Punkt

テスラ・ライヒ研究所のカフェは、白い内壁とよく考えられた採光とで明るく柔らかい空間で、研究員が集まって議論に花を咲かせる時間帯は、一種のサイエンス・サロンの様相を呈する。

ゼンガーが機体の調整を任せて一杯のコーヒーのために入ったのはちょうどそんな頃合いで、二、三の顔がこちらを向いたぐらいで、弾んだ話が止まることはなかった。

研究者たちの高尚な喧噪の中に、彼は薄い若草色の髪をきれいに結い上げた女性を見つけた。

――ソフィア・ネート博士。

ソフィアは一緒に席に着いている安西エリ博士と、熱心に話をしている。おそらくは現在の解析対象、動き出した龍虎王のことであろう。ソフィアの目は生き生きと輝き、時々楽しげに笑みを浮かべた。

――研究所には慣れられたようだ。

ゼンガーは留めていた視線を女の上から外すと、セルフサービスのコーヒーサーバーに近づいた。

ここのコーヒーは味が良い。凝り性の研究員が豆の仕入れルートを変えて、サーバーも改造したのだという。この研究所らしい逸話ではある。

サーバーの横には伏せられたカップが並んでいる。ゼンガーはその中から大きなマグカップを選んだ。普通の紙コップではなくて大きなカップが用意してあるのも、長い時間を費やすことの多い研究員のためだという。

コーヒーもカップの大きさも、大いにゼンガーの嗜好に合っていた。

ゼンガーは、カフェの空間の隅に座り、おとなしくカップを口に持っていった。一口飲んで窓の外に目を遣ると、外はよく晴れていて、快晴の空が青く続いている。

修羅の攻撃はまだこの研究所には及んでいないようだ。

口を堅く結び、無言で虚空を睨んだ。

それから目をコーヒーに落とすと、またそれを口元に持っていった。

「ゼンガー少佐」

呼ばれて目を上げる。ゼンガーのテーブルのそばにソフィアが立っていた。

「ネート博士」

ゼンガーは立ち上がり、静かに礼をした。

ソフィアは一人になっていた。

「こちら、よろしいかしら」

ソフィアがゼンガーの前の空いた席を指した。

「はい」

二人は同時に座った。

「ご友人は?」

「エリのことですか?格納庫に行きました。ヤルダバオトを見てみると言って」

「ここには慣れられたようですね」

「私ですか。ええ。慣れたと思います」

「そうですか」

「カザハラ所長にはよくしていただいて、空いていた研究室を使わせてもらっています。設備もよいし、各自の端末からすぐに大型計算機を使えるのです。マシンタイムの順番待ちもさほどではないので、仕事がやりやすいのです。それに、ここの研究員の方々は熱心な方が多いし、それぞれ専門の領域には造詣が深くて――」

よっぽど気に入ったのだろう、白い頬を上気させてソフィアは熱をいれて説明した。それを聞きながら、紫の交じる不思議な色の蒼い瞳を、ゼンガーは(じっ)と眺めた。

と、急にソフィアは少し驚いたような顔になって言葉を止めた。

「……博士?」

ゼンガーが問うと、ソフィアは無言で一度瞬いた。長い睫が瞬きと一緒に動く。

「……ああ、ごめんなさい」

我に返ったようにそう言うと、ソフィアは小さく笑った。

「笑っていらっしゃるのを初めて見たものですから」

「……笑っておりましたか、自分は」

「はい、笑っておられました」

ソフィアの瞳に悪戯っぽい色が僅かに現れ、楽しげに揺れている。

――この女性(ひと)はこんなにも豊かに表情を浮かべるのか。

「……博士も」

「え?」

「笑っておられました」

ソフィアはそれには答えず、視線を窓の外に向けると、ポツリと言った。

「ここは、よいところです」

「……」

(なじ)る者と(なじ)られる者だった出会いと比べて、この境遇の違いはどうだろう。いままでの何が狂っても、戦場に出る自分と戦闘を避けようとしたこの女性がこのように話すことはなかった。

横顔の、白磁のような頬を眺め、ゼンガーはくっと目を細めた。

「……また、出撃されるのですね」

しばらく経った後で、ソフィアは外を見たままゆるゆると呟くように言った。

「はい」

すると、すっと青紫の瞳がこちらを向いて、静かにゼンガーの目を視た。

「……ご武運を」

瞬息、ゼンガーは動きを止めた。

重い。

ゼンガーはその重さを受け止めるべく拳に力を入れ、ただ黙して(こうべ)を垂れた。

平成二〇年七月一一日 初稿

補足説明

OG外伝の25話あたり,せっかくテスラ研なのに何にも会話がない.ので,脳内妄想を挿入してみた.なんでこんな題名なのかは自分でもよく分からない.

書いてて不思議だったんだけど,OGのソフィアさんってこれからもずっと「ゼンガー少佐」であって,「ゼンガー」ではないんだなあ,きっと.

この人ら,もう一波乱二波乱ぐらいないと永遠に進まないよ.進まないのは青いからじゃあないんだ,この人ら.背負ってる物が重すぎるんだ.

ゼンガー,現在犯罪者じゃん.「自分,犯罪者ですけど結婚してください」……ない.それはない.この人の性格から言って無理.有り得ない.

ソフィアさんにしたって,「何もかも捨てて付いていく」ってのは無理でしょう.そんなことできるのは無責任に振る舞える立場か性格かじゃないとできないでしょう.

だから,ゼンガーの名誉回復が成って,かつ,アースクレイドルを巡るソフィアさんの立場がはっきりしないと進まねぇんだろうなあ.

ってことを考えると,3次α後のゼンガーのどんなに幸せなことか.