の髪が伸びているような気がしたのです。そして、ある夜……」

ビリーはピタリと言葉を止めた。リリィは息を止めて話を聞いている。

「……寝苦しい夜でした。私は胸に重みを感じ、ふと目をあけると、目の前に人形が……」

ビリーはそこで、おや? と顔をあげた。なぜといえば、リリィがしくしくと泣き出したからである。

「ん? どうした?」

「お兄ちゃんのボス、そんなもの私にくれたの?」

「あ、いや、これは別の話だった」

「お兄ちゃんの馬鹿!!」

「すまんすまん。えーと、これは確か縁起物でずっと飾っとくと……」

なんだったっけ。「逝き遅れる」?

「……長生きできるんだ」

「わあ、そうなんだ。じゃ、ずっと飾っておこうっと」

「え?」

ビリーは思わず、他に何も置けなくなってしまった居間を見て、またもため息をついた。ギース様、あんた、なんつうやっかいなものくれたんです?

そのころ、ビリーの頭痛の種の贈り主がひなあられ(推定1年分)を抱えて急速に接近中である事をまだ彼は知らない。

平成10年4月4日

Author's Note

誰かビリーにつっこんでやってください.


微妙に季節外れ.ネタが出た段階で時期外れだったけど.

いやぁ,去る3/6に札幌から実家に帰ったんですけどね,羽田からうちまで電車でけっこうあるんですわ.

暇つぶしに持ってきたMDも電池が切れちゃって,電車の中でぼぉーっとしてたんですわ.まあ,そんときに唐突に思いついた,と.

まあ,ネタが思いつくときってのは「起きてるんだけど意識が飛んでる時」ってのが一番多いんですわ.電車の中とか自転車こぎながらとか講義中とか.(だめじゃん,それ)


終わりの方でビリー・カーン氏がため息をついてますが,ありゃぁ自業自得だろう.勘違いしてるのビリーだし.

ほんとは長く飾っとくと嫁に「いき遅れる」んだと教えたら大喜びで飾っときそうな気もする今日このごろ.

いやね,ビリーって日本のこと習うとしたらギースからじゃん.(たぶん)

ギースってば微妙に日本を勘違いしてるから,ビリーはさらに勘違いしてるんじゃねーかなー.