ふるえるもの

ビルが倒壊しようとする、そこへ咄嗟にグルンガストを滑り込ませた。強い衝撃があり、身体(からだ)が前にのめった。が、元より堅牢な機体は軋みつつもなんとか保たれている。真っ先にモニターを確認すると、少女を抱えた(ひろし)は無事だった。

ゼンガーはコクピットを開け、(ひろし)の方に手を伸ばした。

「その子は俺が預かる。だから、お前は行け。お前の戦場へ。お前が倒すべき敵の所へ」

(ひろし)は少女を抱えたままゼンガーを見上げ、やや長めの沈黙の後に言った。

「いや、どうやら俺の戦場はあんた達と同じ所のようだぜ」

ゼンガーは目を見張った。

「母さんとまゆみを守れても……俺達の世界が滅びちまったら、何の意味もねえからな」

「お前……!」

何故にこの青年が考えを変えたかは分からない。だが、戦場は時に人を正直にする。この男は元よりこういう男なのだろう。

(ひろし)はゼンガーに少女を渡すと、叫んだ。

「ミッチー!俺にジーグ・パーツをくれ!!」

それを合図に、ゼンガーは淡い金髪の少女を抱え上げコクピットに座った。

開口部を閉め、鋼鉄ジーグと化した(ひろし)が退いたのを確認してから軋むグルンガストを左方向にずらすと、支えを失ったビルは瓦礫となって道路を埋め尽くした。

コクピットは単座である。ゼンガーは少女を自分の膝の上に座らせた。

「俺に掴まれ」

言ったことが理解できていないのか、少女は固まって動かない。片手で少女を抱えざるを得ず、ゼンガーは眉根を寄せた。

トクトクトクトク。

伝わってくる鼓動が切れ目ないほど速かった。突然捕まえられて手の中で(すく)む小鳥のようだ。

この少女にとって、自分はおそらくリクレイマーどもとそう変わりはない。

「おい!あんた!」

通信機に(ひろし)の声が入った。ゼンガーは咄嗟に勘と反射で操縦桿を引いた。モニター越しに白く動くものを捉えたのは、ビームを避けてからだ。

グランチャー!

「まだ向かってくるか!ならば、容赦はせんぞ!!」

ゼンガーが吼えたとたん、

「あ……」

小さく悲鳴のような物をこぼして、少女はゼンガーのコートにしがみついた。

すかさず、自由になった右手で操縦桿を握り、背中から引き抜いた斬艦刀で迫っていたグランチャーを叩き切った。

少女は震えているが、これでなんとかまともに操縦できる。

「今だけのことだ。我慢しろ」

ゼンガーの言葉など聞こえている様子もなく、少女の身体は細かく震え続けている。そして、ゼンガーが得物を振るい敵を粉砕するたびに、小さく縮こまった。

本隊から離れてしまったこの状況では戦わずして大空魔竜に戻れないのは確かであり、仕方がない措置ではあったが、少女の戦慄(わななき)が伝わるたびに己に舌打ちしたくなった。

生命の危険という以前に、少女には戦いという物それ自体が恐怖の対象であるに違いない。

そんな物の真っ只中に連れてきたわけだ、自分は。

「大丈夫だ」

少女がきゅっと手足を縮み上がらせるたびに低く呟いた。

その実、何が大丈夫なものか、と思い続けた。

最後のグランチャーが戦線を離脱し、やっと戦闘が終息する。

「大丈夫だ。もう、終わった」

今度こそ〈大丈夫〉という単語は少女にとっての〈大丈夫〉と同義だったはずだ。

その時だ。自分の胸に額を押し付けるようにしてしがみついていた少女が初めてゼンガーを見上げた。

薄暗いコクピットの中ではその瞳の色は分からない。丸い瞳はにじんだ涙で潤んでいて、そこにモニターに表示される文字の類いが映りこんでいた。

と、その虹彩がふらふらと妙な具合に彷徨(さまよ)いだした。

まずいなと思ったとたん、ふ、とその目が閉じ、少女は後ろに倒れかかった。

ゼンガーはすぐにその背に左手を回した。

空いた右手で通信回路を開く。

「こちら、ゼンガー」

「どうしました、ゼンガー少佐」

「着艦を優先してくれ。それと、医師の待機を求める」

「お怪我を?!」

「いや、俺ではない。保護した子供が失心した。見たところ外傷はないが、かなり怯えていた。しかるべき処置が必要と思われる」

「了解しました。すぐに手配します」

「記憶喪失?」

「ええ、戦闘に巻き込まれたショックのせいで…自分の名前も分からない状態です」

「!」

怯え怯えて、震え震えて、挙句の果てがこれだ。

自分にしがみついてカタカタと震えていた少女を思い出す。

ゼンガーは自分ばかりに責があると思うほど自虐的ではない。かといって、何も非はないとも思えなかった。

「でも、一時的なものらしいですから。治療を続ければ、回復する見込みはあります」

「そうか……」

軍人などたいしたものではないと思うのはこういうときだ。

彼は己のことを軍人でしかあり得ないと思い定めている。が、それをもって他者を見下したり不要と断じたりすることもない。

逆に、守るべき他者がいなければ軍人など不要の存在なのだろう。

「ならば、あの子の面倒を見てやってくれ」

「あら?少佐はお見舞いに行かないんですか?」

「俺が行けば、あの子は怖がるだろうからな」

自分は極力かかわらない方が良い。

所詮、自分は戦場に在る人間なのだから。

「すまんが、後のことは頼む」

言い置いて、ゼンガーは自室に戻るべく部屋を出た。

もはや、あの少女に対して己にできることは何もなかった。

平成十七年十一月十九日 初稿

補足説明

特にひねりもなく,第8話.試しに翻訳することを試訳と言うなら,これは試文章化.う,語呂が悪い.まあ,そんな気分で.

2次αゼンガー編・第8話で,ゼンガーがイルイちゃんと宙をビルの崩壊からかばったとき,「その子は俺があずかろう」と言っていますね.ということは,このグランチャーとの戦闘中,コクピットの中で震えるイルイを抱えて戦ってたことになるわけで.

そら懐きもするわ.

何?その後,ビッグシューターが来てるからそっちに乗せたんじゃないかって?

馬鹿野郎!(熱血ロケットパンチ)

自分の見たいように見るのが夢なんだよ!!(血涙)

そんなわけで,私の頭の中では,イルイちゃんはこの戦闘中ゼンガーの膝の上です.(グルンガストのコクピットってどうなっているんだろう)

ところで,ゼンガーはなんで自分が行くと怖がると思っているんでしょうか.

この話ではテケトーにああ書きましたが,実のところは全くこんなことは思っていません.

私が一番信じている説はですね,幼稚園児が「軍人さんのお仕事を見てみましょう」ってことで見学に来て(幼稚園児,軍人のお仕事見学に来るか?),その中の気の弱い男の子に「おじちゃん,怖い〜」と帰るまで泣かれたという説なんです.その男の子は,ずっと女の先生にだっこされてしがみついていて,ゼンガーと目が合うたびに「わあああん」と大声で泣くんです.涙は流れてないのに.(いるじゃないですか,そういう泣き方をする子供が)

ゼンガーはいつも通り無表情なんで,引率の先生なんかは気まずくて恐ろしくて「すいません,すいません」と謝りっぱなし.でも,ゼンガーのことをよく知っている同僚や部下なんかは,こんなことで怒る人間でもないと知っているので「いつもああですから,気にしなくていいですよ」と言ってあげる.もっとゼンガーのことを知っている友人あたりは,内心むちゃむちゃ落ち込んでるな〜ってのが分かるので,腹抱えて笑います(ひどい友達だな).