Someday

トウマは格納庫にやってくると、大雷凰の足をポンと軽く叩いた。

「今日もよろしくな」

格納庫の扉を開けると、まぶしいほどの光が射し込んできた。

戦いが終わってこの方、至極平和だ。

――はやいとこ切り上げてミナキと散歩にでも行きたいなあ。

青い空を見ながら、トウマはウーンと伸びをした。

「早いな、トウマ」

「あ、レーツェル。おはよう。ゼンガー見なかったか?」

「ゼンガーか。あいつは休みだ」

「ええ?!」

驚いてトウマは目を剥いた。

「嘘だろ?!」

「嘘ではない。珍しいことにな」

「休んだことなんてないじゃないか。おまけにいつも残業、残業だ」

「急用だそうだ」

「くそ、模擬戦頼もうと思ってたのに」

「少しは勝てるようになったか」

「……」

黙り込んだトウマを見て、レーツェルは軽く笑い声をたてた。

「まあ、精進するのだな」

「ちぇ……って、アレ?」

トウマはレーツェルの背後を指さした。

「いるじゃないか」

「何?」

レーツェルは振り返った。確かにあの銀髪長身はゼンガーである。どちらかといえば休む方が珍しいのだから、来ていてもさほどにはおかしいわけではない。だが、こちらを見据えてほとんど突進するように大股に歩いてくるのはいったい何故だろう。

驚いた二人の前で立ち止まると、銀髪の男は開口一番、こう言った。

「親を探したい」

しばし固まっていたレーツェルは、トウマの様子を確認し、これまた固まっているのを見て自分が聞いた台詞が幻聴でなかったのを確かめた。

「ゼンガー、話が見えん。誰を探すというのだ。お前の親御に何かあったのか?」

「いや、俺の親は郷里に健在だ」

「え?!生きてんのか!」

声を立てたトウマは慌てて、打ち消すように手を振った。

「いや、そういう意味じゃ……その、イメージじゃなかったから」

「……」

ゼンガーは黙ってトウマを見下ろした。トウマはしどろもどろになりながら、

「えーと、あー、ご健在で何より……」

レーツェルは首を振りながら話を元に戻した。

「親を探すとはどういうことだ」

「イルイを養う親を探したい」

「あんたが引き取ったんだろ?嫌になったら放り出すのか!」

ゼンガーは首を振った。

「仕方がないのだ」

「何がだよ!」

「イルイが泣いて嫌がった」

「へ……?」

「俺の子供になるのは嫌だと」

レーツェルとトウマは顔を見合わせてから、一緒にゼンガーを見直した。男はいつも通り表情に乏しかったのだが、話を聞いてから改めて見てみると、何やら雨に濡れそぼる大型犬を思わせた。

「……イルイがそう言ったのか?」

「はっきりと言ったわけではないのだが」

「何かの間違いじゃ……」

「間違いはない。昨夜、正式に養子にする手続きをすると告げたら――」

「告げたら?」

「しばらく、困ったようにしていたのだが、そのうちに――」

「そのうちに?」

「涙を滲ませながら……首を振った……」

それはショックだろう。

今ひとたび顔を見合わせて、謎の食通と炎のアルバイターは口々に言った。

「何か心当たりはないのか、ゼンガー」

「謝れ。とにかく、謝れ」

「一度の敗北で諦めるお前ではないだろう」

「努力なしに道は開けないって言うじゃないか」

「諦めるのはまだ早いぞ、我が友よ」

「剣神の名がすたるぜ」

「ここで引き下がってどうする」

「押して、押して、押し倒せ」

もはや、言っている方もなんだかよく分からない。

聞いていたゼンガーは黙って目を閉じ、ゆっくり首を振った。

――重傷だ……

三度(みたび)顔を見合わせて、レーツェルとトウマは黙り込んだ。

「ゼンガー少佐が?」

「ああ。見かけはいつも通りなんだけど、『電柱にポスターでも貼ろうかと思ったんだが、それで良からぬ輩に狙われると困る』とか言い出して」

「そんな、ペットの里親探しじゃないんだから……」

「レーツェルには『お前は人脈が広いだろう』と言って、挙げ句に俺にまで『人生経験豊富だろう』って言いだすんだぜ」

「豊富なの?」

少しミナキの声が低くなったので、トウマは慌てて手を振った。

「バイト経験が豊富だってこと」

「……そう」

冷や汗をかきながらトウマは続けた。

「それで、レーツェルがコーヒーでも飲んで落ち着けってロビーに連れて行って、その隙に俺がここに来たわけ」

ミナキは小首をかしげた。

「どうするの?」

「頼むよ、ミナキ。イルイから話を聞いてくれないか?」

「ええ?!私が?」

「ああ。女の子なんだから、俺とかレーツェルとかよりミナキの方がイルイも話しやすいと思うんだ」

「でも、今日の調整はどうするの?確かダブルGシリーズのグランド使用予定は今日だったでしょ?」

「グランドの使用はSRXチームと交替してもらうからさ」

泣いてたらかわいそうだろう?と言われては、ミナキもうなずくしかなかった。

ミナキは恐る恐る呼び鈴を押した。

「はい」

「あの……トウミネ・ミナキです」

「ミナキさん?」

「イルイちゃん?入れてくれる?」

「うん……」

扉が開けられるのを待ちながらミナキは落ち着かないものを感じていた。

ミナキの責任は重大である。白羽の矢を立てられたものの、彼女とて生活のほとんどを雷凰開発だけに捧げて来たという特殊な環境で育っている。うまく聞き出す自信がない。

扉が開いた。

「こ……こんにちは」

「こんにちは、ミナキさん」

ミナキを迎え入れたイルイは、おとなしげな笑みを浮かべていて、いつもと変わったところはない。

ガンエデンがいなくなってしばらく経つと、大人びた話し方もすっかり抜けて、今はもう同年代の子供と何も違わず、多少人見知りのある小さな少女だ。

居間に通されソファに座って、そわそわしだしたミナキを見て、イルイは小首をかしげた。

「あ、あのね……」

「?」

「イルイちゃん、ゼンガー少佐の事は好き?」

いろいろ考えた末に出て来たのが結局のところ、あまりにも直接的な質問だったので、ミナキは自分で焦った。

――私のバカ!

だが、ミナキの内心を知らぬ気に、イルイはちょっと恥ずかしげにしながら、

「うん、大好き」

と答えた。

話が違う。

イルイはゼンガー少佐のことを嫌いなんて言ってなかったわ。おしまい。

――さすがにダメね。

「えーとね、今、ゼンガー少佐がね、」

「?」

「イルイちゃんを引き取ってくれる人を探していて……」

すると、イルイはあからさまにショックを受けたような顔をした。

「ゼンガー、もう、いっしょにいてくれないの?」

その蜜色の瞳が曇って、見る見る涙で一杯になった。

「そそそそそそうじゃなくて……」

窮地に陥ってミナキは慌てた。

「あのね、ゼンガー少佐はイルイちゃんに嫌われたと思ったの」

「ううん。きらいじゃない、きらいじゃない……」

ポロリポロリと涙がこぼれる。

「そうよね、少佐の勘違いよね。泣かないで、ね、お願い」

うつむいたイルイを覗き込んで、ミナキはオロオロした。

――ゼンガー少佐のバカ!

とりあえず、責任を他人に押し付けて、ミナキはイルイの金髪をなでた。

「少佐はね、イルイちゃんが自分の子供になりたくないんだって勘違いしたの」

すると、イルイは潤んだ瞳のままミナキを見上げたのだ。

「ゼンガーの子になりたくないって言ったから、ゼンガー、わたしのこときらいになっちゃったの?」

「え?なりたくないって言ったの?」

「うん……」

「どうして?」

ずいぶんしゃくりあげてから、イルイは小さな声で言った。

「だって……」

ゼンガーは腕組みをして考え込んでいる。

目の前には冷めたコーヒーがある。

レーツェルはだいぶ前に勤務に戻っている。なぜかトウミネ博士が現れないので、SRXチームの方を手伝っているようだ。

ふと人の気配を感じて、顔を上げる。

ミナキ、トウマ、そしてレーツェル。

三人そろってゼンガーの前に立ったのを、さすがに変だと思いながらゼンガーは見上げた。

「ゼンガー、お前は女心が分かっていない」

突然、友人がそう言ったので、ゼンガーは思わず後ろに人がいないか確かめた。

「あんただ、あんた。あんたに言ってるんだ」

トウマがなぜが唸った。

「女……心?」

「そうです!」

思い当たるものがない。

「女とは?」

「イルイだ」

「何を言っている、イルイはまだ子供だぞ」

風圧を感じて、ゼンガーは咄嗟に頭を後ろに反らせた。トウマの蹴りが空を切る。

「あー、くそ、むかつく!今度ばかりはおとなしく蹴られろ!」

「トウマの言う通りだな」

「何を言っている?」

「なんでもいい。さっさと来いよ」

トウマがゼンガーの腕を掴んで引っ張った。

「どこへ」

「帰ってやれ。イルイが泣いているそうだ」

まだ納得のいかない顔はしていたが、ゼンガーは引きずられるように歩きだした。

トウマに引っ張られていくゼンガーに向かってミナキが追い打ちを掛けた。

「それから、ゼンガー少佐!しばらく残業は禁止ですから!」

やりとりを眺めていたヴィレッタが近づいてきた。

「さっき話していた件?」

「ああ」

「解決したの?」

「というより、最初から何も問題はなかった」

「?イルイはなんて言っていたの?」

「それがですね――」

*

「だって……親子になったら……ゼンガーのお嫁さんになれないんでしょ……?」

平成18年10月21日 初稿

補足説明

どういうシチュエーションなんだ,これは.んー,きっとみんなテスラ研勤務なんだよ.(てきとう)

そもそもこの話を考えたのはあちきじゃないっす.

イルイが「だって…親子になったら…お嫁さんになれないんでしょ…?」とは言い出せなくて、モジモジしたり、そのうち涙目になったり「そんなに俺のことがイヤなのか…」とゼンガーはゼンガーで勘違いしてるといい,というメールをいただいて,そりゃあいいと思ってやりとりしているうちにこんなことに.

ソフィアさんいなくてすまん.でも,ソフィアさんいたらこんな騒ぎにならないと思う.ならないよね……頼むから揃って思考があさって向いてるとか言わないで.

「ソフィアさんの子になるのはいいけど,ゼンガーの子になるのはイヤ」という台詞も破壊力満点だなと今,思った.

あ,ゼンガーの親の話はまあ,トウマにああいう反応をして欲しかったというネタだけど,希望としてはですね,健在で,ほんと全然普通の人で,パン屋とか雑貨屋とかがいいっす.客待ちながら揺り椅子で新聞読んでるような父親と,穏やかな笑みを浮かべている母親.「なんであんたらみたいのからあんなのが生まれたんだ?!」みたいな感じで.しかも,ゼンガーは親を尊敬していて,軍人なんて非生産的な物になってしまって,親の職を継がなかったのを負い目に思っている(別に軍人である自分を卑下しているわけでもないんだが)のがええなあと私的には思う.

兄弟.うーん,兄弟いたらさすがにビックリするな.下に妹4人くらいいたらどうするよ.