ブラック・コーヒー
いろんな人がいろんな質問をして、それに答えてをくりかえす。
しばらくそれを続けていたとき、ブライトさんがふと壁の時計を見た。
「もう、こんな時間か」
「疲れたでしょう、イルイちゃん」
ミドリさんが背中に手をそえてくれた。
やっぱりここの人たちはとてもやさしい。
――そうでしょう、ガンエデン。
――ええ、本当に。あなたの言ったとおり。
「私なら、大丈夫です」
すると、マックスさんが笑みを浮かべながら言った。
「気を遣わなくていい。我々が大丈夫ではないのだから。艦に戻ってやらなければならないこともある」
「いかがでしょう、大文字博士。今日はこれぐらいにしては」
隣にいたきれいな女の人――ミリアさんと言って、マックスさんの奥さんなのだそうだ――がそう言うと、大文字博士もうなずいた。
「そうだな。今までの話を検討する必要もある」
「では、これで解散にしましょう」
みんながバラバラと立ち上がった。
「イルイさんはどの艦に?」
きれいな声をころがすように、やわらかくきいたのはラクスさん。
「大空魔竜だ」
ラー・カイラムと大空魔竜からやってきた数名の声が揃って返ってきて、ラクスさんだけでなくマリューさんやミサトさんも目をぱちくりさせた。
イルイもちょっと首をかしげてそばにいるミドリを見上げた。
そのミドリがイルイに笑いかけた。
「だって、大空魔竜には少佐がいるもの」
イルイはみるみるほおを赤らめて、それでも、うん、とうなずいた。
――あのね、ガンエデン。おねがいがあるんだけど……
――いいでしょう。これからしばらくはあなたの時間。
――ありがとう。
もう寝ちゃってたらどうしようと思いながら、イルイはコンコンとノックした。
「開いている」
中から声が返ってきたけれど、手がふさがっていたイルイは困ってしまった。
おぼんを片手で支えようと胸との間に挟むようにして持って、どうにか空いたもう片方の手を開閉スイッチの方にぷるぷると伸ばす。
もうちょっと。
その時、ドアが開き、イルイはおぼんごとひっくりかえりそうになった。
「あ……」
中から伸びてきた腕が、おぼんを取り上げ、イルイも支えた。
「ゼンガー……」
「イルイ」
「あ、あのね……!コーヒー……持ってきた……」
消え入りそうな声でそう言うと、ゼンガーはちょっと目を見張ってから視線に柔らかい物を加えた。
少し安心して、イルイはゼンガーからおぼんを取り返すと、おずおずと言った。
「飲んで……くれる……?」
「ああ」
イルイが招き入れられた部屋は、ほとんど何もない。
――全然変わらない……
ゼンガーはベッドの端に座った。
――やさしい人ですね。
――え?
――目線を合わせているのでしょう?
――あ……
イルイが来るとゼンガーはいつも椅子ではなくてベッドに座った。それをイルイは前にはなんとも思っていなかったけれど。
――ベッドの方が低いからだったんだ。
イルイは改めておぼんからカップを取り上げゼンガーに渡した。
ゼンガーは受け皿を左手で持ち、右手でカップを持ち上げた。
口元に近づけられたカップが少し傾いたところで止まった。
イルイは動きを止めたゼンガーを見てだんだん心配になってきた。
今日はちゃんと何も入れてない……はず……
「ブラックだな」
ちょっと口を離すと、ゼンガーはそう呟いた。
言われてイルイは赤くなった。前に入れてしまった数々の混入物を思い出したのだ。
ゼンガーはゆっくりとコーヒーを飲み干すと、イルイにカップを返した。
「おいしかった?」
「ああ」
しばし、ゼンガーの視線がやわらかくイルイの上に止まった。
――礼が……
――?
――感謝の言葉が聞こえますね……
おだやかな意識の流れだった。それは、イルイの頭の奥底に深く静かに染み入った。コーヒーに対するお礼だけとはとても思えないほど深く。暖かく。
急に胸がシクシクと痛んだ。
以前のように、ゼンガーの横に座りたかったのだ。座ってピッタリくっついて、いろんなことを話したいと思った。
それをためらったのは。
――ごめんなさいね、イルイ。
――ううん……
何も知らない無邪気で小さなイルイでないのが、今、とても寂しかった。
平成一八年八月三〇日 初稿
補足説明
イルイ=ガンエデンはどういう存在なんでしょうか.
私的にはイルイとガンエデンの意識とが妙な混じり方をしちゃってて,説明台詞吐いてる時とか能力行使をしているときはガンエデンの意識が強くって,それ以外の時はイルイの意識が強いというのを想定.
いや,だって,イルイは人見知りで控えめの小さな女の子っちゅうのが好みなんだもん(好みか!).なので,3次αは話し方が大人びててちょっと寂しい.
イルイはコーヒーにいろんな物を混入していると思います.砂糖や酒だけでなく.絶対しょうゆは入れてると思う.