外に在り、宴を聴く
談笑の空間には良い匂いがただよっている。
ビッグオーダールームにはいつになく人々が集まり、ひしめき合っている。パイロットたちだけでなく、通信士や整備士、衛生兵、それどころか艦長以下の
この部屋にかくも人が集まることはない。いや、この部屋と言わず、かくも人が集まることはない。この艦だけでなくαナンバーズの保有する全艦から運航に必要な最低限の人員を残してほとんど皆が集まってきているのだろう。
浮き立つ部屋の入り口に赤いタキシードの男が現れた。それだけで衆目を惹くのは、何も服装のせいではあるまい。それは、男の身に纏う天性の物のせいだ。
「……みんな集まっているようだね。さあ、パーティーの始まりだ!」
――この男は失わなかった。
万丈は子供たちに向かって笑みを見せた。その様子を見ながら会話を交わす人々にも笑みが見える。
付き合いは短いが、万丈がこの部隊の中核を成していることはゼンガーにも分かった。
――そうだ、この部隊はこの男を欠かずに済んだ。
「では、乾杯の挨拶をエイパー・シナプス大佐にお願いします」
「うむ」
指名を受けたシナプスが一歩前に出る。
「諸君……連日の戦い、ご苦労である。諸君らの活躍により、αナンバーズは何とか今日まで生き延びることが出来た。…………」
老練の艦長が急に黙り込んだ理由が分かる気がした。
感慨だ、それは。困難な戦いにあって、まだ生き残っているという。
――もっとも、俺のような若輩者が大佐の気持ちを分かるなどとはおこがましいのだろう。
「いや、どうも年をとると話が長くなっていかんな。では、諸君……グラスを持ってくれ」
少佐も、とにこやかに差し出されたグラスを、ゼンガーは反射的に受け取った。
「乾杯」
「乾杯!」
「乾杯!」
シナプスの発声に続いて、次々に声が唱和された。平均年齢の低いこの部隊の乾杯の声は若々しく躍る。
ゼンガーは上げたグラスをそのまま胸の前に降ろした。
体格のいい連中が見事な速度で食べ物をかき消している。
――あれで味が分かるのだろうか?
火麻とゴルディマーグとモンシアは息継ぐようにグラスを空けては豪快な笑いをたてている。
――真似できんな、あれは。
向こうではコウが猛然とニンジンを食べている。
――雄叫びを上げるほどニンジンが好きというのも珍しい。
万丈のアシスタント二人が争うようにして男に料理を差し出している。
――あの者たちは守られた。
囲まれた男もまんざらではないようだ。
――あの男は守った。
ゼンガーはさんざめく人々をただ黙って眺めた。
しばらくそうやって眺めた後で、ゼンガーはグラスを傍らのテーブルに置くと、静かに部屋を出て行った。
廊下をゆっくり歩く。
人々の語り合う声が背後から聞こえてくる。
程近い格納庫――正確に言うと、その隣の制御室――の扉をくぐった。この格納庫には誰もいない。
明かりを点けると、ゼンガーは後ろ手に扉を動かし、最後までは閉めずに細く明けたままにした。それから、制御パネルの前の椅子に座り、強化ガラス越しに格納庫の中を見た。
ゼンガーの居る小部屋から漏れる弱い明かりの中に彼自身の乗機が佇んでいる。
ゼンガーにとってそれは愛機ではなかった。その単語のもつ柔和な響きは彼の乗機に相応しくなかった。否、そう称したくはなかった。
このアースクレイドルの崩壊を
宴の会場と打って変わった冷えた空気の中でゼンガーはひとり聞いていた。漏れ出で追ってくる明るい喧噪を。
その喧噪に軽い足音が混じった。
ゼンガーは椅子をゆっくり回転させた。
「どうした?」
急に話しかけられて、やってきた少女は驚いたような顔をした。
「あのね……お料理もってきた」
なるほど、イルイは大皿を持っている。
ただ、この見事な盛り付けぶりを見るに、たぶん料理を取ったのはイルイ自身ではあるまい。万丈とその有能な執事あたりが仕掛け人ではなかろうか。
ゼンガーは皿をイルイから取り上げ、パネルの横に置いた。
手の空いた少女は、よじのぼるようにしてゼンガーの横の椅子にちょこんと座り、彼を見上げた。
「ゼンガー……」
小首をかしげる。
「……うれしいの?」
――聡いものだ。
「ああ」
ゼンガーはしっかり肯いた。
「死ななくてよい者が死なずに済むのはいいことだ」
それを聞くと、少女は心から安心したような顔をしてゼンガーと同じようにうなずいた。
部屋の外から一際明るい笑い声が聞こえてきた。
宴はまだ続くことだろう。
平成一八年六月三日 初稿
補足説明
客将は彼なりに上機嫌.