As Good As Gold
イルイはそっと鏡をのぞいた。
自分の金色の目が見つめかえしている。
しばらく鏡を見つめた後で、イルイは小さくため息をついた。
ノヴィス・ノアに寄った日は、寒かったけれど天気はとても良かった。
「あ、イルイ」
「みつけたも」
廊下でばったり出会ったクマゾーたちは上着を着込んで外に出る準備をしている。
「さがしてたんだも」
「どうしたの?」
「お外で遊ぶの。イルイもおいでよ」
「うん」
アカリにさそわれて、イルイは嬉しそうに答えた。
「イルイ、暖かいカッコしてこなきゃダメよ」
側で聞いていた比瑪が言うと、
「うん、コート着てくる」
「先に外にいるね。出口のところで待ってる」
「うん」
イルイは急いで部屋に戻って、コートとマフラーとてぶくろを手早く身につけた。
やや小走りに廊下を急ぐ。大空魔竜の開口部へ繋がる廊下にはいると、前に見える出入り口は開いていて、白い四角に見える。その白い四角の手前、格納庫の辺りに銀髪の男を見つけ、イルイは急ぎ足をゆるめた。
ゼンガーは整備士と一緒に立っていて、何やら話し込んでいた。ときどき、格納庫の方を指し示している。
――ロボットのお話してるのかな。
イルイが口を開こうとした時、外でわあっと歓声が上がった。
子供たちの笑い声に気を引かれ、立っている二人の男が揃って明るい開口部に顔を向けた。
柔らかい日の光の中の光景を見ていたゼンガーの目が、分かるか分からないかぐらい微かに、ふ、と細められた。
廊下の日の射さないあたりにいたイルイは、自分に背を向けているゼンガーと日の当たる場所を見比べて、急に寂しくなった。
イルイは一度立ち止まった。
それから、下を向いて二人の男の脇を小走りに駆け抜けた。
OVAがしきりに首をひねっているのでどうしたのかと声をかけると、困惑したような声が返ってきた。
「このごろ、子供たちがおとなしいような気がして」
「いいじゃない」
「なんだか逆に心配になるんです」
いかにも機械然としているOVAが人間臭く見えるのがおかしくて、ミチルは笑いをかみ殺した。
「きっとクリスマスが近いからよ。うちの元気もそうだもの」
「元気?」
「弟なの」
「ああ。その元気君もクリスマスが近いと――」
「神妙なものよ。ちょっとだけね」
フフフ、とミチルは小さく笑った。
「俺さ、そういうの見てると――」
武蔵はちょっとばつが悪そうに頭をかいた。
「――テスト前に一夜漬けしてるような気になる」
「お前らしいぜ」
竜馬が言うと、ひとしきり笑いが起きた。
「クリスマスにはどこにいるかしら」
「雪が積もってるといいな」
「宇宙かもな」
大空魔竜はいまだ航行中である……
たいした意味がなかったのはよく分かっている。
ほんの短い会話だった。
「イルイちゃんて、変わった目の色をしてますよね、少佐」
少し間を置いた答えは短かった。
「……そうだな」
つまりは、それだけだった。
通りかかったイルイの耳に入ったのも偶然だった。
最初に話をふった乗組員も、別に何の気はなかったろう。
でも、その晩、イルイは鏡を眺めながら、小さな声で自分の映し身につぶやいた。
「気味が悪いよね……」
鏡の中のイルイも同じように口を動かした。
クリスマスが近くなって、ラウンジにはクリスマスツリーが飾られた。
「よくピートが許したもんだな」
「あいつは苦虫噛み潰したような顔してたよ」
「目に浮かぶぜ」
「だから、大文字博士の方に許可取ったのさ」
ツリーを立てたヤマガタケが自慢げに言った。
「あ、クリスマスツリーだ!」
ケン太の声と共に、子供たちがわーっと入って来た。
「すごい。どこから持って来たの?」
「へへ、お前ら、この縦綱様に感謝しろよ」
「なりそこねだろ?」
「うるせえ、サンシロー」
護は目を輝かせながらツリーの周りを一周してからヤマガタケを振り返った。
「ね、ヤマガタケさん、飾りは?」
「あー、そいつはまだだ」
「飾っていい?」
「おう、いいぜ。じゃ、飾りは任せた」
他の子供たちがわいわい言っている横で、金髪の少女が困ったような顔をしているので、ミドリが声をかけた。
「どうしたの、イルイちゃん」
色白の顔をちょっと赤らめながら、イルイはおずおずときいてきた。
「クリスマスって?」
「あ……」
だんだんと明るい表情を見せるようになったので失念しがちだが、そもそもイルイは記憶を失っているのだ。少し痛ましく思いながら少女をなで、ミドリは優しく言った。
「イエスという方が生まれた日と言われているの。イエス様というのは神様の子供ね。その日にはサンタクロースという白いおひげのおじいさんがいい子にプレゼントをくれるのよ」
「サンタクロース?」
「そう。プレゼントを空飛ぶソリに乗せて、世界中の子供に配るの。トナカイがソリを引っ張ってそのお手伝いをするの」
地域によっていろいろだが、だいたいはそんな感じの話だったはずだ。
ミドリはイルイにほほ笑みかけた。
「イルイちゃん、いい子にしてたからきっとプレゼントもらえるわ」
「本当?」
「きっとね。もらえるとしたら何がいい?」
イルイは口を開きかけたのに、急にやめてしまった。
「思いつかない」
そうだろうか?
何か本当は欲しい物があったのではないだろうか?
心なしかしゅんとなって見えるのは気のせいだろうか?
クリスマスの朝はいつもより早く目が覚めた。
あたたかい日の光が頬に当たって、とても気持ちがよかった。そう、何かいいことがありそうな、そんな目覚めだった。
――もしかしたら……
顔を洗いに洗面所に行き、踏み台に上って、ドキドキしながら鏡をのぞいて見た。
いつもどおり金の瞳がイルイを見つめ返していた。
イルイはみるみる表情を曇らせた。
「分かってる」
小さくつぶやくと、鏡の中の映し身も同じ言葉をつぶやいた。
「無理だって……分かってた」
サンタさんがどんな人かは知らないけれど、無理なプレゼントを願うのはわがままだと思った。
イルイは顔を洗ってしまおうと蛇口をひねった。
水はたいそう冷たかった。
ラウンジに行くと、人々が談笑する中で、一人ビューワーに見入っている男がいた。
少女は持って来たコーヒーをこぼさないように、ゆっくりゆっくり男に近づいた。それと気づいて、ゼンガーは目を上げた。
イルイは波立つコーヒーの表面を真剣に見つめている。トレーをあぶなっかしい手つきで捧げ持ってくるイルイを、ゼンガーは黙って見守った。
やっとゼンガーのいるテーブルまでたどりつくと、トレーを置いて、イルイはほっと一息ついた。
「ゼンガー、コーヒー持って来た」
「すまんな」
コーヒーカップに口をつけようとして、少女がじっと自分を見つめているのに気が付いた。
見つめてくるのはいつものことだ。しかし、いつもならコーヒーの味について何と言われるかと期待を込めて見上げてくるのに、今日はなぜか悲しげなまなざしをしている。
「どうしたんだ」
コーヒーはひとまずおいて問いかけると、イルイは下を向き、ずいぶんと迷ってから顔を上げ、小さな声で言った。
「ゼンガーの目……きれい」
強面の武人は一瞬固まり、次に眉根を寄せた。
「青くって。空の色みたい」
ぽつりぽつりと続けたイルイは、また下を向いてしまった。
「それに比べて……私の目、すごく変。変な色」
「おまえの目は――」
男の声が重なったのに驚いて、少女は顔を上げた。
「――日溜まりの色だ」
「ひだまりの色?」
そうだ、ゼンガーは重々しく頷き、窓の外を指さした。
「日の当たる場所を見るたびにお前の目を思い出す」
イルイがその明るい光景から視線を移すと、ゼンガーがわずかに目を細めてイルイを見つめていた。
「暖かい色だ」
はっとするほど鮮やかな青い瞳が、確かにイルイだけに向けられている。
イルイは赤くなってうつむいた。
クリスマスの日、イルイは欲しかった物をもらえなかった。
でも、その日、イルイは幸せだった。
2005.12.23 初稿
補足説明
ゼンガーはこういう台詞を素で言いそうだと思っているんですが,どうでしょう.
だってあんた,機体乗り換えの時に「武神装攻ダイゼンガー!」などと叫ぶような人間には恥ずかしいことなんて何もないよ.
ツッコミかボケかと言われれば,ゼンガーはボケだと思うんだけど,「天然」というような柔らかい物じゃなくて、「ツッコミを物ともしないボケ」とか「驀進するボケ」とかそういう感じだとも思います.何というか,本人大真面目に常人と違う方向へと邁進していきそうな気がするんですよ.
この話はもともと某所で「イルイの瞳の色を喩えるとしたら」という記述を読んだときに「日だまり色だなあ」と思ったところから始まっております.それで,常々,ゼンガーに「日溜まり色だ」と言わせたかったのです.白状してしまうと,そのコメントを読むまでイルイちゃんが金色の瞳をしていることに気づいていませんでした.じゃあ何を見ていたのかと言われると何とも言いようがないんですが.どうも,私はあんまり何も見ていないようでして.こんなんだから人の名前と顔を覚えられないのでしょう.
閑話休題.
最初,クリスマスに何か書こうかと思ったとき,思いついた話ってのがなぜか悲しげだったので(こっちもそのうち書くよ.書く元気が出たら),急遽,目の色のネタに差し替えました.
題名の『As Good As Gold』はダブルミーニングのつもりです,一応.なんだってこんな慣用句を知っていたかと言えば,コリン・デクスターのモース警部シリーズの一編『信頼される警察』の原題だったからです.
つくづく「可愛らしい文体」「可愛らしい話」は苦手だと思いました.