大儀の錦に身を包み

シミュイレは愛機の中で眠っていた。

眠るつもりはさらさらなかった。ただ、操縦席でぼーっとしているつもりだったのだ。サミュエル・ゴールデンベルク少佐に言わせれば「眠る」のと「ぼーっとする」のは大差ないそうだが、シミュイレはそう思っていなかった。眠っているところから活動に転ずるのは難しいが、ぼーっとしているのから行動を始めるのは容易だというのが彼の言い分である。

けれど、その時、彼が「シェリー」と名付けた愛機の中でシミュイレは眠っていた。薄暗い格納庫の天井のシミを眺めているうちにいつのまにか眠ってしまっていたのだ。

だからサミュエル・ゴールデンベルクが知らせを持って起こしに来たときはたいそうばつが悪かった。

「おい、シミュイレ」

「……ああ、サム。眠るつもりはなかったんだよ、本当だよ」

サムは意地悪そうな顔を作ってみせた。

「ここにいると思ってはいたが、お前は自分の部屋のベッドで寝る気はないのか?」

「ここを片づけようと思ってたんだ」

すまなそうなシミュイレをあきれたようにサムは見つめていたが、ぽんぽんとシミュイレの肩を叩いて笑ってみせた。

「まあ、いいや。今日は出撃命令じゃないんだ。でも、以降は気を付けろよ」

「うん、気をつけるよ……」

シミュイレはコックピットから出た。

「知らせって?」

「中東のアジラビア革命派が奇襲された」

「え? 正規軍に嗅ぎ付けられたの?」

「そうらしい」

「大規模な介入?」

「大規模……」

サムは腕を組み、鼻の辺りに手をやって考え込んだ。

「人数から言えば大規模とは言えないな」

「20人ぐらい?」

「はずれ。4人だ」

「4人? なんとも無謀だね」

「とは言えない」

「?」

「基地は壊滅した」

「壊滅?」

シミュイレは注意深くサムを見つめた。前にからかわれたことがあるのだ。もっとも、あの時は4月1日だったけど。

「冗談じゃないんだね」

「ああ、今度ばかりは冗談じゃない」

「じゃあ、いつもは冗談なんだね」

「まぜっかえすなよ」

サムはシミュイレを小突いた。

「アブル=アッバース隊長は降伏した。兵が何人か砂漠基地に敗走してきたそうだ」

「アブル=アッバース隊長が降伏?」

「そうだ」

シミュイレにとってはペンギンが空を飛びまわるより意外だった。

「あの隊長は自分1人になっても闘いそうだって、噂には聞いてたけど」

「ああ。ああ、まさしくそういう人だよ」

サムはアブル=アッバースにあったことがあるのだ。ああ、そういえば飛行部隊ではサムがこの噂を広めたんだっけ。

「それだけ奇襲が急で破壊が徹底してたってことさ」

「誰なんだい、その4人ってのは」

「ふたりは分かってる。お前も名前ぐらいは知ってるだろう。マルクリウス・デニス・ロッシとターマイクル・ロビングIII」

「ああ、先の大戦の英雄だね」

モーデン軍に所属しているシミュイレがふたりを『英雄』と呼ぶのは許されないのかもしれない。シミュイレもサムの前でなかったらもっと注意しただろう。

「後の2人は?」

「分からん。なんでも女性だそうだ」

「ふたりとも?」

「そうだ」

シミュイレは肩をすくめて頭を振った。

「きっと訓練が激しくなるんだろうな。おおっぴらには飛べないのに」

「だろうな。今回は2年前……先の大戦と違って正規軍に先手を打たれた形だ。こっちはまだ準備段階で何もかも秘密裏に行動しているのに」

「秘密裏か。これだけの大所帯だもの、ばれたって不思議じゃないな」

「俺もばれたことは意外じゃない。だが、もう少し時間がほしかったな」

「これから大変ですね、ゴールデンベルク少佐」

「ひとごとじゃないぞ、ハルトマン大尉」

ふたりはそこで笑ったが、どちらも神経質そうな笑いだった。秘密裏の作戦行動は精神を消耗させる。有り体に言えば不安だったのだ。

空へ舞い上がるときのGが好きだ。

舞い上がった後の浮遊感,エンジン音,体に伝わる振動,周りの景色が好きだ。

「じゃ、何もかも好きなんじゃないか」

後でナビをやっているサムがちゃちゃをいれた。

「うん、『シェリー』のことはたいてい好きだ」

「いっそのこと結婚しちまったらどうだ?」

シミュイレは考え込む。

「おいおいおい、本気じゃないだろうな」

シミュイレは応えようと注意深く口を開く。

「ああ、違うよ。考えてたのはそのことじゃないんだ」

「あ、このあたりだ。しばらく哨戒して敵を近づけるなよ。お偉いさんの乗ったジープがあのあたりから出てくるまで。……で、何を考えてたんだ?」

サムが言った『あのあたり』を確認しようと下を眺めていたせいで話が飛んだのについていけなかった。サムは質問を繰り返した。

「いや、4人ってまたあの4人なのかなと思って。こないだアブル=アッバース隊長を降伏させた」

「ああ、そうらしい。今度は後のふたりの名前も判明してる。エリ・カサモトとフィオリーナ・ジェルミ」

「聞いたことないな」

「覚えておけば有名になるかもしれないぜ」

自分の叩いた軽口が冗談で済まないかもしれないと思ったのだろう、ふとサムは黙り込んだ。

「やっぱりペリグリン・ファルコンズに所属してるの?」

「いや。この2人は陸軍特殊部隊じゃない」

「じゃ、どこ?」

「スパローズ」

「聞いたことないな」

「正規軍戦略情報局所属の特殊工作部隊だそうだ」

「情報局? えーっと、PF隊は正規軍陸上部所属だよね。なんで共同作戦を? PF隊だけでまかなえるじゃないか、4人で突入するなら」

「お、来たぞ。あのジープだ」

シミュイレは確認しようと下を見た。砂塵を上げてジープがやってくる。遺跡地下の基地から出てきたそれは突然湧き出てきたようにも思われる。

「本当のところはよく分からないが、噂によると情報局側の将軍が派手な手柄欲しさにねじ込んだらしい。手柄をあげるのは部下。手にするのは将軍。そのために2人は戦場に送り込まれたわけだ」

「怒ってるんだね、サム」

「追われてる」

本当だ。でも、あの妙な乗り物はなんだ?

「機銃掃射。当たらなくてもいい。いまはジープの安全確保が最優先だ」

「無理だよ、サム。もう少しジープが離れてくれないと。幸い、あの変なの、速度が遅いし……」

「変なの? ああ、SVX-15D。通称『スラグノイド』だ。報告によればあれがこちらのアッシ・NEROを破壊したらしい」

「アッシ・NERO。超弩級岩盤掘削機械」

「模範解答ご苦労さん。よし、やれ!」

サムの命令の通り、シミュイレは機銃掃射した。当たったのか、当たっていないのか、ともかく変な2足歩行戦車(?)は止まった。

「ジープから離れるな。引き上げるぞ」

「了解」

シミュイレは機首を返した。サムが言う。

「いいか、シミュイレ。あの2人が正規軍上層部の腐敗の端的な例だ。覚えておけよ」

言われてシミュイレは最後の一瞥を後方に向けた。リスのようにすばしっこくスラグノイドから飛び降りるバンダナの娘と教則通りのかっこうで短銃を撃っている娘とが視界の隅に映った。

他人が操縦する乗り物に乗っているのは落ち着かない感じだ。ヘリはもともとそんなに好きじゃないし……

「どうかしましたか、ハルトマン大尉」

「いや、なんでもない。そろそろ目的地じゃないか?」

「ええ、すぐです。どんなもんでしょうね、正規軍の新型戦闘機は」

SV-F07Vスラグフライヤー。正規軍の新型戦闘機を拿捕したという知らせはついこのあいだのことだ。メカニックの連中が調べた挙げ句、実際に飛ばして能力を見てみようということになった。そのテスト・パイロットとしてシミュイレが選ればれたのだ。

通知を持ってきたサミュエル・ゴールデンベルク少佐は

「『シェリー』から離れるのが嫌だなんて言うなよ」

と言って釘をさしたっけ。

「そんなことは言わないよ……ただちょっと寂しいだけさ」

「おんなじことだ!」

そこでまた同じだ、同じじゃないと言い争いになった。

サムとはいつもこうだ。けど、結局のところ自分はサムが気に入っている。ちょっと強引だけど、明るくて決断力があって正義感の強いこの上官が気に入っている。上官と言ってもサムと僕は同期でほとんど友達みたいな物だけど。

スラグフライヤーは拿捕されてから小アジアの基地に運ばれ、そこからヨーロッパへと鉄道で運ばれた。この鉄道がモーデン軍の重要な輸送手段の一つである。

「見えてきました」

ヘリの操縦士の言葉でふと顔を上げたシミュイレは妙なことに気付いた。

「……あの煙は変じゃないか?」

「? たしかに……」

「攻撃を受けている?」

この場で一番位の高いのは自分だ。自分が判断しなければなるまい。他人は気付いてないようだが、あまり判断は得意じゃない。けれど、しょうがない。

「後方の基地に状況を連絡しろ。速度を落として、もう少し状況を見よう」

「了解」

鉄道が戦場になっている?

「まずいな……」

操縦士には聞こえないようにひとりごちる。いったい何が起きているんだ?

「連絡取れません。妨害が入っています」

「……正規軍が動いているのか?」

「分かりません」

そりゃ分からないだろうな。

シェリーに乗っていないのがなんとなく不安だ。しかし、仕方がない。

「幸い、基地は無事のようだ。時間がある。あそこに着陸して情報を仕入れよう」

「了解」

そのまま敗走兵の護衛になってしまう可能性、大だな。

基地の混乱はひどいものだったが、どうにかこうにか司令官に会えた。

「4人だ。またあの4人だ。遺跡の基地を襲ったやつらだ」

4人は鉄道に乗ってそのままこの基地までたどり着いてしまったらしい。

伝令がやってきて、シミュイレを見てちょっと躊躇しだ。

「かまわん。彼はスラグフライヤーのテスト・パイロットとして派遣されたのだ」

「そのスラグフライヤーが敵の手に渡りました」

あっという間だったらしい。鉄道が戦場になってしまったのを見てあわててこちらに移そうとしたのだが、数々の要因が重なってもたついている間に4人が取り返してしまったらしい。

「しょうがない、フライング・タラ隊を出せ。それからアレの出撃の準備をしろ。急げ! ――ハルトマン大尉」

「はい」

「この辺りは敵の妨害によって他の基地と連絡が取れない。乗ってきたヘリで急いで状況を知らせてくれたまえ」

「わかりました」

「頼んだぞ」

「御武運を」

シミュイレはそれからほどなく上空にいた。

「あれがスラグフライヤー……」

旋回式のバルカン砲で襲い来る攻撃機も地上の高射砲もなぎ倒す。敵のものながら見事な物だ。

乗ってみたかったな……

ぼんやりと思っている自分が不謹慎な気がしてシミュイレはビクッと体を動かした。

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」

いまはただ早く『シェリー』のところへ行きたかった。『シェリー』操縦席で落ち着きたかった。

他の戦闘機は演習に出ていて格納庫には『シェリー』だけだ。シミュイレはそれをいいことに『シェリー』を磨いていた。整備するのは専門の人物でないと無理だが、こうやって何かかにか手をかけてしまうのがシミュイレの性癖だ。サムは呆れてたけど。

カツカツカツ、と人気の少ない格納庫に早足の足音が響き渡った。

シミュイレが振り返るとサムがこちらにやってくるところだった。

またからかいにでも来たのだろうか?

ちがう、力を込めた騒々しい歩き方も苛々したような顔つきも、笑い事でない何かがあったという証拠だ。

シミュイレは翼から飛び降りた。

「どうかしたの? 何かあったの?」

「《さっちゃんのお人形作戦》だ」

「は?」

怒りを込めた発言とおよそ恐ろしくも何ともない作戦名――たぶん、何かの作戦には違いない――の狭間でシミュイレは間抜けな声を出さざるをえなかった。もともと、鋭いほうだと自負しているわけじゃないうえに、こんな飛躍した発言をされたら分かるわけがない。

「いま聞いてきた」

「何を?」

「東アジアだよ、今度は」

「は?」

サムの話は飛躍が多くて自分が馬鹿になった気がする。まあ、馬鹿なのかもしれないけど。

「現れたんだ、あの4人」

「ああ、あの。正規軍の」

ヨーロッパを横断する鉄道ルートを奪取したあの4人。まったくもって見事な物だった、あれは。

「それと《さっちゃん》が何か関係あるの? そもそも‘さっちゃん’って誰?」

「まあ、聞けって」

最初から聞いてるよ。そっちが‘最初から’話してくれないだけだ。そう思ったが、口にするのは止めておいた。これ以上話を遅らせることもあるまい。

「我が軍はこの4人を都市部で迎撃することにした。まあ、もともとあそこの人込みに紛れて物資調達やら何やらしてきたわけだが……しかし、都市部で迎撃となると民間人が巻き込まれる」

「それが許せないんだね」

「違う。それも許せないが、それだけだったら《人形》が出てこないだろうが」

やれやれ、とは思ったものの逆らうのは止めておく。

「いいか、この作戦ってのはだ、まず、少女たちを集める。その少女たちに人形を配るんだ」

「ふんふん」

「この人形ってのが爆弾を仕込んだ代物だ」

「え?」

「そうだ、爆弾だよ。何にも知らない少女たちは敵の方に歩いていくように指示される。敵だって年端も行かない子供たちを撃ったりはしない」

「……分かってきたよ、サム」

「そう。保護しようと近づいたところを娘もろともドッカーンだ」

シミュイレは目をつぶって頭を振った。言うべき言葉があるだろうか? 何も言えない。何も。

「腐敗した正規軍を叩き潰せ、か。そのためには手段を選ばなくてもいいのか? え?」

サムは『シェリー』の車輪を蹴飛ばした。

『シェリー』に当たるのやめてくれよ、とは気弱なシミュイレには言えなかった。

早足で歩いていくサムの後を離れないようについていく。普段通ったことのない基地司令の部屋への廊下。灰身がかったリノリウムの床と白い壁。伝令とおぼしき兵士や美々しい階級章をつけた人物と頻繁にすれ違う。

迷いそうだ。迷うはずはないけれど。行き交う人々とこの場の雰囲気に酔ってしまいそうだ。正直なところ、サムがいっしょで良かった。

と、サムが立ち止まった。廊下の行き止まり、扉のところにたどり着いたのだ。シミュイレはすんでのところでぶつかるのを免れた。ぶつかっていたら、サムに何と言われていたか分かったもんじゃない。

「サミュエル・ゴールデンベルク、入ります」

「シミュイレ・ハルトマン、入ります」

司令はオーク材の立派な机に座っていて、副司令に早口で命令を下している。サムとシミュイレはしばし待った。

ようやく司令がこちらを向く。

「バーバ・ヤーガ隊のゴールデンベルク少佐か」

「そうです」

「そちらはハルトマン大尉」

「はい」

司令はきりっと口をつぐみ大きく1つうなずいた。

「状況は把握しているか?」

「正規軍の奇襲を受けていることは」

「あと、いままで数回我々の妨害をした4人による物だということと」

「よろしい」

司令は立ち上がったコツコツコツと軍靴を鳴らして3歩歩き、くるりとこちらに背を向ける。

「率直に言おう。状況は芳しくない」

「……」

「だが、ここには重要な物がある。科学班ビドロ部隊の研究成果。これは何としても守らなければならない。我が軍の切り札足りうる発明をだ。」

「切り札?」

「兵力強化の切り札だ」

轟音が鳴って、司令の話はしばし中断した。建物が揺れ動き、ぽろぽろと天井から細かい何かの破片が降り注いだ。

「……君たちに科学班の連中を輸送する航空機の護衛をやってもらいたい」

「目的地はどこですか?」

「極地基地。我が軍の本拠地だ」

「分かりました」

「よろしい。すぐに地下の科学部へ行ってチーフにあってくれ。そこから連中を滑走路に誘導、移送しろ」

「了解」

「任務終了後、我々はどうしますか?」

「そのまま極地基地に編入される」

「……了解いたしました。任務、遂行します」

「……御武運を」

双方口には出さなかったが、司令の言った言葉の意味は重い。おそらく、この基地は陥落する。おそらく、2人が司令に会うことはもう2度とあるまい。

来た時と同じように早足で地下へと急ぐ。

断続的に攻撃がなされるのか、轟音と共に建物が揺れる。

シミュイレは最初、それが上空からの物だと勘違いしていたのだが、間違っていた。地下からだったのだ。だからこそ上から逃げるわけか、と妙に納得した。

ふと、シミュイレは立ち止まった。

「向こうから撃ち込まれたらしいよ、穴があいてる」

言い終わるのとほとんど同時に甲高い悲鳴が上がった。壁の向こう側だ。

驚いて拳大の穴を覗き込んでシミュイレは叫び声をあげそうになった。

最初は正規軍兵士の姿が目の前にあったことに。次の瞬間は悲鳴の理由に。

「フィオ、離れろ!」

サングラスを掛けた男が言うなりショットガンをぶっぱなした。その横のバンダナを巻いた男がレーザーを‘そいつら’に向けながら叫んだ。

「エリ、ハンドル回せ! メタスラがある!」

「了解!!」

この娘には見覚えがある。あのリスのような動きの娘。

けど、あれはなんだ?

「何やってるんだ、シミュイレ!!」

シミュイレがついてこないことに気付いたサムが怒鳴った。

「サム、来てくれ! あれはなんだ? ビドロ部隊は何をやってたんだ? ヤツラは何をしたんだ?」

サムが走ってきてシミュイレをどかすと穴を覗き込んだ。そして絶句する。

そうだ、あれはなんだ? あの生き物は何だ? 4つんばいになって蠢くアイツらは何だ? 灰色の肌と知性のかけらもない瞳。ほとんど禿頭の頭部、よだれを流しつづける口。ハンドガンで撃たれても死んだりはしない。赤く体色が変化して、もぞもぞと動いたかと思うと身の毛のよだつ悪臭を放つ体液を飛び散らせてくずおれる。

科学班の物とおぼしき鉄格子の向こうで何を求めるのか知らないが、手を伸ばして蠢くやつら。科学班へ向かって行ったっきり戻ってこなかった一般兵士たち。そのままどこぞの戦場へ行ったのだと思い込んでいたが。

これはいったいなんだ?

「エリ、フィオ、忘れるな。これがモーデンなんだよ!!」

怒りの叫び声が聞こえた。おそらく、バンダナの方。

サムが穴から目を離した。ぎりぎりと唇をかんでいる。

「サム、サム。俺達、何を運ぼうとしてるんだ? 何を守ろうとしてるんだ?」

「知るかよ、ちっくしょう!!」

ちからいっぱい拳で壁を叩く。またも轟音が鳴ってかなり大きめの瓦礫が落ちてきた。

「走るぞ、シミュイレ!! 生き残らなくちゃ話にならん!!」

そうだ、走るしかない、この場は。けれど、どこに向かって走っていくのだろう。どこに向かって走っていけばいいのだろう……

2人がその場で正規軍兵士を撃たなかったことを思い出したのはずいぶん後になってからのことだった。

極地基地の格納庫は寒くていけない。

基地内部・居住区は空調が効いていて申し分ない気温を保っているのだが、格納庫となるとおざなりである。もちろん、凍り付くほど寒いわけではないし、メカニックが忙しく働くドックは指がかじかむほど寒くない。

要するに、格納庫にいる自分がおかしいのである。

「おーい、またここか?」

「またサムか?」

「そう言うなって」

白い息を吐きながらサムが近づいてくる。なんだかんだいって暇になるとしゃべりに来るんだから、自分とどっこいどっこいだとシミュイレは思っている。

「また『シェリー』の世話か?」

「前任地からの戦友だからね」

「戦友か。確かに。しかし、ここに来たときはほとほと……カルチャーショックを受けたね」

「ああ、マーズピープルだね」

火星から来たかどうかは知らないが、その生き物はマーズピープルと呼ばれていた。極地基地で地球人と共同生活している地球外生物。外見は膨らませたイカみたいだ。シミュイレはそのプヨプヨした触手(?)は好きだ。

「おかしかったな、あのときは。サム、女性兵士に平手打ち食らってたろ」

「……言うなよ、それを」

サムが平手打ちを食らった事件というのは。

極地基地に編入された当初、マーズピープルに慣れていない頃だった。兵士用に基地の中心(正確に言うと少し中心からずれた辺りだが)には広場がある。植物が植えられ、いわば温室のようなになっているのだが、そこのベンチで女性兵士にマーズピープルが‘絡まって’いた。

てっきり襲われているのだと思ったサムが殴ったところ、その女性兵士が

「彼に何するのよ!!」

と金切り声で叫んでサムを殴ったのである。

何が起きたのか分からず、唖然としているサムはかなり滑稽だった。まあ、サムに言わせればそのときのシミュイレも何が何だか分からないという顔をしていたそうだし、それに間違いはあるまい。

要するに、彼らは恋人同士だったのだ。

「撃たなくてよかったね。殺してたらきっとただじゃ済まなかったよ」

「まあな。けど……結構かわいかったよな、あの娘……」

この話をふると、いつもサムはこういう。この後の台詞も決まっている。

「分からん……」

まあ、確かに、シミュイレにも分からなかった。けれど、好みは人それぞれだ。他人がとやかく言う権利はない。その点、シミュイレの方が柔軟らしかった。サムに言わせればシミュイレは‘呑気’なんだそうだ。

呑気? 結構なことじゃないか。

そんなこともあって、とうとう極地基地の所在が正規軍に知れ、攻撃を受けてごったがえしていたときに、サムが格納庫に飛び込んできて、

「マーズピープルが裏切った!! モーデン元帥は連れ去られた!!」

と叫んだとき、思い出したのはその女性兵士だった。モーデン元帥の安否ではなく。

「気の毒に……」

「モーデン元帥がか?」

ふん、とサムは鼻を鳴らした。あえて違うとは言わないでおく。

サムはミュータント(例の科学班の研究成果はそう呼ばれていたらしい)の一件以来、上層部には懐疑的になってしまっている。

「状況は?」

「やつらの乗ってきたUFOが正規軍のヤツラを襲っている」

「あの4人かい?」

「ああ、頑張ってるが、それが吐き出す小型UFOにてこずってる」

外を気にするそぶりに何かある。

「何をするつもりだい,サム?」

「協力するんだ、正規軍に」

「協力?」

「くそ、そうさ、協力だよ。正規軍上層部は気にくわないが、あの4人は殺すには惜しい。お前も聞いただろう、あの言葉。ミュータントを前にしたときの奴の言葉」

シミュイレには分かった。サムはバンダナの男――マルクリウス・ロッシ少佐が吐き捨てた言葉のことを言っているのだ。

“これがモーデンなんだよ!!”

あの言葉には怒りがあった。正義を行うものの怒りがあった。

サムは皮肉屋だけど正義漢だ。漫然と従軍している自分とは違う。あの一件、科学班が人体実験によってミュータントを生み出していた一件はかなりこたえたに違いない。自分でさえ、あの事件は衝撃だったのだ。サムにはもっと衝撃だったに違いない。その前の《お人形作戦》のこともある。

「俺は他の部隊にあたってみる。お前はバーバ・ヤーガ隊を招集してくれ。俺の機も準備して」

「分かった」

去りかけたサムに声を掛ける。

「サム、ここにメタルスラッグがあったはずだ。ぼくは見た」

「よぅし、それを連中のところへ輸送しよう。どうせ俺達には操縦できないんだから」

共同戦線か。

そして久しぶりのドッグファイト。

シミュイレは自分が震えているのに気付いた。武者震いと言いたいところだが、自分の性癖から言ってそれはあるまい。純粋に恐いのだ。

シミュイレはため息をついた。

部下には気付かれないようにしないと。彼らの前では頼もしくないと。

そもそも、自分はなんで従軍したのだろう。

基地とその周辺の軍事工場が燃え、空は真っ赤になっていた。いつもどんよりと曇っている極地の白い空に炎の赤が映っているのだ。

異星人達の乗る円を基調にした小型攻撃機はヘリコプターの駆動性をよくしたような動きをしていた。まるっこいボディが右に左に滑らかに移動する。

「バーバ・ヤーガ隊。出動する!! 全機、俺についてこい!!」

サムの声が通信機から流れてくる。

いよいよだ。

主戦場になっているのは、小型攻撃機を吐き出す大型のUFOの下あたり。あそこに4人がいるのだろう。何で攻撃しているのか分からないが、頻繁に爆煙があがる。

「ゴールデンベルク少佐、他の部隊は?」

「ほとんどが同調した。いま、あのデカブツ用に武器を整えているはずだ」

「あ! やった!」

ひときわ大きな爆発が起きたかと思うと、‘空飛ぶ空母’だったUFOが浮力を失って落ちていった。

部下達が歓声を上げる。シミュイレはほっと息をついた。

そのとき。

「まだだ!! 上を見ろ!!」

サムの声に促されて見上げる。そして、言葉を失ってしまった。

そいつの巨大な影が地面にうつっている。超弩級戦艦ほどの大きさの物体が浮かんでいたのだ。

それはゆっくり降りてくる。ある程度降りたところで止まった。すると、今度は先に撃墜されたUFOがガタついたかと思うとフワッと浮き上がる。重力に反してゆっくりゆっくりとそいつは空に浮きあがり、新手の巨大なUFOの一部になった。

スルスルとその下部が開く。その中心に小さな光が生まれる。エネルギーを集めているのか、徐々に光が強くなる。圧倒的な光の束が堪えきれなくなったかのように地面に向けて吐き出された。空気が振動するほどの轟音を立ててエネルギーの固まりが暴力のように地面を襲った。その威力たるや、戦慄でしかない……。

あんなのを相手にするのか……

部下の手前、その思いは言葉には出せない。

「よし、地上部隊も出たぞ、我々は小型攻撃機を迎撃する。地上部隊には大型機の攻撃に専念させるんだ」

「了解!!」

そうだ。ハンドガンやヘヴィマシンガンのみで戦っている歩兵部隊の方が数段危険なんだ。

「第1陣と接触する。1機で相手しようと思うな! いくぞ!!」

ヤツラが来る。

シミュイレの頭の中は無になる。

照準を合わせる。発射。はずれ。相手の下部が何やら光り、青白いレーザーが飛んでくる。ぐっと操縦管を引く。大きくGがかかり、宙返りする。体勢が元に戻る前にすでにシミュイレは相手を照準に入れていた。発射。ビンゴ!

普段のシミュイレはむしろ内気なのだが、戦闘になったとたん、様相が変わる。頭の中が真っ白になり、体がほとんど機械的に動く。戦闘後にはいつも恐怖感と淡い罪悪感とに苛まされるのに、交戦中はほとんど何も感じない。それゆえに彼はエースの名を冠せられたのだ。

第1陣は撃破した。相手の数が少なかっただけに、こちらに被害はない。

もう、来なければいいとシミュイレは思った。

恐怖心がじょじょに背筋を上ってくる。彼に積極的に攻撃する性癖はなかった。

「隊長、第2陣、吐き出されました」

「全機、備えよ――戦車隊が出た。ここが堪えどころだ。ぬかるなよ!!」

サムは人の上に立つようにできてるんだ、とふと思った。シミュイレはそこを尊敬しているのだった。

さっきので動きに慣れたのだろう、部下達の動きもいい。それに、駆動性ではこちらが上だ。相手はあまり速い動きができないらしい。

第2陣も殲滅する。

攻撃が途切れたとき、サムから通信が入った。

「メタルスラッグが出た。隊を2つに分ける。ハルトマン大尉、3機ほど率いてメタルスラッグを護衛してくれ」

「了解。カール、オットー、ウィル、ついてきてくれ」

「了解」

基地に立ち戻る。輸送用のカーゴはほとんど無防備だった。下に通信を入れる。

「こちらバーバ・ヤーガ隊、ハルトマン大尉。援護する」

「ありがたい、お客を迎えるのに忙しくてみんな出払ってるんだ」

お客か。とんだお客もあったもんだ。

近づくにつれ、巨大戦艦――おそらくこれが母艦なのだろう――の大きさにあらためて恐怖を感じる。

メタルスラッグを護送しているのに気付いていないのか、それとも取るに足らないと思っているのか、こちらに向かってくる攻撃機はない。本当にごく近くまでいったときに1機やってきたが、シミュイレがなんなく撃ち落とした。

地上では敵味方が協力して戦っている。盾を持った兵士がかばう。主砲の合間を縫って天に向かってパワーガンを撃ち込む。その様子にシミュイレは感慨を覚えた。

地上のカーゴが止まり、兵士が1人降りていって正規軍の連中に近づいていく。メタスラの到着を知らされたのだろう、攻撃を止めて兵士は走り出す。

それを見届けてシミュイレは言った。

「よし、隊に戻るぞ!!」

「大尉、大変です!」

目を転じてみて隊がとんでもないことになっているのに気付いた。第3陣の数はいままでの倍ほどでさすがに苦戦していたのだ。

「慌てるな。相手はこちらに気付いてない。挟撃しよう。よく狙え。当たればそれだけ味方が救える」

「了解!」

しばらく、無言で敵機の撃墜に専念する。30秒に1回の割合でミサイルを発射し、ほぼ100%の割合で撃ち落としていくこのエースの帰還に敵は恐怖し、味方は歓呼した。

「サム、大丈夫か!」

階級で呼ぶのも忘れていた。

「大丈夫だ。助かったよ。『騎兵隊参上!!』ってとこだな」

サムはいつも通りだ。シミュイレはほっとした。

「とりあえず、戻ろう。お前もミサイルがほとんどないだろう」

「了解」

基地に戻る。ドッグに入る。整備兵が忙しく動き回っている最中、シミュイレは壁に寄りかかってずっと下を向いていた。休息時間はわずかだ。無駄にしたくない。

怪我した連中を後に残して再び舞い上がる。だいぶん減った。隊伍を組もうにも組める数ではない。

閃光が光った。

巨大戦艦の下の辺り、地上兵が見えないほど煙と瓦礫があがった。

あいつらはどうなった?!

シミュイレは突進しかけた。

「慌てるな、ハルトマン大尉」

サムの声に我に返る。

瓦礫の雨が収まり、目を凝らしてみてみると、空母が動きを止めている。

「敵は沈黙した」

サムの声は静かだった。

緊張をはらんだ沈黙にみまわれる。

ほんとうに、終わったのか? 誰にも確信ができない。

そのまま現場に向かう。

地上の連中も見える。おそるおそる戦車から出てくる者、肩で息をしている者。

しばしの静寂。

クォンクォンクォン

シミュイレがその嫌な音に気付いたのはそのときだ。

「ちっくしょう! まだ生きてやがる!!」

サムも気付いたらしい。主砲の辺りがエネルギーを溜めているのだ。

逃げ惑う地上兵。

あわてて戦車に戻る兵士。

「あ……」

シミュイレはあの男をみつけた。バンダナの男。下を向いて肩で息をしている。

動けないのか?

男は主砲のほぼ真下にいる。

そのまわりでサングラスの男がむなしくハンドガンを撃っている。女性兵士2人がメタルスラッグに乗り直そうとしている。。

主砲はエネルギーを溜め……

唐突に、シミュイレは隊を飛び出した。

「何をするつもりだ? ハルトマン大尉、戻れ!」

サムの叫び声が通信機から響いた。

「戻れ、シミュイレーー!!」

絶叫が心をくじきそうになるからシミュイレは通信機を切った。絶叫の余韻がしばらく耳に残ったが、じょじょに消えていった。

あとには『シェリー』のエンジン音と軽い振動とそれからクォンクォン不気味に言いつづける敵の音。

低空を飛ぶ巨大空母の下に入る。

地上の人々の表情も見えるぐらいの低空飛行だ。

正規軍兵士が見上げている。

向こうからこちらは見えないだろうが、思わず知らず、シミュイレは敬礼していた。

それから機首をエネルギーの充ち充ちる主砲へと向ける。

悔いはない。たぶん。

ただ、『シェリー』に申し訳ないだけだ。

主砲につっこんだ『シェリー』がガクッと止まる。

そして、爆音と振動と閃光とがシミュイレを包んだ。

平成10年7月20日

Author's Note

やっちまったよ.

メタスラの小説だよ.

誰が読むんだ,いったい.


メタルスラッグをするようになったのは,たぶん,前途が開けないので腐っていたせいだと思う.

ゲーセンに行ってはたいていやらないシューティングに興じていた.ブレイジングスターをやりだしたのも同じ頃だと思う.

1回目は操作がよく分からず,ラクダに乗った兵士が出てきた辺りでGame Over.(やったひとなら分かると思うが,それはとんでもなく最初の辺りである)

なのに,懲りずにやった.

面白いのだ.キャラクターの動きと言い,敵の丸っこい爆弾といい.こっちがやられると,相手は指差して笑う.そして,残機(?)が落ちてくると悲鳴を上げて逃げ惑う.

プレイヤーキャラの方も面白い.汗をぬぐったり,水を飲んだり,ポケットから煙草を出してみて,空だと見るや捨ててみたり.

しかし,前述の通り,私はヘタクソなので,その後,うまくなったとはいえ,2面のボス止まりである.とうていクリアには及ばない.

それで,家庭用がほしくなった.

発売日前日,手に入れた.

やった.

最初,コンフィグに気付かず,エライ苦労をして3面のボスを倒した.

クリアした面はそこから始められるようになるとは言え,クレジット5つでは6面までたどり着けそうになかった.

が,やっとコンフィグに気付き,レベルをEasyにしたうえ残機をMaxの5機にして無理矢理一面一面クリアした.

指を引きつらせ,6面の最初からやっても20人ぐらい費やさないとクリアできない.それはもう,大変だった.

おかげで連射はお手の物になった.きっと今ならドリル最終出せるに違いない.


さて,6面の最終ボス戦は第2形態(巨大UFOなのだ)になるといままで敵だったモーデン軍の連中も一緒になって戦ってくれる.

嬉しく思いつつ敵を倒したと思ったら,主砲が開いた.

そうしたら,あの戦闘機がやってきたのだ.

敵の主砲に突っ込んでいく戦闘機.

そして,今度こそ動きを止め,上空へと逃げ去っていくUFO.

私はその戦闘機に強い印象を抱いた.

そして,この話を思いついたのだ.


珍しく,すぐに書き出した.

書けるときというのはあるものである.

結果的に,プレーンテキストにして26KB,原稿用紙40枚あまりの長さになった.この長さは『わしてん』を除けばいままで書いたパロディの中で一番長い.

2005.2.6追記:しかし,だんだん書くものが長くなってきて,この頃では短い方が珍しい.

もっと驚くべきはそれを5日で書いたということだ.

うーむ,これだったら『わしてん』だってもっと早くあがっててもいいのに.


こに出てくる2人はまったくの創作で,ゲーム中には出てこない.

2人の名前は……

誰か元ネタ分かる人います?

別に元ネタは全然意識してないけど.

この2人組みの名前を考えるに当たり,なぜかそこから取ってしまったのである.だから,あとの固有名詞もそこから取ってみた.

最初に浮かんだのはもちろん最後の場面.

それから,その兵士の登場場面.

ゲームのステージに合わせた構成にしようと決めたとたん,後の場面もすんなり出てきた.まあ,書いているうちに若干変わったところもあるけど.

6面にあたる部分は思いのほか長くなってしまった.

そのうえ,どうも話しの流れが妙だ.

ま,いっか.

ここには‘アレン’(6面の中ボス.Com'n boy! という掛け声と共に高速で手榴弾を投げるわ弾は撃つわ近づけば近接戦闘で殺されるわと大変な敵)の話も入れようかと思ったけど,地上部隊と空軍とがよく知っているとは思えないのでやめときました.

あと,シミュイレがどうして主砲に突っ込んだのかはうまく描ききれてないと思う.心残り.


この話で出てくる《さっちゃんのお人形作戦》とかマーズピープルとかいう名詞はCD版についてたイラストギャラリーにあったんだけど,このイラストギャラリーがこれまた面白い.

各種設定はもちろん興味深いし,ネタの宝庫なのだが,‘デューク・高堂’とか‘超乗物メタルスラッグ’とかには笑いました.

そうそう,イラストギャラリーのスクリーンセーバー(?)PC用に欲しい……ミュータントは恐いけど.

あと,これって,ちゃんとワンコインクリアしたら何かあるんでしょうか??

私には永遠に無理だけど……