Einunddreißich Komma Fünf

大空魔竜はすでに大気圏を脱し、乗組員の体勢固定指示は解除されている。

鮮やかな青い機体は無音の空間をしずしずと進んでいた。そばにはアルビオンの白い左舷が見える。アルビオンを挟んだ反対側にはマザー・バンガードの艦橋も見えている。

パイロットたちは、誰が言い出したわけでもないのにぽつりぽつりとラウンジに集まってきていた。

いつもはにぎやかな年若いパイロットの集団が、今は沈黙に沈んでいる。

浮かぶのは地上で見たばかりの光景だ。

――俺は死なん!

――行け!宇宙へ!

――我らの次なる戦場へ!

だが。

友軍を離脱させるため、単騎敵を阻んだ機体は直後に吹き飛ばされたのだ。

乗組員たちは打ち上げ間近の(ふね)の中で、その様を、機体から上がる黒煙を、ギリギリと奥歯を噛み締めながら見ているしかなかったのだ。

それが()の人の望みであったとしても――

やりきれないものが胸を覆う。

*

口火を切ったのは、窓の外を見つめる甲児だった。

「俺さ、良かったと思ってたんだ」

外を見たまま甲児は続けた。

「そりゃ、アースクレイドルは全滅で、ゼンガー少佐だけになったってのは結局変わらなかったけど――」

振り向いた目が力無い。

「――それでも、あんな未来よりはマシだと思ったんだ」

「そうだね。僕もそう思う。あと、一緒に戦ってこられたことも」

静かに万丈が付け足す。

「ああ。まあ、あんなヤツだと思ってなかったけどよ」

ソファに座っていた豹馬が言った。

「そうね、あんまりしゃべってられなかったってのもあるけど、物静かそうだった」

ちずるが言うと、さやかも、

「別に口数多いってわけじゃないんだけど――戦場じゃあ、ねえ?」

「でも、あの口上は同じでしたね」

「未来で静かだったんは、寝ぼけとったんちゃうか?」

「かもな」

はははと笑いが起きた後、沈黙が降りた。

「ホントにマシだと思ってたんだ……」

*

「俺は――」

壁際に寄りかかっていた鉄也が呟いた。

「鉄也さん?」

「闘っても闘ってもまだ()ち上がってきた印象が強くてな」

「でも、あれは――」

「マシンセル、か。だが、俺にはそれだけとは思えん。機体の性能だけで戦い続けていたようには思えん」

「じゃ、鉄也さんはゼンガー少佐が無事だと?」

「そうは言わん。人は死ぬ時は死ぬ。戦いに身を置くならなおさらな」

「そんな言い方――」

怒った口調の弁慶を遮って、鉄也は首を振った。

「単に事実を述べたまでだ。いずれにせよ、無事か無事でないかはシャトルが合流すれば分かる。今ここで何を言っても事実は変わらん」

言うだけ言ってしまうと、背中の力だけで壁から身を撥ね起こし、鉄也はラウンジから出て行った。

「鉄也さん……」

「なんでぇ、相変わらずじゃんかよ」

「違うわ、豹馬。……そうじゃないと思う」

「ええ。言葉が足りないだけなのよ、鉄也は」

「……いずれにせよ、まだ、決まった訳じゃない。あれだけの人だ。まだ、決まったわけじゃない」

リョウが沈鬱に落ちる雰囲気をすくい上げるように声に張りをもたせた。

「俺達みんなを敵に回して、それでも()ち上がってきた人だ。たかだか一人に負けるわけがない」

そうだといいがな、と隼人は思ったが、口には出さなかった。

*

「みんな、ここにいたの」

子供たちを引き連れて、比瑪がラウンジに現れた。

「ああ、なんとなく、な」

「分かる。私もひとりで居たくなかったもの」

ストン、と空いているソファに座ると、いつもはなんだかんだとうるさく纏わり付く子供たちも、おとなしく周りに座った。

「比瑪ねえちゃん、ゼンガーさんはどうなったの?」

「どうなったも?」

何事かは感じているのだろう、子供たちの声は控えめだった。

「それは……」

答えようとして口を開いたのに、突然、喉を込み上げて来たもので言葉は詰まってしまった。

「ゼンガーは――」

「イルイちゃん?」

比瑪のそばで他の子供たちと一緒に座っていた少女が顔を上げた。

「死なないって言ってた」

声は小さかったが、口調はかたくなだった。

「イルイちゃん……」

ならば、なんでそんな紙のような顔色をしているのだろう。

比瑪はイルイをぎゅっと抱き締めた。

まだ、慰めの言葉を言うべき時ではなかった。

だから、ただただ抱き締めた。

*

ランデブーポイントに到着し、地球から見て静止するよう慣性航行が続けられている。

「通信は何もないのか?」

「シャトル到着まで禁止されているの」

サンシローが訊くと、ミドリは申し訳なさそうに言った。

「そうか。ああ、待ち切れないぜ」

どちらに転ぶにせよ、結果が早く知りたかった。どちらかに転んでしまえば、こんな気分のまま宙ぶらりんにされずに済む。

「あ」

「何?」

「来たわ。もう視認できる」

ミドリはコントロールルームへと急ぎ足で去って行き、サンシローはラウンジにたまって自分と同じくジリジリしている面々に知らせに走った。

途中、格納庫へ向かう人々と何人もすれちがった。知らせが伝搬して大空魔竜の中はにわかに慌ただしくなってきた。

「おい、来たぞ!」

「少佐は?!」

「分からない。ともかく、ハッチだ」

「どこに行くんだ、そっちじゃないだろ」

「格納庫の上の通路だ。下の通路はもう一杯だった」

早口に言葉を交わしながら格納庫に駆け込むと、すでにシャトルからやってきた獅子王博士の小さな姿がいつもどおりせわしなく動いていた。

格納庫上部に巡らせられた通路は、パイロットやら整備員やらが鈴なりになっている。

下では大文字博士やピートといったブリッジ要員が出迎えに出ていた。そちらの通路も乗組員たちでいっぱいになっていた。

「あの機体は?」

「補充だそうです」

「誰が乗るんだ?」

「補充のパイロットもいるそうです」

「あっちのは知らねぇけど、こっちの二機は見たことあるなあ」

「ヒュッケバインですよ、豹馬さん。前の大戦の時にあったでしょう?」

「そうだったかあ?」

着艦した順だろう、まずは端にあったヒュッケバインからパイロットが降り立った。

「ヴィッレッタさんだ!」

おーい、と何人かが手を振ると、ヴィレッタは通路を見上げ、わずかに口角を上げた。

「かー、相変わらずクールやな」

「お、これはこれは」

「あら、キリー、お眼鏡にかなったってわけ?」

「相手にしてくれないと思うぜ」

「せいぜい頑張れ」

次にその隣の色違いのヒュッケバインから男が降りる。

「見た事ねぇな」

「あいつ、ゴーグルマンに決定」

「ちょっと、ちょっと、変な名前つけないでよ。面と向かった時、笑っちゃうじゃない」

「否定はしないわけね?」

「まあ、似合ってるようにも見えなくもないけど」

「……結局、似合ってるのかよ、似合ってないのかよ」

そして最後に、威圧感(みなぎ)る見知らぬ機体から長身の男が飛び降りた。

鮮やかな緋のコートが(ひるがえ)る。

一瞬、辺りが静かになる。

次の瞬間、どう、と爆発的な(とよ)みが沸きあがった。それは格納庫の広い空間を震わせるうねりになる。

「ゼンガー少佐!」

「ゼンガーさん!」

口々に叫ばれる驚愕と歓喜の言葉は、わんわんと響いて言葉というよりも音にしか聞こえない。

誰かが飛び降りてゼンガーに飛びかかる。元気のいいパイロットたちが何人も続く。

「行け!」

「殴れ!」

「むしろ俺にも殴らせろ!」

手荒い歓迎を受けてゼンガーはもみくちゃにされている。

「おい、こら!」

「やめろ、お前達!」

制止の声と怒号とが交わされるが、事態は一向に収拾しない。

壁際に立っていた鉄也は見るべき物は見たとばかりに格納庫から出て行く。ジュンは、その口元に笑みが浮かんでいたのに気づいて微笑んだ。

*

友人がもみくちゃにされる様を、呆気に取られて見ていたレーツェルは、徐々に込み上げた物に耐えきれず、とうとう高らかに笑い出した

「助けないの?」

そばに立っていたヴィレッタが一応といった調子で尋ねると、

「助ける?こんなもの、めったに見られんぞ。子供にボコボコにされるゼンガーなど」

「まあ、普通の軍隊なら『少佐』がこんな扱いを受けるなんて考えられないわね」

「それもあるが、あのゼンガーに蹴りをいれるだの殴りかかるだのしている連中は初めて見た」

「ああ、少佐の雰囲気的なものって事ね。分かる気がするわ」

「αナンバーズ、どんな連中かと楽しみにしていたが、想像以上だったよ。気に入った」

「楽しそうね」

「君は気に入ってないのか?」

「いいえ」

ヴィレッタは口元に笑みを漂わせた。

「嫌いじゃないわ」

*

最初の騒動は収まりつつある。次の騒動を起こしたのは女性陣だった。

「ちょっと、どいた、どいた!」

「ほら、道、開ける!」

比瑪、さやか、ミチルといった面々が男どもを問答無用に追いたてる。何事かと振り返った者たちは、彼女らが連れてきた少女を認めると、笑って道を開けた。

人垣による道が金髪の少女と銀髪の男の前に現れる。

――ほら、イルイちゃん。

囁かれ、背を軽く押されると、イルイは一歩一歩ゼンガーに近づいた。

少年たちから解放されたゼンガーは、姿勢を正し、黙ってイルイが近づいてくるのを見守った。

男まで後一歩というところでイルイは立ち止まった。見上げる顔が心なしか白い気がして、ゼンガーは眉根を寄せた。

いまや静まり返って二人を見ている乗組員たちの前で、イルイはずいぶん長い間足を止めていた。

そうしてしばらく見上げた後で、その両手がこわごわ伸ばされる。手の先が震えている。触ったら消えるのではないかと恐れるように。

指先がゼンガーの体に触れるなり、イルイはうつむいた。そのまま、何かを言ったようだ。

「?」

聞こえなかったので、ゼンガーは長身をかがめた。

と、とつぜん、こらえきれなくなったのだろう、イルイは背伸びしてゼンガーの首筋に腕を回した。

「イルイ?」

ゼンガーはまごついて横目でイルイを見た。

ふと、イルイを連れてきた比瑪が両手を自分の前で交差させ、何かを抱き抱えるような仕草をしているのに気が付いた。何だ、と訝しげな表情になった途端、理解が頭を覆った。

――しかし……

ためらっているゼンガーに比瑪が何度も身振りをしてみせた。

ゼンガーはぎこちなくイルイの身体に腕を回した。すると、イルイの腕にいっそう力がこもった。ゼンガーはわずかに表情を和らげ、しっかりとイルイを抱き締めてやった。

「お帰りなさい、ゼンガー……お帰りなさい……!」

「ああ――」

うまい言葉が見つからなかったので、頭に浮かんだままの言葉を口にする。

「――ただいま」

比瑪と一緒になって見ていた女性陣がまるで自分のことのように手を合わせて喜んでいる。

誰かが拍手をするとそれは万雷の音となり、別な者がウオーと歓声をあげると応じた声がそれと重なる。

*

かくて、歓呼のうちに武人の帰還は成った。

平成十七年十月二一日 初稿

補足説明

ゼンガー,もみくちゃにされないような気がするけど,面白かったのでもみくちゃにされてもらいました.ゼンガー,帰還するまで無傷なんだけど,この時,もみくちゃにされたせいであちこち青あざ作ってる,ということを想定してます.本末転倒,万歳.

三一話をやったとき,「あんな別れ方したら,帰還したあと,イルイちゃん心配でしばらくくっついて離れないよ!」と思ったものです.だから,このあと数日,ずーっとくっついて歩いてます.きっと.

レーツェルが驚いて,周りの人に質問する場面もあったんだけど,キリが良かったんで,割愛.↓な感じ.

レーツェル
あの子は?
ミチル
ゼンガーさんの娘さん.
レーツェル
娘?!――(首を振りながら)我が友も隅に置けないな……

しばらくからかってくれるに違いない.