帰還の日

(ふね)の出入り口から見下ろすと、着艦ベイには人々がごった返していた。走り寄るのは乗組員たちの側か、出迎えの側か。あちこちで抱き合う様子が見られる。

ゼンガーは人々が笑顔を浮かべているのを俯瞰して、わずかに口元をほころばせた。

それからゆっくり歩いて、タラップを降りていく。

下まで降りたところで、基地の係の者の敬礼を受けた。答礼を返すと、係員は手元のリストを見て、ゼンガーに言った。

「遅かったですね、ゼンガー少佐。少佐で今回の上陸者はおしまいです」

「そうか」

「まあ、今出てきたのは賢かったかもしれません。最初に出てきた人たちはマスコミだのなんだのに囲まれて、もみくちゃにされてましたから」

「マスコミ?」

そうですよ、と係員が笑った。

「なんたって、皆さん、全宇宙を救った英雄なんですから」

ゼンガーは係員を見下ろし、次いで、自分の手を見た。普段と何ら変わるところがない。いくら英雄と標号されようと、ゼンガーの中身は変わらない。

「少佐?」

「俺が英雄ならば、きっとお前達も英雄なのだろう」

意味を掴みかねて、相手が妙な顔をしている。それを放ってゼンガーは歩き出した。特に深い意味あって言ったわけではない。

真っ先に行かなければならないのはソフィアの下だ。

アースクレイドル無くとも、彼女が彼の上司であることに変わりはない。そうゼンガーは思っている。

月に連絡を入れれば、ソフィアの所在は分かるだろう。それからシャトルの手配をすれば……

段取りを考えながら歩いていたゼンガーは正面からの視線を感じて、そちらへと目を向け、軽い驚きを覚えた。そこにソフィアが立っていたからである。

わざわざ出迎えに来て下さった。

ゼンガーは感謝を覚えながらソフィアの佇む方向へと歩み寄った。

ソフィアはまっすぐにゼンガーを見つめていた。人波はあったが、ゼンガーはたいていの人よりも頭一つ分背が高い。視界は遮られなかった。

ソフィアはいつもの柔らかそうな黒いドレス姿だった。美しい容貌にさほどの表情は浮かんでいない。深い青色の瞳は一時も逸らされずにゼンガーに注がれており、いつも通りの落ち着いた様子に見えた。

ゼンガーは居住まいを正し、ソフィアの真正面に立った。

「ただいま戻りました」

ソフィアは何も言わなかった。何も言わず、ただ一歩ゼンガーに近寄った。会話を交わすにしては近すぎる距離のように思われた。

ゼンガーが訝しく思っていると、ソフィアの手が上がった。指がそっとゼンガーの手の甲に触れる。ソフィアはそれを目でも確かめるように下を向き、ゼンガーの手を見た。女の白い手が、ゼンガーの無骨な手を幾度か撫で、それから腕に触れながら上がってくる。

「博士?」

ソフィアが顔を上げた。それはゼンガーの胸のあたりで、息がかかるほどの距離だった。

「よく……無事で……」

やおら、女のほっそりした腕がゼンガーの首に回され、引き寄せられるように――

自分の唇に触れている柔らかい物がソフィアの唇であることにゼンガーは気がついた。

驚愕よりも、何が起こったのか分からなかったという方が正しい。

見開いたゼンガーの目の前に、ソフィアの閉じたまぶたが見える。まぶたとまつげとが細かく震えている。

――ああ。

ゼンガーはソフィアの背中に腕を回した。ソフィアの身体はすっぽりとゼンガーの腕の中に収まってしまうほど細かった。

――ああ……

ソフィアは強い。それは変わっていないだろう。

だが、自分は彼女の肩がこんなに華奢だったことに気づいていただろうか。

この震える胸の内を隠してどんな思いで自分を見送ったか分かっていただろうか。

ゼンガーは唇を放すと、ソフィアの頭を自分の胸にすっぽりと抱え込んだ。ソフィアはされるがままになって、ゼンガーの腕の中にじっとしている。

「ネート博士……いや、ソフィア……」

ゼンガーは囁いた。

「結婚していただけますか」

胸の中で女の頭が縦にゆっくり頷いた。

ゼンガーは深く深く息を吐いた。

それから、今一度ソフィアの顔を見て、その顎に軽く手を添え、やや上に向けると――

深く静かに口付けた。

平成一九年八月一二日 初稿

補足説明

こら何かというと,3次αトウマ編エンディングで「これからは俺とソフィアが」発言を見たときから,なんとなく思ってたことでして.

という2つの思いこみから成り立ってます.

土日に暑いな〜と思いながらゴロゴロしてたら,なんか文章になって出てきたから書いてみたけど,書いててこっぱずかしくなったので,書きっぱなし.書き逃げ御免.