跳ぶ

イデオンを介した無限力がゲベルを完全に捕らえている。

対消滅が始まる。

呪詛と共に吐き出されるゲベルの力は吐き出されるそばから(つい)えていく。

もう、終わりなのだ。

空間が歪んで行く。

〈各機、退避!!イデオンとケイサル・エフェスから可能な限り離れろ!!〉

よい判断だ。

〈で、でも、イルイが!〉

優しい戸惑いだ。

イルイは自然に微笑むことができた。

〈イルイ!!〉

大好きな。大好きな人たち。

イルイは――あるいはガンエデンは――無限力をこの手に呼び込み、退避しつつある機体を次々に跳躍させた。故郷へと、故郷へと。彼らはそれに見合う努力をしたのだ。これぐらいの御褒美はあっていい。

イデオンとイルイはこの場に漂うことになるけれど。

誰かの雄叫びがした。

霊帝と名乗った者の機体が崩壊を始めている。

大雷鳳は時空の歪みの近くにあって、調整が難しい。しかし、イルイはそれも〈掴んだ〉。

「さようなら……」

別れの言葉は気負い無く零れた。

と、その時。

イルイは信じられないものを見た。

鎧武者の姿をした機体がイルイに向かって一直線に(はし)ってくるのだ。それは、すなわち歪みの中心、崩壊するゲベル・ガンエデンの爆心に突っ込むということだ。

「ゼンガー……!だめ!」

声など聞こえるはずがない。しかし、叫ばずにいられなかった。

「だめ!来ちゃだめ!おねが……っ!?」

驚いて、今度は言葉すら失った。

――開く……!

開きかかっているのか、開こうとしているのか、コクピットを収めている胸部が上がりかけている。

イルイは無限力へのアクセスをほうりだし、夢中でダイゼンガーへと〈飛んだ〉。

自分でもよく分からなかった。宇宙空間から機体の中へ。重力に捕らわれた、と思うなり、イルイは叫ぶように力を解放した。

「ガンエデン、おねがい、ここから……!!」

〈無茶だぜ、まったく〉

通信機を通した声を、イルイは夢現に聞いていた。

「……」

〈ま、人のこと言えないんだけど〉

「……」

〈イルイは?〉

「眠っている。怪我は無い」

頭の上の方から声がする。

〈そっか……。ここ、どこなんだろうな〉

「分からん。――通信はそろそろ中止しろ。できるだけ長くもたせねばならん」

〈了解。見張りはこっちでするよ。そっちは二人乗りだからな。あんたの機体のエネルギーは全部生命維持装置に回してくれ〉

「頼む」

通信が切れる前に、笑いを含んだような声で、「あんたに頼まれるなんてな」と言うのが聞こえた。

それから、駆動音が消え、フワリ、と身体が浮いた。重力制御装置を切ったのだろう。身体が浮くと同時に暖かい気配に包まれた。

ぼんやりと目を開け、二、三度瞬きをした。

イルイはゼンガーに抱き抱えられていた。漂う身体をぶつけないように注意深く包まれていた。

――ガンエデン……

呼びかけに対する気配が無い。爆発から逃げることだけを考えて無理矢理跳んだのが悪かったのだろう。

イルイは目を伏せた。

「ゼンガー……」

「起きたか」

胸にぴったりと耳をつけていたので、声が振動と共に伝わった。

ダイゼンガーと大雷鳳は、何も無い暗い空間を漂っている。助けなどいつ来るか分からない。来ないかもしれない。

――きっと、来ない。

イルイはゼンガーの顔を見なかった。

「私、ちゃんとみんなを返すつもりだったのに……」

「その〈皆〉にお前は含まれていたのか?」

イルイはキュッと身体を強ばらせた。

「別れを告げたのはどういうわけだ?」

「それは……」

ゼンガーの声は堅かった。

――怒ってる?

でも、イルイは大好きな人たちを助けたかっただけなのだ。なのに、ここにゼンガーがいては意味がない。

「イルイ、お前は残るつもりだったな?」

「……」

「あの場で朽ち果てるつもりだったな?」

「……」

「銀河の果てで一人冷たくなっていくことはどんなに悲しいことかと考えはしなかったのか」

「……」

イルイは(かたく)なに答えなかった。

――それでも生きてほしい人たちが――生きてほしい人がいたから……!

「イルイ……」

声が低い低い囁き声になった。

「イルイ、俺は既にお前を失っている……。一度でたくさんだ……あんなことは。二度は……」

ああ。

イルイは理解した。

ああ……!

ため息をつくように理解した。

ゼンガーは怒っているわけでも(なじ)っているわけでもないのだ。

イルイはギュッとしがみつく拳に力を入れた。

突然、怖くなった。胸の奥底から震えが止まらなくなり、吐き気がするほど怖くなった。

今暖かいこの男が、やがて冷たくなってしまう。誰も来ないこの空間で冷たくなってしまう。

「イルイ?……大丈夫か、イルイ」

違う!違う、違う、違う!私じゃない!私の事なんかじゃない!

イルイは怯えるあまり、男の呼びかけにも答えられなくなった。そして、狂ったように呼んだ。

――ガンエデン、ガンエデン、ガンエデン!お願い、助けて!私はどうなってもいいから!なんでもするから!お願い、ゼンガーを助けて!お願い!

「イルイ!どうした?!」

説明もできずに、小さな神子は目をギュッとつぶって呼びかけ続けた。

――私だけじゃ跳べない!どこなのかも分からない!お願い!

――……

気配があった。イルイはハッと目を見開いた。

――ガンエデン?

――イルイ……

微かすぎて、応じる声になかなか気づかなかったのだ。それに気づくと同時にイルイは絶望した。

こんなに力の気配が微かでは。

――なんでも……するから。

きっと、力は残っていない。

――……どうなっても……いいから。

虚ろに思考を繰り返すと、優しい声が頭に響いた。

――イルイ、小さなイルイ。あなたはゼンガーの言葉を聞いていなかったのですか?

――え……

――一緒に帰らなければ意味はないのですよ。

――でも……

――一緒に帰りたくはないのですか?

一瞬、詰まった。そして、堪えきれなくなった。

「……帰りたい!一緒に……っ!」

抱き締める腕に力がこもった。イルイはいつの間にか泣いていた。

――イルイ、落ち着いて……

――だって、ガンエデンもそんなに弱ってちゃ!

――大丈夫。落ち着いて私に心を重ねなさい……見えるでしょう?聞こえるでしょう?

――え……

〈見え〉た。

驚いたようなリュウセイ。気配に呼びかけるマイ。

〈うん……!そうだ!こっちだ、イルイ!〉

――リュウセイ!マイ!

――さあ、イルイ……

促され、目を閉じ、落ち着いてガンエデンの力に自分を重ねる。〈力〉の持ち主だけでなく、たくさんの淡くて優しくて力強い気持ちの重なりが網のようにイルイを捕らえた。

大好きな。大好きな人たち。

「イルイ」

目を開ける。自分を守る剣となると誓ってくれた人がそこにいる。

イルイは目を転じた。

(みち)だ。路が視えた。遥かなる家路が。

跳びたい。

――ううん、跳ぶ!

確かな手応えがあった。

危なげなく、二機が〈跳ぶ〉。

跳躍の流れに乗ると、ガンエデンは緩やかな笑みを浮かべた。

まもなく、あの青い星に着く。彼女が終の棲家とすることを定めたあの星に。そのとき、彼女への呼び声が意識の中に流れ込んできた。

――そこにいるのか、ガンエデン。

女神は軽い驚きと共にその声を聞いた。

――ゼンガー……

声を聞いたというのは正確には当たらない。自分が男の思考を無意識に拾い上げているのだ。

――感謝する。

途端にナシム・ガンエデンは消え行く自分に悲しみを覚え、辛うじて自制した。

今、この時、ガンエデンは神であろうとしたし、神は泣かないものだろうと思ったからだ。

水を湛えた青い星。

故郷である。

通信機越しに歓呼の声がする。

機体内部の重力制御も正常に戻され、イルイはゼンガーに抱え上げられている。

今度こそ、イルイは微笑んだ。見送る喜びではなく、同じ場所にいる喜びに。

「イルイ……」

呼びかけられて、イルイはゼンガーの首筋に腕を回した。

「うん……」

平成一九年五月二三日 初稿

補足説明

ベッタベタなもん書きたくなって書いてみましたが,芸風に合わんなあと思いました.

ここだけ切り取ってもつまんないしね.ザクザクと何かが起きる話を書きたい物だなあ.

ツッコミどころはいろいろあれど,一番のツッコミどころは,トウマ居るのに二人だけの世界か,お前ら!ってとこだと思ってます.

ガンエデンはガンエデンでゼンガーのこと好きなんじゃないかと思います.複雑な.

こんなん書いてるけど,あの「さようなら……」は,「ナシム→ゲベル」か,「ガンエデン→みんな」だったんじゃないかと最近は思っています.