雀は実に白かった

トウマが訪れたのは、小春日和の朝だった。

玄関を開けて見下ろした自分に、ああ、やっぱりいたな、と言ったからには、休暇であることは確かめていてに違いない。

「届け物」

そう言ってトウマは手に持ったカゴをわずかに持ち上げて見せた。

「雀か」

「どこをどうみたらスズメなんだよ、よく見ろよ、いや普通よく見なくても一目で分かるだろ」

籠の中の鳥は一〇センチ余り。嘴は紅色で、全身は真っ白である。

「白い雀か」

「スズメから離れろよ!文鳥だよ、ブ・ン・チョ・ウ!」

一音節ずつ区切って発音される単語は耳慣れないものだった。おそらく日本語なのだろう。

「チョウには疎くてな」

「チョウじゃない!分かって言ってるだろ、あんた!」

「いや」

盛大にトウマがため息をついた。籠が揺れたのに驚いたのか、鳥が身体の大きさに似ぬ大きな声でチチと鳴いた。

「食べるのか」

「人非人か、あんたは!イルイに持ってきたんだよ!」

トウマはゼンガーを相手にしていても仕方がないと思ったのか、勝手にゼンガーの横から首を突っ込んで、イルイ、イルイと家の中に呼びかけた。

パタパタと小さな足音がして、イルイが廊下に現れ、トウマの姿を見ると、ふわっと笑みを浮かべた。

「こんにちは」

イルイは近づいてきて、トウマとトウマの持っている籠を見上げて、なあに?とでも言いたげに小首をかしげた。

トウマはイルイによく見えるように籠を下げてやった。

「わあ……」

「かわいいだろう?ブンチョウって言うんだ」

「ブンチョウ?」

「ああ。実は俺の友達が預けていったんだけど、イルイに見せてやろうと思ってな」

「わたしに?」

「ああ。よく馴れてて、手に乗るんだぜ?」

「ほんとう?」

手に乗るという単語がよっぽど気を引いたらしい。イルイの目に期待が浮かんで、今にも籠から出してみたそうにしている。

「どうだ、今日一日預かってみる気、ないか?」

「……いいの?」

イルイは覗き込んでいた籠から目を上げた。

「ああ。ただし、よく見張ってくれよ。ゼンガー、こいつを食べる気でいるから」

とたんにイルイはショックを受けたような顔をして、おそるおそるゼンガーを見上げた。

「……」

「食べないで。おねがい。ちゃんと世話するから。おねがい……」

やけに一生懸命懇願するので頷いた。

いずれにせよ捌き方が分からなかったし、捌いたとして食べる部分も少なそうだ。

トウマはそれからイルイに鳥の世話の仕方を教えた。餌も周到に用意してあった。

わざわざこちらにも聞こえるように言っているいるからには、要するにイルイで手に余るようなら、ゼンガーも鳥の世話をしろということだろう。

ストレスになるから、鳥が嫌がるようならあんまり触りすぎないようにと言われて、イルイは神妙に頷いた。

一通り教え終わって、帰るというので、声を掛けた。

「人からの預かり物をさらに預けるというのは感心しない」

するとトウマはニッと笑った。

「ちゃんと了解は取り付けてあるよ。それに、気に入ったなら飼ってもいいんだぜ」

ゼンガーはちらりと籠に気を取られているイルイを見下ろし、それからトウマを見た。トウマは相変わらずニヤニヤしている。

してみると、これは贈り物らしい、とゼンガーは了解した。

トウマの「手に乗る」という説明について、公園の野鳥のような物を想像していたのだが、この鳥はそれ以上だった。公園の鳥は、餌を手に乗せているとついばみには来るが、それでも警戒を怠らず、俊敏な動作で自分が捕まらないようにと気を配る。なのに、この白い鳥はそんな様子がないのだ。

イルイが差し出した手に、ちょんと乗り、ちょこちょこちょこと肩へと歩く。かと思えば、家具の上に乗ったり、またイルイの元に戻ったりと、自由に遊び回っている。

どうも心配なさそうだ、とゼンガーは居間のソファで端末を繰った。

しばらくして気配が近づいてきたので、目を上げると、イルイがにっこり笑ってゼンガーの前に立っていた。指には鳥を乗せている。

「ゼンガー、手、出してくれる?」

請われるままに手を出してやると、イルイは鳥の乗っていない方の手で、ゼンガーの手を望みの形に作ろうとしている。小さな手が触れるのがこそばゆい。

どうやら拳の形を作ろうとしているらしかったので、緩く手を握ると、イルイは今度はゼンガーの人差し指を伸ばした。

自分の望み通りの形にしてしまうと、イルイは小鳥の乗った指をゼンガーの指の前に差し出した。サイズの違う指が平行に並ぶ。

「ほら……おいでって。……え……ま、待って!ダメ!ダメダメ」

何が気に入らなかったのか分からないが、ヂヂヂヂヂと鳴きながら、白い鳥はゼンガーの指をつつきだした。嘴が小さいのでゼンガーの太い指は咬めたものではないが、節の部分の皺をかじられると、それなりに痛い。

イルイはすっかり慌てて、鳥の機嫌を取ろうとしている。ゼンガーはその間じっとしていた。

ようやく鳥が機嫌を直して、ひょいっとゼンガーの指に乗った。そして、なぜか知らぬが、ひどく偉そうに胸を反らして、チチ、と高らかに鳴いた。

イルイはやっと安心してその様子を眺めている。

ゼンガーは鳥の足がひどくか細いことに気がついた。赤みが射した肌色の、掴めば折れそなその足が、これと分かるほど温かいのに感心した。

「かわいいでしょ?」

そうやって見上げるイルイと指の上で誇らしげにしている鳥とをゼンガーは何度か見比べた。それから、そうだな、と言ってイルイの頭をなでた。

夜になって、トウマに言われたとおり、籠に布を掛けてやる。

イルイがおずおずと自分の寝室に籠を置いてはダメかと訊いてきたので、出来るだけ揺らさないように運んでやった。

布の向こうでカサカサと音がする。小さな気配が動いている。

鳥の姿は見えないのに、イルイは籠をとても気にしている。電灯は消してやったが、おそらくすぐには眠れないに違いない。

ゼンガーは一人居間に戻ると、ソファに座って、端末を広げた。そして、日本語の辞書を呼び出した。

bunchoと打つと、すぐに訳語が示された。

“java sparrow”

「やはり雀だ」

ゼンガーは独り言ちた。

2008.1.14 初稿

補足説明

いやもう,なんかともかくブンチョウが飼いたい.ブンチョウの何が素晴らしいって羽毛と翼とあのか細い脚だと思う.