生存者

徐々に。

徐々に世界は認識の中に戻ってくる。

ソフィアは意識をはっきりさせようと頭を振った。

「私は……」

気が付けば端末の前に座っている。

睡眠装置(スリープシステム)に入っていたのでは……」

突然、さきほどから第一級警報(レッドアラート)が鳴り響き、視界が点滅していることに気づいた。

……警告…警告…

「私は起きたの?今は……いつ?」

慌てて立ち上がろうとして立ちくらみを起こし、椅子に再び座り込んだ。ふらつく頭で判断する。

――ここは、アースクレイドルの司令室。

警報が鳴り響き、総責任者である自分の睡眠が解除されたということは――

手を額にあて、立ちくらみの症状をやり過ごした後で、ソフィアは叫んだ。

「メイガス!状況は?!答えなさい、メイガス!」

……アースクレイドル中核部、外壁損傷………地上部に機動兵器多数確認…。防衛システム、並びにマシンセル・システム作動不良…緊急事態発生、緊急事態発生。中核部内部に侵入者…

「侵入者?!」

アースクレイドルが襲われること自体は予測の範囲内だった。しかし、防衛システムの作動すらままならないうちに中核を直接破壊されるとは。

ソフィアは手を白くなるほど握り締めた。そのまま、矢継ぎ早に指示を出す。

「ガーディアンを順番に起こしなさい。すぐに機動兵器に乗せて出撃を。機動兵器の展開が終わったら、ガーディアン以外の人々も順に起こしなさい。急いで!」

……ガーディアン01の……

メイガスのシークエンスの途中で、ぐごうというくぐもった音と激しい揺れが襲った。ソフィアはコンソールに必死に掴まった。メイガスが与えられた命令をこなそうとしているのはモニターの光で分かったが、状況報告の音声は轟音に交じって何も聞こえない。

照明が二、三度明滅して消えた。

しばらくして、赤いぼんやりとした非常灯に切り替わる。大きな揺れは収まったが、爆発音は散発的に続いている。

「メイガス?」

モニターには何も映らない。こちらの命令も認識している様子はない。

ソフィアは立ち上がり、部屋の隅に設けられたパネルを開けた。火花が一度飛び散り右手を焼いたが、痛みをこらえてスイッチを操作し、いくつか配線を変えた。

古い端末に操作を切り替えられるはず。少なくとも、メイガスが実行していたシークエンスや、クレイドル各部の状況をモニターしていた記録部にはアクセスできるはず。

操作をひととおり終えて、ソフィアは最後のスイッチを上げた。

「お願い、来て!」

むずがるようなブゥンという機械音が鳴り、モニターがうっすらと文字を映し出した。

音声入力など望めない。ソフィアはキーボードに飛びついて、叩くように指を走らせた。

そして、手を止めた。

冬眠施設部(スリープセクション)、損傷率一〇〇パーセント。

損傷率一〇〇パーセント……!

血の気が引いた。

死んでしまった、皆。

このアースクレイドルで眠りについた数万という人々が死んでしまった。

ソフィアはモニターを流れる文字もまともに読むこともできず、放心した。

馬鹿げた計画だ、と言われたことがある。

本当に、馬鹿げた計画になった。

この自分の馬鹿げた思いつきに乗った人々すべてが、今、この瞬間、命を断たれた。

自分が殺したのだ。

――あなたの論文に感銘を受けましてね。

そう言った、ライバルとも言える研究者。

――もう、博士ったら。研究に没頭するのもいいですけどね、体には気をつけてくださいよ。

そう言った、勝ち気な助手。

――本当はこんなこと言ってちゃだめなんでしょうけど、未来に行くのが楽しみで。

そう言った、好奇心旺盛の年若い参加者。

そして。

――いいでしょう、ソフィア・ネート博士。自分はあなたの剣となって、あなたと、このクレイドルを守ります。

ゼンガー……。

呆けて白くなった頭が機械的に、モニターに映った文字を処理した。意識の端に引っ掛かりを覚えて、改めて読み直す。それは、メイガスの最後のシークエンスの記録。

〉ガーディアン01のコールドスリープを強制解除。

〉中枢回路損傷。

〉ゲート部緊急浮上。

〉機動兵器01を出撃。

そこで、ソフィアは大きく目を見開いた。

機動兵器01出撃!

「ゼンガー……!」

彼だけは、ゼンガーだけは、間に合っていたのだ。

「神よ……」

この死の(みつ)る惨状にあって、たった一人とはいえ生きる者がいたことに感謝した。それによって他の多くの死が贖われるわけはない。それでも、(ゼロ)よりは遙かにいい。

ソフィアは突然、断続的な衝撃音の理由を悟った。

彼は襲撃者と戦っているのだ。独りで。

ソフィアは立ち上がり、司令部を飛び出した。

今、彼女には放心し絶望することなど許されていない。彼女はできうる限りのことをしなければならないのだ。せっかく生き残った者を、むざむざ死なせないために。

走り出た通路は曲がり、割け、隆起していた。時々揺れが起きるたびに、よろめいて側壁に倒れかかりつつ、ソフィアは脆くなった通路をひた走った。

移動を開始してすぐに気づく。

――上の通路を近づいてくる者がいる。

響く足音は多数だ。それが、メイガスの言った侵入者であることはすぐに察せられた。

ソフィアには逃げ場がなかった。しかし、為すべきことを為す前に捕まるわけにはいかない。

目的地の扉にたどりつく。その前の側壁が崩れて行く手を阻んでいる。ソフィアは弾む息もそのままに、落ちていた鉄の支柱を拾い上げた。てこの原理で瓦礫を除ける。重い扉を引き開ける。

それは。

目の前にあった。

青光りする、人には大きすぎる刀――

ソフィアは(そば)の端末に走り寄った。メイガスによる総合制御ができなくなった時のために、システムは個々のブロックで分割制御できるようになっている。まだここのブロックだけでも回路が生きていれば……

――神よ、もう一度。もう一度彼をお守りください。

はあはあと荒い息をつきながら、ソフィアは端末の動力源を接続する大きなレバーに手をかけた。手のひらがいつのまにか切れていて、血で(ぬめ)っていた。

歯を食いしばり、祈りながらレバーを引く。

最初、何の反応もなく、恐怖が背筋を上ってきた。

だが、唐突に各パネルに光が入った。

「射出機構は!」

真っ先に確認する。射出機構、システム・グリーン。

いける!

また大きな揺れがあった。天井から落ちてきた破片をあわてて避ける。

舞い散る塵埃が晴れてから見上げると、その射出装置が危うい揺れを起こしている。

おそらく、もう一度大きな振動でもあれば、ここはもう崩れ去る。

その時、背後のコンソールから音声が流れ出でた。

“…我に応えよ、メイガス…!参式に新たなる力を…!”

“我に応えよ!メイガス!!”

ソフィアは息を整えようと苦労しながら通信回路を開いた。

「…聞こえ…ますか……ゼンガー……あなたの声……確かに…聞き届けました…」

“ネート博士!ご無事で…!?”

「……今……射出します……これを受け取って…………」

“承知!!”

ソフィアは迷わず射出機構を起動させた。

静かに、威厳すら伴って、刀はカタパルトに載った。カタパルトが徐々に迫り出し――

鋭く空気を裂いて斬艦刀はアースクレイドルを飛び出した。

それと同時に、もろくなった壁面もカタパルトも耐え切れなくなって崩れ落ちた。

ソフィア自身も床の崩落に巻き込まれて落下する。

息がつまり、視界が暗転した。

が、それは一瞬だったようだ。

ソフィアはなんとか手を伸ばして、すがりつくようにコンソールを叩いた。外部の様子がモニタに映る。

刀を持った、機体。ゼンガーの。悪を断つ剣。

ソフィアは微かに笑みを浮かべた。刀を持ったゼンガーは無類に強い。彼がこの場を切り抜けることを彼女は確信した。

床に座り込み目を閉じると、通路から複数の足音が聞こえてきた。侵入者はもうすぐそこなのだろう。

しぶとく生きていた通信機から声が聞こえる。

“博士!今、参ります!!”

「…来てはなりません…!私は、もう……!」

ソフィアは強い口調で通信機に向かって叫んだ。

“!?”

相手の息を呑むかすかな音が通信機越しに聞こえた。突然、モニタに見知らぬ機体が迫りくるのが見えた。

「!」

あれが、襲撃者。

奇妙な機体だった。優雅にすら見える黄色い機体。

“この私に傷をつけた報いだ!”

“させん!!”

グルンガストが突進しようとするのが見える。ソフィアは再び叫んだ。

「来てはなりません、ゼンガー!!」

“博士!?”

「あなたは私達の最後の希望…!ここから脱出し……」

“そこまでだ!!”

――ごめんなさい。ここに集った同志たち。可惜(あたら)命を散らせてしまったのは、私の責任。

――ゼンガー。私を許して。独り生き残る道を強いた私を……許し……

平成一七年一一月一〇日 初稿

補足説明

第一話をソフィアさんから見たらこんな感じか?まあ,こんなに走り回ってなさそうだけど.

ゲームクリア後,ゼンガーはソフィアさんの申し出を断って旅立つわけですが,多分,「その言葉だけで十分です」と思ってのことだろう.でも,書いてて気づいたんだけど,ことアースクレイドルの崩壊に関しては,総責任者であるソフィアの方がゼンガーより自責の念は強いのではなかろうか.

とりあえず,全力でなぐさめろ,ゼンガー!!