たたきうり
午後も遅い時刻だった。
DC本部を歩いていたソフィアは、自分を呼び止める声に振り返った。
「ソフィア・ネート博士、ですな?」
恰幅のよい年の頃五〇ぐらいの男性である。制服からすると軍人だろう。素早く肩章を見て取った。将官である。
ソフィアは少し用心しながらうなずいた。
「ええ、わたくしがソフィア・ネートです」
「今度、アーク計画の総責任者になるという?」
「はい、総帥より拝命いたしました。それが何か?」
険のある言い方にならないように、極力柔らかい声を心掛ける。
「その計画には防衛の軍人も必要なのではないのかね?」
「ええ。守備部隊は計画の主要な柱のひとつであると考えています」
「人選は決まっているのかね?」
「いいえ。これからです。わたくしはほとんど研究畑にいましたので、軍に疎いのです。ご助言いただけると幸いですわ」
ソフィアはオブラートに包んだ声で儀礼的に言った。が、相手は予想外に熱心に大きくうなずいたのだ。
「うむ、格好の人物がいる」
「どなたですか?」
「ゼンガー・ゾンボルトといって……」
ソフィアはあわてて相手をさえぎった。
「待ってください、あのゼンガー少佐ですか?」
「おそらく、そのゼンガー少佐だ」
「あの、巨大出刃包丁を人型機動兵器で振り回しているとか、何かというと大声で名乗るとか、話が長くなると相手が誰であろうと『黙れ、そして聞け!』で押し通すとかいう噂のある?!」
「間違いなくそのゼンガー少佐だ。そして、それは事実だ」
「無理です。私は普通の、しかも軍人でもない科学者なんですよ。そんな人、抑えられるわけないじゃないですか」
「そこをなんとか。君ならできる!」
「根拠なく受け合わないでください!」
「頼むよ。今ならエルザム少佐もつけるから」
「どさくさに紛れて難しい人を増やさないでください!火に油だって聞いています!」
「二人とも有能なんだ。これは保証する。ただ、激しく世間とズレているだけだ」
「それが大きな問題なんじゃあるませんか!」
困り切ってフルフルと首を振るソフィアの両手を取って、相手は目を涙で潤ませながら言い募った。
「この通り!私の胃のためにどうか!」
ソフィアは自分の手を引き抜き、拭うための物を求めて手をさ迷わせ、上体を乗り出している相手から離れようと一歩下がった。
五〇にもなろうかという大の男が目を潤ませているというのも、恐ろしい物がある。
ソフィアは気圧されたのと、哀れになったのと、この場を逃れたかったのとで思わず言ってしまった。
「わ、分かりました」
「恩にきるよ、博士」
「一人だけですよ!」
今度はソフィアが泣きそうになっていた。
「本当に?」
「要りません」
「お買い得だよ?」
なんの買い物なのか、と思いながらソフィアは青くなって首を振った。
「無理です、やめてください」
「ああ……そうだね。眠れなくなることは請け合うよ」
取りようによっては危うい言い草で、抗議しようかどうか迷ったのだが、あまりにも相手ががっかりしているので、とうとう言い出せなかった。
「では、ゼンガー少佐にはなるべく早く博士の下に出頭するよう言っておくよ」
あなたの胃のために、とソフィアは心の中で付け足した。
去って行く将官の背中を疲れたように見つめ、それから夕日なんぞを遠い目をして眺めながら、ソフィアは深くため息をついた。
平成18年9月3日 初稿
補足説明
9月1日にきさいしさんと遊んでもらったのですが,その時に「(DGGシリーズをすべてアースクレイドルに配備するつもりだったことから考えるに)ゼンガーとレーツェルをネート博士の部下にするのは間違ってると思う」という意見を聞いていて,突然浮かびました.
んー……頑張れ.